好みにて
他人に惹かれる理由なんて、その人が魅力的だったからという理由だけで事足りる。
恋愛も、同じだろう。
登場人物の話が一息ついた頃。
突然、雄一郎さんが、私に
「ところで、貴方の好きな登場人物は誰なのですか?」
と聞いてきたのだ。
驚いた。
雄一郎さんが、そんな事を聞いてくるとは、思わなかったからである。
「えっと、そうだな。第一部に出てくる、詐欺師かな」
そして私は、少し動揺しながら答えた。
詐欺師。
彼は、第一部に登場する人物で極悪人だ。
そして、この三部作品の中で一番欲に正直な人でもあった。
「おや、主人公ではないのですか」
「残念ながら、違うね」
思えば、私は容姿や善悪という部分で好きになった訳ではなく、彼の生き方に惹かれたのだろう。
「彼は、人生を愉しんでいるんだよ。愉しければ何でも良いんだ。それが、どんな悪行であれ、関係ない」
「我欲に忠実、という事ですか?」
「そうだね。詐欺師は警察に捕まった時でも、愉しそうだったから。だからかな、私は詐欺師の事が一等好きでね」
恐らく、正義感に振り回されるより、何倍も良いと感じたからだろう。
「貴方がそこまで言うとは、珍しいですね。何か印象的な場面でもあったので?」
「あったよ。悪人らしくて、人間らしい。そんな心が震えるくらい、最高な場面が」
あれは、第一部の映画中盤だったね。
天才の発明品を利用した詐欺師が、警官に捕まった時の取り調べ室での出来事だ。
今でも覚えてるよ。
「驚いたな。稀代の詐欺師が、こんな普通の社会人のような身形をしてるとは思わなかった」
「身形で人を判断するとは。だから俺のような詐欺師を一人を捕まえるのに苦労するのですよ」
とても、印象的だった。
警察官が椅子に座った瞬間から、警官と詐欺師の言葉の殴り合いが始まったんだから。
それに、信じられるかい?
これが捕まった人の態度だよ。しかも、ここから、もっと面白くなるんだ。
続きを話そうか。
「やめだ。お前の言葉遊びには付き合ってられん。それで、なぜ詐欺なんかやったんだ?」
こんな事を、警官が言ったんだ。
「今時、人を騙してはいけません、なんて一桁の年頃の子供でも知ってる事だぞ」
当たり障りのない、当然の事をね。
でも、詐欺師には、それが気に食わなかったみたいでね。
「警官様には、俺が物事の通りを知らない子供に見えるのですか?」
ここからだよ。
「取り調べ室ではなく、眼科に行った方が良いのでは?」
凄いだろう?
私は二人の余りの暴言の嵐に感心しちゃってね。
私なら一生出来ない攻防戦だからだろうから。
でも、そんな言葉に流される警官は、ここにはいないんだ。
「質問に答えろ。お前が答えるのは、どうして詐欺をしたのかって事だけだ」
ほら、嫌味なんて効いてない。
でも、それは詐欺師には関係なかったんだ。
「そんな、悲しい事を言わないでください。俺にとって久しぶりの話し相手なんです」
だって、
「ですが、これ以上長引かせるのはお互いに得策ではないでしょうからね、お答えしましょう」
お得意の、口車があるからね。
「虚偽なく、正確に、簡潔に」
ああ。
貴方なら察しが付くと思うけど、詐欺師って話すのが上手だろう?
だから、警官の人は詐欺師の話に自分の頭が混乱しないように、この三つを約束させたんだ。
「解りましたよ。ところで、警官様は詐欺を悪い事だと思っていますか?」
「当然だろう。民間人から金銭を奪うなんて、許されない。それよりも質問に答えろ」
「今、答えているでしょう。しかし、良い事を聞きました。警官様は人様からお金を盗んではいけないと、そうお考えなのですね?」
「良い加減にしろ!さっさと質問に答えるんだ!」
ああ。
自分で言うのも、あれだけど、この時の警官、恐かったな。
まだ子供の頃だったから、余計にね。
だって、怒声の声と机を叩いた音がとても大きかったから、これは、仕方ないでしょう?
