14願いの指輪4
街の目抜き大通りも静まり返り、たまにひどく酔っぱらったおっさんを見かけるだけの夜半過ぎ。物々しい出で立ちの冒険者達が、一軒の店からそっと出てきた。
店の名は『金糸雀亭』であり、目抜き大通りを歩き出したのはアルトたちの隊である。
これから推定犯人のガメッツィーニ商会に忍び込もうと言うわけだ。
先頭を行くアルトは、これからの行動を思い、緊張に表情を硬くする。すぐ後ろでは、眠気に負けそうになるねこ耳童女が、アルトの『鎖帷子』の裾を掴んでこっくりこっくりと頭を揺らしながら歩く。
続いて成人組のモルトとレッドグースが、鼻歌交じりに進んでいた。
ちなみに小さな人形少女ティラミスは、すでにレッドグースの帽子の上で、安らかな寝息を立てている。
「『証拠を抑える為に忍び込む』って、ミステリ的に敗北だと思いませんか?」
ふと、マーベルのベルトポーチから、そんな言葉が上がる。元GMである薄茶色の宝珠の台詞だ。その声で眠気が一瞬晴れたマーベルが、呆れたように言う。
「なにを今更にゃ」
「いいんだよ、別に推理モノじゃないんだから」
続いてアルトが頷きながら言うと、各々は同意とばかりに頷いた。また、暢気な様子を崩さない白い法衣のモルトは、欠伸をかみ締めながらこうのたまった。
「それにこっちの方がTRPGっぽいやん」
「それはそうなんですけどね。GM的にはちょっとね」
作戦を捻るだけ捻って、結局やるのは中央突破。GMが知恵を絞って推理モノのシナリオを考えるほど、そう言うプレイ傾向が顕著になるものだ。
なにせプレイヤーは、小説や漫画に出てくる名探偵ではないのだ。
きっとこれが探偵ショームズなら、ガメッツィーニが仕事している昼の事務所に乗り込んで、あれやこれやと推理をぶつけて悪事を暴くだろうし、省エネ主義の折木少年なら、フンボルトハイムで全てを説明つけただろう。
どちらも出来ないので、彼らは直接忍び込むわけだ。
小声でその様な話をしていると、じきに彼らは『商業地区』にあるガメッツィーニ商会の事務所前までたどり着く。2階建て3LDK程度のこじんまりとした事務所は、他の商会同様に、すでに灯りが消えていた。
『商業地区』はいくつもの問屋、小売店、そして商会の事務所が軒を連ねる町だが、そんな商売人も大きく分けて2種類いる。
そのままここに住んでいる者と、他に住居を構えている者だ。
だいたい金を持っている商売人ほど他の場所に住んでいるし、日用品を扱うような小売店や雑貨屋ほど、そのまま店舗が住居を兼ねている場合が多い。
事前情報では、ガメッツィーニは前者なので、この時間の事務所は無人のはずだ。
「とはいえ、正面玄関からでは『忍び込む』とは言えませんですな。お勝手口へ回りますぞ」
「お、おう」
しばし街路から事務所を見上げていた面々だが、このミッションの暫定リーダーとも言える、『盗賊』のドワーフに言われ、ハッとして彼の後に続いた。
建物と建物の隙間を横ばいで進み、事務所の裏へと回る。すると路地裏と呼べる程度には広いスペースに出た。
そのスペースに面した壁に、目指す勝手口はあった。勝手口、というだけあって、華やかで立派な素材の正面玄関とは違い、頑丈さだけが取り得の粗末で薄汚れたドアだ。
「盗賊三点セット頼むにゃ」
早速、盗賊の小道具を準備し始めるレッドグースに、ねこ耳童女が言い放つ。頷きかけて、それから彼は首を傾げた。
「なんですかな、そのお得なバリューメニューは」
「聞き耳、調べる、鍵開け、の三点セットにゃ」
誇らしげに平らな胸をそらすマーベルの様子に、酒樽紳士は小さな声で「へい、まいど」とだけ答えてから、彼の仕事へと没頭するのだった。
さほどの時間も要さずにレッドグースは自分の仕事の終了を告げる。ドアには鍵と、簡単な罠がついていた。日常的に使用する扉に罠を仕掛ける当たり、ガメッツィーニの用心深さが窺い知れるというものだ。
