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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#05_僕らのレスキュー生活

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74/208

13試練の門

 犠牲を出しつつもゾンビたちをやり過ごし馬車を進めた一行は、村の奥に鎮座する石碑の前に立っていた。

 高さが3メートルはあろうかと言う巨石だ。その巨石に魔法語で一文ある。

「『ここより先、覚えの在る者のみ進め』か」

 アルトが『学者(ワイズマン)』の『言語学』を使用することで読み上げると、ナトリと人形姉妹たちを除く一同は首を傾げた。

 ここで言う「覚え」とは「腕に覚えがある」などと言う場合に使う「覚え」だ。

 つまり腕なのか知識なのか魔法なのか、とにかく「自信がある者だけが進め」と言っている訳で、なにやら裏口と言うには「チャレンジャー募集」的で違和感がある。

「ここが例の裏口ってヤツですかな?」

「そう」

 レッドグースの確認の言葉に答えて頷くのは、一人無感動に道連れの冒険者達を眺めていた、銀髪の少女ナトリである。

「起動させるから、全員、石に触れて」

 続けて、平坦な調子で言うと、一同は戸惑いながらも彼女の言に従う。それを満足そうに見渡してから、ナトリもまた石に触れ、何事かを呟いた。

 魔法語の起動キーワードである。

 ここに集ったメンバーの中で意味がわかったのは、アルトと『魔術師(メイジ)』マリオンだけだ。

 彼らの耳に聴こえた呟きは「我に、覚えあり」だった。

 さて、その言葉に反応した巨石碑は眩く光ったかと思うと、たちまちその光で一行を包み込む。そしてその光に眩まされた目が回復すると、そこは直径10メートル程の円形の部屋だった。

「これは、『浮遊転移基地(ラズワルド)』を思い出しますな」

 そんな中、部屋の様子を眺めつつレッドグースが呟く。

 窓などは無いが、石造りの天井がうっすらと光り、特別に明かりを灯す必要も無い。確かにこれは、『浮遊転移基地(ラズワルド)』に住んでいた馬頭悪魔の部屋に似た造りと言えるだろう。

 ただその言葉は彼の帽子上にいたティラミスによって、肯定と共に一笑された。

「当然であります。この『理力の塔』や、この地下通路の設計はティラミスの仕事でありますからな」

 言われてみれば正しくその通りだ。同じ人物が造ったなら、似ていても不思議はまったく無いのだ。

 と、その扉も窓も、家具すらも無い部屋で、皆が一通り室内を見渡し終えると、途端に淡い灯りが消え真っ暗になる。

「なっ」

 何の前触れも無い闇の到来にアルトが短く声を上げ、そして続く疑問の言葉を口にするよりも早く、壁際の一箇所に天井から照らし下ろす灯りが、まるでスポットライトのようにパッと付く。

 その照らされた光の舞台の中央には、いつの間に現れたのか一人の細っそりとした中年男が、腰をくの字に曲げて深々とお辞儀をしていた。

 男はゆっくりと顔を上げる。

 黒いシルクの燕尾服に身を包み、両手には白い皮の手袋を嵌めていた。だがその相貌はと言うと、白くノッペリとした仮面に隠されており、窺えるのは細く切り込まれた2つの穴から覗く、隙の無さそうな切れ長の目だけだった。

「誰?」

「知らんのかい」

 ナトリは突如現れた人物を訝しみ眉をひそめ、すかさずモルトが手の甲で彼女の肩を軽くはたく。

 実の所、ナトリ自身もここに来たのは初めてである。

 石碑の転移機能や『理力の塔』へ繋がる地下通路については事前の調査で存在を知っていたが、まさかこんな手の込んだものだったとは思っても見なかった。せいぜいが門番的なゴーレムがいる程度だろうと思っていたのだ。

 ところが実際には通路どころか出入口すらない部屋に放り込まれた訳で、さらに意味不明な紳士風の男が待ち構えているではないか。

 彼女の困惑は誰の目にも明らかなほどだ。

「キヨタとやらの手の者か?」

 すかさず警戒心を露にした黒髪の戦乙女アスカが腰の『両刃の長剣(ロングソード)』に手を掛け、背に負っていた『凧型の盾(カイトシールド)』を手繰り寄せる。慌ててアルトもそれに倣い『胴田貫』の柄を握った。

 だが白仮面の男はその問いに答えず、ただゆっくりとした調子で全員の顔見渡す。見渡して直後、右の拳を握り締めて唐突に振り上げた。

「『理力の塔』へ、行きたいかぁ!」

 一同の警戒心は、その瞬間に困惑へと変わった。


 その一言で呆気に取られた一同を置き去りにして、暗くなっていた部屋の灯りが元に戻り、そして白仮面の男がやけにフレンドリーに手を振りながら、部屋の中を忙しなく歩き出す。

