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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#05_僕らのレスキュー生活

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72/208

11養父養女の事情

 『天上の石』を手に入れたナトリを取り逃がした日から、1週間が経った。

 アルトを始めとする冒険者の面々は、その朝もここ数日と変わらず、溜め息混じりの暗い表情で朝食を採っていた。

 今日のメニューは、野菜の切り落としを上手いこと集めて作った塩漬物と、ボーウェン郊外で採って来た山菜のすまし汁。そしていつもの100%麦飯である。

 一応、簡単な仕事をこなして糊口を凌いでいるが、まだまだ貧乏脱出とは言いがたい状況だ。

「あ、そういや今回は『ミッション失敗』になるのか?」

 その席で、唐突に思いついたアルトが箸を止める。一同はこのアルトの言葉の真意がわからずに、平坦だった眉を八の字に寄せた。

銀髪(ナトリ)を取り逃がしたにゃ? 明確な作戦失敗にゃ?」

 皆の心情を代弁したのはねこ耳を傾けるマーベルだ。彼女の瞳は「何を言ってるんだコイツ」と物語りながら当のアルトへ向けられる。

 だがその疑問を受け取るのは、食事はしないがテーブルの端で転がっていた、薄茶色の宝珠(オーブ)だった。

「『ドラゴンの卵を手に入れろ』と言うミッションは成功に終わったようですよ。ちゃんと経験点も満額入りましたし」

 その回答でさすがにピンと来た。つまり、自分達の立てた『天上の石奪還作戦』の事ではなく、ゲームシステム的な成否の話である。確かに、本当の依頼者がナトリだったせいで霞んでいたが、初めに受けた依頼自体は成功しているのだ。

「つまり、局地戦で勝利しているのに、戦略的にはジリ貧ということですな」

「なんや、ウチらはこのまま行けば破滅ちゅーことやんか」

 実際はこのままただの冒険者として生活するなら、今まで通りこの街で平穏に暮らしていけるかもしれない。

 それなりの実力も付いたし、『ラ・ガイン教会』からの追っ手の心配を除けば、さほどトラブルの種も無いのだ。

 ただカリスト救出を主眼と考えれば、絶望的な気分になるのも仕方が無い。

 カリストの身体を乗っ取り暗躍するキヨタ・ヒロムは、今回の事で『理力の塔』を得るだろう。つまり、無限のMP(マナポイント)を手に入れるのだ。

 そんな状況なので、いくら借金完済、経験点取得、というめでたい状況でも、一向にはしゃぐ気にはなれなかった。

「まったく辛気臭いったらありゃしないよ」

 端から見ればウダウダとのたくっている様に見える冒険者達のテーブルに、呆れた溜め息交じりでやってくるのは『金糸雀(かなりあ)亭』のおばちゃん店主(マスター)だ。

 彼女の手には香ばしい料理皿が乗っている。名前はわからないが、鶏肉を細切りにしてピーマンなどの野菜と併せて炒めたモノの様だ。

「ほら、これ食べて元気出しな」

 そしてその皿を、ニッコリと笑いながら彼らの囲むテーブルに載せるのだ。

 アルトはその仕儀に対し、怪訝そうな目を向ける。

 ここ数日はくず野菜ばかりで、圧倒的にタンパク質が足りなかったので、この皿はとてもありがたいのは確かである。だが、これまでのおばちゃん店主(マスター)のやり様を見ていると、この皿ももしやそれなりの対価を請求されるのではないか、という疑いの気持ちが強かったのだ。

 だがその気持ちを読み取って、おばちゃん店主(マスター)は勢い良く若サムライの背を叩いた。

「心配しなくても私のおごりだよ。どうせ残り物のまかない料理さ。それ食って元気出たら、ジャンジャン稼いで来ておくれ」

 それを聞いて一同はこの皿をありがたく頂くことにした。

 確かにこのおばちゃん店主(マスター)は、商売人根性が腹いっぱいに詰まっている御仁だ。だがしかし、『金糸雀(かなりあ)亭』をねぐらにする客達にとっては、良いおっかさんでもあるのだ。

