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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#07_僕らの洋上生活

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96/208

01東からの手紙

 アルトたちが臨時採用的に特別捜査官となり、暗殺事件をはじめとした案件に対応しているうちにアルセリア島には冬が訪れた。

 と言っても、あくまで暦上の話である。

 暦の上で「今日から冬ですから」と言われたからと言って、何か劇的に変わるわけでもない。

 秋の終わり頃はすでに、時折寒々しい風が山脈から吹き降ろしていたし、暦上の冬初日だから、今日いきなり雪が降る、と言うことも無いのだ。

 そんな冬初日、数週間前から急ぎ準備を整えた遠征軍が出発した。レギ帝国西部方面軍の騎士連隊を中心とした選抜隊だ。

 すでに先の章で述べた通り、この地より北東に進み『天の支柱山脈』を越えた所にあるタキシン王国、その内乱に干渉する為の遠征軍である。

 別に勝手にしゃしゃり出てチョッカイ出そう、と言うわけではない。タキシン王国で争う2派のうち、首都タキシン市を掌握している王子派の要請に従った出兵だ。

 ともかく、輜重隊も含め約200名の軍列が、規則正しく整列行進を行いつつ、港街ボーウェンの東門を抜けていく。

「お、マクラン卿おるやん。手ぇ振ったろ」

「マーベル殿が振ってあげた方が喜びそうですな」

「お断りにゃ」

 軍列を見送ろうと、東門前の大通りに集ったボーウェン市民に紛れてそう言葉を交わすのは、ご存知アルト隊の面々だ。

 見つけた知り合いに向けて暢気に手を振るのは白い法衣のハーフエルフ。『太陽神の一派(スメラギ)』と言う宗派に属する、酒神キフネに仕える神官である。

 またその横で彼女の言葉に返答するのは、縦一列に連結された『背丈半分(ハーフリング)』コンビ。

 土台となるのは髭面酒樽体型の大地の妖精(ドワーフ)族。『吟遊詩人(バード)』のレッドグース。

 そしてその肩の上に立ち、やっと人込みから視線を外に向けられるようになったのは、ねこ耳付きの童女。彼女の名はマーベルと言い、草原の妖精(ケットシー)族の『精霊使い(シャーマン)』だ。

 もちろん彼女にはねこ耳だけでなく、尻尾もある。その尻尾がゆっくりと振れ、その度にレッドーグースの後頭部を軽く叩いた。

 さて、彼らの目に留まったのは、進む騎士連隊の先頭付近で騎馬を進める、若き巨漢の帝国騎士、マーカス・マクラン少佐である。

 本来、この港街ボーウェンの治安維持隊を率いるのが職務であるマクラン卿は、この遠征軍に参加するに当たりかなり渋った。

 西部方面軍の総司令でもありボーウェン太守でもあるベイカー侯爵の前では、様々に建前を披露したものだが、結局の所「愛する妹たちと長く離れたくない」と言うのが、本音だった。

 とにかく、そんなわけだからここ最近は常に渋面だったものだが。

「なんか笑ってないか?」

 と、一歩引いた位置で同じ光景を眺めていた少年サムライが首を傾げた。

 彼こそは冒険者『アルト隊』のリーダーである、『傭兵(ファイター)』にして刀剣使いの専門家。アルト・ライナーだ。

「あ、ほんまや。えらいええ顔しとるやないの」

 言われて各員も改めて目を細めると、確かにかの帝国騎士は一面に喜色をあらわにしたニコニコ顔であった。

「ふむ、ワタクシには見えませぬが、何か良いことでもあったのですかな?」

 土台として人の波に埋没しているレッドグースが、さも興味無さ気に呟く。

 また彼の肩に乗っかって様子を伺う『背丈半分(ハーフリング)』仲間のねこ耳童女マーベルは、思わず唖然として言葉を返し忘れた。

 何に唖然としたのかといえば、遠目が利く草原の妖精(ケットシー)族である彼女には、かの騎士がニコニコしている原因が、はっきりと見えたからだ。

 数回の呼吸が成されるだけの空白時間が過ぎ、マーベルは呆れた様に半眼でたった今、門を出て行った巨漢の若騎士を指差した。

「肩にミルにゃが乗ってたにゃ」

 ここで言う「ミルにゃ」とは、正式名称をミルフィーユという。

 もちろん菓子の名前ではない。

 妹狂い(シスコン)騎士マクラン卿への人身御供として実妹から捧げられた、マクラン邸に住まう人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムの少女だ。

