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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#06_僕らの捜査官生活

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89/208

10下町探訪

 さて、それぞれの役目を帯びて港街ボーウェンの彼方此方へと散った面々の内、若サムライのアルトが、ドクター・アビスの襲撃を受けたのがこの日の午前中である。

 では他のメンバーへと視点を移してみよう。

 若サムライのアルトが「悪の錬金術師(アルケミスト)」ドクター・アビスご一行と戦っていた時、モルトとマーベルの女性陣コンビは未だ『金糸雀(かなりあ)亭』にいた。

 おばちゃん店主(マスター)に話を聞こうと思ったからで、まずはドクター・アビスの為人(ひととなり)を知ろうと言うわけだ。

 ただ、結果を言えばすでに銀髪の『精霊使い(シャーマン)』、ナトリ嬢から聞いた以上の話は得られなかった。

 後々考えてみれば、ドクター・アビスと直接面識があるナトリ、噂話でしか知らないおばちゃん店主(マスター)と比べれば、有益な情報があるのは間違いなく前者だろう。

 そうして午前中を割りと無駄に過ごしてしまった彼女らは、早お昼を済ませてから治安維持隊本部を目指した。ちょうど街の中央付近に建つ、3階建てのビルがそれだ。

「こんちゃー」

「にゃー」

 アルト隊とは何度か顔を合わせている隊員が本日の守衛役だったので、気楽に声をかけてみる。もっとも、治安維持隊は隊員数20名程度なので、すでに何度も本部通いしているモルトたちにしてみれば、知らぬ顔の方が少ない。

 守衛役の中年軍人もまた、顔なじみの若い女性からにこやかに声をかけられれば悪い気はしないもので、やはり笑顔で気楽に挨拶を返した。

「やぁ。今日は、というか当分は隊長いないよ」

 守衛役が挨拶にそう付け加えれば、女性陣2人は思わず顔を見合わせた。

「アタシらそんなに、変態(シスコン)騎士ばっかに会いに来てたにゃ?」

「あー、来てたかもわからんねー」

 言われて思い出してみれば確かにそうだった。と言うか、彼に用事でもなければ、治安維持隊にそうそう用もないだろうと思い至り、小学生の様ななりのマーベルは憮然とした表情を晒し、歳の離れた姉の様なモルトは苦笑いをもらした。

 だが2人とも、今日はマクラン卿がここにいない理由もちゃんと知っていたし、別件の用件がある。

「今日はちゃうねん。これの御用や」

 そしてモルトは白い法衣のゆったりとした(そで)から1枚の羊皮紙を取り出した。

 港街ボーウェンの太守であるベイカー侯爵の直筆公印入りの、『特別捜査員』身分証明書である。身分の証明と共に「捜査に必要な便宜を図るように」との添え書きもある。

 守衛役の隊員はしばし書類を改めてから、おどけた様にゆっくりと直立敬礼の姿勢を取った。

「失礼いたしました捜査官殿」

 そう言って、彼はすぐ交代要員として後ろで休憩していたもう一人の隊員に申し送る。これまたお馴染み、中肉中背で浅黒い肌の軍人さんであった。

「では副隊長の所に案内しましょう」

 浅黒軍人はすぐにモルトたちを先導してビルの玄関をくぐるのだった。


 副隊長である帝国騎士エスプリ中尉がいるのは、約20の事務机が並べられた広い執務室。子供なりだが女子高生であるマーベルなどは、つい職員室を思い浮かべてしまう内装具合の部屋だ。

 そのほとんどの机に今は人がいない。

 これはおそらく隊員それぞれの席が決められた机なのだろうし、また一部の居留守役隊員以外は街の各所にある詰め所へ出ているわけで、さながら授業中の職員室という感じである。

 その広い執務室の一番奥、しつこく職員室に例えるなら教頭席辺りに副隊長エスプリ中尉はいた。

 エスプリ中尉はマクラン卿よりさらに若い。若いが白髪混じりのグレーの髪と、痩せというよりは「こけた」と表現するに相応しい細身が、いかにも苦労人という風情をかもし出していた。