 さらに本音を言えば、アルトたちが冒険者としての依頼仕事をバリバリとこなせば、仲介料を貰って斡旋する『冒険者の店』も繁盛するので、いわばこの皿は投資とも言えるわけだ。そう言う気持ちが半分くらいは占めていたかもしれない。

 そこまで考えれば、遠慮せずにありがたく頂けばいいのだ。

「おばちゃん、オレたち、これから真っ当にジャンジャン稼ぐから」

「おう、頑張んな」

 弱った心には人の情けが良くしみる。アルトは少しばかり鼻をツーンとさせつつも、できるだけ明るい笑顔でおばちゃん店主(マスター)と視線を交わした。

 と、その時、『金糸雀(かなりあ)亭』の目抜き通りに面する扉が開いた。

「えーと、こちらにモルトさんと言う方はいらっしゃいますか。いたら申し訳ありませんが、ご同行をお願いします」

 朝っぱらからの珍しい客は、『金糸雀(かなりあ)亭』の食堂に入るなり、店内を見渡しながらそう言う。

「え、ウチ?」

 振り返ってみれば、それはボーウェン治安維持隊の隊服に身を包んだ、若い帝国軍人だった。

「…モル姐さん、いったい何をやらかしたにゃ」

「思い余って飲み逃げでもしましたかな」

「ウチは、無実やで」

 最近親しくしている組織とは言え、名指しで呼ばれる心当たりなどありはしない。だが無いながらもこの状況でドキドキしてしまうのが、小市民の悲しい性であった。



 連れて来られたのは街の中央付近に建っている、治安維持隊本部ビルの最上階にある、隊長室だった。

 当然、部屋の主は帝国騎士マーカス・マクラン卿である。

「朝からご苦労だったね」

 マクラン邸の執務室より質素で無機質な机を挟んで、マクラン卿はまずねぎらう様に出迎えた。

 呼ばれたのはモルトだけで、特にマーベルやレッドグースは渋い顔をしたが、結局は一同揃っての出頭である。場合によっては全員でこの街を逃げ出す事も視野に入れなければならないからだ。

 もちろん、逃げ出さなければならない心当たりは微塵も無いのだが。

 とにかく、マゴマゴして無い腹を探られてもいい気分はしないので、モルトは早速と話題を切り出す。

「ほ、ほんで御用はなんやろか」

 ところが、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、マーカス卿はやけにあっけらかんとした様子で口を開いた。

「ああ、モルト君に至急で頼みたい事があるんだ」

 一同、無実であった事にホッとしつつも、またぞろ厄介ごとだろうか、と少々及び腰になっていたと言う。


 至急、などと言う割に慌てた様子の無いマクラン卿を先頭に、一行は同ビル内のある部屋へと案内される。

 その部屋は白を基調とした清潔感第一に設えられた、簡素なベッドがいくつか並んだ部屋だった。

 つまり医務室、病室などに準ずる部屋である。

「ああ、『キュアライズ』か『メディカライズ』が入用なんやね」

「そうなんだ。近隣の神殿に要請すると、色々手続きが煩雑でな。報酬は俺の財布からいくらか出すから」

 聞けば、神殿などの組織に要請する場合、キッチリと隊務として予算を組まねばならないそうで、そうなると提出する書類が色々あるのだそうだ。それくらいならお布施分をポケットマネーで賄う方が楽、と言う事らしい。

 いかにも財布に余裕のある者らしい発想である。

 ちなみにこの世界で『神殿』と言う場合は『光と闇の眷属(クロッシーズ)』に属する宗教施設で、『寺社』と言えば『太陽神の一派(スメラギ)』の施設。そして『教会』と言えば『ラ・ガイン教会』のことを指す。

