おまけ-第七章開始時点のキャラクタシートと「ある怪人の社会復帰」
こんにちはK島です。毎度のご愛顧ありがとうございます。
さて次回から始まる第七章に先駆け、開始時点のキャラクターシートを公開します。
このページは見なくても、物語を読む上では特に支障はありません。
邪魔臭いと思う方は飛ばして下さい。
あと、キャラクタシートだけだと短すぎてシステム的に投稿できないので、ショートストーリーを1本掲載します。
これもなんか恒例になってきましたね。
*******SS「ある怪人の社会復帰」*******
レギ帝国の西にある港街ボーウェンは、アルセリア島随一の交易都市だ。
約500年前に人間が大量流入して以来、それはもう引っ切り無しに大船が行き交い、同時に様々な人や物がやって来ては出て行く。
そう言う環境であるから、この街の住人は多少の事では動じない。
あちこちから、変わった品や新しい技術がやってくるので、いちいち驚いていてはやっていられないのだ。
それは物にだけでなく、人に対しても当てはまる。
たくさんの人がやって来る、と言うことは、その中にトンでもない変わり者が含まれる可能性も高いのだ。
そのお陰もあり、この街は差別も少なく一期一会を大事にし、そして多少の事は気にしない気風に包まれている。
その港街ボーウェンの目抜き大通りに門を構える、『金糸雀亭』という『冒険者の店』がある。
冒険者と言うのは、いわるゆ『何でも屋』を標榜とするアウトローだ。
定職に着かず、揉め事や事件を解決し、その報酬でその日暮らしをする連中である。
つまり、この街においても一際変わった者たちが集まる店。それが『冒険者の店』と言うわけだ。
そんな変わり者の巣窟に一種の覚悟を持って踏み入れる連中は、つまりそれだけ気持ちが座った連中である。
だが、そんな連中が最近、『金糸雀亭』の暖簾をくぐる度に一度ギョッとする。
何を見てギョッとするのか。
それは数日前から居着いている一人の男だった。
いや『男』と呼んでいいのかも判らない。
シルエットは人間と近い。
だが昆虫の殻の様に硬質な鈍い光を湛えた、あちこち節くれ立った全身は、深緑に少しだけ茶を足した様な「蓬色」と呼ばれる色で染まっている。
また頭部にある大きく赤い2つの複眼はおぞましくも禍々しい。
どう見ても人類では無い。
そんな怪人と呼ぶに相応しい者が、『金糸雀亭』にいくつか用意された客席の一つに陣取って、配膳された料理や飲み物をちびりちびりと採っているのだ。
これを見てギョッとせずに居られるだろうか。それはもう悲鳴を上げないだけでも大したものだ。
今日もそんな『金糸雀亭』に入って来た、善良なボーウェン市民の1人が一瞬だけ心臓を止めた。
止めて、次の瞬間にはホッと胸を撫で下ろす。
「よう、今日もここのスペシャルランチかい? 景気が良いね」
などと、その異形の怪人が顔に似合わず陽気に挨拶などしてくるからだ。
いつもこうなので、さすがにその日一発目のインパクト以外では慣れたものである。その証拠に声をかけられた善良なボーウェン市民も、軽く挨拶などを口にした。
「やぁファルケの旦那、あんたのツラは相変らず心臓に悪いぜ」
「そうかな。なかなかイケメンだと思うんだが」
これもまぁここ数日、同じ様なやり取りだ。
こうして虫形の男は入ってくる連中それぞれに声をかけるので、たった数日の事なのに常連とはすっかり顔なじみであった。
彼の名はファルケ・ライナー。元傭兵で、今はしがない『合成獣』だ。
ひょんなことから所属傭兵団が壊滅状態に陥った上に、妖しい『錬金術師』の術中にハマって『バッタ怪人』にされてしまった悲劇の御仁である。
その姿からして悲劇だった。
港街ボーウェンだからギョッとされる程度で済んでいるが、もし閉鎖的で保守的なニューガルズ公国の片田舎あたりだったら、ただいるだけで数日後には討伐隊を送られそうな風体だ。
だが本人の纏う雰囲気からは、ちっとも悲劇の香りがしなかった。
『金糸雀亭』のおばちゃん店主が溜め息交じりに運んでくる料理をもりもり食うし、酒もガブガブ飲む。
夜になればなったで、ドワーフの『吟遊詩人』が奏でる曲に、ギチギチと顎を鳴らして調子を合わせる有様だ。
誰の目からしても人生を謳歌している様に見えたし、実際、彼は謳歌していた。
「いやぁ、昼間っから飲む酒は美味いね」
昼食時の『金糸雀亭』。ランチ目当ての客と世間話なんかしながら、ファルケは大いにうそぶいたものである。
と、その時だ。
