15戦争を煽る者とそれぞれの道
翌日の昼、事件に関わった者たちが、ベイカー城の3階会議室に集った。
関わった、といっても全ての人員ではない。
騎士連隊総長ジャム大佐、その騎士連隊に一時的に組み込まれてしまったマクラン卿、後方支援隊総長メイプル男爵、歩兵隊総長マレード大尉の姿は無い。
彼らはアルセリア島東部戦線へ出兵する為の準備で忙しいのだ。
では誰がいるのかと言えば、首脳部としてはレギ帝国西部方面軍の責任者であるベイカー侯爵、幕僚長ブレッド伯爵、参謀本部長バーター中佐で、後はアルト隊の面々と、グルグル巻きにされて同席している蓬色の昆虫怪人、そして金髪混じりの髪を無造作に刈り上げた眼鏡の少女だ。
「て、ええ? ハリエットさん、何でここに? 帝都にいるんじゃなかったの?」
アルトとしては集ったメンバーにツッコみどころが多いような気がしたのだが、とりあえず驚いたので眼鏡の『錬金術師』に水を向ける。
ハリエットは少し照れくさそうに後頭部をかきながら笑った。
「お久しぶりダネー。いや、敵の情報を入手したカラ、喜び勇んで追っかけたラ、すれ違いでその敵がコッチに来てたって言う。もう、何だろネ」
「え、あ、はい。いや、え?」
「つまりダネ。ヴァナルガンドがハリーさんと師匠の敵、ここまではオッケ?」
「お、おっけおっけ」
「で、ドクター・アビスはハリーさんの兄弟子で破門されてヴァナルガンドの配下になってた。オッケ?」
なんだかやけに簡単に話しているが、一同は目を丸くしながら困惑する。
「ちょいまち、ドクター・アビスって、『ラ・ガイン教会』の新法王さんの配下ちゃうのん?」
ひとまず浮かんだ疑問を上げたのはモルトだ。
確かにこの事件に際して名の挙がったドクター・アビスは、以前から悪名高き新法王キャンベルの配下であると聞いていた。
なのにハリエットの話しでは、ドクター・アビスはヴァナルガンドの配下だという。
ちなみにヴァナルガンドはこの世界の真の創造主であり、ハリエットの居た世界から来た、彼女たちの敵の首領である、と以前、カリストやナトリから聞いている。
聞いている一同からすれば非常に混乱した話である。
「あー、じゃぁ、もっと順番に話すカネー」
「ちょっと待て。長くなりそうならこっちの話を先にさせてくれ。お前たちの事情については、お前達で、後で話せ」
そこに割って入ったのはこの城の主人であるベイカー侯爵だ。
ここに一同が集ったのはあくまで事件の後始末について話すためであり、その異界の神やら悪鬼のことはあまり直接関係はないといえる。
いや、あるといえばあるのだろうが、裏話を知らないベイカー侯爵からすれば、市井の薬師の敵などとははっきり言って「関係無い」わけだ。
一同はベイカー侯爵の意を汲み、静寂を持って了解とする。
すると侯爵は一度咳払いをしてから改めて話を始めた。
「まず、此度の事件について、特別捜査官の面々にはその活躍を褒め称えよう。またバーターも良くやった」
「ありがとうございます、閣下」
すぐさまバーター中佐は頭を下げ、冒険者達は習ってテーブルに上半身を伏せた。
「報酬とボーナスを後で勘定方から受け取るように。ああ、必要経費の精算もしておけ。さて、事件のあらましを改めて聞こう」
続き実務的なことを話してから、ベイカー侯爵はテーブルに肘を付く。するとバーター中佐は席を立って口を開いた。
「は、まず今回の事件は「西部方面軍軍人暗殺事件」とします。犯人首魁はドクター・アビス。目的は出兵に対する後方かく乱で間違いありません」
「ふむ、予想どおりであったな」
これに言葉を挟みながらブレッド伯爵が合槌を打つ。ついでにグルグル巻きにされた怪人も頷いた。
「ご苦労。言葉にすれば単純だが、良く引っ掻き回されたものだ」
溜め息混じりにベイカー侯爵が言えば、またグルグル巻き怪人もまた頷く。
「いやお前が頷くなよ」
思わず出たアルトからのツッコみに、怪人は見た目明らかにしょんぼりした。
こんなやり取りに複雑な表情で眉を寄せ、ベイカー侯爵は再び問いを発する。
「この怪人は『合成獣』で間違いなかったのか? あとあの『変化ゴーレム』とやらの正体は?」