「ウチ、おぜぜも欲しいけど、どうせならおちゃけがええなぁ」

 そして、マクラン邸執務室のダッシュボードに並んだ数々の銘酒を思い出し、本音と欲望がダダ漏れのモルトであった。

 そんなやり取りをしつつ、幾つかの空のベッドを通り過ぎ、一行はやがて一番奥のベッドにたどり着く。そこには見知った銀髪の少女が、痛々しい包帯に包まれて横たわっていた。

「ナトリさん!」

 思わずアルトは声を上げる。そう、それはここしばらくの憂鬱の種でもあった、キヨタの養女にして『精霊使い(シャーマン)』の少女、ナトリであった。

 ナトリはアルトの声で目を覚ましたのか、うっすらと目蓋を開き、そして全身を覆う苦痛から、硬質なビスクドールの様な頬を歪めた。

「今朝早くに、開門前の門外巡視をしていた隊士が発見して保護したのだ。見ての通り酷い怪我でな。事情聴取するにしても、まず治癒が先だろう、と」

 その時に集った数人の隊士と話した末の結論だそうだ。

 ちなみに傷を治さなくても、HP(ヒットポイント)が残っている以上、普段通りに喋れるし、行動もできるのだが、そこは気分の問題である。

 凶悪な犯罪者ならともかく、身元不明のうら若い重症の娘さんを、そのままにして話を聞く、と言うのは憚られたのだ。

「わかった。ほな、楽にしてな」

 モルトはそうした事情を聞き、複雑な感情をさて置いて、ナトリの胸に聖なる光を携えた手をかざした。



 ナトリの汚れた身体、衣服などを整えて約1時間後、再び一同は治安維持隊本部ビルの隊長室に集まった。アルトたち5人とマクラン卿、そしてナトリを加えた面々である。

「それで、君が傷だらけで倒れていた理由を話してもらえるかな」

 まず口を開くのは、隊長室にある簡素な執務机に着いた筋骨隆々の帝国騎士、マクラン卿だ。彼は早速と端的な質問に入った。

 言葉を受けた当のナトリはいつも通りのシレっとした表情で、応接セットのソファーに着席し、出された茶などをゆっくりすすりつつ、これまた端的で言葉足らずな結論を答える。

「親子喧嘩」

「お、おや?」

 彼女の傷は瀕死と言っても間違いではない程だった。

 なのでマクラン卿としては野盗や何かの犯罪の被害者であると目星をつけていた。それだけに、あまりに予想外でスケールダウンな回答に絶句せざるを得なかった。また、この問答をソファーの近くで聞いていた面々は、なんとも言えず眉をひそめた。

 彼女の親と言えば、養父キヨタ・ヒロムである。

 ナトリは戦争孤児であり、彼の目的のコマとして拾われ、育てられた。ここまでは聖都レナスの『ラ・ガイン教会警護隊』留置所で聞いた話だ。

 キヨタの目的は依然謎であるが、そんな2人の喧嘩であれば、おそらくマクラン卿が想像しているモノとはまったく別物だろう。

 モルトは、敵とは言えそんな個人の事情にどこまで立ち入って良いのかと、眉根を人差し指で押さえつつ、ゆるゆると手を挙げる。

 どう反応し、どう質問を続けようかと迷っていたマクラン卿は、すぐに気付いて発言を促した。

「モルト君、なにかあるのか?」

「あー、彼女をちょっとばかし知ってるんやけど、その親っちゅーのが、高位の『魔術師(メイジ)』やねん。ほんで、彼女も結構、高位の『精霊使い(シャーマン)』や」

 これを聞いてマクラン卿もなるほど、と頷く。彼の脳内では『魔術師(メイジ)』と『精霊使い(シャーマン)』と言う親子による、壮絶な魔法合戦の様子が想像された。これは確かに瀕死になってもおかしくない、と。