「あの変態(シスコン)騎士の下で中間管理職にゃ。さもありにゃん」

 と、これはエスプリ氏を初めて見た時に、マーベル嬢がのたまった言葉である。

 ちなみに彼の執務机の向こうに立派なドアがあり、そこから隣の隊長室へと続いていたりする。

 隊長室へは廊下からも、この職員室からも行けるようになっているのだ。まぁもっとも今はマクラン卿が騎士連隊へレンタル移籍中なので誰もいない。

 そのエスプリ中尉がモルトたちの入室に気付いて書き物の手を止めて顔を上げる。

「おっと、これは捜査官殿。お疲れ様です」

 そう言って力なく微笑んだ後、おもむろに取り出した顆粒薬を飲み干した。

「何のお薬にゃ?」

「ただの胃薬ですよ。最近こうキリキリと痛くて」

 マーベルは、思わず「お疲れなのはお前の方だ」と喉まで出かかったが、寸前で思いとどまった。

「それはともかく、今日はどの様な御用向きでしょう?」

 苦労人らしく丁寧な御仁だ。

 モルトたちは確かに『特別捜査官』と言う、特殊な地位を仮に与えられているが、所詮はならず者の冒険者である。が、他隊員の見せる親しみではなく、一個の人間として尊重する様な物腰柔らかで腰の低い話し方で接してくる。

 この中尉殿は、一事が万事においてこの様な姿勢だった。

「とりあえず犯人の目鼻は付いたにゃ」

「や、それ言うなら目星やろ。まーなんちゅうか、そう言う訳で捜査上の助言が欲しゅうてなー」

 と、2人のデコボコ女性冒険者の言を聴き、エスプリ中佐は隈だらけの疲れ果てた目を驚きに見開いた。

「もう突き止めたのですか。いやはや、冒険者の機動力はすごいものですね」

 驚きながらも素直に賞賛を向けられ、モルトは照れ半分、申し訳なさ半分と頭をかく。なにせ捜査と言えばいかにもだが、アルト隊のやったことと言えば簡単な情報収集だけであり、後はいろいろ運良く敵に繋がるゴーレムとバトルになったり、運良く友人が敵のことを知っていただけなのだ。

 まぁそうした運やコネクション、また先の話で出ていた『探偵効果』も併せて実力の内と言えばそうなのだろう。

 ちなみにマーベルはといえば、全ての手柄は自分のお陰、とでも言わんばかりに胸を目いっぱい反らしていた。

「人員を出すのは難しいですが、知恵を出せというなら、不肖の身なれどご協力は惜しみません。何なりとお訊き下さい」

 エスプリ中尉がそう大仰に頷くと、部屋内に残っていた居留守役の隊員数名もなにやらと集って来て思い思いに頷いた。

「えっとな、訊きたいのは『暗殺者が潜伏しそうな場所、物件』なんや。日々、街を巡回してるなら心当たりの一つもあるやろ」

 相手があのバッタ怪人だけなら、街壁の外に潜伏していてもすぐにあの大ジャンプで塀を越えてやってくるだろう。

 だがあの怪人以外にもドクター・アビスがいる。

 なら拠点を街中に作っていてもおかしくない。そう考えての治安維持隊訪問である。

「なるほど。誰か地図を持ってきてください。それから捜査官殿には、敵の詳細をもう少し話していただきましょう。潜伏先にしても、相手の性格で色々違うかもしれませんからね」

 こうして、数人の隊員と副隊長、そしてモルトたちによる、犯人潜伏先についての大推理大会が開催されるのだった。



 さて、1時間強ほど額をつき合わせていくつかあたりをつければ、後はもう虱潰しに回るだけだ。

 そう言うわけでご協力いただいた治安維持隊の面々に別れを告げたモルトたちは、街の簡易地図を片手に繰り出した。

 行き先は『商業地区』や『住宅街』『職人街』の中でも比較的ガラの悪い下町辺りである。

 なにせ他所から来た悪人どもが潜むのだから、『山手地区』の様な小奇麗な裕福街ではなく、有象無象が「今日の飯代をどうするか」などとたむろする様な場所の方が宜しいと言う訳だ。

