11アルトvs女性陣
不意打ち、先制攻撃。いずれもターン制バトルを敷くゲームにおいては、1ターン分だけ先に攻撃行動を取る事ができる。
有名RPGで言う所の「まだこちらにきづいていない」や「みがまえるよりはやくおそいかかってきた」と言うヤツである。
「メリクルリングRPG」もラウンド制という名のターン制バトルなので、敵の隙を付けば当然「不意打ち」が発生する。
ただし、発生はするが成功するかどうかはロール次第、と言うことになる。
さて、場所は港街ボーウェンは『職人街』の寂れた片隅。
白い法衣を身に纏った『聖職者』の乙女、モルトの隙を付いて『無銘の打刀』を抜き放ったのは、彼女の仲間である若サムライ、アルトだ。
当然、ここで「不意打ち」は発生した。
「なんやアル君、どうしたんや!」
すぐに気付いたモルトが叫びながら身をよじる。この瞬間、モルトの同行者であったマーベルの腰袋の中では目まぐるしい計算式が飛び交っていた。
そう、彼ら彼女らの元GMである薄茶色の宝珠がそこにいるのだ。
「敵方の『不意打ち』は失敗です。戦闘フェイズ開始ですよ」
そしてその計算が瞬く間に終了すると、元GMはプレイヤーたる2人の女性に注意を促した。
彼の言う通り『不意打ち』は失敗に終わった。なぜかといえば簡単なことだ。
メリクルリングRPGで『不意打ち』行為にプラスの修正が付くのは『盗賊』や『弓兵』だけであり、今回『不意打ち』を仕掛けた若サムライはどちらの『職業』も持っていなかった。
反面、『不意打ち』を受けた側にはマーベルと言う『精霊使い』にして『弓兵』がいた。
これが理由である。
いくら隙を突いても素人の『不意打ち』は簡単に成功しないのである。
そして、『不意打ち』が失敗に終われば通常の戦闘フェイズへと移行し、いくら隙をついたと言えど、敏捷のパラメーター順の行動となるのがターン制バトルの常だ。
つまりここではどんなに足掻こうが最も敏捷の高いマーベルからの順番となる。
「モル姐さん気をつけるにゃ。そいつはアっくんと違うにゃ」
「え、マジやの?」
と、行動するまでの一瞬の間を利用し、マーベルが警告の叫びを上げた。未だ理解が追いついていないモルトは困惑げにマーベルとアルトの間で視線を往復させる。
眼前のアルトは見たこと無い様な邪悪な笑みを浮かべて『無銘の打刀』を八相に構えていた。確かにどこか違和感がある。
「だいたいアっくんは『ミスリルの鎖帷子』と『胴田貫』を装備してるにゃ」
言われてモルトも違和感の正体に気付いた。雰囲気だけでなく、持ち物が明らかに今のアルトと違うのだ。これはもう「アルトの姿をした何者か」と判断しても間違いは無いだろう。
ちょっと前は本物のアルトもこんな装備だった筈だが、今見ると「そんな装備で大丈夫か?」と思わず問いたくなる出で立ちである。
「『ノーム』出るにゃ」
「ヒャッハー!」
そんなモルトの理解を待つより早く『精霊使い』マーベルは、薄茶色の宝珠が入ったベルトポーチの別のポケットを開いて叫びを上げた。
その声に応えるように飛び出したのは、黄色いヘルメットを被った目つきの悪いモグラだ。
当然ながらただのモグラではない。『精霊使い』のスキル『プレサモン』によってあらかじめ召喚されていた土の精霊である。
続いてマーベルはねこ耳を揺らしながら右腕を振るう。
「『ガトリングストーン』ぶっ放すにゃ。ふぁいやー!」
「承認します」
「ごきげんだっぜ」
途端、下町の石畳が剥げた地面に降り立った土の精霊が長い爪で土を掘り、飛び出した無数の小石が偽アルトに向けて飛翔する。土の精霊の力を借りる『精霊使い』3レベル魔法だ。
だが受けてたつ偽アルトは僅かに表情をゆがめて舌打ちするだけで、怯む素振りも見せずに石礫の群れを全身に受けた。
魔法の攻撃は例外を除き、体捌きで避けられるものではない。それが見るからに物理攻撃であっても、それはあくまで『魔法』による攻撃なのだ。
したがって、偽アルトが避ける素振りも見せないと言うのは正しい反応である。
ただ、それはあくまでシステムの話であり、普通の人間であれば反射で身を庇う位はあってもおかしくない。