でも、詐欺師は全然動じてなかったな。
「解りましたよ。しかし先程の警官様の意見では、どこぞやの国にいた義賊はどうなるのでしょうね?」
これ、だもん。
「彼奴等も悪人に変わりないでしょうに」
凄いよね。
あと、警官の考えはこれだよ。
「それは、過去の人物だ。今の話とは、関係ない」
正論だよね。
でも、その答えに満足しないのが、詐欺師だ。
「ありますよ。だって、俺は責め立てられ彼奴等は称えられているじゃないですか。この差はなんです?」
こう言うんだ。
貴方なら、この差をどう考える?
私?
私は、時代かな。
ああ。
詐欺師の続きの台詞は。
「俺だって盗んだ金を餓鬼共にばら撒いて、食糧を買っているのに、理不尽じゃあないですか」
これだよ。
すごい台詞だろう?とんでもない暴論だ。
「お前が、そんな事する訳がないだろう!」
だから、警官の人も怒ってね。
でも、言葉選びが悪かったかな。それが詐欺師の罠だったんだ。
「おや、いけませんよ、決めつけるのは。一つ昔話をしましょうか。俺の育った場所は雨も風も凌げず、腐った肉が贅沢品でした」
「そんな、場所、ある訳が」
「ええ。裕福そうな身形してる警官様には縁遠い世界でしょうね。まあ。だから、俺はみんなを救おうとしたのですよ」
「そんな出鱈目を」
「出鱈目ではありませんよ。それに彼らにとって、俺は救世主だったでしょうね」
「なっ」
「もし、俺がいなくなってしまったら、またみんな仲良く地獄行きですね」
随分と、酷い台詞だろう?
「警察やお上の方々は良いものですね。高みの見物をしていれば良い。わらい話でしょう?」
「もし、その話が真実であると仮定をするのなら。それは、その人々を保護すれば良いだろう」
「保護、ですか。堅実ですね。では、保護する際の金はどうやって調達するのです?」
「は?」
そして、現実的だ。
「誰も貧乏人に金を支払わないでしょうね。保護の名目は?」
「そ、れは」
「ああ。親切丁寧に君たちが食べていたのは盗んだ金で買った物だと、君たちが持っている金は盗んだ金だと、説明するのですね?」
「あ、ああ。そうだ!」
「では、お聞きしましょう。警官様にそれだけの権力があるのですか?」
「なっ、それは」
詐欺師から見れば、警察は正義に生きる生き物なんだって。
だから、苦しんでいる人がいた時、見捨てる事が出来ないし、悪人には罪を償ってほしい。
これは、警官として当然の行動だよ。
だから、警官は詐欺師の罠に嵌ったんだ。
警官も人間だからね。
答えられない問いには困るし、一瞬で理解できる現実の冷たさも知ってる。
その葛藤を、詐欺師が見逃す訳がなかったんだ。
だから、警官は詐欺師に精神的に追い詰められて、苦しめられるんだ。
「ああ。そんな苦しそうな顔をしないで下さい。全部、作り話ですから」
「は?」
驚いたよね?
私も初めて見た時、同じ反応だったよ。でも、同時に、格好良かったんだ。
それで、解っただろう?
警官は、騙されたんだよ。巧みな言葉と人間の想像力にね。
「嘘、虚偽、捏造、法螺話だよ。気付かなかったのか?」
ほら、口調も違う。
「俺があんな紳士みたいな口調で喋る訳ないだろ。学校で詐欺師の言う事を信じちゃいけませんって習わなかったのか?」
酷い言葉だよね?
理不尽だと思うだろう?
私も最初は酷い奴だなって思ったし、警官には可哀そうだなって思ったよ。
それでも、嫌いになる事が出来なかったんだ。
多分、子供ながらに、この人の人生の生き方に惹かれてたんだろうね。
だから、言っている事が最悪でも、後悔のない人生を送っている姿が格好良かったんだ。
「さっきの顔は傑作だった。自分の信じてる正義を、一瞬でも信じられなくなった顔だ。貴重だな」
酷い事には、変わりないけどね。
「な、警察官の信念を愚弄する気か!」
だから、警官の人はすごく怒ってたんだ。
当然だよね。自分の誇りを馬鹿にされたんだから。
でも、これも罠だったんだ。
「そんな、滅相もない。警官様が勝手に騙されて、勝手に想像して、勝手に落ち込んだ。それだけだろ?」
知ってた?