 もちろん、人形サイズなので、肩の上にいても大した負荷ではない。

 今ではマクラン卿から『義妹』認定を受け、その溺愛を受ける身である。

「え、ミルフィーユでありますか?」

 マーベルの言の後を追うように声を挙げたのは、アルトの頭上でぴょこんと立ち上がった、もう1体の人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレム、ティラミス嬢である。

 ティラミスもやはり人形サイズなので、アルトの首が折れるようなことは無い。

 彼女達はこの世界に7体しかいない人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムで、また『人形姉妹(ドールシスターズ)』とも呼ばれている。

「公務に義妹同伴とは、困った御仁ですな」

「これもベイカー侯爵お得意の『苦肉の策』やろか」

 確かに渋々遠征軍に加わったマクラン卿だが、その旅路に愛する義妹が同行するとなればモチベーションは最大となるだろう。

 軍紀風紀と言う面で問題かもしれないが、そこはそれ、マクラン卿の性癖は知れ渡っているので、左程取り沙汰される事も無かった。

 苦しい策だが、悪い策ではない。と言うわけだ。

 アルト隊の面々はマーベル同様に呆れて溜め息を付き、続々と門を通り抜けていく軍列を見送るのだった。

 ちなみに、ベイカー侯爵の名誉の為にお断りしておくが、別に彼が常に「苦肉の策」を弄しているわけではない。

 ただ、暗殺事件からこっち人手が足り無すぎるのが悪いのだ。


 同じ頃、ちょうどアルト隊の面々から注目を浴びていたマクラン卿の、その邸宅に1人のエルフが訪ねていた。

 グレーのシャツに黒系ジーンズ。そして漆黒の『外套(マント)』を羽織った全身黒ずくめの『魔術師(メイジ)』だ。

 さらに言えば足元には黒猫を供に連れており、見る人に言わせれば「すこぶる縁起悪い感じ」である。

 こういう風であるから、反射光で目元を隠してしまっている眼鏡すら、その妖しさを演出する小道具に思える。

 彼はアルト隊の『魔術師(メイジ)』、カリストだ。

 別にカリストは黒と言う色に特別な感情を抱き、何かのこだわりを持って身に纏っているわけではない。

 この服装を選んだのは、少し前まで彼の身体を乗っ取り操っていたキヨタヒロムと言う者で、解放された今もただその惰性のまま続けているだけだった。

 まぁ、続けていると愛着が湧くのも事実であったが。

 さて、カリストがマクラン邸の真鍮ノッカーを鳴らすと、しばらくして気の抜けた声と共に重厚な扉が開いた。

「はぁい、どちらさまですかぁ?」

 いつもならキリッとしたエルフの老執事が出て来るところだが、本日のお出迎えは若いエルフのメイドだった。

 ただエルフでメイドなだけではない。彼女は幽霊でもあった。

 幽霊エルフメイド、名をリノアと言う。

 約500年前に、ちょっとやらかして叱られそうだと言う理由から引き篭もった、ニート系古エルフ族のお嬢様、アルメニカ嬢の侍女だ。

 お茶をいれる為に水汲みに行き、そこで肉体が滅んだ事すら気づかなかったと言う、なんとものほほんとした話である。

 今はアルメニカ嬢が寄生先としてマクラン家の義妹になる道を選んだ為、間接的にだがマクラン家に仕える身となったわけだ。

 ちなみに老執事セバスは、従僕としてマクラン卿の遠征に着いて行ったので留守だ。

 そんな背景も知っていたので、カリストは特に驚くでもなく、軽く右手を挙げて挨拶を交わした。

「やぁどうも」

「あらまぁカリストさん。ええと、ルーデお嬢様に御用ですね?」

「ええ、もちろん」

「ではご案内します」

 リノアもまた、驚くでも不審に思うでもなく、すぐに手を叩いて頷いた。どうやら、カリストはしばしば1人でこの屋敷を訪れているのだろう、と容易に想像できるくらいには親しげで流れるような対応だった。

