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想い出  作者: 彼岸  章華


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17/31

苦痛にて

 失態は、続くものである。

 証人は、私だ。




「簡単に言うとね。えっと、貴方の推察の通り、体調が悪化して、その、()()してた」


「はい?」


 雄一郎さんは素っ頓狂な声を上げて、目を見開いていた。


 その反応に今度は私が驚いて、思わず心に渦巻いていた疑問を雄一郎さんにぶつけた。


「え?知らなかったの?だって、あんな素晴らしい笑顔で聞いてきたものだから」


「知りませんよ。そんな事」


 墓穴を、掘った。埋まりたい。


「うそ、でしょ」


「うそ、ではありませんよ」


「なら、私は自分で自分の首を」


 絞めた、とそういう事になるのか。


「残念ながら、そのようですね」


 嘘だと言ってくれ。今すぐに。


「そんな、怒られると思って、必死にお腹痛くなりながら、散々予防策を張ってたのに」


「ああ、なるほど。貴方の勘違いでしたか」


 雄一郎さんは一瞬、惚けたような表情をしていたが、直ぐに納得したように頷いた。


「僕は、何も知りませんよ。なので、貴方が先程言った、入院について、詳しく聞かせてくださいね」


 背後に、般若が見えた気がした。


「あ、うん。解った。いや、解りました。白状します。でも、入院したのは少しの間だけだよ」


「そうですか。良くありませんが、良かったです。それで、貴方の身に何があったのですか?」


 雄一郎さんはそう言って、私の言葉を待つように、静かに黙り込んでしまった。


 般若を背負った雄一郎さんを見た事はなかったが、そんな恐ろしい状態の友人にも言えない秘密が、私にはある。


 入院した切っ掛けだ。


 これは、好奇心と恐怖掻き乱された「あの夢」が一因として関係しているのだ。


 あの夢で見た()()()()()()が、常に私の脳裏を横切り、恐怖心を植え付けてくるのである。


 だから、雄一郎さんには、決して言えない。


 恥ずかしい事だが、視界に一瞬でも()()()()()が写ると、足が竦み、歯が震えてしまうのだ。


 それが烏であっても、目の錯覚であっても、同じ事なのである。


 それに、雄一郎さんはあの夢を良く思っていない。ここで変な軋轢を生みたくなかった。


 それに、私のつまらない心境など告げる意味もないだろう。このような感傷など、思考の隅に捨てた方が良い。


 しかし、あの一件のおかげで、私は()()が苦手になってしまった事は事実だ。


 ()()がこわい。

 暗闇がこわい。


 こわい、怖い、恐い、畏い。


 私の思考は、常に()()に奪われ続けた。特に、夜は辛い。


 辺り一面が闇に包まれ、()()が追いかけてくるような気がするのだ。


 あまりの恐怖から、八時間とっていた睡眠が三時間になり、寝不足になった。


 心的外傷(トラウマ)だ。私の精神は酷く蝕まれてしまったのだ。


 そして、それが肉体にも影響を及ぼしたのだろう。私の体調は、あの二週間とは比べ物にならない程に悪化してしまったのだ。


「えっと、どこから説明しようかな。最初は一種の睡眠障害のような状態だったんだよ」


「睡眠障害、ですか?」


「ああ。()()が恐くなってしまってね」


「くろ、ですか?」


「正確には、くろいものだね。だから、夜とかに瞼を閉じるのが恐くなってしまって、眠れなくなってしまったんだ」


 自分でも、このような自白をしたくはなかったが、これ以上事実を隠す事も出来ないと理解していた。



 なぜなら、雄一郎さんの目が、獲物を見つけた狩人のように冴えているからである。


「おやおや」


 そして恐ろしい事に、彼の口調は、罪人を許す神父のように穏やかなのである。



 これは、全てを暴露して楽になろう。そう、思った。 


「それでね。日を置く毎に恐怖が増してくるから、とても困ってしまって」


「それは、そうでしょう。ですが、暗闇が恐いとは。なにか心当たりはあるのですか?」


「ある。けど、言いたくは、ないかな」


 本心だ。あの一件が原因の一つだ、と言う気力など私は持ち合わせていない。


 まず、そのような気力があったのなら、このような卑屈で気難しい性格をしていない。


「そうですか、解りました。ですが、眠りたい時に、眠れない事は立派な精神的苦痛(ストレス)ですからね。それで、入院を?」


「いいや、入院した理由は別だよ。けど、精神的苦痛は原因の一つだね。後から病院の先生にも言われたよ」


「そうですか」


「そうだよ。それでね、この時の私は、まだ入院せずに家にいたんだ。でも、あの時の選択は、我ながら愚かだったね」


 今、思い返してみても自己嫌悪に浸れるくらいには、愚かだった。