「その件はハリーさんから説明するカナー。というか、その為にここにいるのダネ」
バーター中佐が着席するのと入れ代わりで、今度はハリエットが立ち上がる。
もともとドクター・アビスが『錬金術師』であると言う情報は既にベイカーにも伝わっており、ハリエットは同職であるので解説や見解を求める為にここに呼ばれていたのだった。
実際には事件の捜査中から召喚されていたが、彼女が留守だったので今更の登城となった訳だ。
「まず、そのバッタ男は『合成獣』で間違いないよヨ。ただ、この世界の体系とは違う技術を使ってるケドね。ま、そこは『錬金術』による秘術だと言っとこうカネ」
「この世界の」と言われても、彼女が異界の人物であることを知っているアルトたちはともかく、生粋のこの世界の住人であるベイカー侯爵たちにはサッパリだった。
ただ、この『錬金術師』が変わり者だ、という評判は知っていたので、彼女流の言い回しなのだろうとさらりと流して納得した。
とにかく、『錬金術』の新技術で生み出された『合成獣』だと言う事実だけが彼らにとっては重要なのだ。
「その『合成獣』は『錬金術』で元に戻るのかね?」
ふと、そんなことを言い出したのはブレッド伯爵だ。
この異形の怪人は事件の実行犯ではあるが、不本意ながら操られていた、と言うことはすでに周知となっていた。
だが言葉を喋る事ができないのでは意志の疎通にもいちいち面倒で、このまま放逐するのは危険だろうと彼は思っていた。
かといって、出兵で守りも薄くなるこの街で、恐ろしい怪人を閉じ込めて置くのも危険が大きい様に思うのだ。
答えてハリエットは言う。
「むずかしいネ。理論的には出来てもおかしくは無いんだケド、成功例は無いネー」
つまり、ほぼ絶望と言う事だ。
「わかった、ではその怪人はハリエット女史に預けよう。くれぐれも宜しく頼む」
一同が色々と考える中、上座のベイカー侯爵はいち早く考えをまとめて言った。
厄介者を城内や牢に繋がず、それでいて管理できる者に外注したわけだ。これもまた彼なりの苦肉の策であった。
「了解。ま、色々やってみるカナ」
自分のことを言われていると理解して、当の昆虫怪人は照れくさそうに胸を張った。本当は後頭部をかこうとしたのだが、簀巻き状にに縛られているので出来なかった。
そんな態度に、アルトはいちいち彼の後頭部を良い音たててひっぱたいた。
「次にみんなが『変化ゴーレム』とか呼ぶのは、やっぱり『錬金術』で作り出したものダネ。その名も『スキルニル人形』。あらかじめ作った素体に、化けさせたい人の血液を垂らすと、外見や技能がソックリになるんダナ」
この説明で一同は「ほう」、と感心して声を上げる。また、アルトはこの話でピンと思い当たった。
帝国騎士たちの修練場で襲撃を受けた際、なぜ戦闘職でもないドクター・アビスが『短刀』などという貧相な武器でアルトを攻撃してきたのか。
少しばかり引っかかっていたのだが、つまりアルトの血液が欲しかったのだろう。
ここで軍各位は、人手不足となった穴を埋めるのに使えないか、スキルニル人形の購入を交渉してみたが、コストの問題で却下となった。
それなら冒険者を雇う方が圧倒的に安い、と言う金額だったのだ。
「ちなみにそれ、『技能似る』って駄洒落じゃないよね?」
そう呟いたのはカリストだが、聞こえているのか無いのか、ハリエットは知らぬ顔でツイと視線をあらぬ方向に向けるのだった。
「なるほど、ではどちらも『錬金術師』の仕事と言うわけか。して、この島には、あとどれだけの『錬金術師』がいる?」
いよいよベイカー侯爵を始めとする軍の要人の興味の核心へと問いは進む。
彼らの心配事と言えば、このまま出兵した先で、同じ様な脅威に晒されるのか否か、である。
もし可能性があるなら、すぐにハリエットを抱き込んで対策に乗り出さねばならないだろう。
だが、その心配はすぐに無くなった。
「アビス老が死んだから、後はハリーさんと師匠だけダヨ」
これほど優れた技なれど、未だに広まっていないと言うのはいくらか疑問が残る事だ。それでもそんな疑問はさて置き、一同は安堵に息をついた。
だが一人だけ、未だ安心ならずと目を光らせる者がいた。ねこ耳童女マーベルだ。