 そしてある壁の一箇所にたどり着くと、軽く右拳をその壁に当てた。するとどうだ、ただ石を組み合わせて積み上げられた壁に、突如、重厚な金属の扉が現れたではないか。

 続けてまた数歩進み、軽く壁を叩く、と繰り返し、何も無かったこの部屋に、ついには計3つの扉が現れた。

「よくぞ集りました覚えの在る者たちよ。これより目指すは『理力の塔』。だがしかしだがしかし、ただでは行けぬが裏口の常。立ち塞がるは幾つかの試練。さて、いったい何人が『理力の塔』へとたどり着きましょうや。さぁさぁ、『知力』『体力』『時の運』、それぞれ覚えの在る扉を選びたまえ」

 言われて良く見れば、三つの扉にはそれぞれ『魔法語』で、『知』『体』『運』と書かれていた。

 白仮面の楽しげな口上にどう答えて良いかわからなかった面々だが、いち早く我に返ったレッドグースは、その鈍重そうな腹を素早くひねって、もう一度部屋のあちこちに鋭く視線を這わせた。気付いたアルトは何事かと、倣って油断無く身構える。

「おっさん、何かあったのか?」

「いや、どっかにテレビカメラでもあるのかと思いましてな」

 聞いていた他の者たちは、一斉に「ねーよ」と強く思ったと言う。

「これ設計したにゃ?」

「いや、確かに建物の設計はティラミスでありますが、後は親父殿であります」

 目をキラキラさせたマーベルが親指を立てて振り向けば、嫌な役を押し付けるな、とばかりにティラミスは眉根を寄せた。

 つまりこれは、エクレアにして「頭のおかしい父」と言わしめるデピスの企画、この地下通路に仕掛けられた蛮族向けの罠、と言う事になるか。

 それにしてはアミューズメント感が半端無いのだが。

「ちなみにアンタ、何者なのよ?」

 一同が何とか理解を追いつかせた頃、アスカの後ろで事の行く先を探っていた金髪の魔法少女マリオンが問う。誰もが気になっていた問いなので、皆一様に耳を傾ける。

 白仮面はこれに対し、再び慇懃に腰を曲げてお辞儀をした。

「これは失礼しました。(わたくし)、メズリックと申します。デピス様よりこの『理力の塔』へ至る回廊施設を任されております。以後お見知りおきを」

「いや、名前とかどうでもいいのよ。私が知りたいのは、あんたが土くれ(ゴーレム)なのか、不死の怪物(アンデット)なのかって事よ」

 と、すかさず彼の言葉を跳ねつけ、マリオンはより深くへと斬り込んだ。

 白仮面は肩をすくめつつ、両手を『お手上げ』とばかりに掲げて溜め息を付く。

「おっと、度々のご無礼ご容赦を。私が何かと問われれば、おそらくユニークな存在でして少し説明がし辛いですね」

 うーむと唸りつつもそう断りを入れて、メズリックと名乗った白仮面は言を続けた。

 つまり、人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムを創造する前、試行錯誤の段階で作り出されたのがこのメズリック、と言うことらしい。

 ゴーレムを自律的に動かす為に、人口擬似知能ではなく死霊を利用したのだそうだ。

「そうですね、あえて名を付けるなら『死霊人形』とでも言いましょうか」

 つまり不死の怪物(アンデット)であり、ゴーレムでもある。メズリックはそう締めくくってから、再び元気良く手を振った。

「私の事などどうでも良いのです。さぁ、あなた達はこの先に進む為に選ぶのです」

 そして道を譲るように脇に控え、アルトたち一行の眼前には件の扉が残された。『知』『体』『運』、さて、どれを選ぶべきか。

「ど、どうする?」

「得意分野を選ぶのがいいのでしょうが、ワタクシたちの得意分野とは、いったいなんでしょうな?」

 アルトが決めかねて仲間を振り返るが、まず目が合った髭の酒樽紳士は煙に巻くかの様に首を振った。だがそれは正しく自分達の能力を評価した上での言だったので、アルトたちは等しく「うーん」と唸るしかない。

