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23 思いがけない出会い②

「……嫉妬、してるのか?」

「えっ」


 背後から声が聞こえてきたので振り返ると、そこには意味深な笑みを浮かべるシメオンが。彼はつい先ほどまで書庫の入り口にいたはずなのに、いつの間にここまで迫ってきていたのだろうか。


「君、あの司書の恋人なんだろう? ……恋人が王妃様と親密そうに話をしていたら、やっぱり妬けてしまうか?」


 シメオンが笑顔のままそんなことを言ったので、セラフィナは一瞬言葉に詰まり――そして、ふふっと笑った。


「まさか。王妃殿下は国王陛下の寵愛を受けるお方です。そんな方に頼りにされるジルのことを誇らしくは思っても、お二人の親密さに妬いたりはしませんよ」

「……そっか。君、思ったよりも度胸があるんだね。いい奥さんになりそう」

「まあ。それは、夫の少々の不貞くらいなら見逃してあげそうだから、ですか?」

「はは、いや、そういうわけじゃ……おごぉっ!?」


 言葉の途中でシメオンは悲鳴を上げ、後頭部を押さえてしゃがみ込んだ。……彼の背後には、分厚いクリップボードを手に立つジルが。


「……僕の目の届く場所で僕の恋人を口説くとは、よい度胸ですね、クレベルソン閣下」


 クリップボードをぽんぽんと手の中でもてあそびながらジルが冷めた口調で言ったことで、彼がそのボードでシメオンの後頭部をぶっ叩いたのだとセラフィナは気づいた。


 ……気づいてさっと血の気が引く思いがして、シメオンの前にしゃがみ込む。


「閣下、大丈夫ですか!? ……ちょっと、ジル! 軍師様になんてことをしているの!? 首が飛ぶわよ!」

「飛ばないと分かっているからやった。そもそも、書庫内でいかがわしい会話は禁止です」

「いや、そんなルールないだろう」

「僕が今、作りました」

「職権乱用だろう!」

「第二書庫の全ては僕の管理下に置くと、国王陛下もおっしゃっています。よって、この書庫内では法律よりも僕の発言が優先されます」

「鬼畜司書め……」

「あ、あの。ジルを罰したりしないのですか?」


 やたら軽快にぽんぽんと言葉を交わす男二人に圧倒されていたセラフィナが問うと、立ち上がったシメオンは苦笑してかぶりを振った。


「あー、いいよ、いいよ。可愛いお嬢さんに免じて許し――だからその目、やめろって。怖いから」

「分かっていただけたなら光栄です、閣下」


 ジルが慇懃にお辞儀をしたところで、「そうですよ」というおっとりとした声が聞こえてきた。


「他人の恋人と分かっていて口説くのは失礼なことですよ、シメオン」

「王妃殿下……」


 数冊の本を手にしていたルセリアはそれをシメオンに渡し、セラフィナを見て微笑んだ。


「うちの騎士団長が、失礼しました。今後このようなことがないよう、陛下にもよく申し上げておきますのでご安心くださいね」

「え、いえ、滅相もございません!」

「ふふ、遠慮しなくていいのですよ。……行きましょう、シメオン」

「はい。……あぁ、今日は陛下にこってり絞られるなぁ……」


 シメオンが背中を丸めて、ルセリアがくすくす笑いながら出て行くと、第二書庫は一気に静かになった。


(……えーっと)


「……ジル?」

「……」

「……」

「……。……今日も、する?」


 くいっと眼鏡を指で押し上げたジルが尋ねてきた。相変わらず彼は言葉を省略させているが、天然なのかわざとなのかよく分からない。


「す、するわよ、もちろん。でも……軍師様にあんなことして、本当によかったの? 殴ったわね?」

「殴ったな」

「本当の本当に、不敬罪になったりしない?」

「しない。もし今ので不敬罪になるのなら、僕はとうの昔に死んでいる」

「はぁ……」

「それより、いつもの席に行こう……なんだかやたら重そうな鞄だけど、鉄の塊でも入っているの?」

「違うわよ! あなたにお勧めする本を持ってきたの!」


 ほら、と鞄を開けて中にぎっちり詰まった本を見せると、さっと眼鏡を外したジルは灰色の目を丸くした。


「……本当に持ってきてくれたんだ。ありがとう、読ませてもらうよ」

「喜んでもらえそうで、よかったわ。じゃ、行きましょうか」


 そうして二人はいつもの席に並んで座り、お互い読書を始めた。セラフィナの期待通りジルは本日持ってきた推理小説を気に入ってくれたようで、かじりつくような姿勢で読んでいた。


(……本当に、本が好きなのね)


 彼の肩に寄りかかって浅い呼吸をしながら、その横顔を見つめる。眼鏡を掛けていないため、灰色の目がよく見える。その目は今はセラフィナではなくて無機質な文字列を追っているが……そんな彼の眼差しが、セラフィナは結構好きだ。


「……そういえば」

「……何?」

「さっき、王妃殿下と一緒に本を選んでいたでしょう。やっぱりジルも、王妃殿下みたいなきれいな女の人が好き?」


 何気なく話題を振ると、読んでいたところに親指を挟んだジルが怪訝そうな目でこちらを見てきた。


「……確かに王妃様はきれいだと思うけれど、顔の美醜と好悪の感情は関係ないだろう」

「そうかしら? やっぱりきれいな顔の人に惹かれることが多いんじゃない?」

「……君も、そうなんだろう」

「え、何が?」

「……何でもない」


 なぜかジルはむくれたように言い、読書に戻ってしまった。


(……別に私は、自分が面食いだとは思わないけど……)


 少しだけ変な感じがしたが、ジルの匂いが心地いいのでそちらに気を取られてしまった。

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