「では犯罪行為は無かった、と言うことか。ふむ、ならばこの話はここまでだな」

 納得した所で、マクラン卿はホッとして終了を宣言した。

 我々の住む世界であれば、親が子を、または子が親をあそこまで叩きのめしたならば、そこはもう警察の出番である。

 だがこの世界では事情が違う。

 これで実際に殺してしまった、と言うならば、まだ話は別だが、『キュアライズ』で回復し、後遺症も無い。しかも被害者側から訴えも無い。ならばもう後は当事者同士で勝手にやってくれ、という程度の話なのだ。

 しかもこれが親子間、家庭の事情となれば、他人が口出しすることではない。

 そう言うわけで、後はモルトが報酬代わりに銘酒を譲り受ける約束をしてから解散となった。


 『金糸雀(かなりあ)亭』へ引き上げる面々に、ナトリもまた無言で付き従ったので、アルトたちも事情は後ほど、と言うことだろうと察して黙って歩いた。

 そして心配するおばちゃん店主(マスター)や、野次馬根性で待っていたアスカたちの待つ『金糸雀(かなりあ)亭』で、各々は席を定めてナトリを囲った。

「で、何があったん?」

「親子喧嘩」

 『金糸雀(かなりあ)亭』の面々が興味津々で聞き耳を立てる中、とりあえずさっきと同じような問答を交し、訊ねたモルトは思わず手の甲でナトリの肩を打った。

「や、それはもーええっちゅーの」

 先の一言で納得してもらえなかったのが大層ショックだったのか、ナトリは珍しく動揺を隠せずに視線をあちこちに這わせる。

 ただ、誤魔化そうと言うよりは、何と説明してよいのかを探っている様に見えたので、アルトたち一同は黙って見守り、待つ事にした。

 すると、しばらくは偶に天井を見上げて、聴こえないほど小さな声で何事かをブツブツしながら言葉の道筋を探っていたが、ナトリの美しい無表情はこれまた珍しく、徐々に不機嫌そうに歪み始めた。

 その有様に一同は、これは余程、今回の件が不本意だったのか、と聞く態度を改めて姿勢を少しばかり正す。

 すると最後に大きく溜め息を付き、迷いから抜けた銀髪の少女は定まった視線をゆっくりと周りの冒険者達に向け、真っ直ぐに口を開いた。

養父(ちち)を、キヨタ・ヒロムを倒す事にした。あなた達とは利害が一致するはず。互いの協力関係を望む」

 よもや、と思っていたので驚きはしなかったが、彼女の表情がいつに無くあまりにも真剣だったので、アルトはその迫力に息を呑んだ。

「協力はもちろん宜しいのですが、お互い今まで敵同士ですからの。事情をもう少し話して、信用させてはもらえませんかの?」

 説明終わり。とばかりに表情を弛緩させ、いつも通りの無機質な瞳に戻ったナトリだったが、さすがにそれでは誰も納得しない。そんな疑問を代表してレッドグースが口にすると、皆一様に頷いた。

 ナトリは、仕方無しにといった風情でしばし考え、意を決して口を開いた。


 キヨタ・ヒロムは世界中で起こる、かなりの数の大きな事件において、黒幕である。

 彼の目的はナトリにも知らされていないが、とにかく、当事者達の身体を一時的に乗っ取り、あらゆる陰謀の糸を引いて来た。

 また彼がこの世界に現れてから約800年、あらゆる年代で、あらゆる手駒を有し、そして操り、事件を成して来た。特に大魔法文明期には、魔法帝国の重鎮に乗り移り、『理力の塔』の力を存分に使った。

