08ボーウェンの錬金術士
危機は去った。
かつては南海の孤島で『神』とさえ言われた海の魔物『ロゴロア』は、散々な猛威を振るい、大きな傷跡を残して海底へと去っていった。
海上に残されたのは『ロゴロア』に挑んだ冒険者だ。
船員ギルドの依頼を受け、装甲帆船にてこの海域へ馳せ参じた彼らは、今、苦い敗戦に押し黙って項垂れている。
「ダンナ方、ひとまず港に戻りますぜ」
操船を受け持つ船員の長が見かねて言い、船は冒険者たちの返事を待たずに、波の上を滑る様に走り出した。
『ロゴロア』の登場と共に空を覆っていた暗雲は去り、気がつけば初夏の爽やかな青空と海風が、下を向く冒険者たちの頬をなでた。
この度の敗戦で犠牲者が2名。
『鎖帷子』を着込んだ『傭兵』の少年アルトは、『ロゴロア』の特殊攻撃『石化』の被害を被り、今は石像と化し甲板上の置物となっている。
また『魔術師』の少女マリオンは、謎の昏睡状態を続けている。
「くそ、何だあのバランスは。勝てるわけないじゃないか」
2つの帆が風をはらみ速度を増す中、今作戦の首魁である黒髪のアスカが、誰に言うでもなく呟く。その表情はぶつける先の定まらない怒りをにじませていた。
「アスカ姉ちゃま」
「お姉ちゃん」
彼女に付き従う人工知能搭載型ゴーレムの姉妹が心配そうに寄り添うが、アスカの瞳の炎は静まりを見せない。
今回の戦いは結果として無謀だった。だが、彼女は勝てる算段があったはずなのだ。それが思いもしなかった形で外され、悔しくて仕方がなかった。
「アスカ殿。もしやあなた、PCではありませぬか?」
誰もが彼女にかける声が見つけられず、また自らも暗鬱な気分に陥る中、一人の男がそんな事を言い出した。ドワーフの『吟遊詩人』レッドグースだ。
レッドグースの仲間である、ねこ耳童女と白い法衣のハーフエルフはこの言葉にギョッと目をむいた。だが、マーベルのベルトポーチに包まった薄茶色の宝珠は、驚きの声すら上げずに押し黙っていた。
アスカはレッドグースたちを見回し、最後に薄茶色の宝珠を凝視する。彼女もまた、先の戦闘でこの宝珠が喋っているのを目の当たりにして、うすうす感じていた。
「そうだ。やっぱりアンタたちもだったのか」
この黒髪の戦乙女はため息混じりにそう答えた。
「私は自己紹介を聞いた時からそうじゃないかと思ってましたよ」
「だったら早よ言いや」
今更ながらにやっと口を開いた元GMの宝珠の言に、モルトはすかさずマーベルのベルトポーチから彼を奪い取ると、鋭い振り子スイングで投球する。
「ひゃー」
薄茶の宝珠は勢い良く転がり綺麗なカーブラインを描いて船縁に激突。なぜかその悲鳴はやけに楽しそうだ。
「なんなん、どういう事や」
「いや『ソロプレイ』とか、彼女の言い回しがいちいち現地民ぽくないなぁと」
「そうだったかにゃ?」
気にも留めてなかったのでまったく記憶にないマーベルだった。
「にゃあGMは? 仲間はいないにゃ? マリオンもPCにゃ?」
続いてマーベルの興味は件のアスカへと向き、矢継ぎ早な質問が飛ぶ。アスカは何から話して良いのかと思案しつつ、このねこ耳童女を押し止めた。
「まてまて、まずマリオンはNPC、のはずだ。私は先日言った通りソロプレイヤーなんだ。だからGMもいない」
PC、すなわちゲームで遊ぶプレイヤーに対し、NPCとは、このゲーム世界で生まれ死んでゆく、紛れもない現地民のことだ。
それにしても、TRPGにおいてGMもいないソロプレイなどと言う物がありえるのだろうか。ここしばらくで発展したMMORPGのような、コンピュータゲームの話ではないのだ。
「何の話をしてるでありますか、ヒゲの兄貴殿」