「あの爺っちゃん、ホントに死んだにゃ?」
「何カナ?」
「相手はインチキの宝庫、『錬金術師』にゃ。うちのがちょさんみたいに生きてるかも知れんにゃ」
「おお、そうやな。『石英の護符』やったっけ?」
そんな言葉に、名の挙がったレッドグースは何やら自慢げにポージングを披露する。ただ誰も興味を示さなかったので、最後には寂しげに、バッタ怪人に並んでしょんぼりと項垂れた。
『石英の護符』。何度か登場しているので記憶にある方も多いだろう。
『錬金術』によって作り出されるペンダントで、死に際して身代わりになってくれるアイテムだ。
この世界の住人とは相性が悪いらしく、生きてはいるが目を覚まさない、というエラーを起す。
ただドクター・アビスもハリエットも、そもそもこの世界の住人ではないので問題はないといえるだろう。
そう、マーベルはドクター・アビスが、『錬金術』のずるいアイテムで生きているのではないか、と心配しているのだ。
彼女の中では『錬金術師』の「死んだ」は、王大人の「死亡確認」くらい信用ならなかった。
しかしそんな心配も、やはりすぐに消え去った。
「心配ないヨー。アビス老はハリーさんがシッカリ爆殺しといたカラ」
「あの爆発はそう言うことだったにゃ!」
「そう言うことだったナー」
バーター中佐の住居である2階から落下して爆発したドクター・アビスに、ずっと疑問を持っていたマーベルは、これでようやく納得した。
つまり、これで真に残った『錬金術師』は2人だけと言うことだ。
死んだドクター・アビスとその背後にいる者は、どうやらこのハリエットや師匠とやらの敵らしいことは、ベイカー侯爵たちもこれまでの話でなんとなく察している。
ならば残った『錬金術師』2人は、タキシン王国王子派に組する事になった帝国軍の敵に回る事はないだろう、と、一同は再び安堵の溜め息を付いた。
「どうやら、これで後顧の憂い無く出兵できそうですな」
「ああ、後は犠牲者の穴埋めが問題ではあるがな」
椅子の背もたれにドシっと体重を預けて幕僚長ブレッド伯爵が言えば、皮肉めいた様子ですぐにベイカー侯爵が返す。
この事件についてはとにかく片付いたが、それにより残った爪跡は小さくないのだ。
「我が参謀本部も補充が必要でしょう」
同意してバーター中佐が頷く。
隊員も数人、さらに彼の副官でもある参謀本部付き騎士連隊隊長コナ中尉という幹部までも失ったわけで、彼らの仕事、主に情報工作や諜報活動にも支障が出るだろう。
事件が解決しても、首脳部の人間の頭痛は、まだまだ続くようである。
さて、そうして事件の顛末を明かしあい、報酬を手にして、冒険者達とハリエットはベイカー城を辞した。
そのまま一行は『ハリーさんの工房』へと場所を移す。
「あ、そうそうレッドグース君。『石英の護符改』の代金はツケておくカラ」
皆がおなじみになった店内でそれぞれ席を定めると、ハリエットはまずその様に言葉を挙げた。
レッドグースはすぐに観念して、ハイ、と短い返事だけをしてから項垂れた。
相手が『錬金術師』では、下手な誤魔化しなど通用しないだろう、という彼なりの評価からだ。
「じゃぁ、さっきの話の続きと行くヨー」
泥棒酒樽の様子を満足そうに見ながら、ハリエットはさらに言葉を続ける。
さっきの話、とは、ベイカー侯爵に遮られた、ヴァナルガンドやドクター・アビスの関係について、である。
ハリエットはまるで世間話でもするような調子で、とうとうと語り始めた。
ヴァナルガンドはハリエットの元居た世界で「悪名高き魔狼」や「破壊の申し子」などと言われた悪鬼であった。
その父は大変な悪戯好きの神族で、父子そろって厄介者であった。
そんな事情の中で数々の有力な神たちとヴァナルガンドは戦争状態となり、ついにはヴァナルガンドの敗北と言うかたちで事件は幕を下ろす。
ハリエットとその師匠は、この有力な神々側に所属していたそうだ。
して、いよいよ捉えたヴァナルガンドの首を刎ねよう、と言う段になり、ここで裏切り者が登場する。
ハリエットの兄弟子たる狂人、ドクター・アビスである。
アビス老は隙を見てヴァナルガンドを異界へ逃がし、自らもその後を追った。
