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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#07_僕らの洋上生活

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04小王子

 地下酒場『フェガト』での一件を経て、アスカたちは素早く移動した。

 そのまま留まっても官憲がやってくれば何かと面倒だし、死したマドセン男爵の言が正しいなら、セナトール殿下とやらを助けねばならないからだ。

 セナトール殿下はタキシン王国王太子|(三十路)の長子である。

 ややこしい話だが、王太子とはつまり王子であり、その子もまた王子と呼ばれる。「王子」とは、国王の子弟、またさらにその子弟の男子に与えられる称号だからだ。

 そう言うわけでこのセナトール殿下もまた王子である。

 タキシン王国王子派|(王太子派)の首魁が王子であり、セナトールもまた王子。

 この辺りで王権や貴族称号に疎いアスカは混乱した。

 した結果、アスカ隊一同の臨時会議にて、セナトール殿下の事は仮に『小王子』と呼んで区別する事と相成った。

「ニースの娘が小ニースだからこれでよし」

 ひとまず安堵して額の汗を拭ったアスカの呟きは、誰にも理解されなかった。

 ともあれ、そんなやり取りを足早にこなして向かったのは、宿場町マルモアから少し離れた林の中にひっそりと建つ古い館だ。

 規模としては日本の庶民にも平均的な2階建て一軒家という佇まいである。

「ここか?」

 木造とレンガ造りを折衷した質素な2階家を、少し離れた草むらから遠巻きに覗いながら、先頭で身を屈める鈍色の『板金鎧(プレートメイル)』の乙女が呟く。

 すでに夕刻も近付き、辺りは徐々に薄暗くなろうとしているが、件の2階家には今だ灯りが入る気配も無かった。

「そう。たぶん」

 言葉少なく彼女の呟きに頷いたのは、マドセン男爵の言葉を最後まで聞いていた銀髪の少女ナトリだ。

 マドセン男爵が語り切れた話はそれほど多くない上に、息も絶え絶えで聞き取れなかった部分もある。

 最後まで聞いていた、とは言え、ナトリが手に入れた情報は「追っ手が王子を攫った」「追っ手は町郊外の林に仮のアジトを構えている」という2点だけだ。

 そこから該当する施設を探した結果が、今、眼前にある2階家だった。

「で、どうするの? 敵の規模も構成も、何も情報無いんだけど」

 位置的に一番後ろであり、なおかつ背も低い為に目標建築物の全容が覗えてないマリオンが問う。

 この言葉に一同は「うん」と頷きつつ考えをめぐらせた。

「クーヘンが偵察するデス?」

 再び自分の活躍の場だ、とばかりにそう提案するのは、『探索者(フェレット)』という専用職業(クラス)を持つ人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムだ。

 だが、未だ結論を出していなかったアスカは、ただ黙って彼女の頭を撫でた。

「敵の人数はそれほど多くない」

「その根拠は?」

 ポツリと意見を述べたのはナトリで、アスカはすかさず疑問を挟んだ。

 これから突入にせよ潜入にせよ、命を賭けることになる作戦だ。いい加減な意見なら採用できない。

 そんな鋭い目つきのアスカなど恐れるも無く、ナトリは淡々と答える。

「仮にせよアジトなら、作戦従事者が寝泊りしている筈。あの規模の建物なら、多くても5、6人だと思う」

 考えてみれば確かにその通りだ、とアスカは大きく頷いた。

 先に「日本の庶民にも平均的な2階建て」と表現したが、正にそんな家に住む日本人なら、おそらく4人程度の家族であろうし、そうして見れば、詰め込んでも10人と住める建物ではない。

 全室を使って雑魚寝、というならそれ以上の滞在も可能だろうが、そもそもそれならもっと規模の大きなアジトを探すだろう。

「それくらいなら突撃でもいいんじゃない?」

 推定人数に安堵の息を付いたマリオンが、気楽に言う。

 相手のレベル次第ではあるが、彼女達アスカ隊もすでに手練と言っていい実力者だ。同数か、少しばかり上回る程度の人数が相手なら、そうそう負ける気はしない。そういう自信の表れからの発言であった。

