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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#03_ぼくらの新生活

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41/208

11侵略にまつわるエトセトラ

 中央大陸で栄えていた『大魔法文明』の中心たる魔法帝国は、長い歴史の中で徐々に衰退し、遂には500年前に起こった大事故により、その寿命を決定的にした。。

 それまで蛮族扱いされていた、魔法を使わない人々はこれを機に立ち上がり、たちまち魔法帝国と、その属領を飲み込む。その膨張的な進軍はとどまる所を知らず、やがて一つの集団が辺境であるアルセリア島へと駒を進めた。

 こうして古エルフ族の楽園として、平和を謳歌してきたアルセリア島は、初めての戦争へ突入するのだった。




 もはやその身を幽霊に堕とした古エルフ族のメイドは、ハンカチで瞳の隅に溜まった涙を拭い、自らがまだ生身を保っていた時代の事を語りだす。

「人間の軍勢が島の南にある砂浜から次々に上陸し、高台に拠点を築きました。当時、お嬢様のお父上が率いるエルミア族は、その拠点からも程近い、北東の森に住んでおりました」

「にゃ、この話、もしかして長いにゃ?」

 興味本位で訊ねたマーベルだったが、さすがに長々とした物語を聞くほど興味は強くない。いかにも昔語りの長そうなメイドの様子に、うんざりとしてねこ耳を垂す。

 ここから出てしまえば、もう二度と会いそうにない引きこもりの昔話などにはこれっぽっちも興味ないアルトもまた、長き語りの気配に溜め息をついた。

「ちょっと巻きでお願いします」

「そ、そうですか? 残念です。では短めで」

 霊体メイドは非常にガックリとしてから、気を取り直して、再び話し始める。

「人間の軍隊が偵察隊を私達の森へ放ち、そしてエルミア族と遭遇戦が始まりました」




「カイル、ジェイクががやられた」

 人間の偵察隊副官が姿勢を低くしたままカイルに耳打つ。カイルとは、この偵察隊6名を率いる小隊長の巨漢だ。副官の言葉で振り返ると、エルフの矢を何本もその身に受けた細身の戦士が絶命して倒れていた。

「なんてこった」

 上陸地点近くの高台に、彼らの軍が拠点を築いたのが数週間前。その後、方々に放たれた偵察隊の一つがカイル隊だ。

 数時間前には6名揃っていたというのに、すでに彼を含めて3名しかいない。カイルはうかつだった行動に、忸怩たる思いで唇をかみ締めた。

 森の種族とも言われるエルフが、領域(テリトリー)に足を踏み入れたうかつな蛮族を取り囲む。いや、その姿が見えるわけではない。森で彼らが本気を出せば、むざむざ敵にその姿を晒す事などないだろう。

 すでに2人がやられ、更に1人の行方が不明となっていた。取り囲んだエルフの『弓兵(アーチャー)』が、1人ずつ確実に仕留めにきているのだ。

「一方的にやりやがって」

 悪態をついて茂みから顔を出した仲間の一人が、またエルフの鋭い矢に射殺される。

「ハンス! ちくしょう、このままじゃ全滅だ。カイル、どうする?」

 ついに2人となった偵察隊だが、その2人も風前の灯と言えるだろう。逃げ道が無い上に、包囲の輪は徐々に縮められているようだった。

 カイルは親指の爪を噛みながら思案する。

 もしここで自分らが全滅すればどうなるだろうか。

 おそらく、この森に敵がいる事を察して、上役たちが軍勢を送って来るはずだ。自分たちの死は無駄と言うわけではない。

 だがしかし、無駄ではなくても死にたくなど無い。せめてどちらか一人だけでも生き残る方法は無い物か。

「仕方ない、ジャンニは俺の後ろの隠れて走れ。俺が盾になっている隙にお前だけでも逃げるんだ」

 カイルは覚悟を決め、副官の戦士に言う。ジャンニと呼ばれたその戦士は、一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに状況を察して頷いた。