「愚か、ですか?」


 雄一郎さんの、疑問が私の耳を打つ。


「そうさ。恐い物は恐いから眠りたくないって、変に無駄な意地をはって無理矢理にでも起きてやろうと、何日も徹夜をしたんだ」


 結果、私の体は高熱に魘され、食欲は落ち、寝たきりの生活を送り、大学にも行けなくなった。


 私は最初、あの二週間の事があり、季節外れの風邪が悪化しただけだと思って、安静にしていれば大丈夫だ、と薬も飲まず、寝て過ごしていた。


 しかし、それが、駄目だったのだ。


 そのような生活を送っていると、次第に食欲がなくなるのだ。


 ずっと食べていた蒟蒻(ゼリー)飲料すらも食べられなくなった時は驚いた。


 そして、ある事実に気がついた。


「本当に、突然の事だったよ。飲まず食わずに活動するのが、健康に悪い事だと身に染みて解ったね」


「おやおや」


「でも、あの時は本当に驚いたよ。体を起き上がらせる事が、出来なかったからね」


「そのような、他人事のような口調で言わないでください。貴方(きみ)の体なのですよ」


 雄一郎さんは、咎めるような口調で言った。反論出来ない、見事な正論だ。


 けれど、あの時の私は、まるで映画を見ているような感覚だったのだ。


 疲れていたのだろう。


 そうでなければ

「ああ、私は今()()()()()()を実体験しているのだ」

 と判断しながら、放置しない。


 少なからず、諦めも入っていたのだろう。


 ただでさえ、()()()()()()に追われて、精神的に憔悴しきっていたのだ。


 現実逃避の一つや二つしたくなる。


 それに起き上がれなくなるのは、今回で二度目だった。今回は見える景色が違うだけ。


 些事だ。

 このような状態が、少なくとも三日は続いた。


「貴方の言葉を否定したくないけれど、あの時の私はとても疲れていたから。なにも、考えたくなかったんだよ」


「それが、命に関わる事であっても、ですか」


「そうだね。あの時の私は、少なからずそうだったよ」


「そう、ですか。解りたくはありませんが、理解はしました」


「なら、良かった」


「ですが、聞きましょう。なぜです?なぜ、僕を呼ばなかったのです。少なくとも、僕に連絡の一つでも入れてくれれば、そのような事には」


 糾弾とは、違う。

 怒りとは、違う。


 雄一郎さんの声の色は、純粋に心配を示していた。


 だから、苦しい。

 これから私は、貴方を傷つける言葉を、吐かなければならないのである。


 だが、これは変わる事のない私の意志。だから、出来る限りの笑顔で応えた。


「貴方の、迷惑になりたくなかったから」


 雄一郎さんは、その言葉を聞いて、唇を噛みながら、苦し気な表情で、口を閉ざした。


 事実。

 私は雄一郎さんに様々な迷惑をかけてきた。


 これ以上、迷惑はかけたくなかった。

 だから、両親や雄一郎さんに助けを乞う事は出来なかった。


 すると、私の心境を知らない雄一郎さんは、怒りを顕わにしながら、言った。


「次、そのような事があったら、僕を呼んでください」


「え?」


「貴方の言う迷惑など、可愛いものです。ですから、必ず、僕を呼んでください。いいですね」


 静かに震える、懇願の声だった。

 沸々と湧き出る、憤怒の声だった。


「わ、解った。約束するよ。両親にも散々怒られた後だからね。後悔も、反省もしているから」


「おや。それは良い事です。僕が言うより、何倍も良い」


 先程の怒りは表面上では、なりを潜めていたが、目の奥で渦巻いているのが解った。


 けれど、その事実を指摘するのは藪をつついて蛇を出すだけだろう。私はその視線に気付かないようにしながら、話を続けた。


「それは、そうだね。今回私が助かったのも、両親が私を病院まで連れて行ってくれたからだし」


 二人共、焦った事だろう。

 一週間という長い出張から疲労混倍で帰ってきたら、倒れている私を発見したのだ。


 私が起きた時には、病院に担ぎ込まれ、点滴をしていた後だったので、詳細は解らなかったが迷惑をかけた事に変わりないだろう。


「本当に、両親には感謝の言葉しか出てこないよ」


「貴方のご両親は、素晴らしい人格者なのですね」


「そうだね。貴方の言う通り、私には過ぎた人達だよ。話を戻そうか。入院した後、倒れた原因が解ったんだ。()()()調()だった」


「それは」


「それでね、病院で体力を元に戻そうって話になったんだ」


 わざと、雄一郎さんの言葉を遮るように言った。


 雄一郎さんは片眉を上げたが、何も言ってこなかった。


「それは、療養生活(リハビリ)という物ですかね」


「そう、なるのかな」


 結局、体力が回復し、自由に歩けるようになったと思った時には、月が三回も周っていた。




 これが、私の入院騒動である。

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