09アルト危機一髪
「速攻で決めるぜ」
愛用の『胴田貫』を油断無く八相に構え、アルトは今にも切りかかろうと軸足に力を込めた。
しかし、だ。その踏み脚は残念ながら一歩も出す事が出来ない。一瞬だけギョッとしたアルトだったが、彼ももうこの世界に来て半年以上になる。さすがにすぐ理由に行き着いて歯軋りをした。
つまりは、ドクター・アビスを名乗るこの老爺がアルトよりも素早い、と言うことである。戦闘中はあくまで敏捷順にしか行動できないからこその足踏みだった。
「ひっひっひ、ワシからじゃな。行け、『ベイノン』」
その隙にドクター・アビスは手にしていた赤い先の尖った小瓶を投げつける。地面に叩きつけられた小瓶は無残にも砕け散り、モウモウと人間大の煙を立ち上げた。
「な、これは」
相手は『錬金術師』という事前情報もあり、毒のポーションでも投げつけられるのかと思っていたアルトだったが、この光景には思い当たるモノがありつい声を上げた。
彼の脳裏に浮かんだのは、以前、港街ボーウェン沖であった、海の魔物『ロゴロア』との戦いだ。
あの時、『錬金術師』ハリエットが海面にこれと似た小瓶を投げつけ、湾曲した短い闘牛のような角を持つ『ミノクラス』という巨獣が、今と同じ様な登場をしたのを憶えている。
はたして立ち上がった煙が晴れると、そこには身長2メートルほどの銀色の甲冑が立っていた。
全身鎧だ。アスカが着ている『板金鎧』より重厚で隙間がなく、中に何者かが入っているのか、または甲冑だけで動く『生きた鎧』なのかすら判らない。
また、一つそれ以外の特徴を上げるとすれば、額に赤い菱形の宝石が見える。宝石は見るものを魅了するか呪うかの様に、怪しい光を湛えていた。
見るからに手強そうな相手である。
だがアルトに恐れはなかった。なぜなら、彼の記憶にある『ミノクラス』は、姿こそ恐ろしい怪獣だが、その実、ただのハリボテだったからだ。
その例に倣うなら、この『ベイノン』と呼ばれた銀の甲冑もこけおどしに違いない。
「へっ、ドクター・アビス、敗れたり」
この瞬間に、アルトは銀の甲冑を挟んで向こうにいる悪老爺の作戦を読んだ。
『錬金術師』であるなら、直接的な戦闘能力は低いだろうから、この『ベイノン』で時間を稼ぎ、その隙に逃げようという魂胆なのだろう。
ならば、いつもなら初手から『ツバメ返し』と言うところだが、まずはただの斬撃で『ベイノン』を討ち散らし、その勢いを駆って逃げるドクター・アビスを後ろからバッサリだ。
これがこの時にこの若サムライが脳裏に立てた作戦であった。
「さぁ一撃必殺の時間だぜ」
止められていた足が動くと同時に、アルトは軽快に歩を進めて『ベイノン』へと迫る。迫り、振り上げた『胴田貫』を、精一杯の力を込めて振り下ろした。
ガキン
しかし、予想とは裏腹に重い音が響き、若サムライの手には反作用による鈍い痛みが伝わった。
慌てて刀を引き、数歩だけ下がり様子を伺う。
易々と斬り裂けるだろうと思っていた銀の甲冑は、彼の斬撃を受け、なおかつ平然とそびえ立っていた。
無傷ではない。
その左肩には『胴田貫』の一撃を叩き込んだ傷跡が確かに残っている。だがその深さと言えば、甲冑の板金を破るに至っていなかった。
また慢心だったか。
アルトは眼前の甲冑を強敵と認めるしかなく、先に立てた作戦に対し途端に恥ずかしくなりった。
「ひひっ、小娘の未熟な『錬金術』と一緒にしてもらっては困る」
と、追い討ちをかけるように、銀の甲冑の後ろに隠れた老爺は笑う。これは彼の侮りを正しく読み取った言葉であり、アルトは先の恥ずかしさと相まって、僅かに顔を赤黒くした。
