危機にて
苦痛とは、痛みとは、人によって感じ方が異なるものだ。
雄一郎さんは、それを理解していなかったらしい。
どうやら、雄一郎さんは私の入院騒動を話を聞いて、少し疲れてしまったようだ。
だが、それでは困る。
まだ話は終わっていないのだ。
だから私は、雄一郎さんの顔色を伺いながら
「一番、酷かったのは、この後だよ」
と言ったのである。
「はい?入院した事が辛かったのではないのですか?」
すると想像通り、雄一郎さんは驚きの声をあげたのである。
「違うよ。辛かったは課題だ。やっぱり勘違いしていたね」
そう。
一番辛かったのは入院ではない。
今まで休んでいた授業で出されていた課題の山だったのだ。
特に、とある課題の内容が、酷かった。
その内容は実地調査だった。しかも、二週間という期限付きである。知らされた時は思わず、絶望した。
体調不良だった人間に対する仕打ちではない。しかも、馴染みの教授から
「君、このままだったら、留年一直線だよ」
という素晴らしい忠告も一緒に貰った。
泣きそうになった。
そうは言っても、このまま何もしなければ、留年の身。
とりあえず、課題を終わらせようと躍起になり、その課題について色々調べていったのだ。
すると、その調査が県内では不可能な内容であり、県外に泊まり込みをしなければならない、という面倒な物であったと知った。
泣いた。
「私が入院してたのは、さっき言っただろう?その期間に課題が出ていてね。それが、一番辛かったんだよ」
「入院、ではなく?」
「そうだよ。入院よりも何倍も辛かったね。特に実地調査は酷かった。虫が出る、怪我はする、迷子になる、携帯電話は繋がらないの四拍子だ。良い所が一つもなかったから、お察しだよ」
「一体、どんな山奥に行ってきたのですか。貴方は」
「それは、秘密さ」
これが、雄一郎さんに会えなった半月の間に起こった事である。
私の事ではあるが、中々に濃い学園生活だ。けれども忙しかったのは、私だけではなかったらしい。
雄一郎さんの方も、詳細は解らないが様々な予定があったそうだ。今までのように時間を自由に使えなくなったのだという。
お互い、忙しい身の上だった事が、唯一の救いだろう。
そうでなければ今まで培ってきた、この関係に大きな亀裂が生まれる所だった。
これらが私たちが再び会った時に、季節が変わっていた理由だ。
ちなみに、入院した後くろいなにかが、脳裏を掠める事はなくなっていた。
今では、幻だったのではないか、と思うぐらいに思考を盗られる事もない。
なにせ、最近はそんな夢よりも、毎日出される課題の総量の方が恐ろしく感じているのだ。
これには雄一郎さんも苦言を呈するというものだろう。
しかし、人は謎に現実主義者で、理想主義者なのだ。細かいことは、考えない方が良いのである。
「そういえば大学の友人も、体調不良だって言ってたな」
「おや、流行っているのですかね。体調不良」
「どうだろうね。でも、彼奴は騒がしいのが売りだったから、少し意外だよ」
そう。
私の少ない友人の一人であり、大学の同級生でもある飯田は、常に喧しい。この前も喧しかった。
「確かに課題の量は狂ってるぜ!けどよ!そんな事言ってたら、数週間経っただけで、こんなに気温と季節が変わる事の方が可笑しいだろ!お前もそう思うよな!」
毎日、こんな調子だ。
どうやったら、こんなに喧しい奴が体調不良になるのだろう。天変地異の前触れではないだろうか。
しかし現実は、不可解な事が多々起こる。
豪快に腹を抱えて笑う太陽の具現化のような漢である飯田が、今では少し前の寒暖差にやられて風邪を拗らせているのが、その証拠だ。
油断は、出来ない。
そんな飯田の状態は、世辞でも良いとは言えないらしい。絶讃、寝台で闘病生活をしているそうだ。
噂で聞いたところでは、治るには二週間程の時間が必要らしかった。少し前の私を見ているような気分になり、嫌になった。
ちなみに、捻くれた人間の具現化である私が、対極に存在している飯田と仲良くなった切っ掛けは、授業の補修だ。
飯田は学力的な問題だったが、私と同じく留年の危機に晒されていたのだ。
そこで、協力して留年を乗り切ろうと結託して、その縁が今でも続いているのだ。
しかし、不思議だ。性格が正反対である私と飯田が仲良く談笑するなど、半年前ではあり得ない事だったのである。
恐らく、入院経験は人生に多大なる影響を及ぼすのだろう。
教授には、五度見されたのだ。ちなみに、飯田と私は、留年の危機から無事に脱した。
「それにしても、物好きだね。私の事なんて聞いても面白くないのに」
「そうでもないですよ。それに、僕は驚いているのですよ」
「へ?何に対してだい?」
「貴方がご友人の事を話してくれた事に、ですよ」
雄一郎さんは、会っていない間に記憶を混濁させてしまったらしい。
「何を巫山戯た事を言っているんだい?今までも、話した事はあっただろう?」
「そうですね。それでも今まで貴方が話してくれた人は、友人ではなく、お知り合いでしょう?成長を感じているのですよ」
「あれ、そうだっけ?気が付かなかったよ」
訂正しよう。私の記憶が、改竄されていただけだった。
「それだけ、自然に友人だと思える人に会えたという事でしょう?良い事ですね」
確かに、良い事だ。友人がいるという事は何事にも代えられない素晴らしい物だ。
「そうだね。一体、誰の言葉なのか、気になるね」
「さて、誰の言葉でしょうね?けれど、良い事は、良い事ですから。その事実は、変わらないでしょう?」