当然かもしれないけど、詐欺師ってとんでもなく頭の回転が速いんだよ。
だから、人を煽って冷静な判断を出来なくする事も、お手の物さ。
「それは、お前のせいだろう。人の心を弄んでおきながら、何を言っている!」
こんな風に、ね。
でも、警官だって馬鹿じゃない。警察官として生きてきた経験がある。
「警官様、何か勘違いしてないか?」
「は?」
「まあ、細かい事は後回しだ。大事なのは、仕事内容だからな」
「何を、言って。内容だと?」
「そうだ。警官様の仕事は犯罪者を捕まえる事だろ?餓鬼でも知ってる」
「それは、捕まりたい、という意思表示か?随分と殊勝な心意気だな」
こんな事を言ってるけど、この上から目線は一種の防衛本能だったんだ。
いるだろう?
自分の優位さを維持する為に他者を見下す人。あの人達と似たような心境だ。
「違うさ。警官様はなんで、その仕事に就こうと思ったんだ?」
ところで、詐欺に騙されない方法って知ってる?
「また、俺を騙すつもりだろう。口車には乗らんぞ」
答えは、質問に答えない、だよ。
「良いから、さっさと答えろよ」
通じない場合が、あるけどね。
「それは、犯罪者が許せなかったから、だ」
「それなら、正義感に従って生きてるって事だ。似てるな?」
「何だと?」
「俺と似てるって言ってるのさ。この世の中には人の笑顔が見たいから、自ら道化になりたがる奴がいる」
例えば、遊戯施設の人だね。
「そんで、人の役に立ちたいからって自分の身を削る奴がいる。気付いたか?みんな自分のやりたい事を仕事をしてる。俺と同じだ」
「本気で、言っているのか?」
まあ。
でも、警官の人は怒るよね。
「俺の志が、民間人の信頼が、犯罪者と同じだと?愚弄するのも良い加減にしろ!」
だって、仕事を貶されたんだから。
でも、ここまで白熱した言い争いは、中々お目にかかれないね。
騙す為の言葉と、誇りを守ろうとする為の言葉の意地の張り合いだ。
「怒るなよ。話は終わってないんだ。それにしても、警官様、知らないのか?」
「何の話だ」
「才能さ。商売には目利きの、運転手には運転の、医師には医学の、才能がいる」
私には、どんな才能があるんだろうね?
貴方には?
店主には?
とても、気になるね。
ああ。そんな風に考え込まないで、ね?
え、話すのが上手?
それは、あまり言われた事がなかったな。
ごめん、話の腰が折れた。
続きを話そう。
「それが、何だ?お前には詐欺の才能があったという話か!?」
「解ってるじゃないか。」
「随分、褒められない才能だな」
貶されるべき才能だね。
「褒められなくて結構。俺は他人の評価なんか関係ない。愉しいから仕事をしてるのさ」
「楽しい、だと?」
「愉しいのさ。その顔は理解できないって顔だな。それも当然の事だ。そうだろ?」
「何を、言っている?」
この時、警官は怖くなってしまうんだ。
目の前にいる人物が本当に人間なのか。同じ言葉を話しているのか。
解らなくなってしまったからね。
私も、理解できないのが当然だって、詐欺師が言っていたのを見て困惑したよ。
でも、次の詐欺師の台詞で、その意味が解ってしまうんだ。
「毎日清潔な水を飲んでる奴が、泥水啜って生きてる奴の気持ちを理解できる筈がねぇだろ」
「は」
この台詞が私の中では、すごく印象的だった。
私は今まで隣の家の人の生活も、隣の国の人の生活も考えた事がなかったから。
だから、警官の心境も理解できた。
真実は、残酷だろう?
自分の普通が通じない相手に、何か言っても無駄なんだよ。
「解ったか、警官様。だから、俺はあの天才科学者様には感謝してるんだぜ?」
そう言って、詐欺師は嗤うんだ。
「あの開発品のお陰で俺は毎日、贅沢三昧の日々を送れた。腐った肉とも二度と会う事はねぇ。最高だ」
もう、警官は何も答えなかった。
答える事が出来なかった。
本質的に詐欺師と自分は違う生きもので、理解できる筈がないって理解したからだろうね。
はい。
これが、私の好きな登場人物が出てくる、私の好きな場面だよ。
お読みくださり、ありがとうございます
それでは、次回作にご期待ください




