14短期決戦
「戦闘が始まります。みなさん、気をつけて!」
マーベルのベルトポーチから薄茶色の宝珠が声を上げ、その途端に空気が凛とした温度に変わる。いよいよ戦闘が始まるのだ。
「相手は一人だ、一気に畳み掛けるぞ」
「アタシがファーストアタックいただくにゃ」
アスカが気合を込めて叫べば、まず敏捷最速のねこ耳童女が名乗りを上げて、右手を思い切り高く上げる。
「『勇気の精霊』出るにゃ。『ブレイブニードル』」
「承認します」
あらかじめ精霊を使役し、『精霊魔法』使用に備える『プレサモン』。このスキルによってすでに召喚されていた『勇気の精霊』は、仮初の主人であるマーベルの言を聞き、そして薄茶色の宝珠を通して世界に認められる。
瞬間、コブシ大ほどもある蜜蜂が螺旋旋回を始め、すぐさま一本の『騎兵の尖槍』になるのだ。
「貫くにゃ!」
そして投擲するかの様にマーベルの右手が振り下ろされると、『騎兵の尖槍』は真っ直ぐに『魔術師』の黒衣へと飛翔した。
「おのれ小癪な」
だがどうだ、蜜色の『騎兵の尖槍』は彼の『漆黒の外套』の眼前で雷光を弾き出したかと思うと、その勢いを失って元の大蜜蜂へと戻った。
「効かにゃい!?」
『ブレイブニードル』は強力な攻撃魔法である。
その威力はすでに対ナトリ戦でお試し済みだったので、完全に弾かれた事でマーベルは驚愕にねこ目を広げた。
「ベルにゃん、あの『外套』や。アレを破壊せんとアカンで」
驚きに一瞬ばかり身を固める程度なら、このラウンド制バトルの中では問題が無いだろう。だがそれでも疑念が晴れなければ次の行動に躊躇いが出る。モルトはそう判断し、すぐさまマーベルに声をかけた。
「そう、そうにゃ。思い出したにゃ」
その声でかのねこ耳もすぐにピンと来た。思い当たれば何も難しい問題ではない。
以前にこのキヨタと対決した時も、同じ様に『外套』によりダメージ阻害された経験がある。マーベルとしてはあの時に破壊した『外套』が、まさかまだ使えたとは思っていなかったのだ。
相変らず作戦会議を半分も聞いていないせいで起こった困惑と言えよう。
と言うか、もし『漆黒の外套』が無ければ、今の魔法の一撃でカリストの肉体諸共殺していた可能性もある。そう考えれば助かったのはキヨタだけではない。
ねこ耳童女、痛恨のうっかりである。
「おっと、もうタネがバレてしまったか。だがまだあるぞ『マギシールド』」
「しょ、承認します」
そしてそんな様子を聞いていたキヨタは、行動可能になるやすぐさま防御魔法を展開した。『マギシールド』は一度だけ魔法の効果を阻害する、対魔法完全防御魔法だ。
「くっ、やっぱりあの『外套』は厄介だぜ」
1ラウンド目が始まって間もないが、すでにアルトの顔面は冷や汗が埋め尽くす。
『漆黒の外套』のおかげでカリストの命は助かったが、やはり思った通りと言うか守りが厚い。
はたして作戦第一段階である防御破壊はどれ程の時間で突破できるのか。一つ間違えばカリストの死に繋がるだけあって緊張もひとしおである。
さて、その後はアスカが攻撃を引き付ける為に『ワーニングロア』を使い、さらに後方からの砲撃要員である『魔術師』マリオン、『精霊使い』ナトリのコンビの出番となる。
この2人は敏捷ステータスが同点の為、どっちが先でも問題ない。しかし、である。
「『ライトニング』ぶち込んでやろうと思ったのに。ああもう」
マリオンは、すっかり出鼻をくじかれ爪を噛んだ。
先にも述べた通り『マギシールド』は魔法完全防御だ。が、どちらにしろ破るなら魔法をぶつけなければならないので、高いコストの魔法では完全に無駄撃ちである。
「かわりに『マギボルト』ぶち込もうかしら」
だがマリオンも即座に思考を切り替える。どうせ無駄撃ちを入れないとダメならば、MP消費がより少ない『マギボルト』を捨て撃ちしよう、と言う訳だ。
ただこの一瞬でもう一人の魔法使いは別の判断を下した。
「あなたはそのまま『ライトニング』を。『マギシールド』破壊は私が」