 ただ、アスカは即答しかねる、とばかりに曖昧に頷いた。

 彼女が言い澱む原因が何かと言えば、マリオンの自信が寄って立つ、『経験』そのものにあった。

 これまで幾度の死線をくぐったと、胸を張って誇れる経験は確かにある。

 だが思えば『頭脳プレイ』が圧倒的に足りていなかった。と、これまでを振り返って気付いたのだ。

 戦術を練る、という意味ではよく頭を使ったつもりだ。

 人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレム2体という、利点でもあり弱点でもあるメンバーを擁するが為に、アスカという『盾』をより効果的に使う戦術が必要だった。

 まぁ、それ以外はお察し、という感じではあるが。

 そもそもこの度の小王子救出などというケースは、アスカ達には手に余ると言っていいだろう。

 アスカの故郷である日本やその世界なら、こんな案件は特殊部隊の出番である。

 特殊部隊、と言っても、アスカにはその特殊の内容は良くわからないが、とにかく特殊な事が出来る連中なのだ。

 人質救出など、その特殊ケースの内だろう。

 それに対し、アスカたちはごく単純な吶喊、突撃、でここまでやって来た。

 どうしよう、こんなことで小王子を生きたまま救出できるだろうか。

 出来なければどうなる? 国際問題に発展するだろうか。

 元々ただの女子高生であるアスカには、国際問題というのがどんなものか判らない。だが、「ただならぬ事なのだろう」と言う事だけはなんとなくわかった。

 どうしよう、どうしよう。

 この世界で気ままに生きるつもりが、何かとんでもない事になったんじゃないか?