「ワシが逃げるとでも思ったのだろう。だが言っただろう? 『ワシの仕事の邪魔だ』とな。お前にはここで死んでもらうよ」
続けてドクター・アビスが挑発する様に言うが、さすがに油断できる心境でもなく、アルトは再び『胴田貫』を八相に引き寄せた。
どうやらこの初ラウンドもこれで終わりの様だ。ならば次から全力の『ツバメ返し』を叩き込んでやる。
そう意気込み、アルトは四肢に力を込めんとした。
しかしその時だった。
まず大地を踏みしめる両の脚から力が抜けたかと思うと、彼は途端に地に膝を付いた。一瞬の驚愕の後に気がつけば、全身が痺れて指先を動かすのさえ困難であった。
何が起きたのか。だがそれを悟るよりも早く、無機質に陽の光を反射する銀の甲冑の顔が、僅かに動いて地に屈したアルトに向いた。
すなわち、2ラウンド目が始まったにもかかわらず、アルトは『麻痺』状態に陥り、そして『ベイノン』の行動が始まったのだ。
額に嵌った赤い菱形がより一層輝きを増す。否、内から発する光というより、まるで周囲の光を吸い込み取り込み、その上で輝いている様に見えた。
重装騎士の様な出で立ちのわりに武器を持たず、その重厚な篭手で殴りつけてくるのかと思っていたアルトだったが、ここでそれが間違いだったと気付いた。
あの額の宝石こそが、銀の甲冑が持つ武器なのだ。
だがそれが解った所で何が変わる事も無い。
全身の『麻痺』は相変らずであり、何が起きてもこのままでは成されるがままに受け入れるしか術は無い。
一閃。
満を持して甲冑の額が禍々しい赤に閃き、そこから一筋の光が漏れ出してアルトの肩を貫いた。
「うっ」
思わず衝撃に声を漏らすが、『麻痺』のお陰か痛みはあまり酷くない。酷くはないが、HPの観点から言えば、それは大ダメージであった。
身に着けた『ミスリル銀の鎖帷子』がダメージを軽減してなお、それである。
ヤバイ、非常にヤバイ。
と、アルトは奥歯を噛み締めた。とは言え、力が入らぬ為、それは酷く弱々しい歯軋りだ。
初めに刺された『短刀』に麻痺毒でも塗ってあったのだろう。もし彼らのGMである薄茶色の宝珠が共にいれば、『毒に対する抵抗ロール』があったと告げられることで気付けたかもしれない。
動けない事によって吹き溜まったエネルギーが思考に回るのか、その様なぶつけどころの無い悔しい思いがグルグルとアルトを支配する。
とにかく、今はここに至った経緯などどうでもよく、この状況を打破する方法を何とか考えなくてはならない。
何も思いつかなければ、このまま死ぬだけなのだ。
「残念だが、もう詰んでいるのだよ。ひひっ、もう諦めてはどうかね」
だが、そんなギラギラとした老爺の言葉と共に、命の最期となるであろう3ラウンド目がやって来た。
何も、都合よく方策など思いつくわけも無い。
そして再び、銀甲冑の額が光を集め始める。
もうダメだ。諦めと共に目を瞑り、そして冷や汗が全身から吹き出した。同時にかの赤き死の閃光が迸る。
と、その時だ。
閉じていても目蓋越しに襲い来る光が、ふと何者かに遮られた。
何事かと不思議に思い、恐る恐るという態でアルトは目を開ける。飛び込んできたのは、すぐ目の前に立ちふさがる蓬色。
深緑に少しだけ茶を足した様な、この季節に少しだけ元気を失った草木の様なその何者かに、アルトはごく至近で見覚えがあった。
冷や汗が引き、そして全身から血の気が下がっていく。
自由の利かない首を何とかめぐらせて視線を上げれば、その何者かは、はたしてアルトの記憶通りの姿である。
すなわち、昆虫の殻の様に硬質な鈍い光を湛えた、あちこち節くれ立った身体を持つ怪人の背中であった。
この瞬間、アルトの脳裏に沸いた言葉は「敵が増えた」だ。