実際、礫を受けてあちこちから血を滲ませるその様子を見て、マーベルは「してやったり」と得意げに鼻を鳴らした。
「本物のアっくんにゃったら、痛い痛い喚いているところにゃ」
そんな言い草から、確かにダメージを受ける度に黙ってはいないアルトの姿を思い出して、モルトも僅かに噴出し、しかし笑っている場合でもないのをすぐに思い出してキリリと眉を引き締める。
「これがカリストの兄ちゃんが会ったちゅー、そっくり誰かさんに化ける『変化ゴーレム』やな」
「たぶんそうにゃ」
状況的に間違いは無かろうと、即頷くマーベルだ。対する偽アルトの方は無言のまま、再び邪悪そうな薄ら笑いを浮かべるだけであった。
『変化ゴーレム』。眼前の偽アルトは確かにアルトそっくりだ。性格の方はどうやらそっくりと言うわけには行かないようだが、さて実力の方はどうだろうか。
そう思い至り、モルトは俄かにゾッとした。
これがただのハリボテなら問題は無い。モルトとて『警護官』3レベルの腕前であり、マーベルの魔法援護もあれば簡単に負けることは無いだろう。
だが実力ごとコピーされていたらどうだ。
アルトはすでに帝国騎士と遣り合っても遅れは取らない実力の持ち主である。そんな強者が相手では、3レベル程度では防ぎきれない可能性は高い。
特に自分の隣にいる女子小学生然としたねこ耳童女では一撃の下に切り伏せられること必至だ。
幸い、敏捷に関してはアルトと同様なようで、先に行動順が回ってきたモルトは複雑そうに眉をひそめながら自らのすべきことを決めた。
「GM、『イージスシステム』や」
「承認します」
言うなりモルトは腰の飾りと化していた鋭利な金属を引き抜き構えた。『鎧刺し』と言う名の刺殺用の特殊剣だ。
街中なので必要無いかと思ったが提げて来て良かった。そう思う半面、『胸部鎧』を着けてこなかったことが悔やまれた。街中で危険が無い、などと少々平和ボケしていたと責められても言い訳のしようも無い。
とにかく、その宣言が承認されるとモルトの手番は終わりを告げ、いよいよ偽アルトが『無銘の打刀』の構えを引き締めつつすり足で僅かにすり寄ってきた。
それが斬撃を放つ、一瞬前の踏み足だった。
「『ツバメ返し』」
低く冷たい呟きと共に、偽アルトの『無銘の打刀』が八相の構えから上段に跳ね上がった。
「あっ」
何に対するものか、2人の女人の口から短く声がもれるも束の間、高く閃いた刃は一転して童女の肩口へと振り下ろされる。
この下町での騒ぎに見物人などはいない。いないが見る者がもしいれば、誰もがマーベルの死を予感したことだろう。それだけ鋭い剣撃であり、また受けるマーベルの身体はあまりに小さくか細かった。
当のマーベルも次の瞬間に訪れるであろう傷の痛みに備えるかの様に、反射的に硬く目を瞑った。
名前の示す通り、正しく燕の如き美しくもキレの良い軌道を描き、かの刃が振り下ろされる。だがその刃は見目8歳女児の肩に届く前に何者かに防がれた。
白い何かが瞬くより早く偽アルトの視界に立ちふさがったかと思うと、甲高い金属同士がぶつかり合う音を立てて『無銘の打刀』は弾かれたのだ。
見れば、マーベルの前に立ち塞がるは、白いゆったりとした法衣を風にはためかせ、『鎧刺し』を盾にするよう斜めに構えたモルトだった。
「奥の手やねんけどなぁ」
白の『警護官』は引きつった苦笑いを浮かべながらも、そこから一歩も退かぬという姿勢で、少しばかり驚きに耽る偽アルトをジッと見据えた。
今しがたの電光石火の如きモルト女史の防御こそ、『警護官』が身に着けることのできるスキルの一つ、『イージスシステム』である。
庇うと決めた対象が受ける物理攻撃を、無条件で防ぐのがその効果だ。
ただ防ぐ事ができる回数はスキルのランクと同じだけであり、また持続時間は3Rと短い。
例えば『イージスシステム』ランク5の使い手だったとしても、防衛対象が3ラウンド以内に何も攻撃されなければ効果を失い、また、1ラウンドしか経過していなくとも5人から攻撃を受けたならそこで終了となる。