「どんな罠なんだ?」
暗がりから手元を覗き込み、アルトが訊ねる。レッドグースは目線をドアから離さず、静かに頷いた。
「ドアを開けると、内側に仕掛けられた『十字弓』から矢が飛ぶ仕掛けですな」
『十字弓』は別名ボウガンとも呼ばれる弓の一種で、弓を引く力が無い者でも、引き金を引くだけで矢を放てる便利な武器だ。その為、この様な罠にも良く使われる。
「外せるにゃ?」
「これは非常に簡単ですな」
続くねこ耳童女の問いに笑顔で返事すると、レッドグースは解除ポイントを見つけたようで、『盗賊の小道具』から、刃が横方向に湾曲した奇妙なナイフを取り出してドアの隙間から差し込んだ。
しばしナイフを上下させると、彼はすぐさまドアを開く。すると、そのドアの奥の暗がりには椅子に固定された『十字弓』が見えた。
「どうやったんだ?」
「『十字弓』とドアを結んだ糸を切ったのですぞ」
つまり、ドアを外側に開くと、結ばれた糸が引っ張られ、『十字弓』の引き金を引く構造になってたわけだ。言われてみれば非常に簡単だが、その仕掛けがあることに気づけるかどうかが『盗賊』の技なのだろう。
「この『十字弓』、貰ってっても良いにゃ?」
勝手口から事務所の給湯室へと入り込んだ一同が、明りをどうするか思案していると、われ関せずと周囲を家捜ししていたマーベルが、罠に使われた『十字弓』を担いでそう言った。
見れば、きれいに漆塗りされ蔦の模様を彫刻された、一見高級品の様だった。
この隊のなかで、『十字弓』が似合う非力オブ非力と言えば、このねこ耳童女だ。また『弓兵』でもある彼女が『十字弓』を持てば、戦力アップにも繋がるだろう。
アルトはそう感心しかけたが、すぐに怪盗酒樽紳士が首を横に振った。
「やめておきましょう。それよりも、ですな」
そう言いつつ、マーベルから『十字弓』を取り上た。何をするかと見ていれば、元の椅子に固定して、『盗賊の小道具』から取り出した糸で、みるみる罠の復旧を果たすのだった。
「こうしておけば、万が一、ガメッツィーニが来ても、すぐには侵入がバレない。かも知れませんぞ」
レッドグースの言葉に、まさか、と思いつつも緊張感を高めて顔をこわばらせるアルトだった。こんな夜中に、仕事場などにやってくるものだろうか。
暗がりに淡い光の精霊を浮かべ、狭い事務所の探索に乗り出す一行であったが、十数分の後には2階の応接室にたどり着いた。
2階屋とは言え、なにせ3LDKだ。部屋が3つしかないのだ。しかも、どの部屋も探索しなければならないほどの物がなかった。
無駄な在庫や装飾は置かない主義なのだろう。名前の通り、がめつく効率のいい商売をしているようだ。
「ここが最後やけど、忍び込んだ甲斐ないなー」
ソファーとセンターテーブル、と言った応接セットと、壁際に書棚が1つあるだけだ。その書棚も書物は少なく、探すまでもなく何もない。これならまだマクラン卿の執務室の方が豪華に見える。
「これは何にゃ?」
途方にくれる面々の中で、一人だけ視点が極端に低い童女が声を上げる。彼女の視線の先は、部屋の中央にあった丈の低いセンターテーブルだった。いや、その上にある見慣れない小物だ。
銅製の楕円体で、三脚にてテーブル上に立つそれは、取っ手や蓋からしてポットの様にも見える。
「これは香炉やね」
つまりある種の木など、香料を焚いて香りを楽しむ為の道具である。
聞き付け、アルトやマーベルは狐につままれたような表情でキョトンした。
「アロマテラピーにゃ?」
「そやね」
「見たことないけど、ガメッツィーニって、ハゲのおっさんだろ?」
「おっさんが香りを楽しんではいけませんかの」
つい素直な感想を漏らすアルトたちだったが、最後のレッドグースの一言に、口をつぐんだ。
