01今日も平和ないつもの街
そこはとても暗い場所だった。
星も月も出ていない深夜の海原のように、足元にはあやふやな漆黒の平面が広がり、視線の先もまたどこまでも続く暗闇だった。
「ここは、どこだ?」
少年はそんな暗い平野に立っていた。
気がつけばそこにいたので、彼は困惑しつつ辺りを見回す。
暗いとは言え、薄ボンヤリとした灯りが、どこか遠くから差し込んでいるかの様な、そんな闇だった。
ただ、その奥に何があるのか、見えそうで見えないのが彼の不安をかき立てた。
「誰かいないのか?」
恐れを消す方法はいくつかある。少年はその中から一つの選択として声を上げる。つまり、一人ではなくなる事だ。だが、その呼び声は空しく闇に吸い込まれる様に消え、しばらく待っても誰の返事も返っては来ない。
「だ、誰か、いませんかー」
続けて呼びかけるが、心細さからか二度目の少年の声は非常にか細いものだった。
やはり暗闇は彼の声を無情に掻き消し、そして耳が痛くなるような静寂が訪れる。少年は静寂と不安を振り払おうと、大きく溜め息をついた。
その時だ。
ともすれば溜め息のせいで聞き逃しそうな、小さな水滴の音がした。
水の一滴の音は、やけに澄んだ清浄な響きだった。
「だ、誰かいるの、ですか?」
「ア、ルト君、か?」
少年の呼びかけに被るように、息も絶え絶えなかすれた声がする。アルトと呼ばれた少年が目を凝らして闇を見れば、前方にうっすらとした影が映った。
それは、あやふやな漆黒の平原に腰から下の半身を囚われ、両腕を暗天のどこかから吊る鎖に繋がれた青年だった。周囲の闇に負けない程の、暗き色の外套を羽織り、その優しい面差しには一つのアクセントとして眼鏡が添えられていた。
「カリストさん!」
少年はボンヤリとした彼の姿を認識して、叫びを上げる。
数ヶ月前、数度ほど会った事があるだけだが、それでも同じ世界から来た大事な仲間。少年らと違い、その身の自由を奪われて姿を消し、ずっと探していた仲間。それがカリストと言う青年だった。
「い、今、今その鎖を外します」
少年は慌てて駆け出そうとする。だが、彼の足はいつの間にか、漆黒の平原のどろりとした黒い何かに絡み取られ、腿を上げる事も適わなかった。
「アルト君、どうして」
突然の事に慌てて自らの四肢へと視線を移した時、また青年から声が上がった。
今度の声は、さっきの様に憔悴の中にも優しさが見え隠れするような声ではない。天や足元に広がる暗闇に匹敵するほどの、ドス黒い何かを孕んだ様な、そんな声色だった。
「え?」
ぞっとするような憎悪の声。少年は背筋の凍えを感じて再び青年に目を向けた。だが、青年がいたはずの場所にあったのは、暗くて巨大な、漆黒の塊だった。
その塊がカリストの声を発するのだ。
「アルト君、どうして君たちは、僕を助けてくれないんだ。どうして探しに来てくれないんだ。もう僕の事は忘れて、楽しい冒険者家業を送る事にしたのかい? ずるいじゃないか、どうして僕だけがこんな目に会うんだ?」
ゆっくりとした口調だが有無を挟ませない勢いを持ち、その言葉が少年の頭を殴りつけた。グワン、と言う音がしたような気がして、少年の身体は大きく傾いた。
「君は酷いヤツだよ。でも許してあげるよ。ここで共に暮らそうじゃないか。暗闇の中にたゆたいながら、永遠に沈んでいこうじゃないか」
その隙を突き少年に覆いかぶさった黒い何かは、いつの間にか全身を飲み込んで、もう溜め息一つさえ自由にならなかった。
「ヤバイ、これは、非常にヤバイ」
不安だった心は、次第に何も感じなくなり、手足もまた、感触を失った。