「よし、ここは別れよう。私たちは『体』の扉だ」

 反面、自分の得意を良くわかった上で即決したのがアスカだ。

「そうね。中央突破とか力技とか、私たちにぴったりだもの」

 頷くマリオンを横目で見つつ、それでいいのか魔法使い、と溜め息を付くアルトたち面々であった。

 今の所、彼女達の冒険者ぶりは戦闘しか知らないが、もしかするといつもの仕事でもそう言う傾向なのだろうか。いや、そう言う傾向なのだろう。

 さて、アルトたちもこの扉の先に待つのが明確に『戦闘行為』と判っていれば、戦力の分散と言う観点から別行動を強く反対したことだろう。

 だが『試練』と言うだけで戦闘とは限らない訳で、その上、他が『知』や『運』などと言われれば、逆に戦闘ではない可能性の方が高い。

 そう言う思いからマゴマゴしていたら、アスカたちは「じゃ」と短く別れを告げてとっとと扉をくぐってしまった。

 しかも、である。

 『体』の扉を開けてアスカたちを見送った白仮面のメズリックが、扉を閉めて軽く叩くと、たちまち『体』の扉は消えてしまったのだ。

 これでもう『試練』を越えねば合流する事が出来なくなった訳だ。

「どうする?」

 アルトは冷や汗を一筋垂らし、再び仲間に問いかけた。

「そう言うてもなー」

 誇れるものがあるとすれば逃げ足くらいだ、と自己評価している彼らは残った扉の前でより一層深く唸ることになった。

「ならば我々は『知』を取ろう」

 と、全員が頭を捻っていると思ったら、誰からかそんな声が上がった。

「さすがに『知』は無いにゃ」

 マーベルがすかさず、反射的に否定する。

 未だに『浮遊転移基地(ラズワルド)』で出題された謎解き(リドル)の解答がわからない彼らである。そのアルトたちがどの面提げて『知』の扉など選べようか。ちゃんちゃらおかしいのである。

「ちょっと待ってくだされ、今の、どなたのご意見ですかな?」

 ところがその様に考えてから、ふとレッドグースは我に返って疑問符を上げた。よくよく思い出してみれば、今の声は仲間の誰の声でもない。

 皆一様に同調し振り返ってみれば、そこにいたのは、さっきゾンビの群れに飲み込まれた筈の、真っ赤な法衣に身を包んだ3人の中年『聖職者(クレリック)』たちであった。

「あんたら、生きとったんかー」

 モルトはつい驚愕に声を上げたが、3人は物ともせずに自慢げに顎を上げる。

「ふん、我らが神の加護の前に、あの様な場面などピンチでもなんでもないのだ」

「正義は邪悪に屈しないのである」

「ラ・ガインより授かりし叡知を今こそ見せようぞ」

 そう口々に述べると、3人は足を止めずにそのまま『知』の扉をくぐって行く。

 恭しくドアボーイを務めるメズリックは仮面から覗く目だけで笑うと、最後に残った『運』の扉の前までゆっくりと歩き、アルトたちを誘う様に大仰な態度で扉を指した。

「さぁ、残ったのは『運』、これもまた運命。運があったらまた会いましょう。ではごゆるりと」

 これでもう、迷うまでも無く『時の運』に掛ける他が無くなった訳である。




 さて、それからたっぷりと5時間が経過する頃、彼らがくぐった3つの扉の先の先、つまりは試練を乗り越えた先の、『理力の塔』へと続く昇り階段がある部屋に、アルトたちはすっかりくたびれた様相でたどり着いた。

 愛想の無い鈍色の扉を疲れ果てた表情でゆっくりと開けて入って来た彼らを見て、先にたどり着いていたアスカたちは怪訝そうに眉を寄せる。

 彼女達もまたくたびれた格好であったが、それは『体』の試練を潜り抜けた故の、身体に染みた疲労や傷である。なので反面、アスカもマリオンも程よい運動をした後の爽快感を味わうような、そんな表情をしていた。