「仕方ねーな。もし生きて帰ったら、お前の銅像でも建ててやるぜ」

「よし、では行くぞ。付いて来い!」

 目線で頷きあい、そして2人だけの縦陣で疾走を始める。前から見れば、ジャンニは身体の大きいカイルにすっぽり隠れてしまうのだ。これなら彼だけでも生き残る目もあるだろう。

 だが、そんなカイルの思惑を他所に、エルフたちの次の標的はすでに決まっていた。

 茂みや枝葉の影から一斉にビュンと飛び出した数々の矢は、一瞬にしてジャンニの身体をハリネズミに変えた。

 結果、隙を付いて包囲網から抜け出せたのは、カイルの方だった。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、耳長野郎(エルフ)どもめ。耳長野郎(エルフ)どもめ!」

 エルフの狩場から抜け出し、追っ手も運よく撒いたカイルだったが、その身にも、肩、膝、わき腹と、3箇所の矢傷を負っていた。

 帰る道も失って暗い森をさ迷い歩く。すでに瀕死とも言える傷具合だった。

 いくさである。敵も味方も互いに殺し合う。ならば殺し殺された恨みつらみなど抱くのはお門違いだ。しかも今回の戦いは純然たる侵略である。

 だが、解っていても人間の心はそう簡単に割り切れる物ではない。

 魔法帝国の頚木を離れ挙兵して、数年を共にした仲間たちが、彼を残してついにこの世を去った。その悲しみは、怒りと憎しみとなって彼を支えるのだ。

耳長野郎(エルフ)どもめ、必ず滅ぼす」

 そしてあいつ等の銅像を、新たな都にうち建てるのだ。カイルは今にも崩れそうな膝に力を込め、やわらかい下生えの枝を踏みしめた。

 その時、暗い森の奥にかすかな光が見えた。それだけではない。その方向から、聞こえるかどうかと言う程の小さな音量で何かが間断無く流れてくる。

「なんだこれは、死ぬ間際の幻か」

 カイルはかすむ目頭を何度か擦り光に注視する。まだ遠くてよく見えない。だが、音は一歩進むごとに耳鮮やかになっていった。

 それは歌だ。まだ幼さを残す、少し鼻にかかったようでありながら、なぜか心にストンと落ち着く歌声だった。

 一歩、また一歩近付き、次第に光は大きくなる。まだハッキリはしないが、木々の隙間から光の中で歌う、薄茶色の長い髪の、幼い少女の姿が見えた。

 歳は10を数えないくらいだろうか。いやエルフ相手に見た目で年齢などわからない。だがカイルの目には、故郷に残してきた愛しい妹の姿がダブって見えた。

「ふ、ふつくしい」

 カイルはその光景を見てため息混じりに呟き、彼を支えていた怒りと憎しみを一瞬忘れたせいか、ついに気を失った。



「そうして出会ったお嬢様と敵方の人間は、一瞬にして恋に落ちたのです」

 メイドエルフが語りをひと段落終え、ほうと悩ましげに息をついた。恋在りし日々などを思い出しているのだろうか。

「アイツとはそんなんじゃないし」

 だがそんなウットリとした召使いとは裏腹に、古エルフ族のアルメニカお嬢様はつくづく呆れた様に溜め息と頬杖をついた。

「なんや古エルフ族も人間と変わらんなぁ」

 ここまで黙って聴いていたモルトが、花盛り女子大生らしく他人の恋愛話に興味を示して頷く。だがアルメニカは心底うんざりしたように両目を硬く閉じた。

「だから違うって言ってるし」

 それでもメイドとモルトは聞く耳持たずに、ワイワイとフィクション臭いエピソードを語り聞きあった。

「でも『聞くも涙、語るも涙』ってことは、この後、悲しい別れでもあるのか?」

 話が進む気配が遠ざかったので、腕組したアルトが仕方なく割って入る。他人の恋愛話とか心底どうでもいい、と言うのが彼の意見だが、そこまでハッキリしてしまうと反感を買いそうなので言うのをやめた。