しかし、すぐにその思いが違和感に突き当たる。何が違和感なのか、それはかの銀甲冑が放った赤光の射線を、この蓬色の怪人が遮ったことだ。
この巨虫の様な怪人が正しくアルトの敵であれば、ここに現れずただこの戦いの行く末を見守っていればよかったのだ。
そうすれば、あと10秒もかからずにアルトは三途の川を渡ったことだろう。
なのに、まるでアルトを庇うかの様に現れ立ち塞がる。アルトの混乱はこの時、頂点を極めた。
「貴様、邪魔をするか」
そこへふと、彼の沸き立った頭に冷や水を浴びせる様な、怒りに塗れた老爺の怒鳴り声が飛び込んできた。
蓬色の怪人、銀甲冑という、2人越しにチラリと見えたドクター・アビスが、今までの下卑た笑いをすっかり潜め、燃える様な目で怪人を睨んでいたのだ。
「仲間割れか」
ピンと合点がいき、痺れる唇で呟く。
この怪人が『人間をベースにした合成獣』ならば、そして『合成獣』製作者がドクター・アビスであれば、その『元にされた人間』ははたしてこの『悪の錬金術師』を許すだろうか。
様々な反論もあるだろうが、この時アルトが導き出した答えは『否』であった。
そしてそこからさらに導き出された解答が「仲間割れ」だ。
彼らが実際に「仲間」であるか定かでは無いが、アルトにとって見ればそれはどうでもよく、ただ生き長らえた事実だけがしめたものである。
そしてこのまま潰しあってくれれば、さらにしめたものだ。
ただ、そう上手く行かないのが人生であった。
ひとしきり怒鳴って落ち着いたのか、ドクター・アビスの表情に邪悪な笑みが戻ってくる。
「ふ、ふひひ、何、いくら貴様がその強い意志で邪魔しようが知ったことではない。こいつがある限りはな」
そう言って彼が取り出したのは、鳥の羽の様な飾りをあしらった地味な鉛色の腕輪だ。よく見れば、蓬色の虫怪人の左腕にも、同じデザインの腕輪が付いていた。
おそらく、対になる物なのだろう。
そしてドクター・アビスが取り出した腕輪を掲げて、声高らかに命令を下す。
「我が声を聞け。我が道に立ちふさがる邪魔な小石を排除せよ」
小石とは、アルトもずいぶん過小に評価されたものだ。だがそんなことに腹を立てている余裕など、ピンチに際した若サムライにはなかった。
邪悪な老爺の声を聞いた蓬色の怪人が、途端に頭を抱えて苦しみ出したからだ。
経過から見て、あの腕輪は精神支配のアイテムだろう。そして必死にかの声に抗っているのだ。それでも簡単には逆らえるものでは無いらしく、もがく手足は次第に力を失っていくように見えた。
アルト、再びピンチである。
身体の自由さえ利けば、この隙を見繕って全速力で逃げるのだろうが、いかんせん『麻痺』の自然治癒は数10秒程度では成らない。
この怪人が抗いきれず、ドクター・アビスの命令に服従した時、それは初めにアルトが感じた通り、「敵が増えた」という状況に陥るのだ。
「ちくしょう、何でこんな事に。騎士40名が後ろに控える、簡単なお仕事だった筈なのに」
ついもれるのは弱音だった。
アルトは6レベルにもなる『傭兵』だ。だが身体能力に優れ、武器を用いて敵を打ち倒すかの職は、その身体が動かなければもはや木偶人形でしかない。こんな状況で自らの不運を呪うくらいは仕方が無い。
見れば怪人の、苦しみに身を捻る動きももうかなり鈍い。あと彼の意思とやらがどれ程強靭かはわからないが、それでも何秒ももたないだろうと思われた。
そんな中、苦しみにもがく中で、意識的なのか無意識的なのか、蓬色の怪人はゆっくりと小さく右手を挙げ、そして後方に向かって振り下ろした。
この動作を見て、アルトの心と脳に変化が起った。