「何があったのよ」

 アルトたちが『知』『運』どちらの扉を通ったのか知らないマリオンだが、どちらの試練にしろ彼女たちほど疲労するとは思えないので、興味本位にそう尋ねた。

「あー、うん」

 どう答えるべきか、と迷い、眉をしかめつつアルトが頷けば、彼の後ろに続いていた面々もまた、あちこちに視線をさまよわせる。

「なかなかハードな試練やったで」

「『運』の試練のクセに、イカサマあるとは思わなかったにゃ」

「TRPGが具現化した世界でダイス振る事になるとも思わなかったぜ」

「たった5時間なのに単行本数冊分かかった気がしますな」

 詳しくは述べないが、どうやらかなり精神が磨り減るような試練だったようだ。

 おそらく1ヶ月かかって牌を1枚引くや引かざるや、と言うような勝負だったに違いない、とアスカなどは元の世界で読んだギャンブル漫画を思い出した。


 ともかく、無事試練を乗り越えて合流した面々は、それから小一時間休憩がてらこれからの行動確認を行う。

「敵は高位の『魔術師(メイジ)』一人で間違いないな?」

「今のところ、養父(ちち)の手駒は私だけだったはず」

 馬車の中でも何度か確認したが、最終確認とばかりにアスカが問えば、敵の情報を最も持っているはずのナトリが頷いた。

 この回答に一同は深く頷き、続けて確認を進める。

「塔の内部は全2階構成でしたな?」

 これも事前にナトリから聞いた情報である。

 高さで言えば8階建てのビルほどもある円錐型の尖塔だが、フロア数で言うと2階しかないらしい。

 なぜかと言えば、塔1階の天井が異常に高いのだ。

 まず末広がり状の最下層に最も広い間があり、ここが一応ロビーと言うか居間の様なスペースとなっている。

 そこから最上部に設えられた制御用の小部屋までが吹き抜けで、最下の広間からは螺旋階段で繋がっていると言う構成だ。

「『理力の塔』は住居や研究塔では無いでありますからな。魔力(マナ)を集める魔法装置であり、効率的な形状を求めるとこうなるでありますよ」

 ティラミスが平らな胸を張って自慢気に設計思想を語るのだが、誰も興味なかったのか皆適当に頷く。今一番の興味は塔を機能させることではなく、停止させる事なのだ。

「最上階が制御室やったね」

「そうであります。『天上の石』と制御用の魔法回路があるであります」

「よし、内部構造は全員把握したな。あとはキヨタがどこにいるかだ」

 ひとまず『理力の塔』内部について共通理解が出来た所で、この打ち合わせを成り行き上進行していたアスカが次の話へ進む。

 ただこれもすでに馬車上で決めているので確認だけである。

「とにかく全員でかかるってことで良いんだったな」

 作戦と言うのもおこがましいが、アルトが言うように話は決着している。

 もちろん車中では色々と作戦を練った。なにせ敵は高位の『魔術師(メイジ)』である。強力な魔法をMP(マナポイント)の縛り無く使ってくる訳で、しかもカリストを救出することを考えれば色々とややこしい。

 そうなると正面からマトモに当たるのは無謀すぎると、そう思ったからだ。。

 だがそんな話もマリオンの論で結局吹き飛んだ。

「そうね、でも所詮は『魔術師(メイジ)』よ」

 自らも『魔術師(メイジ)』だと言うのに身も蓋も無い。

「幾らMP(マナポイント)が無限でも、RR(リキャストラウンド)の制限があるわ。そもそもHP(ヒットポイント)も防御力も低いもの。全員でかかればあっという間よ」

 これには一同納得である。

 もちろん敵も何らかの対策は立てているだろう。以前だって魔法や装備品でダメージを無効化していた。しかしそれも無限ではないのだ。

「確かに、な。危険を承知で押し切るのも悪くなさそうだ」

 そんな生意気そうな魔法少女の言と、頼もしい戦闘参加者たちを見渡して、アルトはゆっくりと頷いたのだった。

 全員で彼の防御策を破り、程よくボコボコにした後にカリストの身体を解放する策を掛ける。上手くいくかは判らないが、それはダラダラやっても同じである。

 それどころか長期戦になっても相手は消耗しないのだから余計に不利なのだ。

 ゆえに、短期決戦は理に適っている、と思われた。

「それじゃ、それで行きますかの」

 こうして一同は短い打ち合わせを終えて、上階への階段に向かった。


 レッドグースが、天井に取り付けられた小さな正方形の扉を慎重に調べる。

 裏口通路の終点にあたる階段を昇りきり、その天井にあるこの小扉が『理力の塔』の1階へと繋がっているのだ。

「ふむ、罠は無さそうですな」

 この小さな中年が踏み台の代わりのアルトから降りると、いよいよ突撃開始だ。

 まず勢い良く扉を跳ね上げトップで上階に躍り出たのは、鈍色の装備で身を固めたアスカである。高い防御力を誇る彼女がまず盾代わりとなり、その後から敏捷順に次々に飛び出すのだ。

 このあたりも道中でよく打ち合わせたので、危なげも無く展開終了する。

 前衛にアスカとアルト。その後ろにモルト、クーヘン。最後列にレッドグースを含む魔法使い(マジックユーザー)たちである。

 はたして、素早く展開を済ませて見回してみれば、件の『魔術師(メイジ)』は都合良くもこのだだっ広いフロアにいた。

 すらりと無駄な筋肉のない長身をデニムパンツと灰色のシャツ、そして『漆黒の外套(ダークマント)』に包んだ繊細そうな眼鏡の青年。カリスト・カルディアの身体を操る、キヨタヒロムその人である。