「そう、そうなんです。お嬢様は恋仲となったその人間に裏切られたのでございます」

「だから恋仲とか全然違うし。アイツの妹が私に似てるとかそんな話しだし」

「裏切られた?」

 アルメニカの否定はひとまず脇に置く事にして、アルトは更に先を訊ねる。この古エルフの姫様を説得する為にも事情を知らなければならないのだ。だと言うのにモルトと来たら、未だに恋バナが花を咲かせるのを期待する顔だった。

「お嬢様から部族の情報を得た人間は、その情報を持って陣へ帰り、そしてお嬢様の部族は戦いに負けたのです。お嬢様は心に大きな傷を負い、この『閉じた妖精界』を作り出したのです」

「ズルイやっちゃなー。女心を玩ぶ、女の敵や」

「心底どうでもいいにゃ」

 アルメニカの召使いは、そう話を締めくくり、モルトは不誠実な男に顔を膨らせた。だが同じ女性であるマーベルは、全く冷めた目で2人から距離を置くのだった。

「なるほど、それで世を儚んで引きこもりか」

 話を聞き終え、アルトは溜め息を付いた。それは諦めの溜め息だ。

 彼自身、恋愛には疎い奥手少年なので、原因が痴情のもつれではお手上げである。解決方法と言っても「そんなの忘れちまえよ」くらいしか言いようが無い。

 だが当人にしてみれば非常に無責任な発言にしか聞こえないこと請け合いである。

 さてどうやってこの『閉じた妖精界』とやらから出してもらうか。

 だがその思案へ沈むひと時の隙に、アルトは鋭いキックをスネに浴びた。本来ならスネ当てがある場所だが、金属の存在しない妖精界なのでがら空きだった。

「ってー!」

「だーかーら、違うって言ってるじゃん」

 キックの主はアルメニカだった。古エルフ族のお嬢様は薄茶色の髪を振り乱しながら、2度3度とキックを繰り返した。

「ちょ、痛い、やめて、マジやめて。解ったから解ったから!」

 たまらず、そうアルトが声を上げて初めてアルメニカはその足を止めた。引きこもりが祟ってか、それだけの運動ですでに息が上がっている。

「それじゃ、なんで引きこもったにゃ?」

 色恋沙汰ではないなら、いったい彼女と男の間に何があったのか。その展開の方がマーベルは興味を持てるようで、ようやく話に割って先を訊ねた。

 アルメニカは言い難そうにしながらも、失恋で引きこもりなどという不名誉を雪ぐ為におずおずと語りだした。

「アイツが『妹に似てるからお菓子あげる』って」

「は?」

 一同、声を揃えて疑問符をあげた。

「そんでお菓子貰って食べてたら、『後でもっとあげるから』って、どんどん色んな話して、それでついでに部族の事も色々と」

「それで教えてしまったんですか」

「えへ」

 その事情は初めて聴いた様で、メイドエルフは目を皿のように広げ、アルメニカはバツが悪そうに力なく笑った。

「えーと、じゃあ引きこもった理由は?」

「バレたら、お、お父様に怒られるし」

 白けるアルトの問いにも、観念したようにアルメニカは返答を吐いた。場に空白と言う名の沈黙が舞い降り、そして皆一様に溜め息をついた。

「でもアイツ、お菓子くれるって言ったのに、戻ってこなかった。お菓子くれるって言ったのに!」

「まぁまぁお嬢様、相手は人間ですから、もうさすがに生きてませんよ」

 このままでは自分が責められる、と察したのか、アルメニカが癇癪を起こす。だが彼女の脳は冷静で、その癇癪は標的を自分から逸らす為の物だ。そうだ、カイルは自分をだました酷いヤツなのだ。皆にアピールせねば。

「絶対、絶対許さないし、あのカイル・マクランめ!」

 ダメ押しとばかりに雄叫びを上げ、それを聞いた冒険者たちの目が点になった事に気付く。どうやらこれなら怒られることはなさそうだ。彼女はしめしめと、隠れて歪んだ笑いを浮かべた。

