第43.1話 六日目。昼。後悔と謝罪(一)
六日目。昼。公園――
海斗の緩ーい空気にやられた陸と朱音は、彼からおにぎりとお茶を受け取ると、ベンチに腰掛けた。
「じゃあまずはアタシから話させてもらうわ」
最初に口を開いたのは朱音だった。
彼女は「ちょっと説明ヘタクソかもだけど」と前置きすると、
「アタシがあれと出会ったのは、高校の合格発表があった次の日だったんだけど……」
と、自らの事情を語り出す。
◇ ◇ ◇
「――アタシさあ、小さい頃は体が弱くて、入退院を繰り返すような子だったの。まあ、大きくなってからは全然そんなことなくなってたんだけど……それが受験が近くなったからかなあ? ストレス的なヤツ? のせいで、お正月ぐらいからまた体調崩し始めてたんだよね」
「……」
陸は、ぽつぽつと語られる朱音の過去を真剣に聞いていた。
「えーとそっからなんだっけ……? あ、そだ。ほら」
自称・説明ヘタクソの朱音、早速言葉に困ったらしい。彼女はポケットを探ると二人に見せた。
「お守り?」
「うん。よく効くからってばあばが」
それは確かにお守りだった。
ただし真っ黒で、これが一体どこの、なにに効くのかさえも書かれてはいなかったけれど。
「アタシ、別に神さまとか全然信じてなかったんだけど、せっかくばあばがくれたんだし、とりま持ってたの。でもそしたらさあ……出たのよ」
「出るってなにが?」
「あれが」
「あれ? ……って、あれ!?」
陸は慌てて飛び退いた。
あれ。
それはたぶん、奇稲田の鏡を謎の力で塵に変えてみせた神霊のことだ。
正体が分からないからそんなふうにしか呼べないけど、あれこそが破滅を呼び込む元凶なのは間違いない。
「あーそんなビビんなくても平気。あれ、もうひまりの方に行っちゃったみたいだし」
「ビ、ビビってねーし!」
陸はビビってる人間のセリフを吐くと、また席に戻った。
◇ ◇ ◇
「あれと初めて会った日ね、アタシ、入院してたのよ。けど、なんか寝付けなくて、なんとなくこのお守り眺めてたんだ。そしたら……なんか見えてくるじゃん? 最初はアタシも、『やばっ! アタシめっちゃ疲れてない?』とか思ってたんだけど、そしたらだんだんはっきり見えてきて。飛んでるって言うの? あ。浮いてるか。とにかくそんな感じであれがアタシのことじーっと見てきてさあ……て、ここまで分かる?」
「ん? ああうん」
懸命に伝えようとする朱音に、陸は失笑した。
なんだろう、朱音のこの親しみやすさは。
今の朱音は、これまでの彼女とはどこか違う。
こっちが警戒してるのが馬鹿々々しくなってくるぐらいに、敵意も悪意も感じられない。
「で、それから?」
「うん。あれが言ったんだ。……っても、具体的には忘れちゃったんだけど。あー、自分にはやらなきゃいけないことがある。的な?」
やらなきゃいけないこと? それはつまり、その神霊にとっての仕事的な? ――陸は考えた。
陸が神霊と言われてすぐに思い付くのは、当然奇稲田だ。
けど彼女、仕事なんかしてたっけ?
いっつも隙あらばお小言か、さもなきゃテンションMAXではしゃいでるだけの陽気なニートみたいな感じのヒトで、とても仕事しているようには見えなかったんだけど。
「あいつさあ、それがなんなのかは教えてくれなかったのよ。でも、受験に力を貸してやったんだから手伝えって。アタシさあ、最初はあんま乗り気じゃなかったのよ。だって力貸したとか言われても、こっちは借りた覚えなんてなかったし。でも相手は神様だし、逆らうとガチでヤバそうでしょ? だからまあ、ちょっとぐらいならってことで、OKしたんだけど……」
朱音は俯いた。自分のしてきたことを振り返って、後悔しているらしい。
「あ! じゃあもしかして、氷室神社の事故! あれ、福士さんが!?」
「……」
海斗の質問に、朱音はコクリと頷いた。
なるほど。やっぱりあの絵馬小路の崩落も朱音――いや。神霊の仕業だったか。
とは言っても、それは奇稲田が最初から指摘していたことでもあったし、陸にしてみればそこに新たな驚きはないのだけど。
「氷室さんにはお店でも迷惑かけちゃったし……ホンットごめん!」
朱音は思い切り頭を下げた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
朱音 ……迷惑系・女子。高1。通称・シュオン。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