 ただ先にあげた3地区の内、『住宅街』の下町は無いだろう、というのが治安維持隊メンバーが口をそろえて言う論であった。

 なぜか。

 港街ボーウェンの『住宅街』には評判のパン屋があるそうだが、そのパン屋のご隠居がとてつもなく腕っ節が強いらしい。

 今ではその息子が店を継いでいるわけだが、ご隠居に小突かれ殴られ育てられたこの当代もまた、喧嘩が滅法強い。

 そんなパン屋の親分が下町の悪ガキどもを一手に締めているらしく、余所者がおいそれと潜伏できるような雰囲気ではないというのだ。

 ちなみにこのパン屋、以前にモルトが買ってきてアルト隊でも好評だった店である。

 そう言う絞込みもあり、2人はひとまず『商業地区』の下町くんだりを回っていた。

「ええな、そっとやよ。見つけても静かに引き返すんやで」

「なんでにゃ? 逃げられる前に捕まえるにゃ!」

「無茶いいなや。アビスはんはどうか知らんけど、あの怪人出たら、ウチらだけやとどうにもならんで」

 威勢のいいねこ耳童女だが、連れのモルトはさすがに弁えている。

 あの蓬色の怪人を相手するなら、最低でもアルト隊全員は揃えたい。許されるなら帝国騎士やアスカ隊など、知りうる戦力を投入したい、と思っているのだ。

 あのジャンプ力は尋常ではない。

 その尋常ではない力が攻撃に転じた時、いったいどれだけのダメージを生み出すのか。それを想像すると、策を弄して余計と言うことは無いだろう。

「ええね、くれぐれも念押すけど、突っ込んではアカンで」

「…あんまし言われると、フリかと思っちゃうにゃ」

「…ちゃうし」

 さて、その様に冗談じみたやり取りをしつつ、こっそりと空き物件を見て回った。

 『商業地区』は文字通り商売をする者たちが居を構える町である。

 人の出入りも激しく、また商人も浮く者あれば沈む者あり。とにかく常に数件の空き家は存在している。ここが港街であることもまた、その入れ代わりを加速させている。

 必然として余所者が入り易く滞在し易かった。そう言う意味でも、ドクター・アビスの一味がいる可能性は高い、と思われた。

 ただ幸か不幸か彼女らの探索行は空振りに終わる。数件あった空き物件はすべて外れだったのだ。

 仕方なく場所を移して『職人街』。こちらは『商業地区』と違い、根を下ろす者が多い為に余所者は潜り込みにくいだろうと思われた。

 と、半ば期待せずに大小2名が町の小道を歩いていると、前方からやはり大小と言う風情の2名が歩いて来た。

 小さい方はドワーフで、職人らしく太い腕と厳ついギザギザ髭がトレードマークの、刀剣鍛冶『レコルト工房』の親方だ。

 また大きい方はと言うと、ドワーフと並んでいるせいで大きく見えるだけであり、実際の所はモルトよりひと回りほど小さい少女だ。パステル調のヒラヒラな服に身を包み、なにやら小声でパ行の多い歌を口すさんでいる。

 彼女こそは、『レコルト工房』の客分師匠で『ミスリル鍛冶師(スミス)』、通称ミスリル・メイである。

「おやアル坊のところの姉ちゃんじゃねーか。奇遇だな」

 ふと、向こうもこちらに気付いて声をかけてくる。少女の方は親しげな雰囲気を投げたレコルト親方に、一瞬だけ首を傾げてから「ああ」と手を叩いた。

 どうやらモルトたちの顔を忘れていたらしい。

「ちょっと大事なお仕事やねん。親方はんはお買い物?」

「仕事か。仕事は大事だな。うん。俺はまぁ遅い昼休みって所だ」

 最近はアルトも本業が忙しくアルバイトから足が遠のいているので、そのあたりを中心に軽く世間話と近況などを話す。ついでに今回の事件についても、幾らかぼやかしながら話してみる。

「そうか、この辺りに潜んでいるかもしれない犯罪者、な」

 レコルト親方はモルトの言を聞き付けて思案顔でギザギザ髭を撫で付けた。

「俺は心当たり無いが、この辺を探すってのはいいところに目をつけてるな」

「せやろか?」

「なんでにゃ?」

 冒険者2人からすれば、どちらかと言うと第二候補でしかなかった『職人街』だったので、親方の言葉はいささか意外であった。

「『商業地区』も確かに空き家は多いが、客をお迎えする以上、寄り合って町を綺麗にしておる。治安が悪くても困るから、自警も多少はしとる。そこ行くと『職人街』は腕さえ良ければ客が勝手に来るから頓着せん。自然と小汚くて澱んだ場所も多くなる」

 全ての都市でそうなるかは知らんが、少なくともこのボーウェンではそうだ、と付け加えつつ述べられた弁であったが、モルトもマーベルも「へえ」と何度も感心して合槌をうった。

「ならどっかにいるかも知らんにゃ」

 すでに消化試合の如くやる気を萎ませていたマーベルは、俄然元気になった。そうすると、そんな会話が呼び水になったのか、黙ってキョロキョロしてた脳内お花畑少女のメイが手を叩いた。

