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31 愛があれば

 進展があったとのことなので、セラフィナは呪術研究所を訪問した。できればジルも一緒がよかったのだが、彼はいきなり用事ができたらしく書庫にこもることになってしまった。「あのクソ軍師が……」とブツブツ言っていたので、シメオンから何か頼まれごとでもされたようだ。


 研究所に着くとまずは定期検診ということで、女性研究者に検査をしてもらった。結果は、問題ない……それどころか、最近めっきり調子がよかった。


「呪いの影響が少ないようで、よかったよ。……そういえば君たち、交際しているんだったかな」


 カルテを書きながらラモンに聞かれたので、どきっとしつつもセラフィナはうなずいた。


「そう、です。ええと……それも関係があるのでしょうか?」

「あるだろうね。まず、恋人同士になったことで物理的な距離が狭まり、君はジル君の匂いを存分に嗅げるようになった。それから、信頼できる恋人が側にいるということで精神面でも安定した。呪術はもちろんだけど病気にしても、精神的に参っているときには重症化しやすい。そういう面でも、ジル君と恋人同士になったというのは非常によいことだと言える。……それから」


 カルテを書き終えたラモンは、「これは仮定だけれど」と前置きをした上で続けた。


「我々が現在特定を進めている、魔女。彼女がどういう理論で呪術を組み立てたのかにもよるが……もしかするとその呪いは、偽りではない本当の愛で結ばれた恋人同士だと効果が薄まるのかもしれない」

「そういうこともあるのですか?」

「最初の訪問時に言ったかもしれないけれど、こういう類いの呪いはそもそも、意中の相手を我がものにしようと望む者が依頼することが多い。呪術によって偽りの恋愛感情を抱くのならばともかく、その間に本当の愛があるのならば呪術の効果そのものがなくなるのでは、という推測もあるんだよ」

「なるほど……」


 呪術に関して一言で説明することはできないようだが、確かにこの呪術のそもそもの目的が恋愛成就であったならば、両思いになった場合に呪術の効果が薄まるというのも考えられそうだ。


 ラモンはにっこりと笑い、カルテをデスクに置いた。


「愛は何よりの武器になる、ということだね。……もちろん、君たちの未来を明るいものにするには呪いを解く必要があるが、最悪一生呪いと付き合っていくという方法もある」

「……」

「もちろんそうなると君たちの行動に制限がかかるが、そうなると犯人の思惑は外れたことになる。そして――長期戦を覚悟で戦い続けた結果、何かしらの事故でノートが壊れれば、呪いが解ける。それを待つ、という方法もなくはないんだ」

「……はい」

「無論、我々は犯人の捕縛に尽力する。だが……ジル君がいるのなら、悲観するのはまだ早い、ということだ。まずは君たちが体力的にも精神的にも安定しているように努めなさい。……おそらく犯人も、君たちが健康で幸せでいるのならば焦り怒るだろうし……尻尾を出しやすくなる」


 ごくり、とセラフィナはつばを飲んだ。


「何にしても、二人でよく連絡を取り合うように。……といっても、この前のジル君の様子を見れば大丈夫だね」

「ええと……ジルが何か言っていましたか?」


 この前、というのはおそらく以前ジルが言っていたときのことだろう。

 ラモンは傍らにいた女性研究者にカルテを渡すと、ふふっと笑った。


「彼ねぇ、私が君の名前を呼んだだけで明らかに顔をしかめたんだ。ああ、嫉妬しているんだなぁ、ってよく分かったよ」

「そ、そうですか……」

「うんうん、若いのはいいことだ! かくいう私も二十代の頃に――」


 その後ラモンの甘くてほろ苦い昔話が始まりそうになったが、気を利かせた女性研究者が割り込んで診察室から脱出させてくれた。


(……ジルと一緒なら、呪いとも戦っていけるわ)


 研究所を振り返り見て、セラフィナは深呼吸した。


 呪術だか魔女だか知らないが、絶対に負けたりしない。


 セラフィナは、一人ではない。協力してくれるラモンたちや、トリスタンたち大切な家族。そして……ジルがいるのだから。

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