 だがその男の名を聞いた冒険者達の思惑は、また別の所に飛んでいた。

「え、ちょ? マクランってウチ、知ってる気がするんやけど」

「え、き、気のせいだよ。たぶんオレたちの依頼者とは関係ないヨ」

 今回の元々の仕事は、帝国騎士マーカス・マクラン氏から受けた『家出した妹を連れ戻す』と言う依頼だ。

 マクラン家、それはレギ帝国の前身であるオルク王国時代から連綿と続く、由緒正しき騎士の家系だとか何とか。

「シスコンは、遺伝するにゃ」

 心底呆れ果てて失笑まで漏らしつつ、マーベルは呟いた。


 子孫とはいえ知り合いだとマイナス印象になりかねないので、シスコン騎士の事は黙っている事にした。

「とにかく、人間は信用できないし。あとお父様に見つかると怒られるし。だからここからは出たくないし」

 全ての事情を話し終え、薄茶の髪のアルメニカは、ベッドの上にダイブすると枕を被った。もう何も言わないし何も聞かないという構えだろう。

「お父様ってまだご健在やの?」

「さあ、でも私たちは長命ですから、たぶん生きてらっしゃるかと」

 すでに幽霊と化したメイドエルフの話なので、いまいち説得力に欠ける。が、確かに古エルフ族は異常なほどに長命なのだ。

「い、生きてるに決まってるし! せっかく完全密封空間作ったのに、ここで見つかってたまるか」

 ベッド上でどんどん震えを増しながら、アルメニカはその不安と恐れをかき消すように叫ぶ。そして元GMの宝珠(オーブ)は、追い討ちをかける様に言を付け足した。

「古エルフ族は寿命ではほぼ死にませんよ。おそらくリノアさんは事故にでも会ったのでしょう」

 もうこうなると古エルフ族とは生物の枠を超えている、妖精そのものと言っても過言ではないだろう。

 さて、梃子でも動かないと言った様相のアルメニカをどうして説得したものか。彼女に納得してもらい、この『閉じた妖精界』と言う特殊密閉空間を壊してもらわなければ、アルトたちは物質界へ戻る事ができないわけだ。

「密封、で思ったんですが、『抵触事項』が発生しない原因がそこにあるんじゃないかと思うんですよ」

 ひとまず手詰まり感があたりを満たした所で、薄茶色の宝珠(オーブ)がポツリと語りだした。一同はあまりに唐突な物言いに、キョトンとして言葉の先を待つ。

「仮説なんですが、この世界において『ゲームルール』部分を管理する方法は、電波のようなモノなんじゃないかと」

 以前、この宝珠(オーブ)内で何が起こっているかに少し触れたが、彼には世界の管理を司る何の者かから、あらゆる情報が届くようになっている。さらにこの宝珠(オーブ)がスキルや魔法の使用をどこかに申請し、その認可もまた同様に降りてくるのだ。

