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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#04_ぼくらの冒険者生活

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13願いの指輪3

「そんなこんなでギルドにちょいと顔を出して来たのですがの」

「ん?」

 午前中の『金糸雀(かなりあ)亭』で、しばし歓談、ではなく、今後の方針をあれやこれやと話していると、いつの間にか姿を消していたレッドグースが帰って来た。

「ギルドってなんにゃ?」

「『盗賊(スカウト)ギルド』の事でしょう」

 マーベルが反射的に問いかけると、すぐさまベルトポーチに収まった薄茶色の宝珠(オーブ)が返事する。

 ギルドとは各職人が寄り合って作った互助組合のような物だ。

 技術の保護や商売的な助け合い等を目的とした寄り合いで、『盗賊(スカウト)ギルド』はその名の通り、『盗賊(スカウト)』たちの寄り合いである。

「ほんで、なんかええ情報あった?」

 会議は閉塞気味だったので、ここでもたらされる新しい話に期待をしつつ、モルトが訊ねる。レッドグースは期待の大きさに気まずい気分を味わいながら答えた。たいした情報が得られなかったのである。

「ガメッツィーニ氏は『保護料を払っていない商人』らしいですな。マリオン殿が言った様に、詐欺まがいの事件も何度か起しているそうな。ギルドに所属していないゴロツキを直接雇ったりしていて、ギルドからも目をつけられているようですぞ」

 『盗賊(スカウト)ギルド』はその名の通り、盗人が多く所属している。

 盗人なので当然、商人や貴族の家に盗みに入るのこともあるだが、入られたくない金持ちは、あらかじめギルドにお金を払う。これが『保護料』だ。

 するとギルドは『保護料』を払った家には、泥棒に入らないし、入れさせない。逆説的ではあるが、セキュリティ契約を結ぶようなものである。

 ちなみにアルトたちもある事情から払ってたりするアレである。

「なんかもうシバきに行ってもいいんじゃね?」

 いきなりブッチめたらこっちが犯罪者、と言うことなので頭を捻っていたのだが、『盗賊(スカウト)ギルド』の庇護下で無いなら大丈夫なのではないか、そうアルトは言いたかった。

「アル君、『盗賊(スカウト)ギルド』はええけど、代わりに治安維持隊に追われるで」

 しかしすぐにモルトによってたしなめられる。それはそうだろう。たとえばヤクザの縄張りで暴れる許可を、そのヤクザに貰ったとしても、実際暴れれば警察がやってくると言う話だ。

 だが、そのアルトの言にニンマリとするのは、当の『盗賊(スカウト)』レッドグースだった。

「そうですな。ですから、治安維持隊に見つからぬように動きましょうかの」

「ん? つまり?」

「いっそ、ガメッツィーニの事務所に忍び込むのですぞ」

 かくして、その様に方針が決まった。



 忍び込むにしても、昼間から堂々と行くほど根性が座っていないアルトたちなので、まず情報収集をする事にした。

 標的の商人ガメッツィーニについてである。

 金髪魔法少女マリオンから聴きはしたが、あれだけでは「ガメッツィーニは胡散臭い」と言うことしか判らない。なので彼女がもたらしたもう一つの情報から掘り下げる事にした。

 すなわち、帝国騎士にしてボーウェン治安維持隊隊長のマーカス・マクラン卿だ。

 もちろん、いざというときの保険の意味合いも強いが、場合によっては、ガメッツィーニに対する捜査を丸投げ出来るのではないか、と言う期待もあった。

 だが3階建ての治安維持隊本部に訪ねて見れば、待っていたのはこんな言葉だった。

「え、隊長? 今日は屋敷で執務するって言ってましたよ」

 奇しくも、本日アルトたちを出迎えた歩哨係の帝国軍人は、街にやって来たとき初めて会った、中肉中背の浅黒い肌をした隊士だった。

 そんなわけで昼食後にやって来たのは『山手地区』。派手さは無いが堅牢で質実剛健な造りの屋敷、マクラン邸である。

 真鍮製のノッカーを叩いてしばし待つと、すでに顔なじみとなってしまった白髪の老人執事セバスティアが彼らを出迎えた。いつも通り、白く長い眉と口髭のおかげで、その表情は見取る事ができない。

