04悪魔のレストラン4
ドワーフは敏捷が劇的に低いが、その代わりに手先が器用で、生命力と精神力が高い種族である。
つまり毒や魔法に対する抵抗力が高い、と言う事だ。
さらに現状に沿った言い方をすれば、毒見には向かない種族と言う事である。
「美味い、この料理は非常に美味いですな」
薄暗い『大地の恵み亭』で、推定毒入りの超美麗料理を一人でバクバク食べるレッドグース。
「ずるいにゃ」
ねこ耳童女マーベルは、その様子を恨めしそうに指をくわえて眺めた。彼女の場合、極端に生命力が低いので、下手に手を出せば命にかかわるかもしれなかった。
「すごいですね。レッドグースさん、抵抗ロール全成功ですよ」
と、これは薄茶色の宝珠の言葉だ。全く毒の盛り甲斐が無い事だ。
「え、えらい事です。これはえらい事ですよ」
同行していた『煌きの畔亭』のオーナーであるアンソニーが、驚愕の事態からハッと正気になって頭を抱えた。
なにがえらい事なのか。状況証拠からして、彼の親友である料理人セガールが、食の魔道へ堕ちたであろう事が、である。
潰れ行く我が店の行く先を嘆き、一発逆転を狙ったのか。または別の狙いで近くを徘徊していた『食魔神マクー』に仕える『聖職者』に勧誘されたか。とにかく、外道となった事は明らかだ。
「ちなみに食魔道に堕ちたレストランはどうなるにゃ?」
これが日本なら、不審な材料を使った時点で保健所のお世話になる事だろう。場合によっては営業停止どころか、警察のお世話にだってなるかもしれない。
だがここは日本を含む世界ではない。メリクルリングRPGというゲームを模した異世界なのだ。この世界、この国で、マクーの息のかかった料理人がどうなるのか、マーベルには想像もつかなかった。
「美味いだけならいいですが、何かしらの毒性や害性があれば、やはり治安維持隊にしょっ引かれますよ」
顔面を蒼白にしたアンソニーが、脂汗を散らしながら答える。マクーの料理人たちは、美味いと言わせる為なら何でもするので、毒性害性なんでも来いである。つまりバレたら終わりと言う事だ。
「しかし、セガール殿はどこに行ったんでしょうな」
一通り皿を平らげたレッドグースが、舌なめずりしながら話の輪に戻ってくる。その言葉に各々は頷きながら店内を見渡した。当然、当のセガール氏は姿を見せない。
「はっ、まさか例の『聖職者』がセガールを攫ったのでは」
自らの推理でさらに不安を掻き立てられたアンソニーが、ガタガタと震えだす。店内に争った跡も無いので「それは無いな」とレッドグースとマーベルは首を横に振った。
むしろ自らノコノコとついて行ったんじゃないか、とすら考える。
というかそんなに恐ろしいのだろうか食魔神、と少し不思議にも思えた。
そんな冒険者達とは温度差が激しいアンソニーが、必死の形相で懇願するのだ。
「お願いします。セガールを助けて下さい。きっと辛い目に会わされています」
冒険者2人は再び「それは無いな」と心の中で首を振った。心の中で、と言うのは、この事件がたった今、依頼に発展したからだ。いたずらに依頼者を否定しては、仕事自体がご破算になりかねない。
しかし思考先の方向性は違うものの、思い込みの激しさではどっちの料理人も似たような物だ、とレッドグースは苦笑いを浮かべるのだった。
「んにゃ、報酬はいくら出すにゃ?」
キラリと商売人のような輝きを視線に湛え、マーベルが問う。途端、アンソニーはハッとして、申し訳なさそうに呟いた。
「その、あまりたくさんは出せないのですが。一千銀貨くらいで」
だが彼が皆まで言う前に、マーベルは被せる様に言い放つ。
「『煌きの畔亭』の食券、1か月分で手を打つにゃ。もちろん仲間5人分にゃ」
「で、ではそれでお願いします」
しばし暗算し、アンソニーはホッとして、その申し出を承諾した。彼にとっては、現金を払うより安くつく報酬だ。
一日二食8銀貨として、5人で30日分。つまり1千と200銀貨の価値である。原価で支払える分だけアンソニーも得だが、マーベルたちにとっても得なのだ。つまりこれこそウィンウィンと言えるだろう。