 少し廊下を進み、奥まった所にひっそりとある扉の前にたどり着く。

 屋敷の造りからして、この部屋は北向きの部屋のはずだ。そのせいなのか、扉の前からして妙に寒々しい気配が流れ出ていた。

 リノアはノンビリとした、それでいて気品ある所作でノックする。

「ルーデ様、カリストさんがいらっしゃいましたよ」

 すると、部屋の中から凛とした少女の声が返ってきた。

「ああ、そろそろ来ると思った。ふふ、入るといい」

 そこでリノアはスッと道を譲ったので、カリストは声に従い部屋に入る。

 ひんやりした北向きの部屋。その窓と言う窓は厚い暗幕で陽を遮られ、代わりに1本の蝋燭が住人をほのかに照らしていた。

 薄暗い部屋に天蓋付きのベッドと2人掛けの円卓。その円卓の上にはさらに玩具の様な小さな机と椅子が設えられ、人形サイズの少女が怪しい笑みを湛えて座っていた。

 黒と見紛うほど濃い紫の長い髪を後ろでシニヨンに纏め上げ、同じ色の瞳は魔女の様に怪しく鋭い。

 彼女が纏う十字架のデザインを散りばめたロングドレスは、まるでカリストと対を成すかの様に漆黒だった。

 デピスと言う名の、過去の大魔道士が作り出した栄えある人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムの第一作目、『人形姉妹(ドールシスターズ)』が長女。