アロマテラピーなどと言うと、若い女性が嗜む趣味の様にも聞こえるが、香道は古代インドから伝わる伝統芸道である。おっさんが嗜んで悪いことはないのだ。
さて、気まずい空気が流れたせいもあり、探索もここでお開きか、と言う雰囲気になりつつあったその時だ。誰の耳にも明らかに、階段を上る足音が聞こえ始めた。
「やべっ」
アルトは思わず声を上げかけ、その直後にモルトとマーベルに押さえつけられた。
筋力では負けるはずもないが、不意打ち気味だったのでそのままソファーの下にたたき付けられる。結果、大きな打音を上げてしまった。
「だ、誰かいるぞ!」
音に気づかれたのだろう、中年男らしい声が部屋の外、階段側から上がる。誰の脳裏にも、申し合わせたわけでもなく同様に「ガメッツィーニだ」と思い浮かんだ。
続いてその場で立ち止まるような数歩分の足音と、軽金属が擦れ合うようなシャンと言う音が聞こえた。
「一人ではありませんな」
声を殺してカストロ髭のドワーフ『盗賊』が言う。誰もが緊張に冷や汗を垂らしながらゴクリとつばを飲み込んだ。
まずい事になった。と、一同はこの後の行動に頭をめぐらせる。
相手がガメッツィーニだけなら、いっそ袋叩きにしてしまう事も可能だろう。なにせ『商人』など、戦闘に関してはド素人だ。
だがさっき聞いた音から判断するに、相手はガメッツィーニだけではない。金属音も聞こえたからには、最低でも鎧を着た戦闘要員がいるに違いないのだ。
相手に戦闘要員がいれば、勝利は出来たとしても一瞬では片がつかない。そうなれば、ボーウェン治安維持隊が駆けつけるかもしれない。
つまり、ここで捕まり、彼らは商家に忍び込んだ強盗として裁かれる羽目になる。
「猫のフリでもするにゃ?」
などとねこ耳童女が不安そうな面々を振り返る。が、誰もが「無理だ」と脳内だけで返事をした。だが無言を肯定と受け取ったのか、マーベルは自信ありげに頷いた。
「にゃぁ」
誰が聞いても、猫の鳴き声には聴こえない。文字面通りの台詞だった。
「ガメッツィーニさんはここで待ってくれ。俺が様子を見てこよう」
「おお、頼むぞ」
やはり怪しさ爆発のダメ押しだったのだろう。その様な言葉が階段の途中辺りから聞こえ、やがて一人分の足音が階段を登り始めた。やはり護衛か何かのようだ。
「どどどどうすんだよ。逃げる場所ねーぞ」
「アル君、落ち着きーや」
途端に火が着いたように慌てだす若いサムライ。彼が慌てて動けば『鎖帷子』の擦れる音が立つので、モルトはすぐさま彼の後頭部を手近にあったスリッパで引っぱたいた。
結果的にいい音がした。
「何ヤツ!」
完全に警戒した声色で、護衛の男が勢い良く応接室の戸を開く。瞬間、光の精霊が照らす薄暗い部屋で、お互いはお互いを視認し、お互いの時が止まった。
さて飛び込んできた護衛だが、どうやら『魔術師』らしい。
どこかで見たことあるような右腕と左脚が義肢である赤毛の少年は、次のコマで半眼だけ開いて闖入者たちを眺めた。
「お前、何してんの?」
それは紛れもなく、アルトの義兄弟であるエイリークだった。
「お前こそ何してんだよ」
脱力してから、アルトは小声で訊き返す。だがお互い、ここで悠長に話を擦り合わせるだけの時はなかった。すぐ後ろに、この商家の主が控えているからだ。
「おい赤毛、何かいたのか? コソ泥か?」
「あーにーうーえー? プレツエルも加勢した方が良いでござるか?」
「阿呆、お前まで行ったら、誰がワシを守るんだ。賊が下から来るかもしれんだろ」
「そうでござるか。護衛とは、げに難しいでござるな」
エイリークから咄嗟に口を手でふさがれて耳を立てれば、階段からはそんな会話が聞こえて来た。エイリークもアルトも、「ヤバくね?」と言う表情を見合わせた。
「ね、猫だ。気性の荒そうな猫が入り込んでる。外に出すからちょっと待ってろ」