感情の篭らない平坦な調子で言って半歩前に出たのは、銀髪の『精霊使い』ナトリだ。
彼女もマーベルと同じく『ブレイブニードル』をぶち込むつもりで『勇気の精霊』を『ブレサモン』していたのだが『マギシールド』がある以上、やはりそれは無駄撃ちになるだろう。
そう思い、マリオンは怪訝そうに視線を向けかける。
確かに『精霊魔法』にもコストの低い攻撃魔法はある。例えばレベル1の『フレイムボルト』。
しかし『精霊魔法』は対応する精霊を先に召喚するフェイズが必要となるのだ。
すでに『勇気の精霊』を召喚済みのナトリでは、どうあってもマリオンより数ラウンド遅れる筈である。
だがそんな疑問が音になるより早く、ナトリは己の魔法を解き放った。
「舞え、黄金の燐粉よ。『アインヘリアル』。狙いは、敵『魔術師』」
彼女の言葉が空気に溶けると、コブシ大ほどの大蜜蜂が飛翔し一瞬空気が金色に染まった。
途端、その燐粉を浴びたキヨタの周りで何かが弾ける。『マギシールド』がその効果を失ったのだ。
「やるではないか。さすが我が養女に化けているだけはある」
キヨタが僅かに眉をしかめる。
『マギシールド』はどんな魔法も一度だけ防御するわけだが、もっと詳しく言えば支援魔法をも防御してしまうのだ。
つまり、何でもいいから一度防御させてしまえ、という、発想で言えば『マギボルト』をぶつけようとしたマリオンと同じである。
ただ『アインヘリアル』の方がより消費MPが低い、と言うのが、ナトリが進んで魔法を使った理由だった。
また、ぶつけるのはどの魔法でも良いとは言え、本来ならば味方への支援魔法を堂々と敵にぶつける辺り、なかなかケレン味が効いている。
「さぁマリオン。ぶちかまして」
「よし、まかせて!」
言葉を返すや否や、金髪の魔法少女が愛用の『短杖』を鋭く振りかざし、真っ直ぐに黒衣の『魔術師』を指し示す。
「『魔法強化』『ライトニング』!」
そして甘く高い声色が響き、眩い閃光が迸った。
中位の『魔術師』において、単体相手なら最も使い勝手が良いとも言える攻撃魔法『ライトニング』。それをスキルで強化した、『魔術師』相手なら一撃必殺すら狙えるマリオン得意の合せ技である。
その青白い真っ直ぐな閃光は、スキル『魔法強化』のおかげで通常の3倍は太い。あまりの迫力に、キヨタも咄嗟に頭を守り腕を交差させる程だ。
「ぬっ」
だが、それでも『漆黒の外套』の加護は破れなかった。
青い稲妻は、今にもキヨタの頭を吹き飛ばそうかと言うほどに迫った瞬間、突如発生した禍々しい光と共に派手な余波を飛び散らせながら消失したのだ。
「ふふ、惜しかったな」
額に浮かんだ一筋の水滴は冷や汗だろうか。キヨタの呟きの通り、今の雷撃は彼をヒヤッとさせるだけの威力があった。
『漆黒の外套』は一定のダメージを肩代わりするアイテムであり、許容量を越えればもう役に立たなくなる。
今回の攻撃魔法2発に耐えたのも、以前アルトたちとの戦いで破壊された経緯から、より強化していたおかげである。
あの時と同じままであればとっくに破れていただろう。
それゆえこの黒衣の『魔術師』は安堵した。しかし、その心の平安も長くは続かなかった。
彼の眼前に、輝く金緑色の『鎖帷子』に身を包んだ若サムライが、息をつく間も無く迫っていたからだ。
「斬り裂け『胴田貫』。『ツバメ返し』だ!」
「承認します!」
駆け込み八双に構えた剛刀を振り下ろし、空気が唸りに似た叫びを上げる。
すでにアルトも手練れと呼べるほどの剣士である。その剣先の鋭さは『魔術師』どころか、一角の戦士ですら簡単にかわせるものではない。
「おのれ飢狼め」
『漆黒の外套』と『胴田貫』のせめぎ合いがギリギリと音を立てながら肩口から袈裟斬りに降りると、キヨタも思わず悪態をつく。だがその程度のわずかな余裕すら、次の瞬間に霧散した。
振り下ろされた『胴田貫』が、『ツバメ返し』により逆袈裟に跳ね上がるからだ。
眼下から襲い来る鋭利な刃を、キヨタはある覚悟を持って迎えた。それは自らの身に迫る予感である。
