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想い出  作者: 彼岸  章華


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誤解にて

 不安という名の鎖は、砂の粒一つあるだけで、簡単に破壊できるらしい。

 精神力とは、そんなものだ。



 さて。

 物思いにふけてから早数分。


 沈黙が、辛くなってきた時だった。


「では、次は僕が話をする番ですね」

 と、雄一郎さんが言ったのである。


 感謝する。

 私では、打ち破る事の出来ない沈黙だった。


 そして、そのまま、私は

「そうだね。私の話ばかりじゃ、飽きるから」

 と、心の中を少しだけ明かしてしまったのだ。


 いつもなら、絶対にしない失敗だった。


 だが、雄一郎さんは優しかった。


 私の言葉を否定する様に首を振り

「そんな事は、ありませんよ。僕が貴方(きみ)に話をしたいのです」

 と、言ってくれたからである。


 ああ。

 その穏やかな表情からは、友愛が、歓喜の色が見えた。


 これは、良い事なのだ。

 悪い事では、決してないその筈なのだ。


 けれど、私の心の中に雑音(ノイズ)が響いて止まなかった。


 これは、雄一郎さんに対して何か不安があるという事ではなかった。 


 これは、私が雄一郎さんのご友人に対して、抱いていた不安だったのである。


 そう。

 私はこの時、不安を感じていたのだ。


 なにせ、初対面で一本背負いを仕掛けてきた人である。


 どんなに頭の螺子が飛んだ話が出て来ても、不思議ではないのだ。


 しかも、雄一郎さんは、その思い出の数々を良い物だと記憶しているのだ。


 恐らく、素晴らしく奇天烈な思い出でも、嬉々として話すだろう。


 それが、私には不安だったのだ。


 そう。

 漠然とした、不安だった。

 そして同時に、嬉しくもあった。


 なぜなら、雄一郎さんが嬉々として話題を提供してくれる事は、私としては色々と、精神的な面で助かるからである。


 なにせ、雄一郎さんは話したくない事は、一切話さず、機嫌が悪くなり、話題をすり替えようとするのである。


 ちなみに、何度も同じ事を聞くと、一言

「くどい」

 と言われて、私の精神が終了する。


 単語だけの発語が恐ろしいと感じたのは、あの時くらいだろう。


「そうか。それなら、一層楽しみだな。なにせ、出会って数秒で気絶させてくる人だろう?」


 しかし私の不安は、すぐに好奇心に上書きされた。


 もう後に残るのは、雄一郎さんと話が出来て嬉しい私と、好奇心の化身だけである。


 ああ。

 恐ろしきかな、好奇心。


 なにせ私の頭は瞬間的に、このような面白い事を聞ける機会は二度とないのだ、という弁解まで用意していたのである。


 やはり、私自身、雄一郎さんの話に出てきた洋館の住人に興味が尽きないのだろう。


 これは、仕方がない。


 そして、雄一郎さんは、私に

「そうですね。けれども、今回はそのような暴力的な話はありませんので、期待を裏切るような結果になってしまいますね。残念です」

 という、言葉を告げたのだ。


「は?」


 これには、私も驚いた。


 雄一郎さんは、今、何と言った?

 素晴らしい程の誤解が生じている気がする。


 こんな事を思ってしまうくらいには、驚いたのだ。


「いや、違うよ?私は決して暴力的な話が聞きたいとか思っていないからね」


 そう。

 そんな話は創造作品(フィクション)だけで十分なのだ。


 私は、江戸の華には興味はない。


 いや、河原の殴り合いの件は少し興味があるが、それでも暴力的な話は避けたいのだ。


 私は平和第一(ハッピーエンド)主義者なのである。


「おや、そうだったのですか?てっきり盗んだ二輪車(バイク)で走り出す話が聞きたいのだと思っていたのですが」


「そんな訳ないだろう。それに私は免許を持ってないよ」


 とんでもない勘違いをされていた。


 いや。

 何故そうなった?