少年は沈んでいく意識に警鐘を鳴らしつつ、静かにゆっくりと、自由にならない肺を一生懸命動かして、息を溜め込むように大きく吸い込んだ。
少年は、最期の勝負をかけるように全ての息を吐き出しながら叫びを上げた。
そして暗闇は吹き飛んだ。
そこは木造の壁や床に囲まれた、簡素な部屋だった。
あるのはシングルベッドが2つと、脱いだ服や装備品をまとめて置く籠やテーブルがあるだけの、ありふれた安宿の一室だ。
少年は全身を汗びっしょりにして、さっきまで黒い何かに奪われていた四肢の自由を確認する。そして、自分がベッドの上に半身起してぜーぜーと激しい息を吐いている事に気づいた。
夢だ。悪夢だった。
部屋はさっきまでいたあの暗いどこかではなく、カーテンから朝日が差し込む、慣れつつある自分の仮住まいだ。
寝起きで酷くぼさぼさした短い髪を撫で付けながらホッと一息を付き、少年は次第にハッキリしてきた頭で夢を回想する。
なぜあんな夢を見たのか。もしや本当にカリストが心だけを飛ばして、彼らを責めに来たのだろうか。そう考え至り、頭を振った。
少年の名はアルトと言った。
日本のどこかのありふれた街で、別の名を持ち生まれ育った彼は、ネットで知り合った人たちとゲームをする約束で集り、そして気づけばこの世界にいた。
もうそこからして夢でも見ているかのような馬鹿げた話だ。
さらに馬鹿げた事に、この世界は、彼らが集って遊ぼうとしていたゲーム、TRPG「メリクルリングRPG」で描かれていた世界だった。
それから、日本では経験し得ないような馬鹿げた話の連続だ。
一国に蔓延る腐敗した教会から無実の罪で追われる破目になり、命からがら隣国に逃げ込み、そして気づけば一端の冒険者である。
だが、夢に出てきたカリストと言う『魔術師』。彼もまたアルト同様にこの世界へ来てしまった一人だが、彼は不運な事にその身を攫われ、自由を奪われた。
アルトとその仲間たちは、その黒幕に一度は殺されそうになったが、カリストのおかげで助かっている。
離れているし、顔を合わせたのは数度しかない。だが、ずっと探している仲間である事には違いないのだ。
なのにあんな夢を見た。
あれはきっと、手がかりもつかめない上に、自分達の生活に追われ満足な探索も出来ないことで、心の奥底に育ってきた一種の不安の表れなのだろう。
アルトはそう解釈する事にして、いいかげんベッドから降りて着替える事にする。ビショビショにかいた寝汗がいよいよ冷えて肌寒くなってきたからだ。
まだ残暑が厳しいが、そろそろ朝夕は涼しい風が渡る秋の始まりと言う季節だった。
同室で寝起きしているはずの中年ドワーフがいないところを見ると、もう少し待てば朝食時間なのだろう。このおっさんは時々早起きで、そんな時は朝食前に街へ散歩に出かける習性を持っている。きっと今日もそんな習慣に従って、街を歩いている頃だろう。
アルトは、そんな一人だけの部屋を見渡して、少しだけ寂しさを感じてしまった。
着替えたら隣の部屋を訪ねよう。あんな夢を見たせいか、すぐにでも仲間たちの顔を見たい気分になり、少年はそう呟いた。
「忘れてないし、探してないわけじゃ、ないんですよ?」
ついでに、万が一にもそこにいるかもしれない、カリストの心に向けて、そう呟く事も忘れなかった。
「ん? なんや変な声したなー」
冒険者の店『金糸雀亭』の2階に借りている簡素な部屋で、寝起きからすっかりいつもの法衣に着替えた、明るい茶の髪の乙女が首を傾げた。近所の神殿が鳴らす『朝の鐘』がさっきあったので、もうじき皆起きて朝食に集まるだろうと、身支度を整えている所だ。
といっても、ここは元いた世界と違い化粧品など極端に少ないので、かかる時間もかなり短縮されている。これは『メリクルリングRPG』のメインデザイナー集団に女性がいなかったせいかもしれない。
