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想い出  作者: 彼岸  章華


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15/31

思考にて




 如何でしたか?


 実に、素晴らしい作品であったことでしょう。


 此れには、皆様もご満足いただけた筈。


 皆様が我々の作品を楽しんで頂ける。

 此れ以上の幸福を、我々は知りません。


 其れが、我々の生きる糧なので御座います。


 けれども、先程の狂いのことは、矢張り気になります。


 今回は何もなかったようで安心しましたが、次はどうなるか、我々にも分りません。


「備えあれば憂い無し」

で御座います。


 さて。


 ですが其のようなことを申しても、起こっていないことを考慮して、本懐に支障が出てしまっては、本末転倒。


 皆様も、適度な休息がとりながら、作品をお楽しみください。


 肉体は簡単に休まりますが、心は其のような構造をしていないのです。


 ですから、皆様は先程狂いのことは、一旦忘れても宜しいかと存じます。


 なにせ、精神を蝕む毒は、気付かぬ内に根付いているものなので御座います。


 そして、其のように心配なさらずとも、問題は御座いません。


 此度の作品では狂いは起こっていない。

 其れを、青年の見たという夢が証明しているので御座います。


 なにせ、青年の夢は

「身動きがとれない身体で海に揺蕩い、結局は海底に沈んでゆく」

 という彼の心理が表れた、可思議なもの。


 此れは、()()の影響が、微塵も起こっていない、という確たる証拠で御座いましょう。


 ええ、休みましょう。

 此の考えが、間違っているはずがないのですから。


 ええ。

 皆様にもお伝えした通り、我々は狂いが何であるのか、理解しています。


 ですから、狂いが作品に影響を及ぼさず、連続して起こるものではない、ということも知っているのです。


 作品の中の出来事は、作品の外には影響しない。


 其れは、狂いでも壊せない規則(ルール)


 第一。

 夢とは、総じて不思議なもの。


 ですから、誰がどのような夢を見たとしても、疑問を持つべきでないので御座います。


 其れが、突拍子もない夢でも、です。


 ええ。


 南極で神楽を舞う夢でも。

 孤独に獣道を静かに進む夢でも。

 神隠しをされる夢でも。


 不思議に思うことは、ないので御座います。


 何故なら、夢とは一様に、考えるだけで思考の渦に呑まれて、最後には抜け出せなくなる存在だからで御座います。


 ええ。

 疑問を持つべきでは、ありません。


 其れは。

 規則も、夢も、作品も同様です。


 例え、其の夢が正義を偽る狂気に塗れたものであったとしても、です。


 ええ。

 当人の罪を糾弾する物であったとしても。

 罪の業火に身体を焼かれていたとしても。


 不思議に感じることは、ないのです。


 其れは、()なのですから。


 ところで、一つお聞きしたいことが御座います。


 皆様は、夢をご覧になられた事はありますか?


 ああ。

此奴(こいつ)は突然、何を言い出すのだろう」

 と思われては心が痛みますので、此のような質問をした理由も、ご説明致します。


 まあ。

 早い噺。


 夢と現実の境を理解しているのか、其の事実を知りたかったのです。


 もし皆様が、夢を夢だと考え、現実を歩めるのであれば、此の質問は意味は成しません。


 ですが。

 其のように、考えていない場合には、此の質問は、意味を持つのです。


 例えば、夢の中で鳥のように空を自由に飛んでいた方が、現実で飛ぼうとしたら、どうなるでしょう。


 簡単です。

 地に堕ちます。


 此れは昔、人が太陽に近づくために、蝋燭で翼を作った人物が証明しております。


 其れ故に、今でも不可能という言葉に惹かれて、人は空を飛ぶ夢を見るのです。


 其れでは、此れが幸福な夢であったなら、如何でしょう?


 夢から目覚めたときに、もう少し微睡み、歩みを止めたい、と考えるのではないですか?


 例えば、そうですね。


 もう二度と会うことのできない。

 ()()()()()()ことができたら?


 滅多に味わうことのできない。

 ()()()()()()()()()ことができたら?


 誰にも脅かされることの無い。

 ()()()()()()()()ことができたら?


 如何でしょう?

 此のような幸福な夢を、皆さまはどのように考えますか?