その予感の通り、ダメージを相殺する暗き光が一瞬だけ閃くと、直後、キヨタを守る『漆黒の外套』は、まるでハサミで割かれる紙の如く力を失った。
「やったにゃアっくん。明日はホームランにゃ」
いち早く声を上げたマーベル同様、他のメンバー達も俄かに沸く。1ラウンド目にしてかの『魔術師』の、万全の防御を切り崩したのだ。
短期決戦のつもりはあったが、思った以上に早く決着しそうだ。これで作戦は第二段階へと移る事ができる。すなわち、カリストの肉体奪還だ。
「よし、いいぞ」
そういう期待を込めてアスカは味方を鼓舞し、また、キヨタもさぞ悔しげに顔を歪めているに違いない、と想像しつつ、盾越しにうかがった。
そして彼女は、黒衣の『魔術師』の未だ勝ちを確信しているような不敵な笑みを見た。
「アスカ殿、まだ油断してはなりませぬ。ヤツはまだ、このラウンドの行動を残してますぞ」
背後から飛ぶ味方ドワーフからの忠告でアスカはゾッとした。
すでにこのラウンド、攻撃手の行動は終了しているし、キヨタも早いうちに魔法を使い終えている。つまり彼女はもう第2ラウンド目の行動に意識が移行していた。
だが、まだもう一度、かの『魔術師』が魔法を撃ってくる。その指摘を聞き、また思い出して血の気が引いたのだ。
キヨタが1ラウンド中に2回行動をすると言う話は、やはり事前の作戦会議で聞いていた。
それでもメリクルリングRPGのルールに縛られたこの世界で、そんな無茶がまかり通るのだろうか。そういう懐疑的な心情もあり、また他にも考えるべき事は多々あったこともあり、記憶からその情報がすっかり抜け落ちていたのだ。
例えば以前に戦った『ロゴロア』と言う大蛸の怪物は、8本の触腕があるゆえに8回攻撃を行う。
しかし目の前の『魔術師』の身体は、あくまでエルフであるカリスト氏の物であり、しかも連続した2回攻撃ではなく、別々の手番での2回行動だと言う。
そんな事はルール的にも特殊な事情が無い限りは不可能な筈だである。
なのにアルトたちが以前戦った経験から、2回行動は紛れも無い事実だ。
つまりヤツには何か特殊な事情があるのだ。と、ここでアスカはやっと理解した。
なぜこんな大事を忘れたのか。そしてなぜそんな簡単な事に納得できなかったのか。アスカは自分の無意識を呪いつつも考える。
この期に際し、まだキヨタに1回分の行動が残っている。と言うことは、2ラウンド目の初頭の行動と併せて、味方側の攻撃手が総掛かりできるまで、2回、キヨタの魔法を受けると言う事だ。
『ワーニングロア』を使用中なので、キヨタの攻撃はアスカが集中して受ける事になる訳だが、はたして1度分の魔法ならともかく、2度分、受けきれるのだろうか。
ここまで計算して、アスカは幾分の余裕を取り戻した。大丈夫だ、と。
アスカはHPの高い戦士職である。相手が大魔法使いであろうとも、さすがに一撃で死にはしないだろう。そして一撃で死にさえしなければ、後にはモルト、とエクレアの回復魔法が期待できる。
よし、これで2ラウンド目の攻撃手に繋げる。それなら攻撃手が一斉に掛かる事で、ひ弱な『魔術師』の身体を確保できる筈だ。
ここまで目算し、気を取り直していざ魔法を受けて立とうと視線を上げる。
そんな彼女の意など毛ほどにも配慮することはなく、キヨタは無慈悲に右手をかざして魔法の言葉を唱えた。
「『プロスクリスィ』」
それは、ここにいる誰もが初めて聞く魔法の名であり、その言葉が世界に浸透すると共に、彼の右手中指に納まった銀の指輪が、俄かに光った。
漆黒の『魔術師』キヨタの眼下に、黒い円形の穴が開く。
いや現実として物理的な本物の穴ではない。異界へと繋がる闇のゲートである。
「おっさん、アレはどんな魔法だ」
急ぎ、前衛に立つアルトが、後方にいるであろう仲間に問う。
『プロスクリスィ』。キヨタがそう発声し、そして現象が起こった事を考えれば、あれは彼の使った『緒元魔法』なのだろう。そこまでは解る。
しかしアルトはその魔法に心当たりが無かった。