「あの声は、アルトさんじゃないですかね?」
ベッドの脇にある椅子に腰掛けて髪を結い始めたところで、部屋の片隅からそんな返事が上がった。そこには誰もいない。あるのは、同室で寝ているねこ耳童女が脱ぎ散らかした服と荷物だけだ。
だが髪を結い続ける白い法衣の乙女は、特に不思議に思うでもなくまた言葉を返す。
「そうやろか。もっとこう、蛙が潰れたような。でもアル君やったかもなー」
乙女の名はモルトといった。
日本の西方独特な訛りを持つ彼女もまた、アルト少年同様に日本からこの世界へやって来た仲間だ。
彼ら彼女らは、日本出身であるが、同時に、この世界の住人でもあるという、非常にややこしい立場であった。
元の日本においては日本人としての姿形と、名前を持っていたはずの彼らは、この世界にやって来て『メリクルリングRPG』のルールに則ったキャラクターになってしまったのだ。
アルト、モルト、と言う名前は、そのキャラクターにつけられた名前である。元の名前は、なぜか思い出せない。
元の世界と姿形、名前が変わってしまった訳だが、その際たるは、先ほどからモルトと会話を交わしているモノである。
者、といわないのには理由がある。散らかった衣服と荷物に埋もれ隠れた彼は、今や薄茶色をした宝珠の形をしているからだ。彼こそは、ゲームの為に集ったメンバーの、GMだった人物の成れの果てである。
「何か悪夢でも見てうなされたのかもしれませんね」
彼はそう話を締めくくった。
と、その時、モルトのいる部屋の戸を叩く音がした。トントン、トントンと区切って4回、リズム良く慣れた叩き方。これは隊内で取り決めた叩き方だ。つまり、ノックの主はアルトか、もう一人の仲間、中年ドワーフのレッドグースに違いない。
「ウチは起きとるし、着替えも終わっとるよ。入ってええで」
そう返事をすると、寝癖が酷いような短髪の少年が入って来た。案の定、アルトだ。
「おはようございます」
控えめに、と言うかおずおずと言った雰囲気でにじり入るアルトを見て、モルトは思い至ったようにははーん、と呟いた。
「悪夢でも見て怖なったんやろー」
図星だったらしく、少年はぎくりと肩を震わせ上目遣いでこの姐分を見る。髪を結い終えたモルトは得意げに腕を組んで歩み寄り、いたずらっぽく少年の顔を覗きこんだ。
アルトはドキリとして少し身を引いた。
慣れた仲間、とは言え、アルトも多感な青少年である。歳近い乙女にこの様に接近されては、心拍数が上がるのを抑える事ができないのだ。
「あー、うん。ゲフン」
赤くなる顔を咳払いで誤魔化しつつ、アルトは言葉を探し、そしてさっき見た夢を思い出して一気に背筋が伸びた。その様子にモルトもまた冗談では無さそうだと、茶化すような表情をやめる。
「カリストさんの、夢でした」
「あー、カリストのにーちゃんかー」
そう聞いて、モルトも溜め息をついた。
彼らは別に、カリスト捜索を諦めたわけでも、進めていないわけでもない。ただ、手がかりがなさ過ぎるのだ。
現在、唯一手がかりらしいのは、偶に街に現れる銀髪の『精霊使い』の少女、ナトリである。
彼女の言う所の養父が、カリストを拘束する犯人なのだ。
だが秘密を隠さない彼女相手でも、なかなかその尻尾はつかめず、また神出鬼没な事もあり、捜索らしい活動はあまり進んでいるとはいえなかった。
「ま、それはそれとして」
少ししんみりと暗くなった雰囲気を振り払うように、モルトが一つ派手に手を叩く。
「朝食の時間やで。お腹が空くと気分も落ち込むモンや。ささ、食べいこー」