「アスカ?」

 そこまでグルグルと思考の落とし穴に嵌った所で、自分を呼ぶ声に我に返った。

「大丈夫? 顔が青いけど、どっか悪いんじゃないの?」

 マリオンの憮然とした表情。だがこれは彼女が心配した時の表情である事を知っていたので、アスカはキッと眉を上げて取り繕った。

「いや、大丈夫だ、落ち着いて1本いこう。まだあわてるような時間じゃない」

「何よ1本って」

 マリオンの軽いツッコミをスルーしつつ、気付かれない様にそっと息を吐く。

 そうだ、自分はこの(パーティ)のリーダーなのだ。ここで動揺するようでは、マリオンやナトリも安心して付いて来られない。

 アスカはそう自分に言い聞かせ、音が出ぬように自分の腿をつねって気を引き締めた。引き締め、少し冷静になった頭に浮かんだ策を口にする。

「こういうケースでは、まず陽動で2階を攻撃し、敵が慌てて1階に集結したところを本隊で叩くのがいい」

「なるほど。いい案ね」

 もちろん漫画からの知識である。

 ちなみに以前、アルトが同じ作戦をアルト隊でぶった事があるが、情報元は同じ漫画だった。

 日本のオタクは、日々読みふける様々なフィクションから多くの雑学を得て、それをさも自分の経験の様に扱う事に長けている。

 アスカもまた、そんなオタクの1人であった。

 ちなみにこの作戦、敵を逃がさず集結させて叩く、という、相手を一網打尽にする為の戦術である。単に建物を奪還するだけならもっと簡単な作戦もあるだろう。

 ただアスカにも他のメンバーにも代案など無かったので、この作戦を採用する事と相成った。

 かくして、大まかな作戦決定後に、もう少し細かく打ち合わせをしてから、お馴染みの戦闘フェイズが開始となる。

 もちろん、相手側に気付かれていないので、1ラウンド目からこちらの先制行動だ。

 まず、マリオンとナトリが同時に動いた。

 敏捷パラメータで言えば3人娘中ではアスカが一番早いのだが、未だ遠中距離であるので先に魔法を、という訳だ。

「『ファイアボール』」

 マリオンの高い声が上がり、掲げられた『短杖(ワンド)』の先にバレーボールほどの火球が出現する。

「いっけーっ」

 続いて振りかぶり杖の先で2階バルコニー付近を指せば、火球は小さく螺旋を描きながら飛翔した。

 バルコニーの柵に直撃、そして爆発。『ファイアボール』は轟音と共に木製の柵をかなりの範囲で吹き飛ばした。

 『ファイアボール』は4レベルの緒元魔法だが、他の攻撃魔法に比べるといまいち人気が無い。なぜかと言うと、その訳は今の光景に表れている。

 威力も見た目も派手な割りに、効果範囲が微妙なのだ。

 『ファイアボール』の効果範囲は着弾点から垂直平面方向に半径5メートル。つまり軌道が螺旋を描くとは言え、直線的にしか飛ばせない以上、効果は爆発基点から上下左右のみということになる。

 そうすると、例えば対人戦闘で使う場合、前衛のみに有効、ということになる訳だ。

 さらに、純粋にダメージの期待値で言えば3レベルの『ライトニング』と同等な為、『ファイアボール』とは「より大きな魔法を使った後、RR(リキャストラウンド)待ちの間に繋ぎに使う魔法」と多くの『魔術師(メイジ)』からは認識されていた。

 しかし今回はその微妙魔法こそが最適解だった。

 2階襲撃はあくまで陽動であり、敵集団を2階から1階に撤退させる為の囮である。すなわち威力より派手さが求められたわけだ。

 期待通りの魔法効果を目にして満足げに頷くマリオンを後目に、同じ敏捷度帯にいるナトリが動く。

風の精霊(シルフ)、お願い」

 静かに右手だけで虚空に『精霊語』を滑るように描きつつ、ナトリは美しい声でそう呟いた。

 すると応えて空気が揺らぎ、その指先の宙にまるで幽霊の様に透き通った、存在があやふやな乙女が現れる。

 この乙女こそ風を司る精霊『シルフ』だ。『精霊使い(シャーマン)』のスキルである『プレサモン』によって、あらかじめナトリに呼び出されていたのが解き放たれたのだ。

「『シレンツィオ』」

 風の精霊(シルフ)の準備が出来るのを横目で確認するや否や、今度は彼女にさせるべき命令を下す。途端、自分の出番を今か今かと待っていたアスカの周りから『音』が消え静寂が訪れた。




 3レベル精霊魔法『シレンツィオ』は、目標となる人物の周囲から音を奪う。

 戦闘においては詠唱を必要とする行為を封じる為に使われることが多いが、応用的な使用方法として、隠密行動に利用される事もある。




 この魔法を受け、歩く度に悩まされる『板金鎧(プレートメイル)』の騒音から解放されたアスカは、すかさず2階家正面玄関へ向けてダッシュ。10秒とかからずたどり着き、ドアの脇の壁にピタリと身を寄せた。

 ついでに言うと、アスカのフードに身を隠していた『人形姉妹(ドールシスターズ)』2名もここで地に降り、倣って壁際へピタリとはりついた。

 1ラウンド目は作戦通りだ。後は敵が思惑通り動いてくれれば、それに併せて突入する手はずだ。

 ところが、である。

 各人が『第一段階終了』とばかりに視線を合せて頷いた直後に、アスカの頭上から怒号が上がった。

 頭上、とは、つまり2階バルコニー付近である。

「何事だ!」

 バルコニーに姿を現したのは3人。地肌が黒い、目つきが悪い耳長細身の男だ。

「黒エルフ」

 その姿を見止め、ナトリが警戒に声を出す。聞いた仲間たちはそれぞれがすぐ動けるようにと、それぞれの得物を握り締めた。

「っていうか、2階襲撃すれば敵は1階に逃げるんじゃなかったの?」

 『短杖(ワンド)』を構えつつ吐き出されたマリオンの言葉に、音を奪われているアスカはただ気まずそうに口元をゆがめた。

 なぜ彼女らの思惑通りに事が進まなかったのか。果たして情報元となったマンガがいい加減だったのか。

 実はそう言うわけではない。

 そもそも2階を襲撃を受けたら1階に集結する、というのは、泥縄的な反撃をせずに態勢を整えて一斉に行動する為のマニュアルであり、前述の作戦はこれを逆手に取ったものである。