ただ彼はルールブックを斜め読みしかしていないので、知らない魔法があっても不思議ではない。
だからこそ、GMを除いて最も詳しいと思われるレッドグースに訊いたのだ。
はたして、少年から期待の視線を向けられた酒樽中年と、ついでに白い法衣のモルトもまた静かに首を振った。
「そんな魔法、ルールブックにはありませんでしたぞ」
「ウチも知らんでこんなん」
するとあの魔法はいったい何なのか。メリクルリングRPGのルールに縛られている筈のこの世界で、その森羅万象の書にない現象がなぜ起せるのか。
その回答を出せる者がいるとすれば、それはキヨタ本人か、もしくは世界の法則の一部を司る、元GM、薄茶色の宝珠だけだろう。
だが当の宝珠もまた、混乱にうめき声を上げていた。
「こ、これは…。いやでもこんな事が」
そんな彼らなど気にも留めず、キヨタの魔法は徐々にその形を成し始める。
彼の眼下に広がった影、そこからゆっくりと何かが生えて来たのだ。
熊ほどはあろうかと言う黒い犬だ。
しかもただの犬ではない。恐ろしげに牙を剥いた頭が3つあり、龍の如き鋭いギザギザの尾を持つ巨犬である。
キヨタは満足そうに頷くと、手振りを交えつつその巨犬に命じる。
「よくぞ我が呼びかけに応じた。『ケルベロス』よ、我を守り、我が敵を食い殺せ」
そして巨犬は『承知した』とでも言うかの様に、恐ろしげな咆哮を上げた。
「もうルールブックとかどうでも良いにゃ。アレは明らかに魔獣召喚の魔法にゃ」
眼前で繰り広げられる謎の魔法現象、そして想定外に現れた地獄の魔獣。
ルールに精通している者ほど呆気にとられて言葉を失ったが、裏腹に実践主義的なねこ耳童女はすぐさま警戒の声を上げた。
「いやどうでも良くはないけど、確かに」
またマーベルに続き、やはりルールを熟読していないアルトもまたすぐに気を取り直して前に向き直る。
謎だろうが何だろうが、目前に敵が現れたなら撃破しなければ死ぬだけだ。ならば前衛としてやる事は決まっているのだ。
だがもう1人の前衛であるアスカは、そうすぐに割り切れなかった。
「そ、そんな」
今回採用した作戦は、あくまで『魔術師』単体を撃破する為の陣容だった。
魔法攻撃力が著しく高いが防御力が無くHPが低い。そう言う相手だからこそ、総攻撃の短期決戦でねじ伏せられるはずだった。
その目算を直前にしたのにあっという間に無駄にされ、そればかりか、かの敵の弱点を補う存在が現れ前提条件が覆ってしまったのだ。
このダブルショックから立ち直るには、一瞬は短すぎた。
「みんなしっかりするにゃ。作戦変更の必要があるにゃ」
そんな切り替えが上手くできずに立ち竦みかけたアスカのスイッチを入れたのは、またもやマーベルが上げた言葉だった。
「そうよ。作戦が失敗したなら、また別の作戦よ」
同意して頷くのは同後衛の魔法少女マリオンだ。彼女も他のメンバーと同様に、新たなこの局面で呆然としいたが、持ち前の短絡さが良い方へと出た結果、新たな闘志を燃やし始めたようだ。
勢いとは大事なようで、この2人の声で皆一様にピリリと引き締まった。引き締まり、各々の視線があちこちと絡み合う。言葉の無い作戦会議である。
「よ、よし、わかった。では」
そしてそれぞれの無言の意を受け、気を取り直したアスカが作戦を短く告げる。
「アルトたちは上を目指せ。ここは私たちが食い止める」
これで全員は理解し、ほとんどの者が決意の下に深く頷いた。
さて、これはどの様な作戦なのか。
それは馬車上の作戦会議において、マーベルにより一番最初に発議された作戦だ。
無限のMPを得たキヨタとの戦いが長引く事を想定し、片方の隊がキヨタを引き受けつつ、もう片方が『理力の塔』を止めに走る。
強敵の強敵たるゆえんを元から断ってしまえ、という発想である。
もっとも、無限のMPが無くとも、キヨタの『緒元魔法』が強力なことは代わりなく、危険があまりに大きすぎると棄却された案だった。
「でも!」
一人、前衛として並び立つアルトが心配げに声を上げる。