こうして商談は成立し、暇な冒険者一行はセガール奪還に動く事になった。
「という訳で、やってまいりました」
誰に向かって話しているのか、マーベルのベルトポーチに半身埋まった薄茶色の宝珠がそうのたまった。
翌日の事である。
そこは港街ボーウェンから、東へ徒歩3時間ほどの位置の、古い砦の門前だった。約200年前にこの地で起こった戦で活躍した、当時の前線基地である。
広い平地に壕と高い土壁を築き上げ、中央には物見塔も兼ねた3階建ての主塔がある。だが今や兵の一人もいない、すっかりうち捨てられた場所だ。
砦を覆う高かった土の壁は半壊し、レンガを積み上げて作られた主塔も、いつ崩れるのかわからないと言う程に朽ちている。
だが、こういう場所だからこそ、必要とする者たちもいる。つまり、人里はなれた場所でしか集う事のできない怪しの者たちだ。
それは野盗であり、邪悪な魔法使いであり、邪教の信者達である。
「なんかトントン拍子で来ちゃったけど、なんだって?」
未だに事情を理解していない、若いサムライが疑問符を飛ばす。『鎖帷子』を着込み、腰に『胴田貫』を差した少年剣士アルトだ。
「料理人のおっちゃんがグレたんやっけ?」
やはりまだ詳細がいまいち判っていないのは、アルト同様に先日席を外していた、白い法衣と『胸部鎧』に『鎧刺し』を装備した乙女モルトだ。
「一応、建前的には『攫われたセガール殿を救出する』ですな。まぁほぼ間違いなく、自らグレたと思いますがの」
「犯人と思われる『食魔神マクー』の『聖職者』が、ここにいると言う情報を掴んだのデス」
レッドグースの後に言葉を続けるのは、現在絶賛コンバート中の人工知能搭載型ゴーレム、『探索者』のクーヘンだ。実際、この情報を隊にもたらしたのは彼女なので、それはもう大得意顔だった。
まぁ情報ソースは、姉妹であるマカロンなのだが。マカロンは彼女自身を攫おうとしていた犯人として、かの『聖職者』の事を知っていたようだ。
「アっくんとモル姐さんは、バイトどうしたにゃ」
出勤時間はここに来ている時点で当に過ぎているのに今更である。が、彼らにとっては生命線とも言える労働なだけに、マーベルも少しだけ心配なのだ。
そんなねこ耳童女のお優しい心遣いも汲まず、アルトは憮然として答える。
「休みを貰ったよ。まったく、急に休むと迷惑かかるから、もっと前もって計画して欲しいぜ」
「アル君、それやとどっちが本業かわからんで」
やはり急な休みを貰ってきたモルトは、苦笑いを浮かべながら、そっとツッコんだ。
実際、本業と言っても今回の仕事は、相場的にかなり安い仕事だ。収入比率を考えればバイトこそ本業となりつつある現状だった。流され易いアルトがこう言ってしまうのも仕方の無い事かもしれない。
「さて、どうやってこの古砦を攻略しますかな」
壕を越えた門柱の影で一通りのやり取りを聞き終えて、レッドグースが作戦行動の先を促す。
先日の大蛸事件以降、晴れて自由を手に入れた彼らは、それまでとのギャップのせいか緊張感が無い。その為、こうした仕事中でもすぐに雑談が始まって困るのだ。雑談と言うヤツは一度始まるとなかなか終わらない。これは現実でもTRPGのプレイ中でもやはり変わらないのだった。
「どないしょー言うてもなー」
酒樽盗賊の言葉を受けて、モルトが攻略対象の古砦に目を向け直す。
門柱の陰にいる、とは言え、その門柱も壁も半壊状態なので中が丸見えだ。こちらから見えると言う事は、中の誰かからも見えると言う事でもある。
しかも平地を隠れもせずここまで来た訳で、主塔からは彼らがやって来たことが丸見えだっただろう。
そうなると、今更隠れて進入しようと、正門から堂々と訪ねようと、大して違いはないように思えた。
「つーか、まず、アレだよな」
頭隠して尻隠さず的な状態で、アルトは半壊門からチラリと中を覗きながら呟く。
塀の向こうはまず中庭になっており、50メートルほど先まで行って、ようやく主塔にたどり着く構造だ。