PCやらNPCと理解できない、純粋なこの世界の住人であるティラミスが問う。
「うーむ、ワタクシにも、とんとわかりませんな」
だが結局GMすら必要としない『ソロプレイ』の意味を理解できず、レッドグースもティラミスに対して肩をすくめた。
「うん、ウチもわからんわ。どいうこと?」
酒樽や小人少女に同調してモルトまでも首をかしげると、さすがにアスカもまた困惑した。彼女にとっては同じ世界から迷い込んだ冒険者だったはずが、どうも違う世界だったのかもしれない、という懸念が生まれた瞬間だった。
「『メリクルリングRPG』で間違いありませんか?」
とにかくこうなれば、お互いの経緯を確認しない事には話が進まないので、話を進める事に長けているはずの元GMが、根本的な質問を投げかける。
これに対しアスカは、少しホッとしたように、力強く頷いた。
「ああ、間違いない。で、えーと口で説明するより見せたほうが早いな」
アスカもまたぶっちゃけた方が早いと同調し、自らのバックから一冊の本を取り出す。この世界の立派な装丁をした書物ではない。元いた世界の、元いた日本ではありふれた、粗末な厚紙を表紙にてカバーをかけた文庫本だ。
表紙には戦士や魔法使いの絵と共に、次のようなタイトルが書かれていた。
『メリクルリングRPGソロシナリオ集・レギ帝国の冒険』と。
「私はこれでプレイする為に、キャラクターを作ったんだ」
アスカは事の経緯を語りだした。
『レギ帝国の冒険』はメリクルリングRPG発売の2ヶ月後に出版された。
そのシナリオ集は、共に遊ぶ仲間を見つけられなかった人に向けたもので、タイトル通り、一人で遊ぶ為のゲームブック方式のシナリオ集だった。
つまりメリクルリングRPGのルールブックと、このシナリオ集を手に入れれば、GMも隊を組む仲間も必要なく遊ぶ事が出来るわけだ。
アスカはそのシナリオ集で遊ぼうとしてキャラクターを作成した矢先に、この世界へ迷い込んだと言う。
「2ヵ月後て、え? うちらより後やん」
「確かに。でもキャラ作成後と言うタイミングは私たちと同じですね。こうなって来ると他にもいるかもしれませんねぇ」
ひとまずアスカの話が途切れると、モルトたちの困惑は更に深くなった。アスカに対する困惑ではない、この歪な世界に対する困惑だ。
いったい誰が何の為にこんな世界を創造し、そして彼らを招待したのか。それは偶然なのか作為なのか、意思があってのことなのか無意識なのか。忘れかけていた謎が、改めてモルトたちの頭上に圧し掛かった。。
彼らの仲間であるカリストの身体を奪ったあの『魔術師』は、何か知っているのだろうか。
「アスカ殿は今回の戦いも、そのシナリオ集のものだと思ったわけですな? だから『バランスが悪い』と」
「経験から言わせていただきますと、もうここはあなたの知っているゲームシナリオの世界ではありません。少し意識を変えないと、本気で危ないです」
酒樽じみたドワーフの、分析家気取りのその言葉に、アスカは素直に頷き、奇妙な薄茶色の宝珠の忠告に、息を呑んで絶句した。
ちなみに彼女の取り出した文庫本は、表紙以外は白紙だった。
しばし近海を進み、やがて装甲帆船は『船員ギルド』に近い桟橋へと入港し、一同はトボトボと船を降りた。
「アスカさん、ギルド長への報告はどうしますか?」
『船乗り』の内、船長と見られる浅黒い肌の偉丈夫が、昏睡を続けるマリオンを背負ったアスカへと駆け寄る。アスカはしばし思案してから口を開いた。
「後で私みずから行く。先にマリオンたちを何とかしたい」
「わかりました」
『船乗り』は軽く頷いて彼女の言葉に承諾すると、すぐさま回れ右をして船へ向かって駆け出した。
駆け出して、思い出したように立ち止まり、一言分だけ振り返る。