 デピスの助手をする為に数々の魔法を修めた『魔術修士(マギスター)』。

 名をシュトルーデルと言う。

 ちなみに得意な魔法系統は『死霊魔術(ネクロマンシー)』である、とは彼女の妹、『魔法工学士(マキニスト)』のティラミスの言である。

「やぁルーデ君。お加減はどうですか?」

「ふふ、まあまあだ。よく来たね兄君(あにくん)。そちらはいつも通りのようだ」

 親しい少女と青年が微笑み会い挨拶を交わす。

 どこにでもある朗らかな光景、の、はずなのに、なぜか登場人物がこの2人であると、途端に胡散臭くなるから不思議だった。

 舞台が蝋燭で照らされた暗い部屋であるのも問題なのかもしれない。

 と、その時、部屋の隅に立っていた何かがスルリと動いて寄って来た。

 黒いシルクの燕尾服に身を包み、両手には白い皮の手袋を嵌めた紳士風のほっそりとした何者かだ。

 なぜ「何者か」などと表現するかと言えば、その顔は白くノッペリとした仮面に隠されているからだ。

 窺えるのは細く切り込まれた2つの穴から覗く切れ長の目で、それだけでは男なのか女なのか、老人なのか中年なのかもわからない。

「やぁやぁ黒の魔道士殿。元気そうだね。その健康を祝ってひと勝負どうだい?」

「メズリック君も変わり無いようで何よりです」

「おかげさまで」

 メズリックと呼ばれたこのノッペラ仮面は、シュトルーデルより先に大魔道士デピスに作られた試作ゴーレムの一つだ。

 ゴーレムに知能を持たせると言う実験の一環で、ゴーレム素体に死霊を憑依させた物、それがこのメズリックである。

 なので彼はゴーレムであり、不死の怪物(アンデット)でもある。本人は死霊人形などと名乗っていたりする。

 こうしてみると三人三様ではあるが、どれもこれも黒尽くめだ。何も知らぬ者からすれば、いったい何のサバトか、と思うだろう。

 さて置き。挨拶を終えたメズリックは、すぐに踵を翻す。

「いいゾンビ茶があるんだ。今、入れよう」

「いやお構いなく」

「そうかい?」

 ゾンビ茶は何か知らないが驚くほどに食指が動かない。カリストはそう思って極上の笑顔でノーサンキューだ。

 メズリックも特に残念そうでもない風で肩をすくめるだけだった。

「それで兄君(あにくん)、今日はどうしたのだい? もしかして、そろそろアレを?」

「ああ、そうなんだ。かねてよりの計画をそろそろ、ね。頼めるかい?」

兄君(あにくん)の為なら苦労のし甲斐があるよ」

 カリストがこのタイミングでこの館を訪れたのは、これが理由だった。

 かねてよりの計画。それを実行する為には、シュトルーデルにこの屋敷を離れてもらわなければならない。

 ただそうすると、兄を自称するマクラン卿が騒ぎ立てるのが目に見えている。

 だからこそ、マクラン卿が遠征軍に名を連ね、この港街ボーウェンを離れた正に今、カリストはシュトルーデルの元へ依頼に来たのだ。

 ちなみに計画の内容についてお話しするのは、今しばしの猶予を頂きたい。

「メズリック君もよろしく」

「ああ、君の頼みを聞く謂れは無いんだけどね。お嬢が行くって言うなら、行かねばならないね」

「苦労かけるね。全て終わったらお茶でも奢るよ」

「極上のゾンビ茶を頼むよ」

 ゾンビ茶は何か知らないが、カリストはひとまず適当に頷いた。


 その晩は『金糸雀(かなりあ)亭』もいつもより賑わっていた。『も』と言うからには、他の飲食店や飲み屋なんかも同様である。

 何故かと言えば、昼にあった遠征軍出兵パレードの余波だ。

 この街の住人は何かと祭好きで、理由さえあればバカ騒ぎしたいのだ。

 『金糸雀(かなりあ)亭』は『冒険者の店』の看板を掲げているが、何も冒険者専用の店と言うわけではない。なので、酒席にあぶれた冒険者以外のボーウェン市民で混み合うのも、まぁよくある事だった。

「ほっほっほ、今日はいつもの倍は稼げましたぞ」

「おひねりいっぱいにゃ」

 まだ宵のうちから早くも演奏公演から引き上げてきた『背丈半分(ハーフリング)』コンビ、レッドグースとマーベルは、両手に銀貨袋を下げてニコニコと人の波をかき分けて来る。

 その先には、すでに一つのテーブルを確保して酒食にふける男女がいた。

 1人は白の神官乙女モルト。もう1人は黒の魔道士青年カリストだ。2人が同じテーブルについていると、なにやら白黒のコントラストが異様で、そこだけぽっかりとした空間が出来ていた。

しょおばいはんじょお(商売繁盛)やねー。ええことやー」

 すでに酒杯を重ねているモルトは赤ら顔で、微妙に呂律も妖しいものだ。彼女だけ切り取ってみれば、顔の赤と法衣の白が非常に目出度い感じである。

 まぁその隣の黒尽くめ魔道士が全てぶち壊しているのだが。

「アっくんはどうしたにゃ?」

 テーブルまでたどり着き、それぞれが追加注文をしたところで、マーベルがたった今気付いたと言わんばかりに問いかける。

 そう、冒険者として(パーティ)を組む彼らだが、その仲間がこの席には2人ほど足りなかった。

 1人、とあえてカウントするが、その1人は人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムの人形サイズ少女、ティラミスだ。

