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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#04_ぼくらの冒険者生活

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06ミスリルメイ1

 朝と言うには遅い時間、ネグラと定めた『冒険者の店』からやっと這い出てきたズングリとした中年は、ひとまず暇つぶしに目抜き大通りをブラブラと歩く事にした。

 縦に短く横幅に厚い、酒樽の様な体型の中年は、大地の妖精族ドワーフの『吟遊詩人(バード)』。名をレッドグースと言った。

 昨晩も遅くまで客のアンコールに応え、しこたま歌い、しこたま稼ぎ、そしてしこたま飲んだので、朝が遅くても仕方ない。それでも二日酔いなどにならないのが、この種族の良い所と言えよう。

 彼らを酔い潰したければ、かの悪酒『どべるく殺し』を持ち寄るべきだろう。

 さて、日本で言う所の九州島と同じほどの面積を持つこの島で、最大の港街。それが彼の歩くボーウェンと言う街だ。

 その街の最も賑やかな目抜き大通りも、朝市が終わったばかりの時間ではまだ閑散としていた。

「たまには、と思いましたが、失敗でしたかな」

「では、ちょっとそこの菓子店で、お茶でもいかがでありますか?」

 自慢のカストロ髭を撫で付けつつ、独り言を呟いて立ち止まってみれば、どこからともなく提案の声がする。

 声は彼が被る深緑のベレー帽子の、その上から降ってきたのだ。

 身長14センチメートルと言う極小サイズの人形少女ティラミスである。

「ふむ」

 思案するように通りの店を見渡しつつ、飛行帽の少女が指差す看板に目を留める。そこは彼女ら『人形姉妹(ドールシスターズ)』御用達のケーキ店だ。持ち帰り(テイクアウト)はもちろん、店内でケーキとお茶を楽しむ事ができる。

「甘いモノもいいですが、肉が食べたいですなぁ」

「朝から、肉で、ありますか」

 しばし考えた後に発せられた酒樽の返答に、ティラミスはうへぇ、と眉をしかめた。

 と、その時である。通りの向こうから早足で進んでくる一団が目に入った。

 目に入った、と言っても一団の進む方向に、たまたまレッドグースらがいたのでそれは必然であった。

 数にして5人。人間にしては小柄で華奢な様子で、全員、頭からすっぽりと外套(マント)を被っていた。

 レッドグースはすぐに路を空ける為に端へ寄るが、通り過ぎざまに一団の一人がぴたりと足を止める。

「そこなドワーフ」

「なんですかな?」

 物々しくも怪しい雰囲気ではあったが、レッドグースも揉め事は嫌なので素直に返事する。話しかけて来た外套(マント)の者は、声からしてどうやら男のようで、研ぎ澄ましたナイフの様な気配を持っていた。

「右腕と左足が無い男を見なかったか?」

 何を訊かれるかと思えば、これまたインパクトの強い内容だった。

 レッドグースもティラミスも、その様な目立つ容姿に心当たりは無かったので、黙って首を横に振る。

 外套(マント)の男は「そうか」と短く言うとすぐに一団へ合流し、間もなく角を曲がり見えなくなった。

「なにやらきな臭いであります」

「ま、関わらぬが吉ですな」

 少し背中を湿らせた冷や汗に、2人は一つ、息を吐いて安堵した。



「うーん、今日も暑い」

 そこは港であった。

 簡素なシャツとズボン姿に、『胴田貫』と言う銘の刀を一本差しした少年が、船が係留されていない岸壁際で海を臨み大きく伸びをした。

 彼の名はアルト。サムライとして身を立てる『傭兵(ファイター)』だ。

 仰ぐ空からは暑い日差しが照りつけ、シャツからむき出しになった少年の腕を容赦なく照りつける。だがその肌は未だ日焼けの洗礼を受けてはいない様子だった。

 それもそのはず、彼は日中の大半を室内で過ごすのだ。

 季節は夏、アルトは相変らずレコルト工房でのアルバイトを続けていた。今は少しだけ早い昼休みである。

 昼と言えば最近は、ある縁から通う事になった『煌きの畔亭』と言う食堂で、仲間達と食事をとる慣わしとなっている。食堂から最も近い職場のアルトは、だいたいいつもこの様に、皆の集合を待つ役になるのだ。

