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第7.2話 叢雲とわらしめ(中編)

 それは、まさしく「雲」と呼んで差し支えないものだった。

 女の子から湧き出たその「雲」は、まるで煙突の(ふさ)がれた暖炉(だんろ)の煙ように本殿(ほんでん)天井(てんじょう)()まり、(あふ)れて天へと昇ってゆく。


雨綺(うき)! 戻れ!」


 我に返った(りく)は雨綺を呼んだ。

 雨綺は本殿に背を向けているせいで、まだこの異常に気付いていない。


「は? 何だよ急に――うわっ!? なんだこれ!?」

「雨綺君!」


 異変にようやく気付いた雨綺を、海斗(かいと)が連れ戻しに走る。


 あれはヤバい! ――陸は身構えた。

 破滅騒動の時、同じような現象を見ている陸だ。

 あれは、木花知流姫(このはなちるひめ)が力を行使した時に見たオーラに似ている。


「なあリック! あれって――」

「話はあと!」


 連れ戻された雨綺の質問を、陸は(さえぎ)った。


 喫茶店で海斗が懸念(けねん)した通り、これは罠だったのだ。

 今度こそ自分を破滅させようと(たくら)んだ知流姫は、ここに罠を張って――


「いやいやもっとちゃんと見ろし。あれのなにをどー見たらあーしの(わざ)に見えんのよ?」


「わひゃあっ!?」


 回れ右した瞬間、目の前にいた女子に陸は飛び上がった。


 ◇ ◇ ◇


「ち、知流姫……?」


 唐突な割り込みに陸が腰を抜かしかけると、そこにいたのは木花知流姫だった。


「あ? 『様』を付けろし『様』を。アンタ、あんババアにはちゃんと様付けしてたじゃん。つかさ、アンタら時間になっても来ねーから、あーしてっきりフラれたんかと思ったら、あーし抜きで始めちゃってっとかさあ」


「あ、や。はぁ、まあ……」


 拗ねたような態度の知流姫に、陸は戸惑った。


 木花知流姫は、先日の破滅騒動の際、陸を破滅させようとしていた黒幕だ。

 朱音(あかね)を操り、ひまりを操り、咲久(さく)さえも操って陸を破滅させようとした死神のような存在。

 それなのに今の彼女はどうだ。

 これは知流姫の罠! ――と確信した矢先にひょこっと現れて、出て来たセリフが、「様付けしろ~」とか、「フラれた~」とか、「自分抜きで~」とか。

 元々彼女は桜の神様で、全然死神とかではないらしいとは言え、その態度はいくらなんでも……




「や。でもあの……てことはすよ。あの雲、てか女の子。知流姫……様の罠じゃないってことすか?」


 知流姫の態度に調子の狂わされた陸はどうにかこうにか質問した。


「は? 罠ぁ? いやいや全然違うし。なにアンタら、もしかしてあーしのことまだ敵とか思ってた?」


 こちらの警戒心を知った知流姫はけらけらと笑い始めた。


「や。でもオレ、シュオンとかひまセンパイに襲われた時、体からあんな雲的なヤツが湧くの見たし」


「だから違げーって。そもそもさ、アンタが前に見たのと、そこのそれ。全然別モンだし」


 そう言った知流姫は、警戒を解かない陸の脇を通って本殿へと行った。

 そして祭壇(さいだん)の所まで行くと、女の子が抱いている笠をどかすとその後ろに隠れていた物を取り上げて、


「ほら。アンタが見たのとは全然違うっしょ?」


 そう言った知流姫が見せたのは鏡だった。

 雲を湧かし続けているそれ。笠の影に隠れて分かりにくかったけれど、あの鏡こそが雲の発生源だったらしい。


「あー、じゃあ神様はもうぼくらの敵はやめたんですね?」


 それまで沈黙を守っていた海斗が会話に加わった。


「だからさっきもそー言ってっし」


 と、知流姫。


「まー詳しいことは省くけどさー、あーしは色々あってアンタらに神託(しんたく)? ってのを授けに来たんだけどー……あーでもちょい待ち」


 知流姫は話を中断すると鏡を女の子に返した。

 そして懐から何かを取り出すと、それを鏡に当てて、


「……あー、で、どこまで話したっけ? あー神託するってとこか。じゃいー言うけど……あーでもあーし、こーゆーのあんまやったことなくてー……」


「いやいやいやいや。今のなに?」


 何事もなかったかのように話を戻す知流姫に、陸が待ったをかけた。


 雲の発生が止んだのだ。

 けれど知流姫は、元々が気が短い性格なのか、急に嫌気が差してきたようで、


「え~!? ンなことまでいちいち聞くなって。つかさ、アンタ(・・・)もいつまで寝てんだって。 ほら! 起きろし!」


 知流姫が、女の子のいる祭壇の足元をガッと蹴っ飛ばした。

 祭壇が揺れ、壇上(だんじょう)に飾られていた祭具(さいぐ)がガダッと音を立てて床に落ちる。


「ちょっ!?」


「つーん」


 乱暴なやり方に色めき立つ陸を、無視する知流姫。

 けれど、そんなやり方でも意味はあったようで、それまで眠るばかりだった女の子がおもむろに目を覚まし、


「……」


 陸は固唾(かたず)を飲んで見守った。


 その女の子、寝ぼけているらしい。

 むにゃむにゃと眠い目をこすって体を起こしたはいいけれど、半目でぼーっと正面の壁を見つめてばかりいる。


「ほら! 今度はアンタの番!」


 いつの間にか背後に回っていた知流姫が、陸の背を乱暴に押した。

 けれど陸、心の準備がまだできてない。

 二三歩つんのめったあと、海斗たちの方を見たのだけど、


「うん。ここはやっぱり陸君が行くべきだよ。ねえ雨綺君?」


「え? そう? リックがイヤならおれが行っもごもご――」


「ほら。雨綺君も、『この大役をこなせるのは陸君以外にいない!』て」


「や。言ってないでしょ絶対……」


 堂々と雨綺の口をふさいでおきながらそんなことを言う海斗に、苦笑した陸。

 けどまあ、もし仮にここで嫌だなんて言おうものなら、本当に雨綺が出てきかねない。


「え、と……今、大丈夫……すか?」


 陸は恐る恐る声をかけた。

 すると女の子、まだ眠そうな眼でしばらく陸を見つめると、


「……なんじゃそなたは? ああいや、しかしちょうどよい。のう、そなた。わるいがわらわのてて上さま(・・・・・)はは上さま(・・・・・)を、よんで来てはくれぬか?」


「え、と……はい?」


 口を開くなり古風な口調で変なことを言い出す女の子に、陸は戸惑った。


(りく)    ……主人公君。高1。へたれ。

海斗(かいと)   ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。

雨綺(うき)   ……川薙(かわなぎ)氷室(ひむろ)神社(じんじゃ)宮司家(ぐうじけ)の息子。小6。ハスキー犬系男子。

朱音(あかね)   ……元迷惑系動画制作者。高1。根はいい子。

(さき)先生  ……朱音の担任。家庭科教諭。うっかりメガネ。


木花知流姫(このはなちるひめ)……桜の神様。ギャルっぽい。


川薙(かわなぎ)   ……S県南中部にある古都。

茅山(かやま)   ……川薙の南にある工業都市。


【修正履歴】

2025.4.10 雲の発生源の情報追加&微修正。

2025.4.20 微修正


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