そんな彼女の素振りに救われた気分になり、アルトは大きく深呼吸した。気持ちを切り替えるための、簡素な儀式の様なものだ。
切り替えて、アルトは改めて女性陣の部屋を見渡し、半眼閉じて呟いた。
「ところで、どうしてマーベルはベッドの下で寝てるんです?」
見れば、清潔なシーツがピンと張ったままのベッドの、その下の隙間にもぐりこみ、未だ穏やかな寝息を立てる金髪のねこ耳童女がそこにいた。
「そこが落ち着くんやって」
いつもはポニーテイルに結っている長い髪に包まるようなその寝姿には、さすがの思春期まっさかりのアルトでも、ドキリとはしなかった。
まだ寝足りないと、しきりに目を擦るねこ耳童女、マーベルを引きずり起し、3人は連れ立って階段を下る。そこには彼らの仮住まいである冒険者の店『金糸雀亭』の食堂があるのだ。
「おばちゃんおはよーさん、今日も厨房借りるで」
「あいよ」
降りるなり、モルトはおばちゃん店主のいるカウンター内側へと滑り込む。これはいつもの事で、おばちゃんもまったく動じることなく迎え入れた。
それなりに腕の立つ冒険者となったアルトたちだが、そのくせ金がない。なので、本来は銀貨とおばちゃんの作った朝食を交換する食堂だが、頭を下げて自炊させてもらっているのだ。
店主としても、肝心な宿代を踏み倒されては困るので、渋々了承している有様だった。まぁ、金のない冒険者が、せっせと冒険者家業に身を入れてくれるなら、冒険者の店としては紹介料が入るので、それだけでも儲かるわけではある。
客と店、持ちつ持たれつと言うわけだ。
「おはようございます。遅かったですな」
モルトを厨房へ見送ってから、さほど広くない食堂でテーブルを探すと、アルトと同室のはずの、髭面の酒樽体型の紳士がすでに陣取っていた。深緑のベレー帽に、赤いチェック柄のチョッキを着たドワーフの中年、レッドグースである。
愛用の真っ赤な『手風琴』が傍らにあるところを見ると、散歩のついでにどこかで小演奏会を開いてきた後なのかもしれない。
「おはようであります。兄貴方」
挨拶を返しながら近付くと、テーブル端に専用のランチョンマットを広げた、人形サイズの少女がまた挨拶をしてくる。
タイトでロングな深緑のワンピースに、皮のジャンパーと飛行帽と言う、非常にアンバランスな服装の彼女は、人工知能搭載型ゴーレムと言う魔法擬似生物だ。
ホムンクルスと違うところは、彼女の身体を構成する素材が、完全に無機物と言う所だろうか。
「おはにゃー」
まだ眠そうに半分閉じた目のままのマーベルだが、ようやく挨拶できるほどには覚醒してきたようだ。だがやはりテーブルに着くと、すぐにくてーと顔を伏せた。
しばらくすると、厨房へ消えたモルトが質素な料理を盛った大皿を手にやって来た。アルトやマーベルもすぐに立ち上がり、皿を運ぶ手伝いに回る。
今朝のおかずは炒り豆腐だった。豆腐を崩しながらひき肉やキノコと炒める、日本の家庭料理である。
「豆腐なんて良く見つけましたな」
「試しに作ってみたんや」
少しばかりの驚きに感嘆の声を上げレッドグースが問えば、モルトは恥ずかしそうに苦笑いで頬をかいた。
身近な人間の手作り豆腐など食べた事がなかったので、アルトは興味深げに料理に箸をのばす。久々に食べた豆腐は、思い出にあるものよりかなり硬かった。
「この辺りは水が硬いんやわ」
モルトは彼の表情から感想を読み取り、先回りして言い訳を述べた。
彼女の持つ『教会料理』と言うスキルには、こうした素材の作成も含まれる。だがそれにも限界はある。どんなに完璧に作っても、硬水だと豆腐は固くなってしまうのだ。
主食は大麦を炊いた100%麦ご飯。純日本人の彼らには長いパン食が耐えられなかったゆえの苦肉の策だ。探しては見たが、どうにも米と言う作物は見当たらなかった。
