第19話 三日目。午前。氷室神社。
三日目。午前。氷室神社。
いつも以上にごった返した境内にて――
「やっぱこうなるか」
スマホを構えた野次馬たちに交じった陸は、一人呟いた。
陸のすぐ前に張られているのは、昨日警察が設置した養生テープ。
あの事故から時が止まったままの絵馬小路は、今日、別の意味で観光スポットになっていた。
(絵馬掛けを調べよ。きっと手がかりがあるはず)
「んなこと言われたって……」
奇稲田の指図に、陸は困った。
テープに――立ち入り禁止――と書かれている以上、おいそれと踏み込めないのだ。神職の格好でもしていれば、野次馬の目くらいは誤魔化せそうだけど、あいにくと今日の陸は非番。私服だ。
なにか方法は……陸は考えた。すると――
「あ。リックみっけ! どーん!」
「リックって、あのな……」
突然の突き押しに、うんざりした陸。
「リックじゃなくて陸。だいたい雨綺はオレよりもずっと年下だろ? 陸さんとか陸兄ちゃんとか呼べよ」
「なんで? リックはリックじゃん」
雨綺と呼ばれた少年は、キョトンとした。
▼ ▽ ▼
陸のことをリックと呼び捨ててきたこの少年は、氷室雨綺。
小6。サッカークラブ所属。咲久の弟だ。
陸のことを見かけるたびに尻尾振って飛びついてくるハスキー犬みたいな性格で、陸にとってちょっと扱いに困る相手だった。
▲ △ ▲
「だからリックじゃねっての。オレ外国人に見えっか?」
もう諦めていた陸は、それでも一応諭した。
なんでこいつは毎度毎度呼ばれもしないのに寄って来るんだ?
小学生は小学生らしく、仲間内でワイワイやってればいいのに。
あ。でも待てよ? このやりとり、どっかで――
陸は思い出した。このやりとり、一昨日の咲久と長谷ひまりの時と同じだ。やっぱり姉弟なんだな。
「なあうっちゃん。こいつ誰?」
「ん?」
どうでもいいことを考えていた陸は、知らない声に脇を見た。
すると、いつの間に集まったのか、周りに小学生の集団ができていて、
「こいつリック。昨日ねーちゃん押し倒した」
『ガチで!?』
雨綺の紹介に、ガキどもが騒ぎ出した。
「……? ――はっ!?」
一瞬ポカンとしていた陸。そしてはっとする。
しまった。一番知られちゃいけない連中に知られてしまった。
でももうどうしようもない。
一度こうなってしまったら、男子小学生が人の話を聞いてくれることなんて、まずない。
「変態だー! ここに変態がいるぞー!」
「じゃチューは? チューしたの?」
「やっべー。こいつガチ変態じゃん。警察呼ぼうぜ」
案の定、好き勝手に囃し立てるガキども。周囲の野次馬の視線が痛い。
「ああもううっせーな! 散れ散れ! 散らねーとおめーらも押し倒すぞ!」
開き直った陸は、ガーっと両手を挙げてガキどもを追い始めた。
いっつもこうなのだ。雨綺が絡むと、大抵こんな展開になるのだ。
けれど、そんな騒がしい境内の中、野次馬の中に一人だけ、そんな彼に冷めた視線を向ける者がいて……
◇ ◇ ◇
「貴方、なにしてるのよ? 子ども相手に……」
「え?」
突然かけられた言葉に陸が振り向くと、
「――警察、呼んだ方がいいかしら?」
そこにいたのは胡乱な目をした長谷ひまりだった。
「あ、いや……」
ようやっと捕まえた雨綺にヘッドロックを決めていた陸は、思わず力を抜いた。
まさかこんな所でひまりに出くわすなんて。
「あの、どうしてここに?」
「なによ? 私がいちゃいけないって言うの?」
ちょっとした質問にもエグるような返しをするひまり。
「や。あの、そうじゃなくて……遊饌、午後からって思ってたから」
陸は肝を冷やしながら答えた。
今日の咲久のシフトを知っていたから、そう予想していたのだ。だからひまりが来るのは、もっとあとだろうと踏んでいたのだけど……
「なんで貴方がそんなこと知ってるのよ」
ひまりの返答に、陸はもう泣きそうだった。頑張って話してみたけど、やっぱりキツい。
「まあいいわ。貴方の言う通り、遊饌に行くのは午後からよ。私ね、咲久のバイトが終わるまで待ってようと思って、早めにむすひに行ったのよ。でもそしたら、あの子今日休み取ったって。ねえ貴方、なにか知らないかしら?」
「え?」
ひまりの質問に、陸は放心した。
なんと、あのひまりが初めて会話を成立させにきている。
けれど、そこに割って入ったのは雨綺で、
「ねーちゃん昨日事故ったから、今日は念のため休むって」
「事故? 貴方は?」
「雨綺。ねーちゃんの弟」
姉の弟ならそりゃ弟だろ。――自分でもよく分からないツッコミを入れたくなった陸。
けれどひまり、そんな意味不明な自己紹介でもちゃんと分かってくれたようで。
「あら。貴方、咲久の弟さんなの。で、事故ってどう言うことかしら?」
◇ ◇ ◇
「そう。事故があったとは聞いてたけど、まさかあの子が……」
昨日の崩落事故の被害者の一人が咲久――そのことを知らされたひまりはショックを受けていた。
「でもねーちゃん別にケガとかしてねーし、全然へーきだよ。むしろオレ、なんでリックケガしてんのにここにいんのか分かんねーんだけど」
「怪我?」
雨綺の話に、ひまりが怪訝そうな顔をした。
「うん。なんかリック、ねーちゃん押し倒した時にケガしたみたいなんだけど」
「あっ!? しっ!」
なにを言い出すんだこいつは!? 慌てて雨綺の口を塞いだ陸だ。
実は陸、昨日の件はひまりに知られたくなかったのだ。
この先輩、自分のすることならなんでも否定してきそうで怖いから。
「それ、どういうことよ?」
「や。あれはその……たまたまそうなっただけと言うか」
「分からないわ。いいからちゃんと分かるように説明なさい」
「はい……します」
例の眼光でギラリと睨みつけてくるひまりに、陸は神妙に頷いた。
こんな調子で本当に勧誘なんてできるの?
ちょっと怪しかったけれど、それでも陸は彼女に言われるがまま、事情を説明して聞かせた。
陸 ……主人公君。高1。へたれ。
咲久 ……ヒロイン。高1。氷室神社の娘。
奇稲田……氷室神社の御祭神の一柱。陸に協力する。
海斗 ……陸の友人。高1。さわやかメガネ。
ひまり……咲久の先輩。高2。弓道部。
雨綺 ……咲久の弟。小6。やんちゃな犬みたいな子。
川薙市……S県南中部にある古都。小江戸。江戸情緒が香るけど、実は明治の街並み。




