12大港街捜査網
「第3回特別捜査室会議ぃー」
『外套』を外して身軽になったカリストが言うと、『金糸雀亭』の男子部屋にまばらな拍手が起った。
男子部屋。つまりアルト隊の男性陣3人が寝起きしている部屋である。
室内には簡素なベッドとそれぞれの荷物を入れる『長持ち』、それから最近入れた共用の洋服ダンスがある。
そんな部屋にアルト隊の面々が、思い思いの飲み物や軽食を持ち込んで集っていた。
ところが、まばらな拍手からも解るように、メンバーの大半はローテンションだ。
憂鬱そうな表情なのは約3名。アルト、モルト、マーベルである。
「ん、アル君も元気ないやん。どしたん?」
自分とマーベルが落ち込んでいるのは先の敗戦のせいだと理解しているモルトは、そんな様子のアルトに言葉をかける。
テンションが低い上に、少しばかり苛立っている様にも見えたアルトは、はっと顔を上げて頭をかく。
「ドクター・アビスと戦って負けた」
「正確には痛み分けであります」
そう足説明でもある言葉を挟むのは、アルトと共に行動していた人形少女のティラミスだ。
彼女はいつもと変わらぬ風で黒猫ヤマトと遊んでいる。
ティラミスの言う通りで、騎士隊訓練場の辺でドクター・アビスの奇襲を受け、最終的には騎士隊の面々に助けられた訳で、お互い勝利とはいいがたい結果である。
つまりは引き分けと言うことだ。
だが、それなりに強くなったと自負するアルトが、油断してあの老爺から『短刀』の一撃を受け、そして『麻痺』に陥ったと言う結果は、彼にとっては負けたも同然、と思っていた。
「詳しい報告をお願いするよ」
そんなアルトの心情を理解しつつも、カリストはあえて空気を読まず突っ込んだ問いかけをする。
とにかく情報は共有していかないと話にならないのはアルトも理解しているので、苦々しい表情ではあるが、今日あったことをポツリポツリと話した。
「そーかー、アル君もやられたんやなー」
「『も』といいますと」
話を聞き、モルトが両手を頭の上で組んで伸びをしながらそうのたまい、カリストが続きを促すように合の手を入れる。
続きを述べたのはマーベルだった。
「アっくんにやられたにゃ」
「ええ、オレかよっ」
アルトの、それまでの負感情は思いもしなかったその言葉で吹き飛んだ。対するマーベルの方は怒り心頭と言った様子でアルトを視線で苛む。
「酷いにゃアっくん。いきなり斬りかかって来たにゃ」
全く憶えが無いのでブルブルと首を振るアルトと、事情がわからず困惑するカリストやレッドグースを他所にマーベルの口撃はしばし続いた。
しばし続き、一通りアルトを罵倒してすっきりしたところで、モルトが苦笑い気味で話に口を挟む。
「まぁアレや。下町を探索しとったら、偽アル君に斬りかかられてなー。命からがら逃げて来たんや」
この言葉でようやく大人コンビは深く頷き、僅かに理解が及ばなかったアルトは、キョトンとカリストの顔に視線を向けた。
「つまり『変化ゴーレム』がまた出たって事じゃないかな」
ああ、とアルトもようやく頷く。
コナ中尉に成りすましていた、未知の技術で造られたゴーレムのことだ。それが今度はアルトに化けてやって来た、というわけだ。
「じゃぁオレじゃないじゃん」
理解して、アルトはマーベルからの罵詈雑言を思い出す。敵はアルトの姿ではあってもアルトではない。つまり彼がその文句を受けるのは不条理だと言うわけだ。
「えへ」
マーベルは一切のいい訳もせず、笑って誤魔化した。こいつ、確信犯だ。アルトはすぐにそう悟ったという。
「おかげで探索も中断や。そやからドクター・アビスの足取りはまだわからんで」
「いや、それなら襲われた時に探索しようとした場所が怪しいって事じゃないかな?」
言われて、モルトもハッと気付いたようで、気まずそうに注目する面々を見回した。
「…もうさすがに逃げているでしょうな」
「そーやろね」
応えながら、苦い表情のモルトだった。
さて、ドクター・アビスから見て能動的な襲撃を受けたアルトと、受動的な戦闘となった女性陣の報告が終わり、それらについて思いついたことをレッドグースが呟く。