「穏やかだな」

 今日は風も無く、外海へ繋がるボーウェン港から見える波間は、どれも泡立たず目立たなかった。暑くはあるが、とても平和な心境だ。

 気分に酔って目を閉じてみる。小さな波が岸壁ではじける音や海鳥の鳴き声が聞こえ、たまに水色の空を渡るそよ風が頬を撫でた。

 その時、目を閉じてなお明るい太陽を何者かが遮った。雲だろうか。アルトは目を閉じたままでさらに耳を澄ませる。

 だが、普段から目を瞑った状態での行動など訓練しているわけではないので、結局何も判らなかった。

 判らないから目を開けた。目を開け、アルトは失神しかけた。

「もしやそちら、アルト・ライナー殿、ではござらぬか?」

 そこには2メートルを越す、身体も頭も、全てを覆い隠した金属鎧が立っていた。

 金緑色に輝く『板金鎧(プレートメイル)』。腰には長巻拵えの大太刀を差し、右手には皮のカバーを被せた巨大な『薙刀』が握られていた。

 圧倒的な質量感、圧倒的な威圧感である。

 そしてその不思議な色の金属巨塊は、間違いなくアルトの名を呼び当てたのだ。

 少年の脳裏に、良し悪し織り交ざる様々な思い出が駆け巡る。これは、どこからの刺客だろうか。

 アルトは白目をむきながらも、無意識に腰の差し料を手探りで引き寄せた。



 港から少し離れた所にある、とても小さな入り江の畔に、水神ミツハの社殿はある。

 崖と海に挟まれた神前の入り江に、今にも小さな真新しい漁船が降ろされようとしていた。その周辺へと集った数人が厳かに頭を垂れる。

 時が止まったかのように、そのまましばしの秒が流れると、社の奥からゆっくりと、白い法衣に身を包んだ神官が歩み出てきた。

 神官は、ハーフアップに結った明るい茶の髪の上に、白いピルボックス帽を乗せた女性らしい肉感的な乙女だった。

 乙女神官は集った船主や船大工達に、挨拶ばかりに軽く頭を下げ、両手で持った儀礼用の笏を眼前に掲げつつ、船と大海に正対した。

「掛けまくも(かしこ)き水神ミツハ」

 そして独特の調子を持つ言葉の詞をとうとうと読み始める

「今日の生日(いくひ)足日(たるひ)に、進水の(のり)仕奉(つかえまつ)らむとして、今より、住先(ゆくさき)此の船、堅らかに船を護り給たまへと(もう)まをす事ことを聞きこしめせと、(かしこ)(かしこ)みも(もう)す」

 独特過ぎて、おそらく集まった者には何を言っているかわからないだろう。だがそれでも船主や船大工達は詞が続けられる間、頭を垂れ続け、一心に船の幸運を祈り続けた。これはそう言う儀式なのだ。

 小さくても船は高価な物だ。そして漁師や船員にとっては命を預ける相棒でもある。

 その相棒の初めての進水に当たり、信心深い船主は水を司る神であるミツハの寺社に、船の幸運と安寧の祈願を依頼したのだ。

 すなわち、今日はこの小さな漁船の進水式なのである。

 儀式めいた所作を一通り終え、白い法衣が映える美しい乙女神官は、一度、厳かに頭を深く下げて社へと下がった。簡単ではあるが、これにて進水の儀は終了である。

 集った船の関係者達は、ホッと息をつき、そして袖まくりをして皆で船を海面へと降ろした。



「ふはー、むっちゃ暑かったわー」

 社殿まで下がり、影から漁船が入り江を去るのを待ってから、モルトは大きく手足を伸ばした。このような儀式に参加するのは初めてではなかったが、それでもこれまでの彼女の本分ではなかった為、かなりの緊張とストレスを強いられたのだ。

 神官モルト、彼女は『太陽神の一派(スメラギ)』に属する『聖職者(クレリック)』であるが、寺社に所属する者ではない。冒険者である。

「ご苦労様、奥につめたい飲み物でも用意するわ」

 そんな様子を微笑ましそうにしながら、初老の女性がヨロヨロと社殿の奥より現れる。モルトの着る法衣によく似た白い衣を纏い、杖を突いた神官だ。

 彼女こそ、この水神ミツハの社殿の管理者である宮司である。『光と闇の眷属(クロッシーズ)』や『ラ・ガイン教会』で言う所の司祭に当たる身分となる。

「あーもう、そんなんええから、ちゃんと寝てなアカンやろ」

 女宮司の登場に、モルトはギョッとして駆け寄り身体を支える。そっと抱いた肩はびっくりするほど細くはかなげに思えた。

「大丈夫よこれくらい」

「ええからええから、病人は大人しくせー」

 少しだけ優しげな押し問答を繰り返しながら、モルトは女宮司を奥の寝室へと押し込んだ。宮司は申し訳無さそうに設えられたベッドへその身を潜り込ませる。

「ごめんねぇモルトさん。あなたの様な方がこの社殿を継いでくれればいいのに」

「夏風邪ぐらいで気弱にならんで欲しいわ。だいたいそんなんは、中央に頼んだらええやろ」

 手早く粥などの準備をしつつ、モルトは苦笑いをもらす。

 同じ『太陽神の一派(スメラギ)』の神官でも、寺社の管理者となれるのは、運営に関する事も含めた教育を受けた者である。中央とは、そういった教育や寺社の管理を行う、大陸東にある『太陽神の一派(スメラギ)』の総本山の事だ。