ガツンと硬質な音がファルケの後頭部で鳴り響き、音だけでなく襲った拳骨の勢いで少しばかり頭が下がった。
ファルケは痛くも無いくせに後頭部をさすりながら、拳骨の主を確かめようと降り返る。そこには、まだ少し幼さを残す短髪の少年が、口をへの字にして立っていた。
「おいファルケ、おまえいい加減にしろよな。誰の財布で飯食ってると思ってんだ」
この少年の名はアルト・ライナー。元傭兵で、今はそこそこ名が知れた冒険者だ。
異形のバッタ怪人ファルケ同様に傭兵団で育てられた孤児で、ファルケの義弟という立場にある。
「やぁやぁアルト、遅いお目覚めで。今から朝食かい? 昼だけどな?」
「阿呆、オレはひと仕事してきたところだ」
全く暢気なものだ、とアルトは憮然とした表情で溜め息を付く。
先にも述べた通り、妖しい『錬金術師』の術中にはまって『合成獣』にされたファルケは、つい先日その『錬金術師』の手先としてテロ事件を起している。
まぁ操られていたと言う事で「情状酌量の余地あり」とされ、また別の『錬金術師』の所で身元預かりとなっていた。
なので収入も無ければ持参金も無い。あるのは暇を持て余した異形の身体だけ。というていたらく。
「つまり出来る事といえば、こうしてぷらぷら遊ぶ位しかないって訳よ。解って頂戴、義弟よ」
なにやら変な節をつけて芝居がかった口調で言いやがるもんだから、アルトは履いていたブーツを即座に脱いで、再びファルケの後頭部を強打した。
もちろん、硬い昆虫の殻に守られ無傷である。
「まぁまぁまぁ、お怒りはごもっともだアルト。ところで、そろそろ姉ちゃんに会いに行こうと思うんだが、案内してくれよ」
これはファルケが妖しい『錬金術師』の呪縛から解放されて、初めてここに来た日から言っていることだ。
だがアルトはこれを止めていた。
ファルケの姉というのは、同じ拾い主に育てられたアルトの様な義理の兄弟とは違い、実際にファルケと血の繋がった人物だ。
身体があまり強くなかった為、傭兵団ではやって行けんだろう、と言うことで傭兵団団長の知り合いに貰われて行き、ファルケとは幼い内に分かれた経緯がある。
ちなみに現在は、港街ボーウェン近郊にあるフンボルトハイムと言う農園村を治める、フンボルト男爵の嫁だ。
少し前に依頼仕事で助けたので、アルトは夫婦共に顔見知りである。
つまりなぜアルトが止めていたかと言うと、ファルケの姉、イルゼは一般人であり、変わり果てた弟の姿を見てショックを受けるだろう、と思ってのことだった。
なのでこの時も、アルトは溜め息を付きながら異形の義兄に言い聞かせようと口を開きかけた。
だが、とアルトは思いとどまる。
思えば実姉の嫁ぎ先であるフンボルト男爵家は、現在絶賛復興中である。
以前の事件で数年かけて荒れた田畑を耕す人手は、いくらあってもいいのではないだろうか。
なら、この食う、寝る、遊ぶしかしていないゴクツブシを、労働力として引き取ってもらうのはどうだろうか。
元傭兵であり、今は異形の力も手にしたファルケである。力は有り余っているので、何人分もの働きをするに違いないのだ。
実姉なんだから、この際、多少のショックは目を瞑ってもらおう。
というか、コイツ良く食うし良く飲むので、財布のHPが日々削られていく様に、アルトはもう耐えられそうになかった。
例え、そこそこ名の知れた冒険者となり、懐が温かくなったと言えど、である。
「…よーしわかった。午後から出かけるから支度しておけよファルケ」
「うむ、ではちょっと一張羅買ってくるから小遣いくれ、義弟よ」
こめかみに滲む僅かな頭痛に耐えながら、アルトは懐から財布を取り出すのだった。
そう、虫形なので忘れていたが、ファルケはずっと裸なのだ。
午後。
冬の足音が聞えてきそうな肌寒い風に晒されながら、2人はフンボルトハイムへ向かった。
近郊、とは言え、えっちらおっちらと歩けばそれなりに時間がかかるので、2人は街で幾ばくかの銀貨を払い馬を借りた。これで駆け足も織り交ぜつつ進めば夕方までに行って帰って来る事も可能だ。
もっとも、空の馬を1頭引きながらの帰路になるかも知れんがな、とはアルトの思惑である。
アルトはこの農園にとって恩人の1人でもあるから、道すがら出会った『農夫』たちは丁寧に挨拶してくれる。もちろん、その直後にはファルケの姿を見止め、悲鳴を上げるか、腰を抜かすか、一目散に逃げるのだが。
そうしてアルトとファルケの義兄弟コンビは、おやつ時くらいには目的地たどり着く。「貴族の屋敷」と呼ぶには質素でこじんまりとしたフンボルト男爵邸である。
