26 セラフィナの秘密
「少しだけ時間をちょうだい」とジルに言った、五日後。
「お待たせ」
「僕も今来たところだ。……温かいものでも飲むか?」
「そうね。あなたのお勧めでお願い」
仕事を終えて居酒屋を訪れたセラフィナを、ジルが迎えてくれた。
ここ数日はセラフィナの体調管理のためだけに会っていたが、セラフィナの方の準備ができたのであの話の続きをすることになった。
「他の人に聞かれない場所で」と言ったところ、ジルは前回行きそびれた例の居酒屋の一番奥にある個室を予約してくれていた。ここなら、店員を呼ぶためのベルを鳴らさない限り人が近づくことがない。
外は少し寒かったのでホットワインで体を温めてから、料理を注文した。話をしている途中に店員が料理を持ってきたら困るので、注文の品全てが揃ってからセラフィナは口を開いた。
「……食べながら話す? それとも、食べてからにする?」
「もし君の話を聞いて僕が胃の中のものを吐き出しそうになるような内容なら、先に聞きたい」
「そういう系統じゃないから、大丈夫。……でもせっかくだから温かいうちに食べたいし、先にご飯にしましょうか」
「そうだな。セラフィナはゆっくり食べればいい」
「あなたももうちょっとゆっくり食べればいいわよ……」
そういうことで、セラフィナは前から食べたいと思っていた魚メインのコース料理をゆっくりいただくことにした。
案の定、セラフィナがメインディッシュにナイフを入れている頃にジルは既にデザートまで平らげていたが、持ってきていた本――前セラフィナが貸したものだ――を読んで待っていてくれた。
セラフィナの食事も終わり店員が食器を下げ、食後のドリンクを持ってきて下がったところでセラフィナは咳払いをした。
「……それじゃあ。長らくお待たせして、申し訳なかったわ」
「いや、君にも事情があったんだろう?」
「……まあね。実家と連絡を取っていて」
セラフィナが言うと、紅茶入りのカップを手にしていたジルが目を瞬かせた。
「……君のご両親にも連絡を入れるべきことなのか?」
「……ええ。あの、ジル。今から私が言うこと……絶対に、誰にも言わないでほしいの」
セラフィナがそう言うと、ただならぬ状況を察したらしいジルは目を細めてカップを置いた。
「……待って。もしかしなくても、かなり込み入った事情があるのか? それこそ……実家と連絡を取らないといけないくらいの事情が」
「……」
「それなら言――」
「でも、あなたに聞いてほしいと思った。あなたなら、言っても大丈夫。……そう思ったからお父様とお母様に伝えたし、トリスタンもいいと言ってくれたの」
たたみかけるようにセラフィナが言うとジルはしばし黙った後に、ゆっくりうなずいた。
「……約束する。絶対に口外しない。墓場まで……いや、地獄で拷問されたとしても絶対に口を割らないと誓う」
「そこまでしなくていいわよ……」
ジルは死んだら地獄に行くこと確定なのか、とも思ったがそれには突っ込まず、セラフィナは居住まいを正した。ジルが念のためにいったん個室を出て廊下を確認して戻ってきてから、口を開く。
「……私とトリスタンはあなたの想像通り、ただの雇い主の娘と私兵の関係ではないわ」
――今から二十五年ほど前。
セラフィナの母である現ラミレス夫人は、商家の娘だった。だがその経営状況は決してよろしいとは言えず、いつも資金難になっていた。
セラフィナの母は両親の勝手な都合により、二十も年の離れた金持ちのところに嫁がされた。金持ちは若くて美しい娘を妻にする代わりに、その実家に金銭援助をするという約束をしたそうだ。
セラフィナの母は、望まぬ子を産まされた。金持ちは妻と息子を虐待していたが、やがて暴行罪により捕まり、母子は助け出された。だが彼女の実家は潰れており、乳飲み子を抱えて路頭に迷っていた彼女を迎えてくれたのが、次期ラミレス家当主の青年だった。
彼は母子の境遇に同情し、最初は侍女として実家に雇い入れた。だが次第に二人は愛情を育むようになった。
幸いラミレス家当主は寛大な人だったし侍女の真面目な仕事ぶりとその人柄も気に入っていたので、息子との結婚を認めてくれた。……だがその条件として、よその男との間に生まれた息子を里子に出すよう言った。
ラミレス家は末端ではあるが、貴族。よその男の血を継ぐ息子を後継者にすることはできない。
二人はその条件を呑むことにした。当時まだ一歳そこらだった息子はラミレス家私兵であるガロ家の養子になり、正式に結婚した二人の間に娘――セラフィナが生まれた。
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