 つまり、相互遠隔通信が成立している事になる。そこからの仮説である。

「現在、いつもの通信は確立されているように思われますが、『抵触事項』を初め、幾つかの情報が届いていません。つまり、電波状態が悪いんじゃないかと」

「アンテナ1本しか立ってへん、ちゅーことやな?」

「まぁそう言うことです」

 相槌のようにモルトが携帯電話の例えを示し、宝珠(オーブ)はそれを肯定した。

「つまり密閉された異界だからこそ、世界のルールも届かなかったと。ちょっと待って、オレら入って来たんだし、密閉じゃなくね?」

 と、思考の途中でアルトが思いつきで声を上げた。ベッドの上の仰向けニートが、無言で一際大きくビクリと跳ねる。

「入れたんだから出れるんじゃね?」

 もう一度、アルトは自分の考えを述べてみる。元GMの難しげな仮説はともかく、自分の理屈は正しく思えた。

「確かに密封じゃにゃーけど。飛べれば、にゃ?」

 だがその考えは同じ高校生であるマーベルによって打ち破られた。そして付け足すように薄茶色の宝珠(オーブ)は短く肯定の言葉を吐く。

「その穴、あったとしても、30メートル上の天頂ですからね」

 確かに無理だ。ここにいる誰もが空を飛ぶ方法など持っていないのだから。

 いよいよ持って、このニート古エルフに何とかしてもらう必要が出てきた。しかしこの異界の主人たるお嬢様があの頑なさでは、難しい事が容易に窺えると言うものである。

 思わずアルトはため息と共に頭を抱えて屈みこんだ。

「もうさ、ここで暮らしちゃうって選択は?」

「人数が増えると食料に困りますねー。私たちはあまり食べないので大丈夫ですけど、皆さんはお腹空くでしょ?」

 ヤケクソ気味に飛び出した、アルトの安心生活プランは、立てた瞬間に打ち崩された。ちなみに「あまり食べない」などと謙遜しているが、彼女ら古エルフ族は何も食べないでも千年くらいは生きていける仕様であった。

 彼女たちにとって、食べるとは娯楽の一環なのだ。

「ほな『お菓子あげる』ちゅーのはどうやろ。なんてなー、そんな単純や無いわ…」

「お菓子!?」

 3人、額を寄せ合い話し合う体で、まずモルトがジャブとばかりに繰り出した冗談だったが、その食いつきと来たら超反応と言っても過言ではない。

 今の今までうつ伏せで枕を被っていたはずのアルメニカ嬢は、ベッドの上に正座で目を輝かせ、モルトたちと目が合うと、バツが悪そうに目を逸らした。

「お菓子大好きっ子にゃ?」

「べべべ別に嗜む程度だし」

 ねこ耳童女がまさに猫らしいぬりるとした動作で近付き、逸らした目線に自らの視線をかぶせる。アルメニカは意地になって、さらに反対側へ顔ごと逸らした。

「そーやなー、お嬢ちゃんが外いた時から500年経っとるちゅーし、製菓技術もかなり進歩しとるやろねー」

「じゅるり」

 ここは攻め所とばかりに、モルトも調子を合わせれば、見え見えの我慢顔からよだれが覗き、古エルフ族のお嬢様は慌ててハンカチで口を押えた。

 人間にとって食事は必須であり、お菓子とは娯楽である。では食事が娯楽である彼女たちにとって、お菓子とはなんだろう。娯楽の上の娯楽。至上の娯楽と言えるのではないだろうか。

「ししし仕方ないね。私もそろそろ隠れてるの飽きたし」

 表情の端でにやけつつも、アルメニカは必死に取り繕ってベッド上で仁王立ちになる。背が低いので、これでやっとアルトを見下ろせる高さだ。

「そんかし、お菓子食べ放題だからね。嘘だったら承知しないし」

「いやそこまで言ってないけど」

 お菓子あげるとは言ったが、食べ放題ではかなりニュアンスが違うので、アルトは焦った。

 だいたい逃亡生活ばかりで、この世界のお菓子事情など全く知らないのだ。高いのか安いのか、アルトの財布事情で賄えるのだろうか。

 ただ、まぁここは全員で分担すればいいか、とアルトは頷いた。

「絶対だし」

 アルメニカは姿相応に少女らしい笑顔を満面に湛え、仲間の女性陣もまた頷いた。

「ええよ、アル君が全額おごりやって」

「太っ腹にゃ。アタシもあやかりたいにゃ」

 アルトの思惑は仲間に全く通じていなかった。



 『閉じた妖精界』を破壊するのに、どのような儀式があるのかわからないが、アルメニカに促されてアルトたちは屋敷の外まで連れ出された。

「ああ、500年ぶりの外ですね。ちょっとウキウキしちゃいますね」

「いや、あんまし」

 当の術者である古エルフ族の少女は、面倒そうに、部屋から持ち出したB5サイズほどの羊皮紙と動物の骨で作った白いナイフを取り出す。なにやら妖精語と幾何学模様が描いてある。どうやら術符らしい。