 ティラミスはつい先ほど、モルトから勧められた杯をうかつにも飲み干した為、一足先に女子部屋でのびている。

 そしてもう1人、マーベルから「アっくん」と呼ばれるのは、この(パーティ)のリーダーであるサムライ少年アルトだった。

「アルト君はなんだか元気が無くてね。今は部屋にいるよ」

 答えたのは禍々しい漆黒の『外套(マント)』を羽織った眼鏡のカリストだ。

 着ている物や雰囲気は怪しさ爆発だが、その笑顔や物腰は非常に爽やかである。

 このギャップが良いのか、『魔術師(メイジ)ギルド』に所属する才媛たちからは密かに黄色い声を上げられる。

「そう言えばパレードを見ている時も様子が変でしたな」

 聞きつけて、レッドグースは思案顔で自慢の髭を撫で付ける。昼、共に遠征軍を見送っていた時も、思い出してみれば何か一歩引いた様子だった。

「なんか悩みでもあるんかなー。どおれ、おねえさんが聞いたろか!」

 手にした杯を一気に空け、その勢いで言い放つモルトだったが、立ち上がったその先から足元不如意でふらつくので、慌てたマーベルによって席まで押し戻された。

「思春期にゃ。悩みの一つや二つ、あって当然にゃ。お腹空いたら降りてくるにゃ」

 見た目は就学児童然としているが、歳は一応アルトにもっとも近いマーベルが、訳も知らぬくせに訳知り顔でモルトを宥める。

 宥められ、モルトはすぐ不思議そうに、そのねこ耳童女を眺めて首を傾げた。

「ベルにゃんも、悩みあるん?」

「無いにゃ?」

 それは正しく即答という言葉が似合うやり取りであった。


 『金糸雀(かなりあ)亭』の2階にある部屋で、アルトは手にした羊皮の手紙に目を走らせた。

 すでに何度も読み返しているので内容は頭に入っている。だが、その手紙に記された依頼とも誘いとも取れる内容に、どう答えていいのかと考えているのだ。

 今朝、行商人の手で届けられたその手紙。差出人はエイリークと言う『魔術師(メイジ)』だ。

 孤児であったアルトと共に『ライナス傭兵団』で育てられた義兄弟で、今はタキシン王国の王子派軍にて、傭兵をしながら情報を集めているはずであった。

 そのエイリークから『養父(おやじ)の居場所について情報を掴んだので、急ぎタキシン王国まで来られたし』と言ってきたのだ。

 養父(おやじ)とは『ライナス傭兵団』の団長の事である。

 「元」をつけたほうがいいかもしれない。

 というのは、『ライナス傭兵団』は副団長の裏切りに合い、タキシン王国王弟派に売り渡され散り散りになっているからだ。

 すでに団としての態を成していない訳だ。

 その養父にして元団長は、副団長裏切りの少し前から熱病で身体の自由も利かなくなっており、現在は行方不明であった。

 エイリークがタキシン王国で探す情報とは、この養父と裏切り者の行方という2つの情報の事だ。

 その養父の行方について、何か掴んだというのだ。

 今、エイリークは1人ではない筈だ。

 2メートルを越す巨大なミスリル製の動力甲冑、『ネブゴーレム』を操る『人形姉妹(ドールシスターズ)』が次女、『魔操兵士(オペレーター)』プレツエルが同行している筈である。

 この2名が組んで事に当たれば、多少の困難なら困難ですらないだろう。

 そのエイリークが協力を要請する手紙を送って遣したのだ。おそらく状況はただ事でないのだろう。

 とは言え、『ライナス傭兵団』などと言う団体は、この世界の現実(リアル)であると同時に、ゲームにおけるアルトのキャラクター設定として作られた話でもある。

 アルトには2つの立場があるのだ。

 1つはメリクルリングRPGというゲームを遊ぶ為に「アルト・ライナー」と言うキャラクターを作成したプレイヤーとしての立場。

 そしてメリクルリングRPGを模したこの歪んだ世界で生まれ育った「アルト・ライナー」という立場。

 この2つの記憶が、今のアルトの中で非常にややこしくせめぎ合っていた。

 所詮はある意志を持って創られた世界であり、アルトの家族は元の世界の日本にいる。と、同時に『ライナス傭兵団』と言う義理の家族に対する情が、確かに彼の中にはあるのだ。

