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聖水輸送任務




(まったくあの……顔が良い変態上司は何を考えているんだか……ッ)


 えええええ~、と情けない声を上げるアレクシスを放置し、執務室を出たレイナは靴音高く廊下を行く。


 確かに四年前は不覚を取って大怪我を負った。だがそれから鍛錬を積んで、アレクシスの補佐官に抜擢され、隊のトップ3の実力があると今さっき認めてくれたばかりではないか。


 なのに、方法はどうあれ特別対応をしようとするなんて、トップ3の実力でもまだ単なる危なっかしい部下の位置止まりなのだろうか。


(隊員全員に聖呪を施すというのなら……………………)


 いや、無理だ。

 絶対に無理だし、あの上司にやられることを考えると……うちの隊の全員が駄目人間になる。


(これから結界装置切り替えだっていうのに……)


 はーっと深い溜息を吐き、レイナは騎士団の施設廊下から王城の方を見た。

 大きな全壁面窓の向こうにそびえる、金色の屋根を持った尖塔。それがいくつも並ぶ王城の最上部に、今年の夏至に切り替えが行われる「結界装置」が安置されている。


 巨大なガラス管が二つ、特殊な金属で繋がれた結界装置は、上部に細い針状の管があり、煙突のように屋根から空に向かって突き出している。

 ガラス管の片方には大量の聖水が満たされ、例の突き出した管を通って上空へと吹き上げられると、大気と結合して結界を作り出すのだ。


 その聖水が切れるのが四年で、事前に片方のタンクいっぱいに聖水を注ぎ、一番昼が長い夏至に噴出装置の切り替えを行う。

 レイナたちが暮らす国は大陸の端にあり、長い歴史の中で、海の向こうにある異界からの魔族の侵攻に晒されることが多かった。

 それを退ける結界装置を開発したのが、今はもう滅亡してしまった古代魔導化学大国出身の、現王家の始祖である。

 彼らは魔族が痛みを感じる物質を発見し、それを応用させて国全体に幕を張る装置を作り出した。

 噴出する「聖水」と呼ばれる物質は大気と結びつき、王都を中心としてドーム状に展開している。

 だが聖水が切れると同時に、層は薄く揺らぎ始め、痛みを堪えることができる高位の魔族が海岸から侵入してくるのだ。


 それを撃破する目的で作られたのが宵闇騎士団だ。


 ちなみに宵闇騎士団を含む、全ての騎士団の総帥は変態上司、アレクシスの父であるジルブランシュ公爵である。

 こうして長年、宵闇騎士団は結界装置の切り替え時に備えて鍛錬を続けてきていた。

 魔族も魔族で、この地で生きていけるように改良した「魔物」を定期的に放つため、結界を掻い潜って現れる、知性の低いそれらを退治してまわってもいた。


(討伐戦でのアレクシス隊長はドSといっても過言ではないのに何故平常時はああもポンコツなのか……)


 遠い目で王城を眺めた後、再びレイナは歩き出す。


 地位も家柄も容姿も力量も、向かうところ敵なしの完璧上司のはずなのに、何故かレイナにとっては「厄介極まりない」存在でしかない。


 彼女が宵闇騎士団に入団し、第一隊という名誉ある隊に配属されたのは今から六年前……十七歳の時だ。


 その頃、すでに第一隊隊長だったアレクシスは雲の上の存在で、下っ端でしかないレイナがおいそれと話しかけていいような存在ではなかった。


 それから二年。

 二十歳の時に、ついに結界装置切り替えが行われた。


 装置の切り替えは、ただ単に金属管とそれに付随する噴射装置を移動するだけではない。

 まず空いているガラス管に流し込む大量の聖水を確保しなくてはならないのだ。

 聖水は、人と同じ姿形をしながら人よりもずっと高い魔力と生命力、寿命を持つ『精霊族』の都に存在している。


 精霊の都は「ここではない」場所を漂う存在なので、その都を統べる精霊帝と連絡をとるためには、都の位置を特定できる能力を持った使者を送らねばならない。


 使者は光の魔力を多く持つ家系の人間で、精霊の都の住人と唯一交感ができる存在だ。


 彼らは一週間かけて帝とコンタクトを取り、一定期間、「こちらの世界」に通じる道を開けてもらう。

 そこから宵闇騎士団が、精霊帝から聖水を授与され輸送を担うのだ。


 その際に連れていくのがミス・ダイヤモンド……結界装置切り替えで重要な役割を担う、精霊族の血と使者一族の血を引く存在である。


 彼女は結界装置の切り替え作業が行われている間、「聖水」の役割を果たす。


 結界が止まり、風に乗って全て消えてしまう前にミス・ダイヤモンドが自らの魔力でそれを肩代わりするのだ。


 彼女たちは代々、「ダイヤモンド」の名を継ぎ、今回のダイヤモンドはレイナの一つ下、二十二歳だ。

 前年は高齢のダイヤモンドが装置の切り替えを行い、今回のミス・ダイヤモンドは代替わりして初めて切り替えの儀式に臨む。


 先代は大らかでベテランらしく堂々としていたが、新しいダイヤモンドは、緊張のあまり線の細い美しい容貌が、更に青白く儚げになっていた。


 彼女を筆頭に精霊の都へと出向き、ダイヤモンドと隊長が帝の歓待を受ける間に、部下たちは聖水を「こちらの世界」に運び出す。


 精霊の都側で専用容器に入れた聖水を用意してくれ、丸いガラス玉のようなそれにいっぱいに聖水が満ち、ふわふわ浮いて、バルーンのように引っ張って移動する。一つの球体だけで巨大なガラス管を満たすことはできず、宵闇騎士団の第一から第四までが輸送を担っているのだ。


 更に、結界が弱まるのを狙う魔族が聖水輸送の邪魔すべく魔物を放ってくる。その相手もしつつ無事に王都まで運ぶのは非常に神経を使うので、最後に盛大なパレードがあるとはいえ、疲労困憊するのは間違いない。


 こうして結界装置の切り替え時には最新の注意が払われるのだが、同じころ海岸での防衛戦が開始される予定だ。


 たとえ魔族が嫌う「昼」が最も長い夏至に装置の切り替えをし、ミス・ダイヤモンドが簡易の聖水となるのだとしても……数を持って攻められると非常に厄介だ。


 実際四年前、レイナはそこで怪我を負った。




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