 つまり建物に篭る側がこのマニュアルを知らない場合、そのとおりに動くとは限らないのである。

 いわば一定の共通理解があって初めて成功する作戦だった。

 受け売りの知識を精査もせず振りかざす弊害がここにあった。


 さて、黒エルフである。

 またの名をダークエルフとも呼ばれる、悪のエルフ族だ。

 最近のアニメやゲーム作品では、ダークエルフとはただ単にエルフの近親種として扱われる事が多いが、メリクルリングRPGでは古典よろしく明確に悪の存在だ。

 悪魔や邪神に仕え、悪逆を尽くすのが彼らの役割で、判り易い敵役なのである。

 ちなみに黒エルフが改心して善神に帰依すると、その地黒肌は途端に白くなるといわれている。

 その黒エルフが現れた訳で、万が一にも敵違いで困ったことになる、などと言う事態はなくなった。

 この者たちがもし小王子誘拐犯ではなかったとしても、黒エルフを排除して罰せられる法は人間社会には無いからだ。

 我々の現実社会から見れば酷い差別だが、この世界での黒エルフは必ず邪悪存在なので問題は無い。

 とはいえ、最初想定していた作戦は崩れてしまったので、アスカはどうすべきかと行動を躊躇する。

 この世界では手練の『警護官(ガード)』だが、元はボッチ女子高生だ。こんな切羽詰った状況になった事など今までに無かったし、そもそも彼女はアドリブというものが苦手であった。

 この迷いを敏感に察知したのは、2階家全体を正面から視界に入れるように立っていたマリオンだ。

 彼女はすかさず2ラウンド目の為に次の魔法を準備しつつ、『短杖(ワンド)』を持たない左手を振るった。

「アスカ、突入よ。こうなったら一刻も早く小王子確保しなさい」

 精霊魔法で音を遮断しているアスカにこの言葉は届かなかったが、手振りもあったので意味は通じた。

 なのでアスカは弾かれるように正面玄関を蹴り開けた。腰の『両刃の長剣(ロングソード)』も同時に抜き放つ。

 併せて、ナトリはアスカを追って玄関から飛び込んだ。

 さすがにもう隠密の必要は無いので、アスカの背に触れるまで追いついたところで『シレンツィオ』は解除だ。

 精霊を使役して仕事をさせるのが動作原理である精霊魔法は、かけた者であればこうした自由な任意解除が出来るのが特徴だ。

 マリオンはそのままバルコニーに姿を見せた黒エルフと睨み合いだ。


 そして2ラウンド目が始まる。

「全員動くな」

 玄関から入るとすぐホール兼リビングになっており、確認するより早く気配を感じたアスカは『両刃の長剣(ロングソード)』を構えつつ叫んだ。

 急ぎ、室内の人員を確認する。

 美しい金髪を短く切り揃えた10歳前後の男児と、長い髪に緩いウェーブをかけた、妖艶な色気を醸し出す黒エルフの女がいた。

 2人はテーブルを挟んで、今し方まで仲睦まじくしていたかの様に、揃って侵入者であるアスカたちに驚きの目を向ける。

「そこにいるのはセナトール王子か? マドセン男爵の頼みで迎えに来た」

 その雰囲気に、本来ならば黒エルフに斬りかかる所をグッと堪え、アスカは声を張り上げる。

 だが、小王子と見られる男児は、まるで強盗でも見たかのように怯えて、そそくさと女黒エルフの背に隠れた。

「やーい怯えられた」

「うっ」

 ナトリが冗談めかした台詞を全く無感情に囁くと、なにやらアスカは軽い衝撃を受けて声を漏らした。

「だ、大丈夫。この姿はあくまで『アスカ』であって、『私』じゃないし。別に怯えられたからってショックじゃないもん」

 つい、素でそう呟くアスカだったが、その声は誰の耳にも届かなかった。

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