 今、歴史上で『悪虐の魔術師(メイジ)』などと呼ばれるような人物は、かなりの割合でキヨタの仕業と言えた。

 だが魔法帝国の崩壊と魔法を使わない蛮族の台頭で、彼の数々の企みに影がさす。

 『理力の塔』は破壊され、その影響力を大幅に減じたキヨタは、思うように謀が進まなくなったのだ。

 それでも細々と陰謀を進めていたキヨタは、手段としてより強い力を求め、いつしか、それこそが目的の一つにと変貌する。

 その一環がプレイヤーキャラクター、カリストの拉致であり、また到達地の一つが『理力の塔』の入手であった。


「そして養父(ちち)は『理力の塔』を手に入れ、大魔法文明期と同じだけの力を手に入れた」

 そこまで一気に語り、ナトリは一休みとばかりに茶をすすった。

 先のやる気無さとは裏腹な、詳細かつ根本からの説明で、聞いていた面々はまず自分なりに理解する事で精一杯で、彼女の一息に便乗するように息をつく。これまでの経緯をよく知らないアスカたちなどは、黙って疑問符を飛ばすばかりだ。

 そこでふと、閃きに関しては(パーティ)随一の、ねこ耳童女がさっと手を挙げる。

「『大魔法文明期と同じだけの力』って言うけど、父ちゃん6レベルだったにゃ?」

 カリストを乗っ取った、ナトリの養父、かの『魔術師(メイジ)』とは2度、直接対峙しているが、最後に会った時、確かに元GMの口からそう聞いた覚えがあった。

 その時の言葉をそっくり再生するなら「抵触制限が解除されたので言いますが、あの『魔術師(メイジ)』、6レベルだったようですよ」である。

 これは元GMに降りて来たデータからの暴露なので、間違いであるはずが無い。つまりマーベルは「大魔法文明期のすごい力と言うが、たった6レベル程度なのか」と問うているのだ。

 6レベルの『魔術師(メイジ)』と言えば、同レベルの『傭兵(ファイター)』とは比べ物にならないほど貴重な存在である事は確かだ。なぜなら、そのレベルに達する為に必要な経験点が、多職より大幅に多いからだ。

 それでも大魔法文明時代の『魔術師(メイジ)』に比べれば、子供の様なものである。かの時代における一人前の『魔術師(メイジ)』ならば、誰を連れてきても現代においては英雄となれるほど強力なのだ。

 それは『理力の塔』が無くても、である。

 ナトリはこの問いに、少々面倒そうに説明を軌道修正する。

「それは養父(ちち)がまだ、カリストの身体に馴染んでいなかったから。養父(ちち)はあらゆる『緒元魔法』を知っているけど、身体が無い状態ではかなり制限されるし、手に入れたばかりの身体には、馴染む為の時間が必要」

「つまり、あの時は6レベル程度だけど、馴染んだ今はもっと強いって事?」

 そんな恐れを含んだアルトの問いに、ナトリは静かに頷くのだった。

 当時はまだ3レベル『傭兵(ファイター)』だったアルトだが、6レベルのキヨタから生き残ったと言うだけで、勝ったとは言い難い。

 それが今、やっとかのレベルに並んだと思ったら、敵はさらに遥か先を行っていると言う。目が眩む思いとは、まさに今のアルトの状態を表す言葉だった。

「『力を手に入れた』と言ったけど、より正確には、過去と同等の力を手に入れるのはまだこれから。養父(ちち)を殺すなら、もう今しかない」

 当時、ボロボロにされたアルトたちだが、今やってもやはりボロボロにされるだろう。それでも、時間を置けばさらに身体に馴染んで強くなると言うのだから、今、倒せねばそのチャンスはないだろう。

 もうすでに崖っぷちで選択を迫られているようなものだ。しかも背後だけでなく、前門にも虎がいるとなれば、誰もが声を失っても仕方が無い。

「な、なぁ。キヨタを今倒す理由はよー解った。ほな、あんたがお父ちゃんと敵対する理由って、結局何なん?」

 誰もが恐れ戦く中で、最後に引っかかる疑問を、白い法衣を着た(パーティ)のお姐さんが口にする。ナトリはひと呼吸置いてから、答えを紡いだ。

「理由は2つある。まず、『理力の塔』を再び手にしたことで、養父(ちち)は完全に狂気に囚われた。娘として、もう引導を渡すべきと判断した」

 これを聞いてアルトは少し怪訝そうに眉をひそめた。

 以前会った時、すでにキヨタは狂人の如き振る舞いをしていたからだ。話は通じず、ただ狂った様に笑い、アルトたちを殺しに来た。その情景を思い出し身震いする。

 だが養女たるナトリが娘として言うのなら、おそらくそうなのだろう。これまで狂気に片足突っ込んでいたキヨタが、いよいよ両足どころか全身ずっぽりと狂気と言う名の湯に浸かったという意味ではないか、とひとまず納得した。