「ふむ、ドクター・アビスには早くもこちらの面が割れたと言うことですな」
広くも無い男子部屋に緊張が走った。
「アルト君がドクター・アビスから攻撃を受けたと言うことはそうだろうね。先日倒した偽コナ中尉から情報が漏れたか、あるいはまだ他にスパイがいるのか」
髭を撫でつつ難しい顔をするレッドグースに、カリストもまた追従した。ただ、言いながらも偽コナ中尉からの線はないだろうな、とも思った。
偽コナ中尉は、彼らが特別捜査官に任命されたその日の内に討ち果たしたはずで、その短い間に偽コナ中尉がドクター・アビスと接触したというのは現実的ではないからだ。
なにせ任命から偽コナ中尉を討つまでの時間は、コナ中尉の出仕時間でもあるのだ。
城につめながらも情報を流す。そんな芸当が簡単に出来るとは思えない。
「ま、もっとも『ファンタジーですから』で済んでしまう問題でもありますがな」
そんなカリストの論は、レッドグースの茶化しめいた言葉でひとまず幕を閉じた。
「でおっちゃんらの方はどうやったん?」
最期にカリスト、レッドグース組の報告を促す。
もっとも彼らの調査はこれまでの犠牲者の確定で、ここまで混戦状態になって来てしまってはあまり意味をなす情報とは思えなかった。
それでも一応調べてきたことでもあるので、代表してカリストが口を開く。
「時系列順に言うと、参謀本部付き騎士中隊のイオタ軍曹、ミュー伍長、コナ中尉。騎士連隊中隊長ロブスタ中尉。未遂に済んだのは後方支援隊総長メイプル男爵と我がアルト隊隊長のアルト君だ」
「参謀本部付きの騎士が多いな。何でだろう?」
襲われた6人中3人が参謀本部所属である。50%と言うのは確かに偶然とは言い切れないだろうとアルトは首を傾げた。
これにはすぐにレッドグースが答える。
「参謀本部の人たちは、身分は騎士ですが実際には情報収集や工作を主任務としたそうですからな。おおかた侵入したドクター・アビスを探ろうとして接触したのでしょう」
「忍者にゃ?」
「ですな」
「首を刎ねるにゃ?」
「かも知れませんな」
もちろんメリクルリングRPGのルールブックに『忍者』という職業は無いが、ここでは役割としての意味合いで互いに頷かれた。
ともかく、犠牲者のことも重要ではあるだろうが、より重要なのは「アルトが襲撃を受けた」と言う事実である。
つまりすでに探り合うフェイズは終了で、ここからは互いに殴りあう段階であると言うことだ。
ただこちらの情報をもう掴んだドクター・アビスと、ネグラを掴み損ねたアルト隊とでは、有利不利の格差が生まれているわけで、ここで画期的な新機軸作戦を打ち出さなければ逆転もままならない。
アルトたちもそれを理解しているので、腕を組んで頭を捻り溜め息を付いた。
だがレッドグースは言うに及ばず、カリストまでがいつもと同じ様子だったので、アルトは不思議に思って視線を向ける。
すると満を持した、と表情で語りつつもカリストが立ち上がる。
「そこで、次の段階の作戦の為にゲストをお呼びしています」
部屋の中を数歩進み、先日、共同で使おうと購入して据え付けられた洋服ダンスの横に立ち、恭しく腰を折りながらその扉を開けた。
本来ならカリストの『外套』やレッドグースの舞台衣装、それからアルトが新調した詰襟服などがあるはずのその中には、騎士隊幹部が纏う隊服を着た、線の細い神経質そうな中年騎士がいた。
「あんた確か、参謀本部長バーター中佐」
「うむ」
度肝を抜かれながも震える唇でなんとかアルトが言葉を搾り出すと、バーター中佐は一軍の幹部らしい堂々とした態度で頷いた。
あまりに堂々としているので「何でそんなところに」とツッコみそびれた。
「俺が手塩にかけて育てた情報部がずいぶんとやられているからな。是非とも協力させてもらうぞ」
情報部、とは参謀本部付き騎士中隊の別名だ。
その長としては、情報を探ろうとして返り討ちにされ、その上で逆に偽コナ中尉を送り込まれると言う失態はいかんともし難かろう。
かくしてアルト隊は対ドクター・アビス戦において、すでに押されている情報戦を征する為の札を手に入れたわけだ。