 ともすれば、あまり上手く行っていなかった日本の家族より、戦友と言う強い絆で結ばれた『ライナス傭兵団』に、より強い親近感を持ってさえいた。

 例え、それが偽りの記憶だったとしても、だ。

 助けを求められるなら、是非にも助けに行きたい、と思っている。

 だが、気持ちの問題以外でも、そうできない理由もあった。

 アルトには、同じ日本からこの世界に連れてこられた仲間がいるのだ。

 モルト、マーベル、レッドグース、カリスト。彼を含めた5人は、紆余曲折、幾つもの難関を乗り越えて今の生活を手に入れた。

 冒険者として、今この港街ボーウェンでの生活は、非常に安定しているのだ。

 太守ベイカー侯爵より、臨時の治安維持活動を任される事もあるし、『金糸雀(かなりあ)亭』から仕事を斡旋される事もある。

 収入が乏しくなれば、これまた臨時のバイト先も確保できた。

 エイリークに加勢する為にボーウェンを離れるという事は、この不安定な世界で手に入れた、とても安定した生活を捨てるということに他ならない。

 自分の都合で仲間達にそれを強いるなど、とてもじゃないがアルトには言い出せる事ではなかった。

「あーもう、どうしたらいいんだよ、ちくしょう」

 考えれば考えるほど堂々巡り。

 そもそも彼が用意できる答えなど行くか行かぬかの2択でしかないのだ。考えたってどう仕様もない。

 それでも悩まずにいられないが為に、アルトの脳は手紙を読んだ後からずっと沸騰しっぱなしだった。

 と、その時、ふと腹の虫がなる。

 考える、悩む、というのは案外エネルギーを使う。そこに煮詰まる、が加わると、消費エネルギーも加速度的に増えていく。

 すると昼もあまり食べなかったアルトの腹が、悲鳴を上げるのも当たり前であった。

「ふう、とりあえず飯でも食って、それからまた考えよう」

 溜め息を付き、アルトはフラフラと立ち上がった。


 部屋を出て階段を降りると、『金糸雀(かなりあ)亭』の食堂に出る。そこは大変な喧騒に包まれていた。

 いつも以上に多い客。それも理由の一つだったが、主に騒がしいのは一つの客席だ。

 その席には何人もの立ち客が集ってしきりに席主に乾杯を求めている。その度に、席主と客はゲラゲラと品のない笑いを上げるのだ。

 良く見ればその席には良く見知った顔がいくつか並んでいる。誰かといえばアルト隊の面々だった。

 彼、彼女らは少し困った様に笑いながら、人垣に隠されたもう1人を見ていた。

 誰だろう。アルトは眉をしかめつつ、首を傾げる。

 ふと、人垣の隙間から、その人物がチラリと見えた。見えた瞬間、一度はカロリーの枯渇で沈静化したアルトの脳がまた沸騰した。

 今度は知恵熱ではない。怒りの噴火だ。

「ファルケっ!」

 叫ぶや否や、混み合う客を押しのけつつ飛び出すアルト。その形相にギョッとして、集った客たちは慌てて道をあけた。

 お陰で姿を見せた席主とは、一言で表すなら『異形』だ。

 全身に昆虫の殻の様な鈍い光を湛え、頭部には大きな赤い複眼を覗かせる蓬色の怪人。人と飛蝗(バッタ)を掛け合わせた禁忌の『合成獣(キメラ)』。

 また、彼はアルトの義兄弟の1人でもあった。

「おうアルト。ここの料理は相変らず美味いな」

 怒り心頭なアルトとは対照的に、禍々しい顔に似合わぬのほほんとした返事をするファルケ。そんな態度にアルトはますますヒートアップだ。

 何にそんな怒りを燃やしているのか。

 それは「自分がこんなに養父や義兄弟の事で悩んでるのに、同じ義兄弟であるファルケがあまりにも能天気だから」である。

 まぁ、少し理不尽な怒りだった。

 その怒りに触発され、ファルケもまた表情を引き締めて立ち上がる。といっても、虫の表情など、周りの人間の誰も理解し得ないが。

「なんだいアルト、給料を前借してきたからせっかく奢ってやろうと思ったのに」