 極端な知識の偏りは、偏見を生み出すのだろうか。


「無免許運転ですね。そのまま道路を走ってきてください」


「誰がするか。犯罪だよ、それ。てか、普通に嫌だね。怪我しそうだ」


 普通に考えて、深夜に単車(バイク)爆音(エンジン)吹かせながら首都高を爆走するのは、可笑しいだろう。


「今こそ、生まれ持った貴方の運転技術(ドラテク)が輝く時」


「そんな時は、一生来ないよ」


 本当に、一生お断りしたい。


「残念です」


「それで、それが貴方の夏の思い出なの?随分と、悪餓鬼だったんだね」


 誰にでも黒歴史はあるのだな、と痛感した瞬間だ。


「違いますよ。無免許運転なんて、危ないじゃないですか。何を言っているのです?」


「数秒前の会話を思い出してほしいよ、切実に」


 本音が出た。

 まったく。

 今までの会話は、何だったのだろうか。


 確かに勘違いをしていた事は否めないが、それはそれである。


 私が酷い誤解をされていた事しか解らないではないか。


 また、遊ばれている。


「これは失敬。貴方の反応が面白いものですから」


「それは、あまり良い感じがしないね」


 私の事を、太鼓か何かだと思っているのだろうか。


 叩いて出るのは皮肉くらいだ。


「そうですか?褒めていますよ」


「そう?それなら、夏に何があったのか、そろそろ話してくれても良いよね?」


 なぜ、雄一郎さんの思い出を聞くつもりだったのに、誤解を解く事に専念しなければならなかったのだろう。


「ええ、異論ありません。あれは、僕が気絶してから数ヶ月経った時の事でしたね」


「えっ」


「何か?彼とは数回しか会っていませんでしたが、仲は良かったですよ」


「いや。結構、会う頻度は少なかったんだなって想って」


 意外だった。


 そう。

 先程の誤解が、頭から消え失せるくらいには意外だったのである。


 私は、あんなに独特で特徴的な出会いをしているのだから、一週間に九度くらいの頻度で会っているのかと思っていたのである。


「そうですね。彼の住居が山の中でしたし、大人の人たちも、僕が彼と会うのを良く思わなかったようでしたから」


「え?それって」


 立派な問題ではないだろうか。


 いや、決めつけは良くない。

 大人が止めるという事は、何かしらの考えがあったのだろう。


「そのような事がありましたから、会う事が難しかったのですよ」


 そう、だったのか。


 私は、声に出さなかったが、驚いた。


「あれです。身分違いの二人が秘密の相瀬をすふようなものです。どうです?心が躍るでしょう?」


「いや。残念ながら、私は少女漫画を読んだ事がないから、心が躍る感覚が解らないね」


 ああ。

 とても、残念だ。


 それは、少年漫画が教科書(バイブル)の人間には、到底理解できない世界なのである。


 そして少年漫画において、秘密の相瀬は、秘密の特訓に早変わりするのだから、仕方ない。


「おや、無理に少女漫画に括らなくても良いではないですか」


「えっ」


 それは、一体。


「少年漫画を読んでいた時にある、心臓を掴まれる感覚と似ていますよ。これなら、どうです?」


 それは、

 それは、とても。


「解りやすいね。あの高揚感は忘れられないから」


 つまり、主人公が強敵と戦っている時の心境という事だ。


 とても、解りやすい。


「そうでしょう。それが、私が彼に会う時に感じていた感情です」


「最高だな。下手な遊技場(アスレチッス)より、印象的じゃないか」


 事実は小説より奇なり、という言葉の通りだ。


 しかし、漫画を読んでいる時の高揚感を現実で味わえるとは、とても、お断りしたい。


 私の場合、敗北の二文字しか頭に浮かばないからである。


「でしょう?しかし、それが両親にばれてしまいましてね」


「えっ。それは、大丈夫だったのかい?」


 先程の不穏な言葉を聞いていたから、余計不安になった。


「人生は困難と共にある、という事です」


 いや。

 そんなに格好良く言われても。


「まあ、驚きましたよ。僕の背丈の三倍くらいある大人が徒党を組んで二度と彼に会う事がないよう家に殴り込んで来たのですから」


 それは、虐待では?


「最悪だな。私だったら号泣して、気絶するね」


 いや。

 無残に鼻水と涙を流しながら、息つく暇なく咽び泣き、気絶する寸前に耳元で甲高く叫んでから気絶するだろう。


「実際、僕も泣きましたよ」


 そうか。

 まあ、普通は泣くだろうな。


「ですが、そんな僕を哀れに思ったのでしょうね」


 「哀れ?」


「ええ。両親が二週間外に出ないようにするだけで、彼と会う事を他の大人に掛け合ってくれたのですよ」


 それは、妥協案という事だろうか。


「そっか。素晴らしい、とは少し言い難いけど、良識を持ったご両親だね」


「そうですか?僕は素晴らしい両親だと思いますがね」


 そうか?