「アルメニカさんが自分で術を構築したのですか?」

 元GMである薄茶色の宝珠(オーブ)もその術はわからないらしく、興味本位に訊ねる。アルメニカは一瞬、喋る宝珠(オーブ)に怪訝そうな目を向けるが、追求するのが面倒だったのかすぐに術符へ目を戻した。

「違うし。これはお父様のタンスからちょっと借りたし」

 それは泥棒と言うのではないか、と一同は目だけで語る。だが、ここでへそを曲げられても困るので、もちろん誰も口は開かなかった。

「そんじゃ、ここ壊すから」

 特に感慨も無さそうに、幼さを残す少女は言い放つと、羊皮紙の術符を白いナイフで無造作に切り裂いた。

 その無感動な様子とは裏腹に、瞬間、想像を絶する爆音と、目を焼く様な光の洪水、そして凄まじい突風が彼らを襲った。

 薄桃色の靄を湛えた空気は一瞬にして清浄な空気に入れ替わり、天蓋に見えていた『妖精樹(アヴァロンアバル)』の根は初夏の青空に取って代わった。

 しばらくして爆風と光が晴れ、アルトたちがそろりと目を開けると、そこは元いたボーウェン近郊の平原だった。

 違う所はと言えば、バジリスクに集られた『妖精樹(アヴァロンアバル)』の小山は消し飛び、小山を覆っていた幾らかの土が周囲に散乱している事だ。

 アルトたちは、小山が消え去った地点の中央に立ち尽くしていた。どうやら台風の目の様に、そこが最も被害の無い場所だったのだろう。

「うわー、派手やなぁ」

「私もちょっとびっくりしたし」

 この消え方はアルメニカにしても想定外だったらしい。所詮は父上からちょろまかした術符によるものだったのだから仕方ない。

 仕掛け人すら知らなかったと言う大爆発に、一同はしばし呆然。そしていち早く我に返ったアルトが慌てて声を大にする。

「お、おい、おっさんは?」

「トカゲと一緒に吹っ飛んだにゃ!」

 急いで周囲を見渡せば、少し離れた場所の降り積もった土砂の上から、灰色に硬化した短い2本の脚が突き出ているのが見えた。

「早く掘り起こすにゃ」

 『石化(ペトリファイ)』しているので窒息の心配は無いだろうが、今の大爆発で欠損が生じているかもしれない。石並みに丈夫とはいえ、叩き割れないわけではないのだ。

 かくして何とか掘り出して見れば、犠牲となったドワーフ紳士は脚を肩幅に開き、左手を腰に当て、右手は斜め上のあらぬ空間を指差した形で石像と化していた。

「なんでポーズ決めてんだよ」

「さすがおっちゃんや」

 灰色に硬化したその表情は、非常に良い笑顔を湛えていたという。

「ところでティーにゃんはどうしたにゃ?」

 レッドグースと共にあの場に残ったと言う、人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレム、ティラミスの事である。

 戦闘力の無い彼女が、何とか無事逃げおおせていれば良いが、とねこ耳童女は心配そうに辺りを見回す。レッドグースと共にいたなら、近くに埋まっている可能性も高い。

「ここでありますー。出して欲しいでありますよ」

 すると本当に近くで篭った様な声が上がった。聞き覚えに間違いなければ、ティラミスの声で間違いない。

「んん? どこや?」

 しかし声はすれど姿は見えず。更に丹念に声の発信源を探せば、それはドワーフ像の頭からだった。どうやら、帽子の中に隠れていたせいで閉じ込められたらしい。

「これ外れねーわ」

「そんなでありますぅ」

 レッドグース愛用の深緑のベレー帽は、主人と共に石像の一部となりガッツリと結合していた。

「そんなのどうでも良くて、早くお菓子食べたいし」

 しかし、そんな小さな人工生命体の憐れみを誘うか弱き声は、メイドを携えた古エルフ族のお嬢様の心には全く響かなかった。

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