普通、麦飯といえば、米飯に2から4割ほど大麦を混ぜるものだが、肝心の米飯がないのだから仕方ない。
100%麦飯は米飯に比べるとむぎゅむぎゅとした歯ごたえがあるが、それでも無いよりずいぶんマシだ。
汁は、さすがに味噌が作れないので、貰ったくず野菜を煮込んで出汁をとった澄し汁。これも純粋な和食と言うには独特だが、手作りの和食器に合わせれば雰囲気が出る。
こうして最近の彼らの朝食は、和風粗食なのだ。
「ほなみんな食べよ。いただきます」
「いただきます」
このテーブルだけ日本的作法。西洋風の異世界では奇異に見える光景だ。だが彼らは一向に気にせず、朝食に集中するのだった。
「面白い物食べてるネ」
そうして開始した一時の安らぎ空間にやって来た人物がいる。彼女はどこかの訛りがあるような言葉をかけながら、興味深げにアルトたちの食事を覗き込んだ。
金色混じりの髪を無造作に刈り上げた眼鏡の少女。この街に巣食う『錬金術師』、ハリエット女史である。
「むほっ」
食事に集中していたが為に虚を突かれたアルトは、思わずむせて鼻から澄し汁を出す。思春期少年には痛恨のカッコ悪さだ。
だが幸い、ねこ耳童女を除く他のメンバーもまたビックリしていたので、彼の痴態には気づかれなかったようだ。
「しゃ、借金についてはやね。まーその、なんや、もう少し、アレやね」
少しばかり粗相したテーブルを片付けながら、モルトは額に汗してしどろもどろと言葉を捜す。レッドグースなどはそ知らぬ顔で天井を仰ぎ、口笛など吹き出した。
そう、彼ら3人はハリエットから借金があるのだ。
この夏、アルバイトに冒険者家業に精を出したおかげで、元本はかなり目減りした。それでもまだ幾らか残っている。
今すぐ返せと言われれば、もう今日から橋の下に寝床を移す程度には切羽詰っているのだ。まぁ、利息が無いだけかなり良心的ではある。
「返してくれるというナラ、それに越したことは無いケドネ」
そんな彼らの慌てぶりに、楽しむような目つきで肩をすくめる素振りをすると、ハリエットは隣の空きテーブルから奪った椅子に腰掛けた。腰掛けて、すかさず炒り豆腐の皿にスプーンを突っ込んだ。
いったいどこから出したのだ、と、アルトは目を皿の様にしてスプーンを追うが、出てきてしまった後に注目しても答えはわからない。そうしている間にも、ハリエットはスプーンを次々と口へ運ぶのだった。
「なかなか斬新で美味いネ」
「ご飯食べに来たにゃ?」
5回ほどスプーンの往復を見過ごした所で、マーベルが恨めしげに言う。なにせ食事といえば人生の中でかなりのウエイトを占める楽しみの一つだ。それを一部でも奪われたのだから、彼女の不機嫌も致し方ない。
「おお、そうだったネ。ハリーさん、お仕事の相談に来たのダヨ」
各人、この台詞で目の色が変わった。恨めしそうな目が一転し、瞳にはドルマークが映っているかの様だった。
ハリエットは金払いの良い依頼人なのだ。これまでにも『錬金術』で使う素材集めなど、何度か請け負ったことがある。
「ちょっと採って来て欲しい物があるのダヨ」
案の定、いつも通りの採取仕事だ。採取仕事は他に比べて楽で、だいたいにおいて危険が少ない。偶に酷く危険な事もあるが、まぁ偶のことである。
アルトは袖まくりしながら席を立った。
「任せてくれよ。で、何採ってきたら良い?」
彼の反応を見て満足そうに頷いたハリエットは、もう一度炒り豆腐を掬って食べ、咀嚼終了後に口を開いた。
「ちょいと、ドラゴンの卵なんか、採って欲しいんだケド」
偶の危険仕事の方であった。
全員、示し合わせたように、大急ぎで目を逸らせたと言う。