そして、自らの弟子の裏切りに対する責任として、ハリエットの師がさらにその後を追い、異世界へと旅立った。
「その異世界がここと言うわけか」
話が一段落した所で、納得の首肯と共にアルトは呟く。だがハリエットはすぐさま彼の言を否定した。
「違うヨ。ヴァナルガンドと師匠たちが最初に行った異世界は、たぶん君たちの世界だったヨ」
この言葉で皆一様にギョッとする。ただ一人だけ驚きもせずにいたのが、清田ヒロムの記憶の断片を持つカリストだった。
「そうか、それでヴァナルガンドは清田氏と出会ったのか」
ハリエットは頷き、話は続く。
「ヴァナルガンドはシンジュクという迷宮の深くに身を隠したらしいヨ」
「まぁ新宿駅は確かにダンジョンですな」
「ただヴァナルガンドは確かに力はあったケド、知恵や想像力が足りなかったし、アビス老も自分の研究以外には興味が無かったネ」
「ドクター・アビスはなして師匠を裏切ったん?」
「元々、ヤバイ研究やってて師匠から怒られてたからカナ」
つまり彼も元の世界で相当な厄介者だったのだろう。
厄介者同士で手を取り合って逃亡したと言うわけだ。
「とにかく、その新宿ダンジョンで、ヴァナルガンドは清田氏と出会ったわけだ」
ここからは少し、以前にカリストが語った話と交錯する。
つまり、メリクルリングRPG終了のお知らせを編集から告げられた、失望中の清田氏がヴァナルガンドの誘いを受け、彼に世界創造の案を捧げ、そしてこの歪な世界が生まれたと言う訳だ。
「ヴァナルガンドはこの世界に身を移して、捲土重来を狙ってるネ」
「しかし、元の世界に戻ったとして、一度は負けた神々に勝てますかな?」
ヴァナルガンドがこの新創造された世界で傷を癒した位では、レッドグースの言う通りに、また返り討ちにされるだけだろう。
これが某宇宙の戦闘民族のように「死に損ないから蘇る度に強くなる」というなら話は別だが、世の中、そんな簡単な話はそうそう無いのだ。
だが、そう簡単ではないにしろ、都合の良い逆転方法は存在した。それをハリエットが続けて語る。
「ヴァナルガンドが厄介なのは、しぶとさと、何でも意地汚く食ってしまうてことなんダナー」
一同は突然の話の転換で疑問符を挙げた。ハリエットは気にせず続ける。
「それでね、ヴァナルガンドは食った相手の能力を、そのまま自分の能力にしちゃうんダナ。食べれば食べるほど強くなるってワケ」
聞いて、気付いた者は戦慄した。
例えばヴァナルガンドが英雄を食えば、かの魔狼は元の強さに英雄の力を重ねて得ることになる。
大魔法使いを喰らえば彼は魔法も習得するし、恐るべき獣を喰えば牙や爪はさらに鋭くなるという。
「まさか、ヴァナルガンドとやらの狙いは、この世界を自らの漁場にする事なのか」
「ぴんぽーん」
場の重苦しさに似つかわしくない調子で、ハリエットはカリストの言葉を肯定する。
「だから、ヴァナルガンドはキヨタやアビス老を使って、この島で戦乱を煽っているワケ。戦乱が続けば英雄も登場しやすいし、生き残った連中は死んだ連中よりカクジツに強いカラね。あと、君たちをこの世界に呼んだのも、ヴァナルガンド、ダヨ」
聞く者たちは皆一様に固唾を飲み、そのまま言葉を失った。
強者を育てて刈り取る為に戦乱を煽る。それと同列でアルトたちがこの世界に来た理由が語られたのだ。
つまりは、アルトたちゲームプレイヤーを呼び込む事で、より効率的に強者を作り出そうとした、と言うことだ。
対キヨタ戦の後、カリストやナトリから世界の創造者としてヴァナルガンドの名を聞いた時は、さして興味も無かった。
それほど強大な存在が、自分らに関わりあるとは到底思えなかったからだ。
だが、今明かされた話が真実なら、アルトたちとこの世界は、いつかヴァナルガンドの腹に収まる運命である。
はたして誰がこの話に驚愕せずにいられるだろう。
「だからヴァナルガンドは殺さなくちゃダメなんダヨー。もちろん、手伝ってくれるよネ?」
いつも通りの営業スマイルのままのたまうハリエットの言葉に、一同はただ呆然と頷くしかなかった。
それから数日は、アルトたちも受けた精神的ショックのせいで呆然と過ごした。