何か強い衝撃波が全身を通り抜けていく錯覚を感じ、次に脳内を捏ね繰り回される様に足元が覚束なくなる。
ただでさえ『麻痺』のせいで、辛うじて膝立ちしていたアルトは、この感覚のせいで転ばざるを得なかった。
この感覚をアルトはこれまでも何度か味わったことがあるので知っている。
現代の日本からやって来た「日本人アルト」ではなく、アルセリア島で生まれ育った「アルト・ライナー」という少年の記憶に触れた時に味わう感覚だ。
その証拠とでも言わんばかりに、アルトの脳裏には彼が知らなかった記憶が思い出された。
降って湧いた記憶は、彼の前に立ちはだかる虫怪人が今しがた行った、小さく挙げた手を後方に向かって振り下ろす、という動作に関してだ。
これは孤児であったアルトが育てられた『ライナス傭兵団』で使われるハンドサインである。
示す意味は『下がれ』または『撤退しろ』である。
「まさか」
大地に伏したまま、アルトは絶句した。
ハンドサインなど誰でも真似ることはできるだろう。だがこの局面でこれを使うということは、やはりこの虫人間が『ライナス傭兵団』に所縁ある者であることを物語っているように思えた。
しかし、その後幾ら考えても、アルトが得た記憶には「『ライナス傭兵団』にこの様な怪人はいなかった」ということだけだった。
つまりどういうことか。
以前、アルトと共に『ライナス傭兵団』で育てられた義兄弟である、赤毛の『魔術師』エイリークに会った。
その時のエイリークの談によれば、彼らの養父である『ライナス傭兵団』団長が熱病で倒れ、それを良い事にと副団長が仕切り、団員は散り散りでタキシン王国の王弟軍に編入されてしまったという。
その、散り散りになった団員の誰かが、どういう経緯か運悪くドクター・アビスの手に落ち、そして『合成獣』にされてしまったのだろう。
ここまで想像を進めてアルトはゾッとした。
以前に寝食を共にした仲間がこの様な姿にされた訳で、彼が『ライナス傭兵団』を離れて冒険者にならなかったとしたら、『合成獣』になっていたのはアルトだったかもしれないのだ。
ゾッとしつつも、同時に怒りが込み上げてきた。
自分の地位の為に団を売り渡した副団長は別として、アルト少年にとって『ライナス傭兵団』は家族である。
同年代のエイリークたちは義兄弟であり、年齢の離れた団員は叔父や叔母であり、そして団長は養父であった。
誰かはわからないが、その家族の一員が目の前で苦しんでいる。なにやら怪しげな姿にされた上に、怪しげなアイテムで操られようとしている。これで奮い立たないアルトではなかった。
「テメエは許さねぇ」
何とか根性で膝立ちを回復したアルトは、射殺すような視線で、かの邪悪な老爺を睨み付ける。
だが『悪の錬金術師』などと呼ばれるドクター・アビスにとって、自分に向けられる怒りや恨みの視線など、それこそ日常茶飯事であり、何ほどのものでもなかった。
「許さなければどうだと言うのかね。体勢を立て直したのは褒めてやるが、だが『麻痺』した身体で何ができるのか。ひひ、楽しみだね」
言われて、確かに歯噛みしか出来ぬアルトの目の前で、蓬色の怪人はついに抵抗力の全てを失った。
瞬間、頭を抱えていた腕をダラリと降ろし、ゆっくりと振り返り、禍々しくも大きく赤い複眼をアルトへと向けた。何も感情など読み取れない、全く違う思考を持つ恐ろしき虫怪人がそこにいた。
こうなれば、アルトももう風前の灯だ。
頼みの綱であったはずの騎士たちは姿が見えず、1対1ですら勝てるか判らない敵が2体、さらに戦闘力など未知数なドクター・アビス。そして対する自分はと言うと身体の自由が利かないと来た。
さすがに死を覚悟する場面だと、アルトは静かに溜め息を付いた。