「ああ、あの『傭兵』さんの運搬には、台車をお使いください」
彼の指差す先を見れば、倉庫街の近くに大八車が並んでいた。
モルトたちは礼を言って、早速ギルド所有だと言う大八車を押して戻り、アルトの石像を載せた。道も車軸もあまり良くないせいか、3人で押さないとかなり疲れそうだ。
「医者はどこにゃ」
港から街へと向かう準備ができたところで、マーベルがねこ耳を傾けてアスカを窺う。『何とかしたい』とは言うものの、まだこの街へやって来たばかりのマーベルたちには、頼るべく先も心当たりもわからない。
「いや、医者か」
アスカは拳を顎にして心当たりを考える。
この世界にも当然医者はいる。ただ我々の世界の医者に比べ、機器も技術も大変未熟な存在だ。なぜなら、この世界には傷や病気を治してしまう魔法があるからだ。
この世界での医者の役割と言えば、応急的な処置や薬草の処方でしかない。原因不明の昏睡や、治癒方法すら見つかっていないとされる『石化』に対応しろと言うのがそもそも無茶である。
「お姉ちゃん、あの人はどうかな?」
足が止まり行く先を模索する一同に、アスカの背に垂らされた頭巾から声をかけたのは、『人形姉妹』が三女、『癒しの手のエクレア』だった。
彼女自身『施療士』と言う専用職業であるが、意識の無い2人を救う手立てを持っていない。だが、心当たりだけはあるようだ。
「ほら、あの『錬金術師』デスよ」
そして補足するクーヘンの言葉に、アスカは「ああ」と手を打った。
「ようこそイラッシャイ、『ハリーさんの工房』へ」
アスカの先導で『商業地区』へ駆けつけ、案内されたのは見知らぬ文字で飾られた看板の、小さな店舗だった。
そして出迎えたのは、金色がかった髪を無造作に刈り上げた、粗末な『長衣』を着た眼鏡の少女だった。
そう、彼女はアルトたちがこの街にたどり着く際に世話になった、あの『錬金術師』ハリエットだ。
『ハリーさんの工房』と言う名らしいその店舗は、外観からは想像つかないくらいに奥行きがあって広かった。手前は綺麗な小瓶に詰められた数々の水薬や、正体不明の品物が陳列され、奥は怪しげな大鍋などが不規則に並んでいる。
「今日はナニをお求めカナ?」
そんな光景の中で、にこやかな営業スマイルを浮かべるハリエットは、さながら怪しい魔女ようだった。
「ハリエット、この2人を見てやってくれないか?」
物珍しさに店内へ散開するモルトたちを他所に、黒髪の戦乙女は運び込んだ2名の患者の前に、ハリエットを引き寄せる。大八車に横たえられた金髪シュリンプテイルのマリオンと、硬質な石の身を晒すアルトだ。
「フムー。あ、ハリーさんの事は、ハリーさんと呼んでネ」
ハリエットは営業スマイルを崩さぬまま、特に生身であるマリオンの触診を開始する。瞳や口を開けては覗き、肘や膝を曲げたり伸ばしたり、胸に耳を当てて鼓動を確かめる。それで何が判明するのかはトンとわからないが、彼女にとっては、何かの手がかりになる診察なのだろう。
やがてハリエットは満足そうに頷いてマリオンから離れる。
「いやー、ちょっとわからないネ」
「わからんのかい」
反射でモルトはツッコミを入れた。
「いやいや、もう少しいろいろ状況分析しないとネ。さすがのハリーさんもわからないのダヨ」
相変わらずの妙なイントネーションで話しつつ、今度は『石化』状態のアルトを見る。こちらの方は一目で現状がわかるが、それだけに期待が薄いと、一同はため息をついた。
だがハリエットの言葉は誰も予想しない物だった。
「コッチは簡単ダネ。ハリーさん家のお薬で一発ダヨ」
「そんな馬鹿な」
真っ先に驚きの声を上げたのは、中でも最もこの世界の理を知っている、元GMの宝珠だった。