「そー言えば昨日の晩、イェルドさんちに灯りが付いてたっけ」

「イェルドのヤツは先月夜逃げしたじゃねーか」

 飛び出した言葉はいかにも不穏ながら、全くそんな気配を見せぬあっけらかんとした表情だったが、冒険者2人にとっては正しく欲しい情報が転がり込んできた格好だ。

「イェルドさんちを教えるにゃ!」

 シティアドベンチャーに飽きて来ているマーベルが素早く問う。レコルト親方は少しだけ怪訝そうに首を傾げた。

「なんだお前ら、借金取りもやってるのか?」

 そう言うからにはイェルド氏は相当な借金があったのだろう。まぁ夜逃げするくらいだからさもありなん。とモルトは納得気味に頷きつつも親方の返答に耳を傾けた。


 街の簡易地図で場所を教えてもらい、2人はしばし歩き『職人街』はずれにある旧イェルド氏宅を訪れた。

 訪れた、といってもイェルドはいないはずだし、代わりにドクター・アビスの一味が潜んでいる可能性があるので、少しはなれたもの陰からこっそり覗っている。

 先に『職人街』はずれと言ったが、場所的にも技術的にもはずれなのだろう。時折近隣のあばら家に入っていく痩せた職人たちは、いかにも金回りが悪そうであるし、イェルド氏同様に夜逃げしてそのままと思われる空き家が散見された。

 そんな空きのあばら家の一つが旧イェルド氏宅である。

 平屋1戸建てといえばそこそこ聞えも良いが、粗末な古レンガを積み囲いを作り、屋根は板を葺き、風で飛ばされぬよう野縁を渡して石を置いただけと言う簡易建築だ。

 逃亡前の生活も推して知るべしと言ったところだろう。

「さてどうやって中を検めよ?」

「行っちゃうにゃ?」

 モルトは相談する為、後に付いていたねこ耳童女を振り向くが、返って来たのは突破許可を求めるキラキラとした瞳であった。

 マーベルがこういうキャラなのは重々承知していたが、それにしても最近、思慮の浅さが際立ってきた気がしないでも無い。以前の戦術家然としたマーベルは何処へ行ったのかと、モルトは少しだけ肩をすくめて見せてから、口元に指先を立ててそっと歩き出した。もちろんマーベルも後に続く。

 足音を殺す、と言うのは『盗賊(スカウト)』の技能である。2人は『盗賊(スカウト)』ではないので、忍び足とは言え所詮は素人芸だ。

 それでも精一杯に息を殺してあばら家へとにじり寄る。スキルが無いまでも、本人たちからすれば上出来と思われた。

 だがそれは残念ながら勘違いだった。

「誰だ」

 あばら家の外壁まであと数歩、という所で、そんな言葉が彼女らの耳を射た。

「にゃぁ」

 反射的だったにしろ、マーベルが得意の鳴き声を出してみるが、誤魔化されたのかどうなのか、あばら家内からはジャラジャラと言う、何者かが動く音が聞えた。

 それは聞き慣れた音でもあった。

「『鎖帷子(チェインメイル)』やろこれ」

 動くこともできずピタリと足を止めつつ、モルトはゆっくりと半分だけ振り向き、にゃあと鳴いたねこ耳童女の目を見た。マーベルもまた、間違いない、と頷く。

 そうしている間に、狭いあばら家内をズカズカと歩いた『鎖帷子(チェインメイル)』の君は、特に恐れるでもなく時を置かずして粗末な戸を押し開けた。

 目が合う。

 片や、忍びにじり足の真似事であばら家まで這い寄る2人の女性冒険者。

 片や、鈍色の薄汚れた『鎖帷子(チェインメイル)』に身を包み、腰に差した『無銘の打刀』に手を掛けた若サムライ。

 数瞬の後、白い法衣の乙女は安堵の溜め息と共に、固く停めた身体を伸ばした。

「なんやアル君やんか。めちゃびっくりしたわー」

 はたしてそれは確かに彼女らと共に冒険者を営むアルト少年の姿だった。

「モルトさんとマーベルか。こんな所で何してるの」

 対するアルトもまた差し料から手を離して、いかにも警戒を解いた風で気楽に言う。だが、その姿をモルトの後ろからじっと見ていたマーベルだけは、無言のまま、また身を硬く構えたままに少年を見据えていた。

 その様子に気付かず、モルトはさらに話を進める。

「何しとん、はアル君の方や。あんた街場やなくて騎士連隊の訓練場行った筈やろ?」

「うん、まぁそうなんだけどね」

 アルトは曖昧に頷きながらさり気なく歩を進めてあばら家を出る。歩き出て、おもむろにモルトの横を通り過ぎた。

「アル君?」

 少しだけ、不審に気付き、モルトが首をかしげながら振り向くのと、アルトの姿をした少年が刀を抜くのは同時だった。

 その顔は、アルトと同じであるのにもかかわらず、酷く邪悪に笑っていた。

次の話は5/27掲載予定です

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