「おやおや、いらっしゃいませ冒険者様方。今日のご用件はどの方に?」

 と、老執事はやおら妙な事を言い出した。

 以前、この屋敷を訪れた時は、確かこの老人とマーカス卿2人しかいなかったはずだ。などと一同は頭を捻り、その後の大蛸事件を思い出す。

 そうだ、この屋敷には今、マリオン以外の新しい妹御が2人いるはずなのだ。

「あー、オレたち、マクラン卿に訊きたい事がありまして」

 さすがにもうこの屋敷で物怖じしなくなったアルトが返事をすると、セバスは深々とお辞儀をして、主人の客を招きいれた。

 鹿の首の剥製(トロフィー)や、『美化された』妹達の肖像画で飾られた玄関ホールと廊下を過ぎると、何度か訪れた執務室へとたどり着く。

 ちなみにマリオンやミルフィーユはともかく、お嬢様然としたアルメニカの肖像画に対する違和感が半端無い。マーベルはその肖像画をして「綺麗なニート古エルフ」などと揶揄する始末だった。

 それはそれとして、アルトたちは老執事に案内されて執務室のドアをくぐる。そこには巨大な四肢をドレスシャツとウエストコートに押し込めた、精悍な青年騎士が黒檀の机に向かって、書類仕事に精を出していた。

「ぼっちゃま、お客人がお見えでございます」

「ん? おお君たちか。その節では世話になったな」

 例の事件以降、彼は特にアルトを見込んでいるようで、顔を合わせればこうしてニコヤカに対応してくれる。

 『アルメニカを紹介したアルトを見込んでいる』という辺りで、大蛸事件の内でどの辺りを評価しているのかうかがい知れる訳だが、そこは(パーティ)内では、暗黙で通す事が全会一致で決まっているのでご承知置いていただきたい。

「屋敷の方に訪ねて来るなんて珍しいじゃないか。何かあったのか?」

 セバスに対しお茶の用意を指示しながら、机の上を簡単に片付け、アルトたちには客用のソファーに腰掛けるよう勧める。

「ウチはお茶よりこっちの方がええなぁ」

 相変らず、モルトは用件そっちのけで、壁際に据えられた高級酒類入りのダッシュボードに視線釘付けだ。だがもう慣れっこなので、誰も相手にしない。

 モルトはともかく、誰かが話を切り出すだろう、と待っていたアルトだったが、両側の背丈半分(ハーフリング)コンビから肘でつつかれ、渋々口を開いた。

「ええと、マクラン卿はガメッツィーニと言う商人をご存知で?」

「ああ、あのハゲ商人か。また何かやらかしたのか?」

 第一声が(マリオン)と同じだった事に、一同は思わず噴出しそうになった。それはさて置きとして、アルトは事の顛末をマクラン卿に語るのだった。


「ふむ、狙いの貴族に金を貸付けて弱みを握る。ヤツがやりそうな手ではある」

 話が終わると、マクラン卿は椅子の上で巨躯を逸らしつつそう頷いた。

 聞けばこれまでガメッツィーニが訴えられた事件も、だいたい人の弱みや欲望に訴えかけるやり口が多かったそうだ。

「オレたちの推理では、狙いは家宝の指輪じゃないかと思うんだ」

「話を聞けば、土地家屋か家宝くらいしか見えてこないからな。だが、まだ推理の域を出ていない」

 アルトの言葉に頷きつつも、マクラン卿は少し難しい顔をする。

「フンボルト男爵から訴えがあれば別だが、今この段階で治安維持隊を動かすわけには行かんな」

 そしてその様に言葉を続け、その言を聞くやアルトやマーベルは失望感の強い表情を隠しもせずに浮かべた。

「なんでにゃ。悪いヤツが判ってて、なんで捕まえないにゃ! この税金泥棒」

 アルトも彼女と同様に憤りかけたが、その言い様にギョッとして慌ててマーベルを押さえつける。

 抗議するにしても、あからさまに罵っては相手の心象を害しかねない。しかもその相手は、いわばこの街の警察署長なのだ。

 だが、少しこめかみを引きつらせながらも、マクラン卿は悲しそうな表情で深く溜め息をついた。

「む、耳に痛い限りではあるが」

 その様に言い置いてから、さらに今度は治安維持隊が動かない理由を、子供に言い聞かせるようなゆっくりとした様子で話し始める。

「そりゃ、困った人を事前に助けられればそれに越したことは無いだろう。だがわが街は残念ながら面倒ごとも多くてな。怪しい者を片っ端から捜査していてはキリがない」

 憮然としながらも、マーベルはまだ続きそうな話にねこ耳を傾けた。

「だから被害者本人からの訴えや、悪事の証拠があがった時、初めて動くように、と言う原則があるのだ。ある程度は自衛してもらわねば、我々の活動費だって嵩むのだぞ」

 こう言われては、マーベルもさすがにぐうの音も出ないようだった。街の治安を預かる隊長としては、色々頭の痛い問題もあるに違いない。

 ちなみに成人組の2名は、「さもありなん」と一貫して頷いていた。

 社会の正義を信じて疑わない人も多いが、実際の世で社会正義などというものは、あくまで建前なのだ。

 あるのは打算と妥協と強者の主張である。

「それにな、別件で、それどころではないと言うのもある」

 そしてふと、そんな話の合間に、マクラン卿が溜め息を漏らす。曖昧な物言いだったので、ほとんどの者は聞き逃していたが、耳聡いドワーフの『吟遊詩人(バード)』だけは聞き漏らさなかった。