「そうだね。さて、今まで貴方と会えなかった時に起こった事は、これくらいだよ。こんな話を聞いて、本当に楽しいのかい?嬉しい事とは訳が違うだろう?」
これくらいなら、近所の住人達との噂話の方が面白いという自信がある。
入院話が面白い訳がない。
「貴方にとっては、面白みのない話だと感じるかもしれませんね」
「そうだね」
未だに、何が面白いのか、理解していないのが、良い証拠である。
「まったく。ですがね、貴方の話を聞くのは、嬉しくもあり、楽しい事でもあるのですよ」
「本当に?」
「ええ。本当です。なにせ、青春謳歌、という言葉が事実であったというを知る事が出来るのですから」
今の話のどこに青春の要素があったのか、気にはなったが聞かないことにする。
面倒臭くなる予感がしたのだ。
そして、大体こういう時の勘は当たるのだ。
道は間違えるのに。何故だ。
「そうか。けど、珍しいよね。いつもなら貴方が話しているからかな。今日は私が貴方に話をしているのが変な感じがするんだ」
「おやおや」
「それに、話す内容が内容だからね。もしかして、思い出話に花を咲かせていたら、学生時代が懐かしくなったのかい?」
「ええ、そうかもしれませんね。確かにいつもなら、僕が話して、貴方が聞いているでしょう」
「そうだね」
それが、普段の私達の会話である。
「しかし、それでは一番は貴方が大学でどのような生活をしているのか、聞く事ができない。その事に気付いたのですよ」
「それって、重要?」
「重要です。僕の友人については話したのに、これでは不平等でしょう?」
「そう?」
「そうです。それに、長い間会えていなかったのですよ。どのような事が起こっていたのか気になったのです」
「そんなに?」
「ええ。なにせ、老人の思い出話よりも、よっぽど健康的ですからね」
「え、それ本当に、健康的なの?」
入院話は、健康的ではないと思った。
口には、出さなかったが。
「ええ。とても。それにしても、貴方は常に課題に追われていますね。初めて会った時も、貴方は課題に追われていたでしょう?」
「懐かしいね。もう数年経ったのか」
「ええ。時が経つのは、一瞬ですからね。だからこそ、僕は貴方がら大学で独り狼のような生活を送っているのではないか、と心配したのです」
「それは、確かに。大学でも人と率先して話をしようと思わないから、その懸念は正しいよ」
「おやおや」
「でも、前よりは人と話をしているから、その懸念は要らないかな」
「おや。嬉しい事ですね」
「その証拠に、さっきも友人の話をしただろう?それに、今は他にも話す人がいるから、貴方の心配は問題ないよ」
確かに、昔の私は人と干渉を好んでする方ではなかった。来る者拒み、去る者追わずの精神だった。
しかし、それは過去の事である。
今の私は来る者拒まず、去る者追わずの精神で人と話しているのだ。
この精神的な成長も、私の一番の友人
「霧雨 雄一郎」
のおかげなのだろう。
なにせ、この友人がいなければ、私は人間的な生活を送ることは出来ても、性格が屑の極みになっていた。
雄一郎さんは一番酷い時の私の事を知っているのだ。だから、私の成長の象徴である大学での生活を聞くと、楽しそうにするのだろう。
それにしても、先程の話はどうなのだろう。風邪を拗らせた人の話が面白いのか?
やはり、雄一郎さんの趣味嗜好は解らない。
すると、雄一郎さんが言った。
「過去の道が現代を創る。嬉しい事ですね。そのまま、もっと人と交流をしてくれれば、嬉しいのですが」
とても、良い言葉だ。
心に染みる。
「いや、努力はしているよ。昔よりは平気になったのが良い証拠だ。でも、偶に人との会話するのが辛くてね。これ以上は過剰摂取だ」
「狭いですね」
随分と、酷い言われようである。
「悪かったね。でも、貴方に会ってなかったら、こんな風に他の人と話す事もなかったって事だろう?」
「そう、なりますね」
「そうか。そうしたら、感謝はちゃんと伝えておいた方が良いよね?」
これは、私なりの、感謝表明だ。
すると雄一郎さんは、少し驚いたような表情で
「感謝の言葉など、要りませんよ。代わりに、いつもの僕の思い出話を聞いてください」
と、言ったのである。
「え?そんな事で良いのかい?」
今度は、私が驚く番だった。
意外だったのである。
まさか、感謝の言葉を要らないとは思わなかった。
「ええ。何しろ、老人の昔話を喜んで聞いてくれる人材など、今では貴重ですからね」
「そんなに?」
それは、悲しい事だ。
「そうですよ。なら、今回はそうですね、彼と会って少し経った、夏の日の出来事でも話しましょうか」
「夏、か。勿論、大歓迎だよ。それでも感謝の言葉は言うけれどね。いつも、ありがとう。雄一郎さん」
雄一郎さんは、私の言葉に少し照れ臭そうに頬を染めて顔を逸らした。
そんな雄一郎さんの珍しい姿を横目に私は友人に、世界に感謝の言葉を述べた。
思い出話も聞けて、感謝の言葉を言える絶好の機会を与えてくれたのだから、感謝の言葉を告げるには十分だろう。
百個並べても足りないくらいだ。それに別に話を聞くために感謝を伝えた訳ではないから、問題はない。
しかも、いつもは恥ずかしくて呼ぶ事の出来ない名前も呼べた。
一石二鳥。
なんて素晴らしい世界、行動力なのだろうか。
やはり、今の私は、冴えている。
とても、とても冴えている。
お読みくださり、ありがとうございます。
それでは、次回作をご期待ください。