翌日、アルト隊とバーター中佐は早朝からベイカー城へと登り、うちアルト隊は1階の空き室をひっそりと占拠してのんびりとお茶などをし始めた。もちろん、城主ベイカー侯爵は了承済みである。
ただその面々の中に、レッドグースの姿だけが無かった。
片やバーター中佐は配下の参謀本部付き騎士の面々に招集をかけ、参謀本部室へと詰めて集合を待った。
しばらくの時間を要し、参謀本部室には10人の帝国騎士が集う。
一応各員、登城の為に帝国騎士の隊服を着てはいるのだが、良く見ればどの御仁も騎士らしくない。
それもそのはず、彼らは別名情報部とも言われる隊員であり、身分こそ騎士ではあったがその実、『盗賊』や『吟遊詩人』といった職分に長けた者たちだった。
10人、と言ったが、これで全ての人員である。
アルセリア島では6名で小隊。2つ以上の小隊をもって中隊とするのが一般的であり、例に倣い情報部も2小隊編成中隊と言う陣容だ。
つまり2小隊12名、うち2名が故人で現在10名と言うわけだ。
ちなみにジャム大佐の騎士連隊は3小隊を束ねて1中隊、その中隊を2つ束ねて騎士連隊とされている。
さて、職務の特性上、この部屋にこれだけの隊員が集まることも初めてだった。なので各員、微妙に落ち着きが無い。
そこへ喝を入れるようにバーター中佐はわざと大きめの声を出す。
「諸君、よく集ってくれた。非常事態である」
この声と言葉で、一堂はすぐさま背筋に芯を入れ踵を揃える。
「すでに知っての通り、我らが情報部から3名の犠牲者が出ている。仇はドクター・アビスと言う妖しの輩だ」
立ち並んだ情報部員の誰かが、大きく固唾を呑む。ここに集った誰もが知っている事実だったが、改めてバーター中佐から聞けば悔しさなどが込み上げてきた。
「いいか、我らの戦争はすでに始まっている。緒戦は残念ながらしてやられたが、まだ勝敗はこれからだ。
あらゆる手管を使い、街を虱潰しに探せ。
かの『悪の錬金術師』を見つけ出し、我らにケンカを売った報いを受けさせるのだ。
また連携と報告は密にとれ。その事もあり、接触し易いよう捜査本部を一時移す。私は其方に詰める。
行け!」
バーター中佐の力の篭った言い様に、各員は1拍置いてから、慌てて敬礼をもって任務了解を奏し、そして順に参謀本部室から出て行った。
「これで良いんだな? しかし10人では足りぬのではないかね?」
「なに、まだまだですぞ。そこで中佐殿には一つ、手紙を書いていただきたく」
「ふむ」
姿の見えぬ冒険者の影が小声でその内容を伝え、バーター中佐は急ぎペンを取るのだった。
そしてその30分の後、今度は港街ボーウェンの郊外にある騎士連隊訓練場。
「ふむ、なるほどな。良いだろう、ワシの騎士連隊も被害を被っておるからな」
バーター中佐からの依頼書を流し読み、騎士連隊総長ジャム大佐は、傷と髭の下から僅かに笑みを漏らした。
「全員集合!」
そして野太い声を上げて、訓練場に散らばる騎士たちを呼ぶ。さすがに訓練が良く行き届いており、騎士たちはすぐさま立ち並んだ。
「本日よりしばしの間、我が騎士連隊は参謀本部の作戦に手を貸すことになった。全員、すぐに軽装に換えて街へ散らばれ。そして各所でドクター・アビスを探すのだ」
アビスの名にピンと来ず、首を傾げる者も数人はいた。
だが故ロブスタ中尉の率いていた小隊のメンバーと、今、その仮中隊長となっているマクラン卿はすぐさま眼孔を光らせた。
「出兵する前に後顧の憂いを立つ。行け」
そして号令一下、各隊員は駆け足で街へと向かった。
「これで釣り上げられるのだろうな?」
「あとはお任せを」
『ハイディング』のスキルによって身を隠すドワーフの『盗賊』は、傷顔の屈強な騎士隊長にそう答え、気配を断った。
その数時間後には、街のあちこちで西部方面軍の大捜索作戦が開始されたと、人々の噂に上る。
曰く「西部方面軍に所属する全ての騎士卿が参加する」
曰く「指揮を取るのは参謀本部長バーター中佐である」
そして曰く「作戦本部はベイカー城ではない」と。
2018.1.19
細かい表現を少し修正しました。




