第12.1話 日曜日の夕方。???。【天気】霧
雨上がりの夕方。
ふと気付けば辺りは霧に包まれていた。
そんな中、海斗の視線の向こうにあったのは、川薙熊野神社と――そしてそこから出立したとある一団だった。
「嫁……入り?」
陸は呆けたように呟いた。
海斗の視線の先にあったものとは嫁入りの一団。嫁入り行列だったのだ。
その行列の先頭を行くのは、黒紋付に提灯を下げた男。
彼は、サッ、サッ――と、一歩一歩を確かめるように鳥居をくぐると、右を見、左を見、そしてすっと踵を返し、花嫁を誘った。
すると、花嫁が現れた。
白無垢姿の彼女。その顔こそ俯いていてよく見えなかったけれど、母親と思しき黒留袖の女性に付き添われ、一歩、また一歩と、確かめるように歩みを進めている。
その後ろには、やはり同じ形で歩みを進める和服姿の輩が数十人が続いていた。
どこからか聞こえてくる篠笛の音色が実に厳かだ。
「これ、嫁入り……だよね?」
その光景に息を呑んだ陸は、海斗に問うた。
「うん。でも頭に、『キツネの』が付くけど……」
と、血の気が引いたような海斗。
▽ ▽ ▽
狐の嫁入り。
それは、人に化けたキツネたちが、嫁入りのため行列を成して進む、日本の怪異の一種だ。
この行列、見ると災いが訪れると言われたり、あるいは見ると幸運が舞い込むと言われたりで、その吉凶綯交ぜな在り方はまさしくキツネ。
空は晴れているのに雨が降っている。――そんな天気をそう呼ぶこともあるけれど、残念ながら本物に遭遇してしまった陸たち。
彼らが出会ってしまったのは、果たして吉兆の一団なのか、それとも……
△ △ △
この行列に参加する彼らの尽くが白狐だった。
人の形に白狐の顔。そんな彼らは、陸たちなんて見えないかのように、厳かに歩みを進めている。
「陸君、どうする?」
「どうって……そだ! クシナダさ――」
奇稲田ことしいなに意見を求めようとした陸は、ピタリと動きを止めた。
しいながいないのだ。どこにも。
今さっきまでそこにいたはずなのに、まるで煙のように消えてしまっている。
「クシナ――じゃなくて……し、しいなは!?」
「え?」
海斗も一緒になって辺りを探す。
するとその時、行列に駕籠が現れた。
きっと老人か、さもなきゃ貴人でも乗っているのだろう。
いや。こんなおかしな状況だ。もしかしたら、いなくなったしいなが乗っている可能性もワンチャンあるかも知れず。
しかし――
「ぅぁ……」
それを見てしまった陸は後悔した。
駕籠の障子窓に映された乗客の影。それが完全にキツネなのだ。
いつの間にか霧はますます深くなり、さらに天気雨まで降っていた。
厳かだったはずの篠笛の音も、荒々しく怪しげなものに変わっている。
すると――
ぴゅひぃ~い~――ひゅいっ!
トン! と、小気味よく鼓の音が鳴ると、行列の全員が一斉にこちらを向いた。
「目! 伏せて!」
と、ハッとした陸。
もうどうしていいのか分からず、その場に固まってぎゅっと目を閉じる。
もし狐の嫁入りに遭遇したら、決して彼らと目を合わせてはいけない。そんな話をどこかで聞いたことがある。
そして、もし目が合ってしまったら、その時は……えと、どうなるんだっけ?
キツネたちはこちらを向いたままだった。
彼らがこちらに何か仕掛けてくるような気配はない。しかし、行ってくれる様子もない。
早く行って! お願いだから行って! 早く行って! お願いだから行って! ――一心不乱に念じ続ける陸。
しかし――
「おヤ。コれは珍しい。人間のお客さんとハ」
おもむろに列を外れ、こちらにやって来る一匹の雄狐。
陸は絶望した。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……川薙氷室神社宮司家の娘。ヒロインさん。高1。割といいかげん。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
雨綺 ……咲久の弟。小6。ハスキー犬系男子。
朱音 ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。
埼先生 ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。
木花知流姫……桜の神様。ギャルっぽい。
奇稲田姫 ……川薙氷室神社の御祭神。訳あって縮んだ。
しいな ……小さくなってしまった奇稲田姫の仮の名。
川薙 ……S県南中部にある古都。
茅山 ……川薙の南にある工業都市。
【更新履歴】
2025.6.18 微修正。




