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27 それを言うときは

「つまり、トリスタンは私の母が最初の結婚のときに産んだ息子――私のお兄様なの」


 ちり、と小さなテーブルランプの明かりがともる個室で、セラフィナは静かに言った。


「でも、お父様たちはそのことを隠そうとはなさらなかった。私もトリスタンも、お互いのことをきょうだいだと認識して育った。トリスタンのことを兄と呼ぶことはできないけれど、彼は私のことをとても可愛がってくれた。うちの私兵だったのに王城で働いているのも……いずれ私が働きに出た際、いつでも側で見守れるようにするためだと言っていたわ」

「……君たちが親密なのは、母君を同じくする兄妹だからだったんだね」

「ええ。これを知っているのは、ラミレス家周りのごく一部の人間のみ。知られたら……とんでもない醜聞になりかねないからね」

「でも、それを君は僕に教えてくれた。……ご両親も兄君も、その事実を僕に明かすことを許してくれた」


 ジルが言うので、セラフィナはゆっくりうなずいた。


「ええ。このことを話したい人がいる、その人は私の大好きな人だから……って、きちんとお話をしたわ」

「……」

「……ジル?」

「……僕は……とんでもないことをさせてしまったんだな……」

「もう、何を言っているの。……私は、あなたに信頼してほしかった。それに……あなたにならきっと、このことを打ち明けても大丈夫だと思ったのよ」


 セラフィナは微笑み、少しぬるくなったココアを口に含んだ。


「トリスタンも、『あの司書なら信頼できそうです』ってあなたのことを認めていたのよ? 彼、あなたのことをちょっと疑っている時期があったから、それだけの信頼を勝ち得たってことじゃない」

「……」

「……何か、他に気になることでもあるの?」


 ジルの様子が気になったので問うと、彼は少し目をそらした。


「……ラミレス家の事情は、分かった。約束通り、このことは絶対に……たとえ王命だろうと口外しない。そして、君たちの兄妹仲を邪推したことも詫びる。……すまなかった」

「いいのよ。……それで? 私はトリスタンのことをお兄様としか思っていなくて、あっちも私のことを妹として見守ってくれていた、ってことで……私の告白が嘘じゃないって、信じてくれる?」


 思い切ってテーブル越しにずいっと詰め寄ると、ぎょっとした様子の彼は手元のカップを倒しそうになりつつもキャッチし、そわそわと指をいじり始めた。


「そ、それは、もちろん。……ただ」

「ただ?」

「……。……あの、さ。実は僕も……君に内緒にしていることがあるんだ」


 ジルは指いじりをやめて顔を上げ、眼鏡越しでない灰色の目をきりっと細めた。


「本当は、ずっと言わないつもりだった。でも君は明かしてくれたし、まあ僕の秘密は君のに比べればたいしたことはないから――」

「ちょっと待った!」


 さっと右手を挙げて制すると、ジルはきょとんとしてセラフィナを見てきた。


「まさかのまさかだけど。……あなたは今から、自分のその『内緒にしていること』を暴露するつもり?」

「……そうだよ」

「なんで?」

「なんで、って……君がラミレス家の秘密を明かしたんだから、僕の方も打ち明けないと平等じゃ――」

「ジル」


 言葉を遮り、セラフィナはジルの灰色の目をまっすぐ見つめた。


 彼の言わんとすることは、分かる。その気持ちも、分かる。

 ……だが。


「私はそういう理由で、あなたの秘密を聞きたくはないわ」

「……」

「秘密を持つことや明かすことに、平等も不平等もない。それに、あなたの秘密が私の秘密と比べて軽いとか重いとか、そういうのも関係ない」


 迷いの浮かぶ灰色の目に、セラフィナは語りかける。


「あなたの秘密は……仕方なく、とか、対価に、とかではなくて、あなたが言うべきだと思ったとき、言いたいと思ったときに聞かせてほしい。あなたが自分で後悔しないタイミングを見つけて、そのときにこそ私に秘密を明かしてくれないかしら」

「……」

「もちろん、『そのとき』が一生来なくても構わないわ。……どんな秘密があったとしても、ジルはジルだもの。今のあなたが……私は、好きだから」


 灰色の海が、揺れた。


 彼が抱える「秘密」がどんなものなのかは、分からない。だが……今の彼を形作っているのだろうその秘密は、来たるべき日が来るまでしまっておいてほしい。


 もしかすると、その秘密はジルという人のあり方を変えるものかもしれないけれど……それでもセラフィナは、秘密を明かしたジルをまた好きになるだろう。それだけの時間を、二人は重ねてきたのだから。


 ジルはしばし黙っていたが、やがてその唇がほんのりと弧を描いた。


「……だめだな、僕。本当に……情けない」

「情けない姿を見せてくれるようになったのは喜ぶべきことだと、思っていいかしら?」

「……うん、そういうことにしておいて」


 ジルは小さく笑うと、カップを手にしていたセラフィナの手をそっと、両手で包み込んだ。


 いつも古びた本をきれいに並べ、修理している手のひらは、セラフィナのそれよりずっと大きい。痩せていて猫背気味なのでうっかり忘れがちだが、案外彼は高身長で手も平もがっしりしているのだった。


 ――とくん、と心臓が優しく拍動する。


「……僕も。呪いにかかるよりも前……ずっと前から……君のことが、好きだよ」


 ……セラフィナは、悲しいときだけでなくて本当に嬉しいときにも涙が零れるのだと、人生二十年目にして初めて知った。

感想欄やレビューは開けたままにしますが、今回発覚した「秘密」については書かないようお願いします。

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