 当然、冒険者であるモルトはそんな教育を受けていないので、宮司に納まる資格が無いのだ。それどころか、彼女はほんのアルバイト中であり、本気で社殿へ奉職するつもりも無い。

 ベッドに病身を横たえ、ゆっくりと目を閉じながら、初老の女宮司はため息混じりに短く答える。

「無理ね」

「なして?」

 特別興味があったわけではないが、やはり短く問い返す。

 初老の宮司は目を開けて窓から覗く海の向こうへ視線を向けた。

「中央も人手不足なのよ。今では管理者がいる寺社の方が少ないくらいだもの」

 女宮司は己が身を置く宗派の現状を、とうとうと語り始めるのだった。

 『太陽神の一派(スメラギ)』は自然崇拝に近い宗派だ。

 その為か戒律は比較的緩く、『光と闇の眷属(クロッシーズ)』や『ラ・ガイン教会』ほど布教や教育に熱心ではない。結果的に、拡散はしたが神官の人手が足りない現状となってしまったようだ。

 高位の神官たちは慌てて中央組織を編成したがすでに遅く、今ではあちこちに散らばる寺社の中で、神官が常駐で管理できているのはたった4分の1程度だそうだ。

「だから、無理ね」

 そう帰結して、宮司はモルトから受け取った粥をすする。

 その時、社殿の表から元気な子供の声が上がった。

「モル姐さーん、お昼行くにゃ!」

 少ししんみりした表情だった宮司は、その声を聞いて再び優しく微笑む。

「ほらほら、お仲間さんが迎えに来たわ。今日はもう祈祷予定も無いから、ゆっくりしていらっしゃい。私も少し寝かせてもらうわ」

 モルトは無言で手だけ振りながら立ち上がり、気まずそうに部屋を辞する。自分がこの社寺を継ぐことは出来ない以上、もう何を言う事もないだろう。

 さて、幾つかの戸をくぐり入り江を臨む社殿表へ出ると、そこにはねこ耳をつけた草色ワンピースのあどけない童女が、石段に腰掛て足をブラブラさせていた。先程、モルトを呼んだのは、このマーベルと言う名の草原の妖精族ケットシーである。