 そんなアルトの考えを正しく察したのか、ナトリは感情の読めぬ平坦な瞳を向けつつ、頷いた。

「で、もう1つとはなんですかな?」

 彼女の言葉を一同が理解した所でレッドグースが先を促す。ナトリは銀の髪をひと房ほど握り締め、不満を露にした表情で最後の答えを語った。

養父(ちち)は、私をボコボコにした。かならずやり返す」

 つまり、無限の力を手に入れた事で、コマであるナトリはもう必要ない、とばかりに始末にかかったらしい。これを「親子喧嘩」と例えていたのだ。

 先日、マーベルの魔法で瀕死の重傷を負った時でも、苦痛以外に表情を歪めなかったと言うのに、今の彼女の顔は、まさに怒りに満ち満ちていた。

 義理とは言え、親子間には、他人が理解できないコモゴモがあるのだろう。一同は、固唾を飲みながらも、そう納得することにした。


 深い様な浅い様な理由を聞き終えて、アルトたちがどう返答するか、どう攻め入るか、など、まだ混乱した様々な考えを無言でまとめていると、これまで事情がわからずに野次馬に徹していた一人がずいと前に出た。

 長い黒髪とキリリとした同じ色の瞳が特徴的な、鈍色の戦乙女、アスカである。

「つまり強い『魔術師(メイジ)』を倒さなくてはいけないって事か。なら、私たちも一枚噛もうか?」

 彼女は『私たち』と言った。つまりそれはアスカの他、金髪の魔法少女マリオンと、彼女を姉と慕う2人の『人形姉妹(ドールシスターズ)』を含むと言う事だ。その4人が戦力に加わると申し出ている訳だ。

 それはありがたいな、とナトリを差し置いていち早く呟いたのはアルトだった。

 強いヤツになんか会いに行きたくないが、もう行く事は避けられない様なので、ならば味方サイドの戦力増強は大歓迎である。

 そんな弱気サムライの囁きは気にせず、ナトリの反応が悪く無さそうなのを探り、アスカはさらに言葉を続けた。

「ナトリとは一度、生死を共にした仲だ。もはや友人と言って良い間柄だからな。戦力がいるなら格安で雇われよう」

「ええ、そうね」

 かのリーダーの言い様に、仲間の魔法少女は当然と言う顔で、ただ短く頷いた。

 その直後、ゴンと良い音をたててテーブルに頭をぶつけているのは、やはりアルトだった。

「友なのにお金取るのかよ」

「当たり前だ。友だからこそ、報酬はきちんともらう。貸し借りは後に残さない方が良いじゃないか」

 顔を上げつつ、非難めいた半眼を晒しながらアルトが問えば、さも得意げに即答するアスカ。そのあまりの堂々たる態度に、一同は「ああこれは正論だ」と言う気に、ついなってしまった。

「え、あ、まぁ確かに」

 当のアルトもまた、そんな気分で曖昧に頷くのだった。

 結局、ナトリが気にもせず報酬を確約し、これでアスカたちを含む所帯で、キヨタ・ヒロム攻略に乗り出す事となった。

 結束を象徴する様に、硬く握手を交わす面々。そんな中、やけに下卑た笑顔を浮かべつつ、髭面のドワーフがこうのたまった。

「こうなったらもうアレですな。いっそ巻き込める所はどんどん巻き込んでしまいましょう」

 一同は彼に習い、ニヤリと笑って同意した。

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