敵をひきつける『ワーニングロア』と並んで、『警護官』が寄って立つべきスキルと言えるだろう。
こうしてなんとか1ラウンド目は凌ぎきった。
とは言え、モルトの『イージスシステム』はまだランク1であり、使ってしまった以上はRRでしばらくは使えない。
対して偽アルトは『ガトリングストーン』でかすり傷を負った程度だ。
かの襲撃者の目的は、不意打ちで斬りかかって来たことから考えても、おそらくモルトたちの抹殺だろう事は明らかであり、また『ツバメ返し』を使ったことからして、少なくともある程度の能力はアルト並みと見ていいだろう。
そう思うほど、モルトの頬を伝う汗は冷ややかな感触を肌に残した。
「アっくんがこんなに強い筈ないにゃ」
「いや、そんなことは無いんやけど」
と、緊張感に僅かな水を差す不満げなマーベルであった。
そして第2ラウンドが始まる。
「あかん、勝てる気がせえへん」
途端に弱音を呟くモルトである。
高レベルの戦士系職業というのは、魔法使い系にとって厄介な存在だ。
戦士がまだ低レベルであれば、高い火力の魔法をぶち込む短期決戦を挑むことで勝機もあるが、高レベルとなれば魔法に対する抵抗力も自ずと強くなる。
魔法攻撃が効き難く、またHPも高い。自然と長期戦を見据えなければならなくなり、そうなれば壁役がいない魔法使いでは勝ち目がなくなる訳だ。
さて今の状況を振り返れば、まだそんな最悪とは言えないだろう。
なにせ推定6レベルの『傭兵』に対するは、共に5レベルの『聖職者』と『精霊使い』。とは言え、片方は3レベルの『警護官』でもあるのだ。
そこを考えて、少しばかり後退しつつマーベルがモルトの背を軽く叩いた。
「モル姐さんが『防御専念』で偽アっくんを食い止めるにゃ。その間にアタシが仕留めるにゃ」
素直に妹分の言葉を受け入れて頷き、『防御専念』の姿勢を取るモルトであるが、それはそれとしてやはり表情は晴れない。なぜだかアルトの実力を軽く見ているマーベルと違い、モルトは彼の戦士としての腕前を十分に評価しているからだ。
同じ戦士系とは言え、3レベルと6レベルの間には厳然なる壁があるのだ。
だがウジウジと考えている暇などはモルトに与えられない。彼女が壁役としての体裁を整えたと見るや、マーベルはすぐさま第2ラウンドの行動を開始する。
とは言え土の精霊をすでに召喚済みの彼女に出来る事は数少ない。現状では土の精霊系の精霊魔法しか使えないのだから。
「『ガトリングストーン』、も一発にゃ」
「承認します」
「いえーいっ」
再びねこ耳童女の命を受けた土の精霊が長い爪で地面を叩く。それに呼応する様に跳ね上がった無数の小石は猛スピードで偽アルトを襲った。
だがやはり怯まない。
次の手番であるモルトが『防御専念』をしているために動くことが叶った偽アルトは、礫を全身で受けながらも『無銘の打刀』を振り上げつつ間合いをつめた。
「『木の葉打ち』」
そしてまたもやスキル名を静かに呟くと、振り上げられた刃は怪しく青い光を湛えて振り下ろされた。
もちろん、『防御専念』中のモルトは、かの刀筋を見極めんと、そして避けてやろうと身構えるのだが、『防御専念』で得られる回避ボーナスは、残念ながら3レベル差の壁を越えることはできなかった。
すなわち、モルトは振り下ろされた凶刃を肩から袈裟懸けに受けたのだ。
「ひっ」
いつもなら主前衛はアルトなので、これほどの斬撃を受けるなど初めてであった。
この世界の特性なのか戦士系の性なのかはわからないが、受けるダメージに対して痛覚に訴えられる衝撃は小さい。それでも攻撃力に特化された『傭兵』の放つ一撃はモルトに短い悲鳴を上げさせた。
辛うじて追加効果の『麻痺』は受けずに済んだが、それでも痛いことに変わりはない。
「アル君はいつもこんなん受けてたんやね」
『防御専念』してなお、戦士系のHPから半分近くを持っていかれた一撃だ。
モルトは痛みに耐えながらも続けて防御の構えを取った。
「やっぱり、勝てる気がせんわ」
そして第3ラウンドとなる。
ここへ来てさすがにマーベルも危機感を募らせた。