その中庭がアルトの提起する問題だった。
芝も花壇も無い荒涼とした土色の中庭には、およそ20席ほどの食卓が並べられ、その脇には白い骸骨が5体、並んで立っている。
「あれは普通に不死の怪物にゃ」
すかさず『オーラスキャン』を行いつつ、ねこ耳の『精霊使い』が断定する。生命の精霊を確認する事で、不死の怪物を特定する事ができるのだ。
つまり今回の骸骨どもは、以前、苦戦した獣骨兵ではなく、正真正銘スケルトンと言う事だろう。
「あれはスケルトンで間違いないのデス」
どうせ誰も怪物名を特定するスキルが無いので、一同はそれ以上を追求しなかったが、そんな諦めを他所に、マーベルの頭上に陣取った人形少女があっさりと言う。
どうやら『探索者』と言う職業には、『学者』の『ズールジー』に準ずるスキルがあるようだ。伊達に探偵ルックはしていない。
「戦うしかないでしょうな。なに、獣骨兵に比べれば、ずっとレベル低いはずですぞ」
その言葉を受けてレッドグースが、我らが前衛氏を振り返る。アルトはとりあえず嫌そうな表情で待ち受けた。
「あっくん、突撃にゃ」
「み・ん・な・で、な?」
相手が弱いとは言え5体いる。そんな修羅場に一人で突撃など、いくら『傭兵』といえどしたくは無いのだ。特にアルトは以前、単独突撃させられて、酷い目に会いかけたこともある。
マーベルは何か不満げに渋々と呟いた。
「アっくんは食い散らかされてナンボなのにゃ」
「どうしてこんな事に」
アルトはこれまでに彼を襲った数々の危機を思い出し、顔を両手で覆うのだった。
「3、2、1、突撃」
ひとまずその様に決まり、アルトの号令一下、各々は自分の得物を引っ掴んで門柱の影から飛び出した。目標である5体の骸骨までおよそ40メートル。全力移動でなくても、1ラウンドで到達できる距離だ。
かのスケルトンどもに目があるのか疑わしい所だが、そんなアルトたちの姿を発見した彼らは、慌てず横隊を組む。
「まってアル君、様子が変や」
横一列で待ち受ける骸骨。突進する冒険者。このまま行けば数秒後には激突するだろうと言うところで、前衛その2であるモルトが叫んだ。
「は、え?」
困惑気味に緊急停止するアルト。後続にいたマーベルは止まり切れずアルトの背に激突し、さらに最後衛のレッドグースに押しつぶされた。
「むぎゅう」
「急に止まると危ないですぞ」
「いやオレのせいじゃ。それより何が変だって?」
背を襲った衝撃に何とか堪え、アルトは正面を改めて確認した。
確かにそこには奇妙な光景が広がっていた。
前述の通り、テーブルが並べられた中庭の骸骨は、アルトたちに正対した状態で横一列に並び、左腕を胸の前で水平に構え、その腕に白い布をかけている。
「トーション、ですかな?」
アルトとマーベルの後ろからひょっこりと顔を出しながら、レッドグースが呟く。トーションとは、レストランなどでウェイターが下げているタオルの事だ。
攻撃してくる様子もないので、抜きかけた『胴田貫』をどうしたものかと迷いつつ、アルトは首を傾げた。そんな中で背後からマーベルが声を上げる。
「アレ見るにゃ」
彼女が指差すその先は、主塔の玄関上にか掲げられた看板だった。
そこにはメリクル語でこう書かれていた。
『ようこそ聖マクー大食堂へ』と。
5体の骸骨は、ピンと背の伸びた姿勢で、一斉に深々とお辞儀するのだった。
戦闘フェイズが始まらないので、各々は得物から手を離した。するとお辞儀から頭を上げた骸骨どものうち、2体がそそくさと横隊から離れ、一つのテーブルにナイフとフォークを並べる。
それが終わり次第、残りの骸骨は、上品な歩調でアルトたちを席へ案内した。
店舗形状や従業員が尋常ならざるが、その所作はまるで一流レストランのようだ。
あまりに流れるようなサービスだったので、一同はされるがままに席に着く。
「メニューはないのかにゃ?」
「シェフにお任せ系やろか」
警戒心が拭いきれないアルトの視線の端で、肝の据わった女性陣が軽口をのたまい始める。暢気なものだ、と視線を滑らせて見れば、反対側のレッドグースは、ナイフとフォークを左右の手に持ち、すでに準備万端と言う態であった。