階段で待つ者たちにそう応えながら、エイリークは急ぎ窓を指差し、アルトたちは口々に「にゃぁ」と返事しつつ、2階の窓からお暇するのだった。
ちなみに2階から飛び降りて無傷ですんだのは、『盗賊』レッドグースだけであった。
翌日、早めのお昼と言うことで、まだ混む前の『煌きの畔亭』にて、アルトたち一行とエイリークは頭を並べた。
昨晩、遅くまで行動していたので、朝も遅くまで寝ていたのだ。
「で、昨晩のは何だったんだよ」
そこで早速疑問を投げるエイリーク。だがアルトもまた同じ問いを投げたい心境だ。昨晩の対面は、まさにまさかの対面だったからだ。
「ウチらは、まぁフンボルトさん家の借金がらみやね」
と、にらみ合う義兄弟同士に埒の明かなさを感じ取って、モルトが横から口を挟んだ。すると、赤毛の少年はすぐに眉を八の字に寄せる。
「なんだ、ファルケの姉の件か」
「そう言うお前の方は何なんだ」
なんだ、と言うからには、そっちは大層な理由があるんだろうな、とでも言いた気にアルトが口を尖らせると、エイリークもバツが悪そうに頭をかく。
「いや、ちょっと路銀を稼ごうと護衛を受けたんだよ。何でも盗賊に狙われるかもしれないとか何とか言ってな」
アルトにミスリル銀を渡してしまった事もあり、彼の懐はかなり寒くなっていた。冒険者の様な真似は苦手でも、護衛なら傭兵の仕事である。
そんなエイリークの返事を聞けば、アルトはまたキョトンとして仲間を見回した。
もしかすると彼らの侵入を予測しての事だろうか。と、少しばかり不安になる。
「なぜガメッツィーニ氏はそう思ったのか、ご存知ですかな?」
その不安を疑問として形にしたのはレッドグースだった。さすが隊年長者だけあって、落ち着いたものである。
エイリークは少し考えてから、自由になる左手で『長衣』の袖から『魔法の小杖』をおもむろにつかみ出し、そして小声で魔法の言葉を呟いた。
「『シムラクルム』」
途端、彼の頭上に立派な装飾の小箱の幻像が浮かび上がった。
『シムラクルム』は、術者が見て記憶した情景や物を映し出す事ができる幻影の魔法である。
3レベルの緒元魔法だ。
複雑なものほど再現が難しく、また良く知るものほど鮮明に像を結ぶ事ができる。
「こ、これは」
アルトは驚きに絶句した。宙に浮かんだ像は立派な装飾の小箱だった。
「この箱を商売で手に入れたそうだが、何でも貴重なものらしくてな。しばらく腕の立つ護衛が欲しいとか。とりあえず今はプレツエルに任せて抜けてきたんだ」
義肢の少年がそう言葉を続けるが、アルトの耳には半分しか入らない。
結ばれた像は所々不鮮明であったが、その刻まれた装飾が特徴的だったのですぐわかった。これは、アルトたちがフンボルト男爵邸の食堂で見せてもらった、家宝の指輪が入っているはずの小箱だ。
「あー、ベルにゃん、それ持ってきてまったんか。あかんで」
「ついにゃ。偶々にゃ」
その時、こっちの話とは別の会話が耳に入り無意識に振り向く。そこには昨晩、ガメッツィーニ商会の応接室で見た、銅製の香炉をつつくマーベルがいた。
「お、香炉じゃねーか」
と、そこへ料理を運んできた黒いコックコートの料理人が口を挟む。目つきの悪いセガールである。
「詳しいにゃ?」
「へへ、これでも一度は魔道に堕ちた男よ。少しはわかるぜ」
それは褒められた話ではないし、自慢できる事でもないが、本人が満足そうなので、一同はそのまま耳を傾ける。
「こりゃ、安眠香だな。名前は穏やかだが、かいだヤツを有無を言わさず眠りに突き落とす、かなり凶悪な香だ」
香炉を手に取り、しばし燃えカスを嗅いだセガールがそう言うと、聞きつけた酒樽紳士が、ベレー帽の下から瞳をギラリと光らせた。
「話が、繋がってまいりましたな」
そうレッドグースが呟くと、一同はいよいよ話の行く先に固唾を呑んだ。