現在の彼女が使える最強の攻撃魔法と言えば勇気の精霊の力を借りた『ブレイブニードル』である。
だが『精霊使い』の特性上、土の精霊を従えている状態から『ブレイブニードル』を撃とうと思ったら、精霊召喚の仕切りなおしが必要であり、1ラウンドを棒に振ることになるのだ。
ならばこのまま『ガトリングストーン』を続ける方が得策と思えるのだが、敵が無生物のせいか、いくら撃ってっも偽アルトの表情は歪まず、どれだけダメージが蓄積しているのか読めなかった。
それがマーベルを「本当にこのまま続けて勝てるのか」という不安に突き落とした。
「逃げるべきかにゃ」
「そやな。続けるにしても、アル君の顔やとやりにくくてたまらんし」
少しばかり強がりを混ぜつつモルトもこの呟きに賛同した。
さて、ではどうやって逃げるか。そこが思案のしどころである。
メリクルリングRPGにおいて、戦闘フェイズからの『逃亡』は成功しにくい。
例えば互いに向き合っての戦闘から全力で走り出せば、敏捷の高い方が差をつける事ができるだろう。
だが全力で走り続ける事ができる時間は生命力と言うパラメーターに依存する。結果、追いかけっこが長くなれば逃げ切れない可能性も高くなる。
それでなくても眼前の敵をほったらかしで逃げを打てば、背中からバッサリとされかねないのだ。その場合は攻撃側にボーナス値が与えられ、大ダメージを被ることになるだろう。
マーベルは少しだけ思案し、自分の手番時間が無くなるギリギリで顔を上げた。
「『ビューリスネア』にゃ」
「承認します」
ねこ耳の『精霊使い』が、使役する土の精霊に視線を走らせて命ずると共に、GMによりその現象が世界に認められる。
黄色いヘルメットを被った目つきの悪いモグラは、少しだけイタズラ坊主の様な笑みを口元に浮かべると、「おーけぃ」と呟いてから勢い良く地面を掘り地中へと消えた。
一瞬、モルトも偽アルトも、土の精霊が消えた穴に怪訝そうな視線を向けるのだが、思案するほどの間もなく、そのモグラはすぐさま偽アルトの足元に顔を出した。
「付き合ってもらうぜ、旦那」
マーベル以外には理解できない精霊語でそう言った土の精霊は、長い爪を大きく広げて地面を叩いた。
途端、偽アルトの足元が、割れた石畳を押しのけつつ隆起した。
この邪悪なサムライをお立ち台に押し上げた、訳ではない。この隆起はかの者の足元を埋め固める為のものだ。
「なんだこれはっ」
これまで怪しくニヤけるばかりだった若サムライの表情が驚きに歪む。と、同時に埋まった足を引き抜こうともがくが出来上がった盛り土はビクともしなかった。
「今にゃ」
「よっしゃ逃げるでー」
この魔法にひとたび絡め取られれば、効果消滅まで18ラウンドである。こうして2人は悠々と逃げ果せるのであった。
すでに作中の描写でご理解いただけたかと思うが、『ビューリスネア』は土の精霊の力を借りて、対象を「移動不能」の状態にする2レベルの精霊魔法だ。
一度掛かってしまえば、魔法を打ち消す何かが無い限りは18ラウンド間は移動不能となる。
これはあくまで「移動不能」であり、近接戦はペナルティ付ではあるものの可能だ。
「ふむ、取り逃がしたか」
遠ざかる2人を悔しげに見送る偽アルトの背後、『職人街』は下町の、空き家である筈のあばら家から1人の老爺が現れ、静かにそう声をかけた。
申し訳無さそうに上半身だけで振り向く偽アルトに、余分な肉が一切無い、骨と皮だけと言った様相のその老爺はゆっくりと近付き、その足元に盛られた魔法の土にふと取り出した小瓶の薬を降りかけた。
たちまち盛り土は元の平坦な地面に戻る。
「申し訳ありません、ドクター・アビス」
「ふん、仕方あるまい。しかしここも場所を移す必要があるな」
偽アルト、かの悪の『錬金術師』により作られた『変化ゴーレム』の謝罪など気にも留めず、老爺は無感情に今しがた出て来たあばら家を振り返る。
つまりここが彼らの、この街での拠点であった。モルトたちの捜索は、的を外しているわけではなかったのだ。
しかし無情にも、その事実にモルトたちが気付くより早く、この拠点は放棄されるのであった。
次回は6/10です