 先程も申し上げた通り。

 夢は夢、現在は現在だ、と区別ができていれば良いのです。


 青年は、夢と現実の境界線が危うくなっておりましたからね。


 ですので、少々過干渉では御座いますが、お聞きしたので御座います。


 しかし作品とは言え、青年の言葉は中々でした。


 起きた瞬間に

 「今まで近くにいた深海魚は何処に?」

 と言ったのですから。


 ええ。

 とても愉快で御座いました。


 ですが此の夢は、青年の心の奥底にある、孤独という感情を表しているのでしょう。


 すると、

 少し、考え方が変わって参ります。


 さて。


 何度も申し上げておりますが、夢を夢の出来事として、区切りをつけることは、大事なことで御座います。


 ですが同時に、夢を夢の出来事として、軽んじてしまっても、いけないので御座います。


 其れは、刃物で刺された怪我を

「唾をつけておけば治る」

 と言って治療を行わず、後に悪化していた状況と、同じこと。


 愚の骨頂なので御座います。


 ですから皆様には、夢を軽んじる事なく、自分自身を大切にして頂きたいのです。


 そして夢に、引きずり込まれないようにして頂きたいのです。


「何事にも節度が必要」

 ということで御座います。


 なにせ、其のようにして頂けなければ、夢に引きずり込まれ、現実を視る事ができなくなってしまうので御座います。


 しかし、夢に囚われてしまう方がいることも、また事実です。


 現実逃避から、夢の世界に旅立つ方が多いのが、其の証拠で御座います。


 なにせ、居心地が良い。

 嫌な現実から逃げられるのです。


 最高ではないですか。


 しかし、お忘れなきように。


 一度でも夢に囚われ、快楽を味わうと、元に戻ることが難しくなるので御座います。


 例えば、人は高揚感と正義感に酔いしれたお方です。


 其のお方は言葉の通り、他者を攻撃することで()()()()になり、現実が見られなくなりました。


 其の結果は、態々申し上げることでは御座いません。


 矢張り、夢は見るくらいが、丁度良いので御座いましょう。


 なにせ度が過ぎると、彼奴(あいつ)が鎌を振りかざしながら、追い駆けて来るのです。


 ええ。

 彼奴から逃げることは、容易ではありません。


 不可能と言っても、間違いないでしょう。


 彼奴は、影、心の揺らぎ、人の性、自責の思い。


 感情を持っているのであれば、誰もが一度は経験をした事がある存在。


 そう。

 彼奴の名は()()で御座います。


 食べ物を暴食する夢を見たら、現実でも暴食してしまった。


 現実が嫌いで夢に逃げ込んだら、いつの間にか、碌でもない大人になっていた。 


 思い人と一緒に出掛ける夢を見て、浮かれていたら、本人に其の夢を見たことが知られて引かれた。


 此のような具合で御座います。


 ああ。

 決して、後悔の念を感じることが、悪いことだと言っているわけでは御座いません。


 其の感情を、薪に自らの身を炎に焼べる方もいることで御座いましょう。



 しかし、我々は其の感情に追われる事のない、平穏な日常を皆さまに過ごして頂きたいので御座います。


 綺麗事を、並べているように聞こえるかも知れませんが、皆さまの幸福が、我々の救いなので御座います。


 どうか、何処までも、許す限りの平穏を。


 何故なら、此の後悔という感情は、我々の舞台には、必要ない物なのですから。


 其れでは、皆様

 席のご準備は、お済みですか?


 舞台は未だ、続いております。


 心の許す限り、ご堪能あれ。


=章


 彼は一体、誰でせう?

 彼奴の隣で寝ている、彼は一体誰でせう?


 その姿は、猫のやう

 その姿は、鷹のやう


 その姿は、蛇のやう

 その姿は、鷲のやう


 まるで、物の怪、ひとでなし


 けれども、あれは、人でせう


 口が一つに、目がふたつ

 鼻が一つに、耳ふたつ


 人でなければなんでせう?

 猿の親戚か、なにかでせうか?


 虎のやうな、牙を持ち

 狗のやうな、爪を持つ


 けれども、人です。違いない


 あゝ、彼奴(かれ)に、惹かれたばつかりに

 戻れなくなつた、哀れな()


 忠告しませう

 警告しませう


 古い轍を、辿らずに

 新たな歩みを、拓きなさい


 どうか、忠告を忘れずに

 どうか、警告を心の中に


 彼奴は、太陽

 彼奴は、月


 悪魔のやうに、林檎(ちえ)の与えておきながら、

 星のやうに、(かなしみ)を与えておきながら、


 さようなら、の一つも言わず

 ありがとう、の一つも言わず


 静かに、去つてゐくのです


 なんて、罪深い人でせう

 なんて、神聖な人でせう


 求めずには、ゐられない

 焦がれずには、ゐられない


 後悔しても、遅いでせう

 懺悔しても、無意味でせう


 気付けば、体は宙の中


 業火の海に、身を焼かれ

 奈落の底に、身を落とし

 深海の闇に、身を投げて


 空に身体を、沈ませて


 甘く、温かい、罪の中

 苦く、冷たい、業の中


 静かに、堕ちてゐくのです


 それが、幸せなのだから

 それが、現実なのだから


 どこまでも、堕ちてゐくのです

 堕ちてゐくしかないのです




 あゝ!

 あの時は、幸せだつた!


 彼奴(かれ)と話した春の日が!

 彼奴と遊んだ夏の日が!

 彼奴と学んだ秋の日が!

 彼奴と別れた冬の日が!


 悪い夢には、到底おもえず

 底まで堕ちていつたのです


 あの夢のやうな思い出を

 彼奴は、覚えてゐるでせうか?


 覚えてゐるなら、喜びませう

 覚えてなゐなら、悲しみませう


 心の奥底にゐる、黒く醜い感情を隠すやうに


 心の取り繕つてゐる、白い清らかな感情を見せるやうに


 すべてを隠して、笑いませう

 すべてを明かして、嘆きませう


 再会を果たした、その時に

 再会を許さない、思いと共に


 本心を偽り、笑いませう

 本心のままに、贈りませう


 何の花を贈りませうか?


 百合でせうか?菫でせうか?椿でせうか?

 朝顔でせうか?秋桜でせうか?向日葵でせうか?


 薔薇でせうか?


 確かに彼奴は、薔薇が好きです


 目を輝かせていたこと、知つてゐます


 あゝ、贈りませう!祝いませう!


 輝かしい道を歩む、彼奴に

 険しい道を諦めない、彼奴に


 八十八の花々で


 その道筋を祝いませう!


 楽しげな道には、黒の薔薇

 哀しげな道には、紫の薔薇

 喜びの道には、黄色の薔薇を

 怒りの道には、緋色の薔薇を


 祝いませう、(いわ)いませう


 その時がきたら、祝い(呪い)ませう




=章? ー完ー

お読みくださり、ありがとうございます


それでは、次回作をご期待ください

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