「モル姐さん、早く行くにゃ。もーお腹ペコペコにゃ」

 お腹なのか胸なのかわからない、平らな身体の表面を撫でつつ、マーベルは石段からひょいと飛び降りて振り返る。

 海を背にして見上げると、モルトと社殿。そして社殿裏にそびえ立つ崖が目に入った。ミズハの入り江は、この崖のおかげで外界と遮断されているかの様に静かだ。

 モルトもまた、その崖と夏の日差しを併せて見上げ、ウンザリと額の汗を拭う。

 遮断されているがゆえに、この崖を登っていかなければ街へ出られないのだ。

 ちゃんと階段や歩道が整備されているとは言え、真夏にチャレンジしたい道ではないのは間違いない。

 だが信心深い信徒は、よくよくこの崖を越えてやってくるのだ。特に今日などは漁船を担いで降りてきた船主さんたちがいるわけで、まったく頭が下がると言うものだ。

「今度、水着で泳いで出てみよか」

「それは名案にゃ」

 どうせ昼の待ち合わせは港湾地区なので、その様に出られれば手っ取り早い。だが頷きあいながらも、今日は水着が無いので、やはり階段を行くしかないのだ。

 モルトは妹分のねこ耳童女と共に、少し日陰になっている事が僅かばかりの救いである急階段を、えっちらおっちらと登り始めるのだった。


「あちさんやー」

「あちさんにゃ」

 つづら折なる急階段と急坂を幾らか登り、無言だった2人は示し合わせたように弱音を吐く。ちなみに「あちさん」は「暑い」という意味である。

 2人はふぅと一息ついて崖の上を見上げた。もう3分の1くらいまで来ただろうか。

 ところで実は息をつくほど疲労を感じてはいない。急激な運動をすれば息も切れるが、苦しくて立ち止まるほどでもない。

 慣れては来たが、ここはメリクルリングRPGというゲームの世界で、運動法則も何もかも、そのシステムルールに歪んだ支配を受けているのだ。

 なので一息と言っても気分でしかない。

 暑い事は暑いが、それも気分の阻害以上の効果がある訳ではなかった。

「でも、限界が来ると途端にバタンキューですから気をつけてくださいね」

 姿も見せずにそう注意を促すのは、マーベルのベルトポーチに収まっている、薄茶色の宝珠(オーブ)だ。彼こそは元GMの成れの果てである。

 彼の言っているのは、たとえば、つまりこういうことだ。

 HP(ヒットポイント)が1になっても変わらず全力戦闘が可能だが、0になった途端に死ぬのである。

 疲労に関しても同様で、行動可能範囲をシステム的に越えた途端に、行動不能になるわけだ。

 もともと人間の痛みや苦しみと言うのは、限界を超えないためのリミッターなのだが、ゲーム世界ゆえ、そのリミッターが上手く機能しないわけで、便利なようで便利ではなかったりする。非常に度し難い世界である。

 さて、そうして休み休み急勾配を登っていくと、3分の2も過ぎた頃に頂上側から人の気配が急襲した。

「何者かが戦闘中のようです」

 システム的に何かを察知したのだろう、元GMの宝珠(オーブ)が状況ヒントを告げる。とは言え、曲がりくねった道である為、未だ目視には至らなかった。

 そして先に「急襲した」と表現したのは、その戦闘していると思われる気配たちが、急速に移動していたからである。

「これは、誰かが逃亡中のようですね。こっちに来ます。どうします?」

 すかさず薄茶色の宝珠(オーブ)が管轄の冒険者に尋ねる。『聖職者(クレリック)』にして『警護官(ガード)』のモルト。『精霊使い(シャーマン)』にして『弓兵(アーチャー)』のマーベル。だがどちらも現在、平服にて武器装備なし。2人は一瞬行動を決めかねて息を呑んだ。

「どうするゆーてもな」

 敵か味方の選択を迫られるのか、それともやり過ごせるのかすら判らないのだ。

 だが『精霊使い(シャーマン)』は迷いに対してシビアだった。なにせ先読みして召喚行動しなければ、まずファーストアタックにすら参加できないのだ。

 マーベルは即決で宣言を上げる。

「GM、土の精霊(ノーム)召喚にゃ」

「承認します」

 その瞬間、彼らの言葉は空気に融け、そして世界が動き出す。

 急勾配の階段を挟むように切り立った岩の下を、何かがうごめく音がした。音は小さいが、次第に近くへと這いより、そしてついには岩肌を破って姿を現す。

 モグラである。ただのモグラではない。黄色いヘルメットの様な被り物をした、目つきの非常に悪いモグラだ。

「いよう、呼んだか」

 精霊語でその様に挨拶を入れた彼こそは、土を司る精霊ノームなのである。

「合図したら『ガトリングストーン』ぶち込むにゃ」

「おーけぃ」

 これにて準備完了。あとは戦闘の趨勢を待ち構えるばかりだ。

 だが、結果としてその召喚だけで事は済んだ。喧騒の元がいよいよすぐそこの角まで迫った時、相手方はこちらに気付いたのだ。

「おい、誰か精霊召喚したぞ」

「近くに仲間がいるのか。ち、一旦退く」

 そうやり取りが聞こえた途端、喧騒は来た時と同様に、急速に遠ざかっていった。

「ひとまず状況終了のようです」

 しばしの静寂の後に、戦闘フェイズが発生しない事を確認しつつ、薄茶色の宝珠(オーブ)がそう言い、緊張を高めていた女性陣2名は、ホッとして身構えをといた。土の精霊(ノーム)もまた、自分の役目が終了した事を察し、再び地中へと消える。

「誰か追っかけられてたんちゃうの?」

 そう言えば、とモルトが頬に手を当てて首を傾げた。

 確かに元GMは先に「誰かが逃亡中」と言っていたので、追う側が退いたなら逃亡者とこの道で対面しそうなものだ。だがしばし待てどその何者かは現れない。

 一同も追従して首を傾げた。

 その時だった。ドサリ、と言う音と共に、死角となった曲がり角の先から、気を失った一人の少年が倒れこんできたのだ。

 長い赤毛を後頭部で無造作に縛り上げた16、7歳くらいの小柄な少年は、所々ほつれた『魔術師(メイジ)』らしい意匠の『長衣(ローブ)』を身に纏っていた。

 そして何より特徴的なのは、『長衣(ローブ)』の裾から覗く右腕と左足が、一目でわかる簡素な義肢だった事である。

 2人は想像もしなかった出会いに、思わず息を呑んだ。

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