ただでさえ「危険だから」と破棄された案なのに、敵は想定より増えているのだ。
かの魔獣がどれ程のものか判らないが、『冥府の番犬』と呼ばれるケルベロスが弱い筈はない。
だがそんなアルトを安心させるように、アスカは強張る表情を力強い笑みに変える。
「『警護官』の本気を舐めるなよ」
一瞬、2人は見つめ会い、そして頷きあった。
「わかった。ここは任せる」
「ああ、任せろ」
決まれば後は動くだけだ。
まず、いち早く動き出したのは、ルール外の魔法で我を忘れていたレッドグースだ。
まだこのラウンドの行動を終えていなかった彼は、すぐさま足を階段へと向ける。もちろん、帽子の上にいたティラミスも一緒だ。
「鈍足ですが先に行きますぞ」
「『理力の塔』停止はティラミスにお任せであります」
続き、行動遅延してラウンド最後を待っていたモルトもまた、螺旋階段を目指して走り出した。
「ダッシュやアル君。競争や!」
ちなみに努めて明るく振舞い言い放つモルトだが、敏捷度がアルトより高いので競争しても勝負は見えている。しかも、残念な事にアルトがすぐに駆け出すことは出来ない。なぜなら、このラウンドの彼の行動は終了しているからだ。
先行した3人の仲間を追うのは、マーベル共々、次のラウンドを待たなければならないのだった。
さて、8階建てのビルに相当する程の高さを誇る『理力の塔』だ。最も速い者が最上階へたどり着くのにも3ラウンドはかかるだろう。
さらにはそこから『理力の塔』を停止させなくてはならない。それにはいったい何ラウンド必要だろうか。
そして対する敵は恐ろしき魔獣と大魔法使いである。
アスカは絶望的にも見える戦いに臨み、舌なめずりしつつも改めて低く構えた。
そうして2ラウンド目が開幕すると、まずマーベルが先行する3人の後を追って駆け出した。
マーベルの敏捷度は人間の最高値を越える。その速さたるやドワーフの鈍足などものともしない。
それを証拠に、彼女は先のラウンドに駆け出したレッドグースにあっという間に追いついて、彼の頭上にいた小さな人工知能搭載型ゴーレムの少女を掻っ攫った。
「しっかり掴まってるにゃ」
「ハイであります」
すぐさま彼女を頭上に放ってマーベルはさらに加速し、目まぐるしく強制的に立ち位置を変えられたティラミスは、言われた通りねこ耳をしっかと掴む。
「最上階行き快速弾丸便の出発にゃ」
キヨタもこれを阻止することはできない。
敏捷度の問題もあるが、前のラウンドでアスカが使った『ワーニングロア』が効いているからだ。
『ワーニングロア』を受けた者は使用者以外を攻撃できない。つまり効果時間の6ラウンドを経過するか、または使用者であるアスカを倒してしまわなければ、彼女以外を攻撃対象にする事ができないのだ。
「おのれ、面倒な。ならまず貴様が死ね」
憎々しげにマーベル見送り、カリストの顔をした黒の『魔術師』は、黒い魔犬の影から閃光を撃ち放つのだった。
マーベルを先頭に、必死に螺旋階段を駆け上る4人の冒険者と、同行する人形少女。息こそ切れないが、体力が徐々に削られる感覚はなんとなくだが知覚できた。
全力を使っての行動だ、程なくして限界も来るかもしれないが、それでも最上階までの数ラウンドくらいはもつだろう。
最後発だったアルトもすでにレッドグースを抜き去り、順番は敏捷の通りにマーベル、モルト、アルト、レッドグースと言う具合になる。
そんな中、息が切れないのを良いことに、モルトは大きめの声を上げた。
「さっきの魔法、なんか判ったんかな?」
モルトの視線は先行者マーベルに向いているが、その問いの掛け先は彼女のベルトポーチ宛である。つまり元GM、薄茶色の宝珠だ。
「緒元魔法『プロスクリスィ』ですね? 私もいまいち納得できないのですが、降りて来た情報があります」
そう前置いて、硬い声色で続ける。
「あれは、メリクルリングRPG10周年で発売された、上級ルールに載っている魔法だそうです」
「はいぃ?」
聴いていた一同は、計らずもそろえて疑問符を飛ばした。