悔しいし、腹立たしい。
死ぬのが怖いという感情は今まで何度も味わってきたが、こんなに激しい憤りをもったまま死に臨むのは初めてだった。
だがしかし、求めた時に現れぬのも人生ならば、諦めた瞬間に開かれるのも人生だ。
すなわち、助けは思いも余らに形でやって来た。
「アルト君、覚悟を決めるのはまだ早いぞ!」
若々しくも活力に満ちた声が無人の馬場に響いたかと思うと、見えぬ馬の蹄の音がさらに鳴り響いた。
この声には聞き覚えがある。
そう、『ボーウェン治安維持隊』の隊長にして、レギ帝国西部方面軍少佐、若き帝国騎士マーカス・マクランその人の声である。
いや、声は確かにマクラン卿のものであるが、馬の駆ける音は1頭どころではない。まさに40騎が駆けるほどの音が近付いてくるのだ。
しかし不思議なことにその姿は見えない。
声も音も、すぐ近くまで迫っているのに、いくら探せど晴れ渡った空と、空っぽの馬場や草原が見えるだけであった。
この意味のわからなさに、アルトは疑問符を垂れ流し、ドクター・アビスは舌打ちをこぼした。
「さすがに騎士連隊全員を相手にするのは分が悪い。仕方ないが撤退だ! 『ベイノン』は時間を稼げ」
眉間にシワを作り忌々しげにドクター・アビスが言うと、蓬色の怪人は素直に頷いてから、以前見せた超跳躍にてこの場を飛び去る。
またアビス本人は最期にニタリと笑い、虚空に姿を消した。
残されたのは額からの怪光線を武器にする、銀色の甲冑である。
そしてその直後に、「空っぽの馬場」という風景が、まるで壁に書いた絵を破るかの様に裂け、その内から次々に40名の騎馬隊が飛び出して来た。
もちろん先頭は我らがマクラン卿だ。
「帝国騎士マーカス・マクラン、妹の求めに応じただいま参上」
「ティラミスは騎士兄貴殿の妹では無いであります」
その肩には、いつの間にか姿を晦ましていた、人形少女ティラミスがいた。彼女が助けを呼んでくれたのだろうと理解して、アルトはホッと息をついた。
後ろに続く騎士たちに、「掛かれ」と命じて『ベイノン』へと殺到させるマクラン卿。さすがにレベルで劣る騎士たちだが、集団戦闘で戦闘能力が上がるのも騎士の特性だ。『ベイノン』はそんな騎士たちの『騎兵の尖槍』により、次第に穴だらけにされていく。
またその肩から急ぎアルトへと駆け寄ったティラミスは、自らが兄貴殿と認める内の一人である若サムライの無事を確認して笑顔をもらした。
「で、アレは何だったんだ?」
そんな文字通り小さな少女にアルトは訊ねる。アレとは、今しがた騎馬隊たちが蹴り破ってきた風景のことだ。
どう見ても本物にしか見えなかったが、前後の状況から察するに書割だったのだろう。というのがアルトの大まかな予想であった。
はたして、ティラミスからの回答も同じであった。
「『錬金術』で作った不思議アイテムでありましょうな。黒の兄貴殿の『シムラクルム』のような効果があるようであります」
『シムラクルム』は幻影を作り出す魔法だ。
先日、アルトを抱えて飛翔したカリストが、地上から身を隠すためにこの魔法で空の幻影を展開したのは記憶に新しい。
アルトもそれを思い出して納得した。
それにしても、と騎士たちに滅ぼされつつある銀の甲冑を横目にしながら、アルトは深く溜め息を付く。
早速、姿を現したドクター・アビスと『合成獣』である蓬色の虫怪人。そしてその怪人がどうやらアビスの精神支配下にあり、素性はといえばどうやらアルトの家族のようだった。
生き残った喜びよりも圧し掛かる憂鬱が勝ち、ただただ頭の痛いアルトであった。
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