先にも述べたが『石化』は死の次に恐ろしいステータス異常といえるだろう。なぜならルールブックには『未だ治療方法が見つかっていない』とだけ記されているからだ。
場合によっては高位『聖職者』の魔法で何とかなる、死亡の方がましだと言い切る者すらいるだろう。
だがハリエットは「簡単だ」と言った。
よしんば彼女が治療方法を知っていたとして、それは大きな代償や苦労を伴うはずだ。実際、すでに発表されたリプレイ作では『石化』した仲間を救う為にキャンペーンさえ費やしたものだ。
ちなみにキャンペーンとは、TRPGにおいては、一つの目的やテーマの下に連続するシナリオ群の事である。アルトたちの物語に例えるなら、アルパの街で濡れ衣を着せられてから、ニューガルズ公国を脱出するまでが、一つのキャンペーンとも言えるだろう。
つまりこれはメリクルリングRPGの常識としてはありえない事だった。だからこそ、薄茶色の宝珠は声を上げて驚愕した。
しかしハリエットはそんな元GMも驚きなど他所に、陳列棚からドドメ色の液体入りの小瓶を取り出すと、まったくの無造作にアルトへ振りかけた。
薄茶色の宝珠が続いて何か言う間もなく、アルトの灰色に染まった石の身体が途端に輝き、そして一瞬で収束する。光が晴れると、そこにはいつも通りの血色を湛えるアルトが横たわっていた。
「はっ」
急に息吹を取り戻したように勢い良く目を見開き、アルトが大八車の上で飛び起きた。そして腰の物を探しつつ身構える。
「蛸は、大蛸、くそ、このままじゃやられ、る?」
『無銘の打刀』が腰にも手にもない事に、大慌てで身振りして焦り声を上げかける。そしてようやくそこが戦場でない事を知ると、アルトは意味がわからず唖然とした。
一段高い大八車の上から見渡せば、やはり唖然とした仲間たちが彼を見上げている。
「ふ、知らないうちに勝利してしまったか。さすがオレ」
「いや、ウチらボロ負けやったから」
必死に取り繕いながら前髪をかき上げるアルトに向かう視線は、一気に氷点下の様相を浮かべるのだった。
ひとまず助かったアルトを囲み、仲間たちは安堵に沸くが、一人、薄茶色の宝珠だけは浮かぬ気分のままこぼした。
「ハリエットさん、あなたもまた、この世界の人ではありませんね。しかも我々とはまた違う世界から来た。違いますか?」
それが元GMの出した結論だった。唐突だが、そうとしか彼には考えられなかった。
彼女がこの世界の住人だとすれば、それはと酷いバランスブレイカーだ。数々のゲームを手がけてきた、メリクルリングRPGのデザイナー陣が、こんなあからさまな失敗をするわけが無い。
果たしてハリエットは、あっさりと笑顔を崩さずに頷いた。
「そうダヨ、良く知ってるネ。あとハリーさんって呼んで。みんなそう呼ぶカラ」
またしても、まさかの異世界人登場。しかもさらに別世界人である。
「すると、ハリエット殿も、ワタクシたち同様、訳も解らずこの世界へ?」
皆、一様に驚きを表す中、年の功からか割と平然とした表情で、レッドグースがさらに追い訊ねる。ハリエットは隠すでもなく、すぐさま首を振った。
「いーえ、師匠にくっ付いて来たダケ。ハリーさんの師匠はネ、敵を追ってこの世界に来たんダ」
アルトは固唾を呑んだ。つまり彼らとは違い、彼女にはこの世界へ来る明確な意思があったのだ。異世界への跳躍を自らの意思で行えるハリエットの世界に、むくむくと興味が湧き上がる。
だがハリエットはそれ以上、詳しく話す気はないようだった。続きが出ない事を残念に思いながらも、若きサムライは明かされた事実に項垂れる。
「どうなってんだよこの世界は」