同じ男爵でも、レギ帝国西部方面軍後方支援隊総長であるメイプル男爵の屋敷とは、まさに雲泥の差だった。
「まぁまぁ、アルトさん。ようこそいらっしゃいました。ええとこちらは、え、ファルケなの? まぁまぁ、懐かしいわね」
出迎えたイルゼは驚いてはいたが、アルトの想像とは違い「思いもしない嬉しい客人」に驚いたようだった。
そうか、この人もファルケと同じ血が流れているんだな。と思い当たれば、さほど不思議でもないか、とアルトも納得できた。
「あなた、弟が、ファルケが来てくれたのよ」
久しぶりに会った嬉しさがあるのだろう。アルトを差し置き、イルゼは早速とファルケの節くれ立った手を引いて屋敷へと招き入れる。
まぁアルトの目的は「ファルケをこの農園に置いていく」事であったから、特に気を悪くするでもなく、ただ自身の作戦が成功するだろうとほくそ笑みつつ後に続いた。
数歩進んで、先行したイルゼが居間の扉くぐる。中にはフンボルト男爵が居るらしく、その声が聞えた。
「あなた、ファルケが」
「おお、ファルケ君か。いやー、何年ぶ」
しかし、作戦成功を確信していたアルトの耳に届いたその声は、途中で切れたかと思うと、「ドサッ」と言う音が後に続いた。
不思議にもイルゼに続いてファルケが扉をくぐったのと、同じタイミングだ。
恐る恐ると中を覗けば、泡を吹いて床に伏すフンボルト男爵の姿が見えた。
「あらあら大変、そんなに嬉しかったのかしら」
ちげーよ、とアルトは思った。
「それにしても、ファルケ。あなたあまり変わらないわねぇ」
「そうか? 結構いい男に育ったと思うけど」
メチャメチャ変わってんだろ、とアルトはひたすら心の中でツッコんだ。
その日の夜。
『金糸雀亭』の客テーブルの一つに肘を付き、アルトは盛大に溜め息を付いた。
「アル君、何があったか知らんけど、まぁ元気出しぃ」
隣で泡のこぼれ出る酒杯をあおりつつ、白い法衣を着たモルトが声をかけるが、残念ながらアルトの耳には届いていなかった。
店の端に設えられた小さなステージでは、いつも通りドワーフの『吟遊詩人』が愛用の『手風琴』を弾き鳴らし、その周辺では草色のワンピースを着たねこ耳童女が、おひねりを集める箱を手にくるくる踊っている。
客たちもその陽気な曲とダンスに併せてテーブルを叩いたり、歓声を上げている。
いつもの『金糸雀亭』だった。
そして、ここ数日で「いつもの光景」に混ざりつつある、異形のファルケもまた、その客の中にいた。
アルトも、会った瞬間に即卒倒したフンボルト男爵に彼を押し付けるのは、さすがに気が咎めたのだ。
「どうして、なんでこんな事に」
つまり今日もアルトの財布から次々に銀貨が飛んでいくのだった。
さて、次の日の朝。
失意のアルトが冒険者生活の合間にやっているアルバイトへと出かけると、入れ違いにボーウェン治安維持隊の隊員が『金糸雀亭』を訪れた。
彼はしばしキョロキョロとしてから、ファルケに目を留めて「ひっ」と悲鳴を上げかけて、何かを覚悟したような素振りで寄って来た。
『金糸雀亭』の常連と違って、この異形にまだ慣れていないのだろう。
「ファルケさん。ベイカー侯爵より、出頭要請が出ております」
彼は言うと、ただ返事を待つようにその場で直立する。
ついに処分が決まったかな。ファルケはそう考えて小さく頷いた。
なにせ彼は先日の暗殺事件において実行犯である。例え操られていたとは言え、この異形を野放しにしておくなど、安全保障上ありえない。
ならばいずれにしろ極刑は免れないだろう。
「わかった。同行しよう」
そう理解してなお、ファルケは神妙に立ち上がり答えた。治安維持隊の隊員も、脂汗を滲ませつつも、「ではこちらに」と先にたって歩き出した。
行き先は港街ボーウェンの、もっとも高い位置にあるベイカー侯爵の居城である。
ただファルケは疑問だった。なぜ拘束しないのだろうか、と。
その日、怪奇、飛蝗男の異名を持つファルケ・ライナーは、レギ帝国西部方面軍参謀本部付き騎士連隊、通称『情報部』に臨時採用された。
後日、ベイカー侯爵にその本意を尋ねたらこう答えた。
「つべこべ言ってる場合ではない位に人材不足なんだ。罪の意識があるというなら、その分は働いて返して貰う。文句があるなら使える人材を連れて来い。いや連れてきて下さいお願いします」
最近、彼の白髪が増えた様に感じるのは、どうやら気のせいでは無いようだ。