「と、いいますと?」

 端的に短い言葉で問い返せば、巨漢の帝国騎士は、『しまった』と言った風情の表情で言葉を選ぶ。

「あー、その。ニューガルズ公国でクーデターが起きたらしくてな」

 この情報はさすがに寝耳に水だった。つい数ヶ月前に逃げ回ったかの隣国で、今、いったい何が起きているのか。

 興味は湧いたが切実な問題ではなかったので、特別突っ込まずに、言葉の続きがマクラン卿から出てくるのをじっと待つ。

 だが帝国騎士はそのまま押し黙ってしまったので、結局その話はそこでお仕舞いとなった。

 さて、治安維持隊が動けないなら、後は情報収集がメインとなる。

 何かと目をつけられているガメッツィーニの事なので、マクラン卿も色々知っているだろう、などと思いついた事を根掘り葉掘りと訊いてみる。

 しかし残念ながら得られた情報と言えば、ガメッツィーニ商会の事務所の位置くらいだった。

 忙しい身である隊長殿にとっては、頭の痛い犯罪予備軍一人の情報など、さほど重要でない事もあるし、公務上、話せない情報もあったようだ。

 そうして小一時間も過ごし、老執事の入れた上品なお茶を飲み干してそろそろお暇しようか、などと思い始めた頃である。

 ふと、半開きになった執務室のドアの端から、こっそりと中を覗く小さな視線に気づいた。

 図らずも、室内のメンバー皆が一斉に気づいたので、振り向くのもやはり一斉だ。

 すると、覗き込んでいた小さな人影は、ビックリした様子でドアの影に一度引っ込み、またそろりそろりと遠慮気味に顔を出した。

 それはレッドグースの帽子上にいる人形少女ティラミスより、さらに一回り小さな彼女の妹、『一番小さな妹(プチソロル)』のミルフィーユだった。

 これでもかと言う勢いで過剰にフリルが取り付けられた、露出度の少ない青いドレスを着た人形サイズの少女は、集った面々の中からマクラン卿を見つけると、少しだけ表情を明るくする。

「にぃに、あそぶ?」

 ともすれば聞きそびれてしまいそうな、静かで高いゆっくりとした声で彼女が言えば、室内の誰もがその愛らしさに表情をほころばせた。

 もちろん、最も緩んだのはマクラン卿である。

 巨躯を窮屈そうに椅子と机の間に収めていたこの帝国騎士は、その身体からは想像できないほどの素早さでドアの裾へと向かって飛び出した。

「もちろんだとも。さぁかわいい妹よ、兄と存分に遊ぶぞ」

 だが、その間に立ち、彼らの逢瀬を阻む者もいる。

 長年マクラン家に仕え、マーカスの事は幼少のみぎりより知り尽くした、エルフの老執事セバスである。

「いけません、おぼっちゃま。まだ未処理の書類が残っております」

 言うや否や、流れる様に滑らかな所作で右足が床を離れる。猛然と迫る巨漢マーカス氏の顔面に狙いを定めた中段蹴り(ミドルキック)だ。格闘の技だと言うのに、その美しさと来たら『武の芸術(マーシャルアーツ)』と呼ぶに相応しい。