どうやって発生したのかもわからない、このゲームを基にした世界の外に、アルトたちの世界とは更に別の世界があると言うのだ。それだけの事実だけでも、彼の脳は理解容量を突破しそうだった。
「まーまー、細かい事はええやん。おかげで助かったんやし」
「そうにゃ、あのままだったら台座作って港に放置するところだったにゃ」
そう応える女性陣はお気楽だ。彼女たちはもう、在る物は在るんだからしょうがない、と深く考えるつもりもないようだ。
だいたい異世界などと言うフィクション上のものが存在したのだ。別の異世界があるからといって、否定できるわけがない。
アルトもさすがに考えるのが馬鹿らしくなった。が、その悩みの種を持ち出したハリエットは、さらに彼の頭を悩ませる、別の案件をもたらす。
「そうそうアルト君、『エリクシル服用液』の代金、セール中だから1千銀貨ダヨ」
「スンマセン。払えマセン」
まさに泣きっ面に蜂。これでついに仲間以外にも、借金をする事になってしまったアルトだった。
「フムー」
その後、マリオンが陥った状況の聞き取りを経て、ハリエットは再び唸った。
「マリオンの方はどうなんだ?」
心配そうに仲間の『魔術師』を覗き込む黒髪の『警護官』が、急かす様に問う。だがハリエットの耳には届いていない様だった。
「まず私が知りたいのは、マリオンさんがなぜ死ななかったのかです。これはハリエットさんもご存知なのでは?」
その横から口を挟むのは、ねこ耳童女の文字通り腰巾着に収まる、薄茶色の宝珠だ。正確には巾着ではなくウエストポーチだが。
この言葉を聞き、旅の仲間たちは一斉に首をかしげる。
「どゆことにゃ?」
「ええ、マリオンさんはあの時、『無銘の打刀』の刃が彼女を貫いた時です。あれで彼女のHPは間違いなくゼロになりました。ですが、彼女は今、生きています」
「それのどこがおかしいんだ?」
メリクルリングRPGでは、HPがゼロになっても、その直後の『生死判定』というロールに成功すれば死ぬ事はないという、PCに対する救済ルールが存在する。
アルトもそれを知っているだけに、元GMの疑問がピンとこなかった。
だが薄茶色の宝珠はすぐさま言葉を続ける。
「マリオンさんはNPCですよ」
その一言で、さすがに一同は納得する。『生死判定』はあくまでプレイヤーキャラクターのみに与えられた救済措置なのだ。
「マリオン君が死ななかったのは、コレのおかげダネ」
元GMたちの会話内容は今一わからなかったのか、ハリエットは特にコメントすることなく、薄茶色の宝珠の問いにだけ答える。
その手には、マリオンの胸元から引きずり出した、ヘッドの壊れたペンダントが下げられていた。
「これは『石英の護符』。死に瀕して身代わりになってくれるスグレモノなのヨ。先日、ウチで売ったやつダネ」
我々の世界でも、古代の伝説の中にいる魔法使いたちは、命の代わりに水晶を使ったと言う。魂を移した水晶を隠して不死身を得たり、死に瀕して身代わりに割る事で免れる。このアイテムはまさにそういった由来の物だ。
「でも、目覚めないなんて、ちょっと可笑しいネ。ハリーさんの世界では、こんな事、一度だってなかったヨ」
「なるほど」
それで理解した、と元GMは言葉だけで頷いた。
「マリオンさんはHPゼロで、そもそも死ぬはずでした。この法則はこの世界で絶対の物として君臨してきたルールです」
そのルールがあるからこそ、アルトたちの仲間の『魔術師』は、『生死判定』の特性を買われて攫われた。
「ですが、そこに異界から来たハリエットさんの『石英の護符』で、彼女は一命を取り留めます。それは、この世界ではありえなかったこと。つまり」
一同は固唾を呑んで言葉の続きを待つ。
「マリオンさんの身体は、エラーを起こしています」