 キヨタはアルトたちの急な来訪にギョッとして驚き跳ね上がり、そして次の瞬間には不敵な笑みと共に呟いた。

「やはり俺を殺しに来たか狼どもめ」

「狼?」

 その小さな呟きが耳に届いたのは辛うじて前衛の2人、特にアルトは怪訝そうに眉をひそめた。

 「殺しに来た」はともかく、「狼」などと呼ばれる意味が解らない。

 だがアルトの、問いの色を含む呟きはキヨタに届かず、彼はさらに焦点の合わぬ視線で叫びを上げた。

「地主だからと言って、我が心血注いだ作物を今更総取りなどと許されるものか。無限の魔力を得た今、俺の邪魔は誰にもさせん」

 今度の言葉は対峙した全員の耳に届いた。それでも余計に困惑が広がるばかりだ。

「おい、奴は何を言っている。家庭菜園の話か?」

 慎重に、己の『凧型の盾(カイトシールド)』越しに覗きつつ、アスカは一瞬だけ視線を最後衛のナトリへ投げる。だが当のナトリは諦めた瞳で首を振るだけだった。

「お養父(とう)様は、もう……」

 彼女が打倒キヨタに対する協力を訴えた時、「養父(ちち)は完全に狂気に囚われた」と言っていた。そう言うことなのだろうか。と、それぞれは近くの者と視線を交わし沈黙する。

「お養父(とう)様、だとう? ほほう、ナトリに化けて来おったか。ふふ、その程度で俺が騙されると思ったか」

 そんな攻め手側の困惑と沈黙とは裏腹に、見開き血走った瞳のキヨタはありもしない誰かの陰謀に嘲笑を浴びせる。

 誰もが、もうこれ以上、話など出来そうに無い。と諦めかけた。

 しかし一人だけ、まだ懲りずに問いかける者がいた。この中では一番人生経験も豊富であろう、酒樽中年レッドグースだ。

「一つ教えれくれませんかの? アナタはなぜ、そうまでして世界で暗躍するのですかな? 何が目的なのでしょう」

 まさかこのタイミングでこのような問いを出すとは思わなかったアルトは、その瞬間、レッドグースの顔を振り返ってマジマジと見つめ、すぐに臨戦中であることを思い出して構えに戻る。

 そりゃ散々やられてきたアルトたちである。その理由が何であれ、あるのならば知りたい。望みは薄そうではあるが、一同は息を潜めてかの者の次の言葉を待った。

 はたして、キヨタはいかにも可笑しそうに高笑いを上げる。

「くくく、狼が、獣のクセに何故そんなことを知りたがる? お前らは喰らえれば何でも良いのだろうに」

 そう前置いて、笑いをピタリと止めたキヨタが続ける。

「まぁいい、どうせ理解できんだろうが教えてやろう。それはな、俺が創作家(クリエイター)であり、設計者(デザイナー)だからだ」

「…は?」

 これには皆一様に目を点にした。

 どんな壮大な理由があるのか、と待ち構えてみれば何を言い出すのか。それにいったい何の関係があるのか。それが大まかに皆が思い浮かべた疑問であった。

 キヨタはさらに続ける。

「創作物とはな、飽きられ、見向きもされなくなれば、それで終りなのだよ。だからドラマは紡ぎ続けねばならん。

 そしてそれはこの俺、創作家(クリエイター)の役目なのだ。

 くくく、わかんねーだろうな、お前らのような獣どもには。

 俺は常に物語を生み出さなければならん。

 それが俺たち作家の存在意義だからだ。

 だがな、20年だ、20年かけて紡ぎ続けた俺のコンテンツが、もう終わりだと奴は抜かしやがった。そんなことが許せるか?」

 まくし立てるように叫ぶ黒衣の『魔術師(メイジ)』だが、まったく話が見えない。

 なぜ世界中で騒乱の種を巻き続けるのか。

 それはキヨタが創作家(クリエイター)設計者(デザイナー)で作家だから。

 ではその彼に「もう終わりだ」と告げたのはいったい誰なのか。そして20年とはいったい何に対する年月なのか。彼は約800年間暗躍してきたのではなかったのか。

「もう何言ってるか全然理解できないにゃ」

「手遅れね、ナトリが言った通り、狂ってるのよ」

 そんなそれぞれの心中を言葉に出したのはマーベルとマリオンだった。キヨタも、始めに言った通り理解させる気はなさそうだ。

「ふふふ、そうやって狂人扱いしやがって。だが俺の邪魔はさせんぞ、出版社どもにも、狼どもにもな」

 そしてそれは、養父(ちち)養女(むすめ)の決別の言葉だった。

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