 一瞬の出来事ながら、アルトたちは両拳を握り締めて、当の仕合に身を乗り出す。

 顔面に迫る鋭い右脚。ヒット、と、誰もが思ったその瞬間。マーカスも然る者で、さらに低く頭を下げて老執事の脚の下をくぐった。

「おおっ」

 思わず一同から感嘆の声が上がる。

「へっ、俺だっていつまでも()()に蹴飛ばされるガキじゃないぜ!」

 軽口を叩きつつ、ヘッドスライディング気味にドアへと迫るマーカス。しかしその時、セバスの眼が白い眉の下でギラリと瞬いた。

 空を切った右脚がそのまま独楽の様に回転し、身体を反転させつつ床へ収まると、今度は左の膝が高々と上がった。

「滅殺!」

 不吉な言葉が老人のしわがれ声で部屋に響き、あまりの速さに風を巻いた左の踵が、地を這って進むマーカスの背を、床に縫い付ける様に突き刺す。

「ゲコォ」

 断末魔とも聞こえる嫌な悲鳴が上がり、巨漢はついにその動きを止め、観客たちはその壮絶さに息を呑んだ。

「し、死んだにゃ?」

 しばしの静寂を破ってねこ耳童女が口を開く。一同が見守る中、唯一心配そうに眉根を寄せた、小さな姫ロリ人形少女がおずおずとマーカスの顔を覗きこんだ。

「にぃに、いたい?」

 その途端、白目を剥いていたマーカスの瞳は正常の色を取り戻した。

「い、痛くないでちゅよー」

 これが20代半ばの、屈強な帝国騎士のお言葉である。あまりに耐え難い光景に、一同は揃って目を覆った。


 いつまでも兄妹と()()()の仲良きじゃれ合いを邪魔してはいけないので、アルトたちは屋敷をお暇する事にした。

 セバスが何事も無かったように裾を整えて玄関外まで見送る中、ふと視線を宙に這わせたアルトは、屋敷の向こうに一瞬だけ何か動くモノを見た。人間が歩くような位置ではない。地上数メートルと言う高さだ。

「ああ、リノアさんでしょう。アルメニカお嬢様が庭でお昼寝しておりますゆえ」

 すわ、幽霊か。と少しばかり慄くアルトに、すぐにその意を汲み取った出来る執事がそう言うと、一同は合点がいったと頷いた。

「せっかくやし、顔見てく?」

 何気ないモルトの言葉に、アルトは少しだけ嫌そうな顔を出しながらも、気を取り直して頷いた。大蛸事件の時は、彼女のおかげでいくらか助かっているのだ。そう邪険に考える事もなかろう。

 一同はアルトを先頭にして、屋敷の角を曲がり庭へと向かう。

 そこは丁寧に刈り揃えられた芝の庭だった。

 中央付近には、太陽に負けじと、暑苦しい大輪を咲かせるヒマワリの花壇と、夏の喧騒から主人を守ろうと建てられた小さな東屋がある。

 その東屋にアルメニカとリノアはいた。

 出しゃばらないシックなデザインのエプロンドレスを着た、古エルフの幽霊メイドを横に控えさせ、薄茶の長い髪を面倒そうに2つに縛った古エルフの女児は、丈の短いシャツに短パンと言う、非常にラフな格好でベンチに延びていた。

「熱中症か?」

 少しだけ心配になりつつ、アルトは早足で東屋に寄ってみるが、その様子に気づいたアルメニカたちは、お互いそのままの姿勢で手だけを小さく振る。

「べーつーにー。ただ暑いだけだし」

「お気遣いありがとうございます。でもお嬢さまは、いつもこんな感じですよ」

 そういやこういう奴だ、500年ニートだものな。だらけているのが基本姿勢だった。とアルトは思いつき、少しだけ安堵の溜め息で肩をすくめた。

「おお、アルメニカ殿。ご機嫌いかがですかな?」

 続いて寄って来た仲間たちの中で、妙ににこやかなベレー帽の酒樽紳士が口を開く。彼はこの(パーティ)の中では、アルメニカと交流が少ない人物である。

 なにせ彼女と出合った頃、レッドグースは『石化(ペトリファイ)』状態だったのだ。

 しかもアルメニカはいつの間にかマクラン邸に納まり、さらにはそのまま引きこもっていたので、大蛸戦以降の再会と言うことになる。

「皆から聞きましたぞ。女児に見えて、実は500年以上生きてるそうな」

「そ、それが何なのさ」

 古エルフ女児にしても、さほど馴染みが無いおっさんがフレンドリーに話しかけてくるので、少しばかり警戒しつつ対応する。事案化しないだけ、まだ友好的ともいえる。

「ロリババァって事ですな」

「…ん?」

「ぜひ語尾に『のじゃ』とつけて下され」

「なんかこのおっさん、キモいし」

 会話を黙って聴いていた一同は、ここぞとばかりに手の甲をおっさんに叩き込んだ。

 そして去り際に、薄茶色の宝珠(オーブ)はこうのたまった。

「いやー、この屋敷、いつ来ても和みますね」

「そうか?」

 アルトは意味の解らなさに眉根を寄せた。


 そんな感じで、あまり身にならない情報収集を経て、いよいよ夜を迎える。夕食もいつもの公演も済まし、街の各々が眠り静まる時間。

 作戦決行の時である。

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