だが人間の精神とは逞しいもので、しばらくすると恐怖は薄れ、思い思いの愚痴などを垂れる位には回復する。
1人では難しいかもしれない。が、幸いな事にアルトたちは孤独ではなかった。
「つーかなんてぇ野郎だヴァナルガンドめ。名前からして言いにくいぞ」
「ええぞー、アル君もっと言ったれー」
いつも通り『金糸雀亭』のテーブル1つを昼間から占拠し、アルト隊の面々は思い思いの杯を手に、愚にもつかぬお喋りに興じていた。
珍しくエール酒などを手にしたアルトが、すでに理論などブン投げた言葉を吐けば、その横で顔を酒精で真っ赤にしたモルトが気勢を挙げる。
「まぁ、僕たちがこの世界に来た秘密が判明した、というのは良かったよ。謎が謎のままなのは気持ち悪いからね」
「しかし知らない方が幸せだったかもしれませんがの」
「確かに」
と、その傍でチビチビと蒸留酒を舐めているカリストとレッドグースが苦笑いで頷き合う。ちなみにティラミスは「難しい世界の事情は任せるであります」と、早々に会話から離脱し、黒猫のヤマトを枕に昼寝している。
「断固、戦うにゃ! 創造主だかにゃんだか知らんにゃ、好き勝手は許せんにゃ!」
ハリエットの話の後、真っ先に我に返っていたマーベルは、他の連中と違い、一貫して怒りを露にしている。
「この世界の人だって生きてるにゃ。そのヴァ…が生みの親だからって、生死を好きにしていい訳が無いにゃ」
「そういや似た様な事をキヨタも言ってたな」
マーベルが怒りの言葉を滑らかに吐き出すと、アルトはふと、『理力の塔』でキヨタヒロムと戦った時の彼の言葉を思い出した。
『この世界を生み出したのは確かに奴だ。だがデザインしたのは俺だ。この世界は俺の物だ。奴の好き勝手にはさせん』と。
思い出してから「ちょっと違うな」と頭をかいた。
「思えば、彼もヴァナルガンドにハシゴを外された口だったのかもしれませんな」
「ただ、僕はプログラマーだから、ちょっとヴァナルガンドの理屈もわかるんだ」
ねこ耳童女が頭から湯気を出す様を横目に、カリストが口を挟む。
「例えばネットゲームなんかは、サービス停止も運営の方針次第でプレイヤーの想いなんて関係ないよね。そう言う意味ではこの世界もヴァナルガンドの思いのまま、というのは理にかなっていると思う」
「じゃあカリストさんは、座して喰われるままになれと?」
「断固、交戦にゃ!」
「いや、さすがに僕も死にたくないよ。ヴァナルガンドに彼なりの理があるなら、こっちにはこっちの都合がある。他人の都合を無条件で受け入れるほど、僕はお人よしじゃないよ。ただ、理屈として、ね」
こんな考えは、とにかく理が先行するカリストらしいと言えた。
「よっしゃ、てっていこうせんやー」
傍から訊いていても意味がわからない会話だったろう。
だが、昼の『金糸雀亭』なので他に客はいなかったし、おばちゃん店主も「酔っ払いの言う事だから」と意に介さずいてくれた。
そんな昼下がりに、彼はやって来た。
『金糸雀亭』の入り口から先行してハリエットが登場し、続いて背の高い某かが現れる。
シルエットは人間と近い。
だが昆虫の殻の様に硬質な鈍い光を湛えた、あちこち節くれ立った全身は、深緑に少しだけ茶を足した様な「蓬色」と呼ばれる色で染まっている。
また頭部にある大きく赤い2つの複眼はおぞましくも禍々しい。
どう見ても人類では無い。怪物、魔獣、いや怪人と呼ぶのが相応しいだろうか。
「やぁアルト。そしてその仲間達。俺はタキシン王国から来た『傭兵』ファルケだ。コンゴトモヨロシク」
「その姿で喋るのかよっ」
「いやー、元に戻すのは無理だったカラ、ひとまず話せるようにだけしてみたヨ」
開口一番、陽気に自己紹介をする異形の怪人。変わり果てた義兄に全力でツッコむアルト。そしてこの状況に説明を添えるハリエット。
「さぁ、せっかくボーウェンくんだりまで来たんだ、ちょっと姉ちゃんに会っていくか。アルト、案内してくれ」
「やめてあげてっ」
一同の悲鳴が、客の少ない『金糸雀亭』に響くのだった。
今回で6章は終了となりました。
7章開始は8月26日を予定しております。
その前の週に、恒例となりましたキャラクタシートを載せたいと思います。