と、その時、夏の冴え渡った青空に、ゴロゴロと言う音が響いた。天高くを渡る雷鳴の音だ。
そしてその音を皮切りに、空は見る見る暗雲に覆われた。
尋常ならざる天候の変化に、若きサムライは慌てて腰の差料を手探りし、女性陣は大蛸事件を思い出しつつ、「またこの演出か」と、薄茶色の宝珠を見やる。
「私のシナリオではありませんよ」
その視線の意味する所を正しく察し、すでに殆どの権限を持っていない奇妙な宝珠は、ため息混じりに応えた。
一部以外、緊張感が全く生まれない面々はさて置き、見る見るうちにあたり一面は暗くなった。まるで夜の様ですらある。
そして主塔を打つ一筋の雷鳴に照らされた、2階バルコニーに仁王立ちする一人の中年の姿を、彼らは見た。
黒いコックコートに真紅の外套を翻し、背の高い黒コック帽を頭に乗せたその男は、傍らに厳ついたてがみを持つ猛獣を従えて不敵に高笑いを上げる。
「あれは、ライオンではありませんな」
対するように席から立ち上がり、眉をしかめつつ呟くレッドグースだが、その手はナイフとフォークを握ったままだ。未だ食べずに終われるか、という事だろうか。
その呟きに答えて、一同は固唾を呑んだ。
赤黒い毛肌に燃えるような真っ赤なたてがみ、その背には悪魔を思わせる皮膜の翼を持ち、尻尾は毒針のように鋭くぬめっていた。
「あれは、マンティコアという魔獣デス」
ねこ耳を震える手で握りながら、マーベル頭上の人形少女が呟いた。
マンティコアとは元々ベンガルトラの異名であった。
だが恐ろしげなそのイメージだけが先行し、いつしかマンティコア自体が架空の魔獣となったという。
メリクルリングRPGではレベル6の魔獣で、猛獣としての戦闘力の他、高い知能から繰り出す魔法も使いこなす。
伝説の発祥地であるペルシア付近では「マンティコアがひとたび食事を開始すれば、一国の軍隊が全滅するまでその空腹は満たされない」と言われる、まさに食魔神に仕えるに相応しい魔獣といえよう。
「よく来た、我が新しい客どもよ」
黒いコックコートの男が、低い声で高らかに語りだす。その度に、背後を雷鳴がライトアップする様は、少々演出過剰気味ですらある。
「あれ、セガールちゃう?」
その話の合間にこぼれたモルトの言葉に、一同は主塔バルコニーを注意深く観察する。するとそれは確かにセガールだった。
『大地の恵み亭』で見た、あのしょぼくれた雰囲気はすでになく、疲労から来る目の下の隈は、今や邪悪に染まったゆえの化粧の様にも見えた。
「このまま置いてった方が、アイツの為なんじゃねーの?」
つい、アルトがそう洩らしてしまうほどに、実に生き生きとしていた。
「よく来た、我が新しい客どもよ」
客である冒険者達が大人しく話を聞かず途切れてしまったせいか、黒セガールは改めてそう言葉を発した。
「お前達は我が『聖マクー大食堂』、最初の客である。今日はオープン記念で無料サービスだ」
言うなり、いつの間にか主塔の内部へと退いていた骸骨どもが、勢いよくその扉を開いて飛び出した。各々の手には、2、3枚ずつの料理皿が乗せられている。
と、同時に、中庭に得も言えぬ、食欲を大いに刺激する香りが漂いだす。
「さぁ食ってみろよ」
白い骸骨が次々とテーブルに料理を並べる。
つやつやのデミグラスソースがかかったハンバーグ、若鶏の甘酢あんかけ、胡椒の効いたサイコロステーキ、様々な野菜で彩られたサラダ、熱々ホクホクのポテトグラタン。
どれもこれも唾涎抑えるに難い出来栄えだ。
「マズいですね」
「え、不味いんか?」
見るからに美味そうな料理を前にして呟く元GMだが、それは料理の味に言及ししたものではない。彼は重苦しい口調で、次のように続けた。
「これから皆さんに『我慢』と言う名の精神力抵抗ロールが発生します。失敗すれば、この料理に手をつけざるを得ないでしょう」
すなわち、食魔道による攻撃は、すでに始まっているのだ。