「うるせい。そんな銭あるなら、フンボルト男爵に見舞いでも送りやがれ」

 フンボルト男爵と言うのは、港街ボーウェンの近くにある村を収める貴族だが、ファルケの実姉の旦那様でもある。

 先日、今のファルケと再会して泡吹いたと言う経緯がある。

「ちっ、何を怒ってるのか知らんが、ヤル気ってんなら受けて立つぜ。ここいらで一発勝負つけて、義兄の威厳を見せてやる」

「へっ、テメエみたいな能天気兄貴に負けるかよ。下克上だこの野郎」

 アルトも減らず口を返し、いよいよ兄弟喧嘩イン『金糸雀(かなりあ)亭』の火蓋は切って落とされようとしていた。

 食事客はすでに観客へとシフトチェンジし、アルト隊の面々も困った様な笑いを浮かべて見守るだけだ。

「なんやアル君、楽しそうやね」

「仲良くケンカするにゃ」

 そんな呟きも喧騒に掻き消され、身体ばかり大きくなった2人の男児によるクロスカウンターが観客を沸かせるのだった。


「いいかげんにおし」

 その後、数分のバトルの末に、『金糸雀(かなりあ)亭』のおばちゃん店主(マスター)から拳骨を貰い、2人は固い床の上に並んで正座させられていた。

 おばちゃん店主(マスター)がのしのし出て来た時に、観客だった者たちはあらかた店から退散したため、今はもうアルト隊を初めとした数人の冒険者だけが残っている。

 皆、恐ろしげに、遠巻きに眺めていた。

「恐ろしいですね。2人ともそれなりにレベルの高い前衛職だと言うのに、今の拳骨でダメージ入りましたよ」

「GM、いたにゃ?」

「ええ、いましたとも」

 そんな小声の会話すら、シンとした店内では皆に聞こえ渡った。

「ケンカするのは冒険者の常だけどね。やるなら外でやっとくれ」

 腕を組んで大きな溜め息と共におばちゃん店主(マスター)が言えば、手練れのサムライと異形の怪人は揃って床に額をつける。

「はい、スンマセン」

「ごもっともで」

 と、その時、『金糸雀(かなりあ)亭』に新たな客が現れた。

 良く油を差された扉がスムーズに開くと、新客はぞろぞろと入ってくる。

 鈍色の『板金鎧(プレートメイル)』に身を包んだ黒髪の乙女を先頭に、歳のわりに背の低い金髪の魔法少女と、流れるような美しい銀髪の無表情な少女が続いた。

 『警護官(ガード)』アスカ、『魔術師(メイジ)』マリオン、『精霊使い(シャーマン)』ナトリの3人である。

 彼女らもまた、アルト隊と同様に、『金糸雀(かなりあ)亭』にたむろする冒険者だ。

 実力の方も、アルト隊に拮抗するだろう。

「お、アスカちんや、しばらくぶりやね」

「そう言えばここ最近、姿を見ませんでしたな」

 姿を見て思い出したようにモルトやレッドグースが呟く。

 確かに、例の暗殺事件の最中から彼女らの姿は『金糸雀(かなりあ)亭』に無かった。自分らが忙しかった事もあり、全く気にも留めていなかった。

 おそらく、何らかの仕事でこの街を離れていたのだろう。冒険者には間々ある話だ。などと他の面々も顔を見合わせて納得気味に頷いた。

 さて、そうして軽く注目していると、3人の後ろから、おずおずと1人の男児が付いて入って来た。

 見るからに冒険者の店には似つかわしくない、上流階級の少年だ。

 歳は10歳前後だろうか。美しい金髪を短く切り揃え、仕立ての良い青の詰襟服を着込んでいた。胸元には金糸で精密な刺繍が入っている。

 同じ詰襟でも、先日仕立てたアルトの一張羅とは格が違う。

 ただ、何かしら事件にあったのだろう。服も肌もひどく煤けて汚れていた。

 また、少年だけでなく、アスカたちも酷く疲れた様子であった。

「えと、誘拐かな?」

 つい口をついたアルトの言葉に、少女達はジロリと無言の視線を向けるのだった。

そう言うわけで次回から数話の間、アスカ隊の話になります。

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