 良い両親なら、他の大人から子供を庇うくらいすると思うが。


「それに、今となっては僕を非難してきた大人の気持ちが解ってしまうのですよ。嫌な事ですね」


「理由が、解るのかい?」


 それは、大人の事情、という事だろうか。


 しかし、理解したくない事も理解できてしまうのは苦しい事だろう。


「ええ。けれど、この話は別の機会にしましょう。今回は、夏の思い出話ですからね」


「そう、だったね。失念していたよ」


「おやおや、忘れないでくださいよ」


 いや。

 想像以上に話の内容が重かったのだから、これは、仕方ないだろう。


 だが、申し訳ない気持ちになった事は事実だ。


 そして、思い込みは良くない。 


 そう。

 私の中では、先程の大人達の襲撃が雄一郎さんの夏の思い出だったのだ。


 だが、それはどうやら的外れだったらしい。


 雄一郎さんは、一体どれだけ濃い人生を歩んできたのだろう。


 私の夏の思い出なんて、人に話せるものではない。


 なにせ、家で自堕落な生活を送っているだけなのだ。


 こんな事を聞いても、何も面白くないだろう。


 その点、雄一郎さんの思い出は素晴らしい。


 色々な事が起こりすぎていて、飽きが来ない。


 対照的だ。


「悪かったよ。あまりに、強烈な話だったから、言いたい事が飛んでしまったんだ」


「そこまで。強烈な事でしたか?」


「強烈だよ。人を、子供を軟禁して友人に会わせないようにするなんて、犯罪だからね」


 なぜ、当の本人が軽く受け止めているのだろう。


 なぜだ?

 犯罪ではないのか?


 あまりにも雄一郎さんの反応が可笑しい物だったから、自分の認識が可笑しくなったのではないか、と疑ってしまった程だ。


「それは、そうですね。気付きませんでした」


「犯罪に関する認識が、今と昔で異なる事が多いからね」


 今では問題になる体罰も、昔は普通だったのだから当然だ。


 そして、雄一郎さんの場合は、地域特有の祭りや習わし等の影響もあったのだろう。


 大人が当然のようにしている行動は可笑しいとは感じないのだ。


「その様ですね。しかし、今回の話は、比較的安心できると思っていたのですが」


「安心できそうになくなったね」


 話の最初で軟禁された事実を知らされて、安心できる訳がない。


「そのようです。記憶は思っていた以上に改竄されやすいのですね」


「それは、そうだよ。人間は覚えようとした事しか覚えないんだからね」


 ある種、心の防波堤なのだろう。


 色々な感情の波を全て受け止めていたら、疲れて心が疲弊してしまう。


「貴方の正論が心に響く日がくるとは。成長しましたね」


 これは、喧嘩を売られているのだろうか?


「私も無意味に日々を過ごしている訳ではないって事だよ。それで?何があったのか、そろそろ聞かせてくれないかな?」


 今の私の心は、僅かなお小遣いを片手に本屋に全力疾走する少年だ。


 切実に続きがほしい。


「そのように言われましても、彼のお付きの老紳士に人とは、紳士とはなにかを叩き込まれただけですよ」


「十分、興味を惹かれる内容だね。叩き込まれたの部分が気になるけど」


 確実な事は、一息で言われた今の内容が百倍の濃度で私に襲いかかってくるという事だけだ。


「言葉の通りの意味ですよ。濃い夏の思い出です」


 訂正しよう。百倍ではなく、千倍の可能性がある。


「ありがとう。詳細を包み隠さず教えてくれ」


 これから、雄一郎さんの思い出話が始まるのか。雄一郎さんにとって、内容が薄い思い出はないのだろうか。


 いや、雄一郎さんは濃い人生を送らなければ、気が済まないのだろう。


 しかし、こんなに面白い話題(ネタ)があるなんて、やはり、雄一郎さんは愉快な人だ。


 人を魅了する理由も解る。


 星のように鮮烈に生き、月のように寛容な姿を見たら、魅せられない筈がない。


 太陽と同じだ。無ければ生きていけないのに、近付き過ぎたら、焼け堕ちる。


 私も距離感には気を付けなければならない。思い出話を聞く度に、堕ちそうになるのだから。しかし、そんな事は忘れよう。




 季節外れの向日葵を横目に、そう思った。

お読みくださり、ありがとうございます。

それでは、次回作をご期待ください

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