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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#03_ぼくらの新生活

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31/208

01見ろ、あれがボーウェンの灯だ

「ほら見えてきた。あれが港街ボーウェンだヨ」

 金色がかった髪を無造作に刈り上げた、眼鏡の少女が南の地平を指差す。彼女の後ろについて歩いていた冒険者風の4人は、疲れた双眸を見開いて少女の指を追った。

 どこまでも続くように見えた草原の果てに、その街の立派な外壁が見え始めたのだ。

「お、おお。ついに、ついにオレたちはたどり着いたのか!」

 4人のうち一際(ひときわ)薄汚れて見える『鎖帷子(チェインメイル)』を着込んだ少年が、どこかで拾った杖代わりの木の棒を放り投げて両手を空に掲る。目にはうっすらと涙まで浮かんでいた。

 空は水色に澄み、初夏のさわやかな風を渡していた。

 1メートル弱の刀を左右に1本ずつ差した彼の名はアルト・ライナー。

 このアルセリア島の東方で活躍する『ライナス傭兵団』で育った戦災孤児で、しばらく前、『傭兵(ファイター)』として武者修行の為に旅立った。

 と言う設定である。

「そーすると、ここは帝国領にゃ?」

 いかにも難しい推理をやり遂げた顔で、瞳キラリと振り返るのは、ねこ耳とねこ尻尾をつけた不思議童女だ。

 金色の長い髪をポニーテイルに結い、草色のワンピースの上から『なめし革の鎧(ソフトレザーアーマー)』を着込んだ彼女は、4人の中で最もこの草原に溶け込んでいると言えるだろう。

 彼女の名はマーベル・プロメテイト。草原の種族といわれる半猫妖精『ケットシー』に生まれつき、心の底から湧き上る好奇心に従い旅に出た。という設定。

 先ほどから設定、設定、と何の事かわからないと思うが、もうしばしお付き合いいただきたい。

「やたー、お酒が飲めるでー!」

 アルトの隣に進み出て、彼に倣う様に両手を掲げるのは、明るい茶の髪に、白い法衣を着た乙女だ。

 自慢の長い髪をハーフアップに結い上げ、その頭の上にちょこんとピルボックス帽を乗せている。しばらく辺境を旅したせいで素面だが、無類のお酒大好き娘だ。

 彼女の名はモルト・レミアム。とある酒蔵の旦那が、お妾さんのエルフに産ませた子供が彼女である。つまり『ハーフエルフ』。

 特に不幸に育ったわけではないが、本妻さんに気を使って家を出る事にした。

 そういう設定。

「酒もいいですが、塩コショウを利かせたステーキもいいですな」

「ティラミスは焼き菓子でお茶がしたいであります」

 最後方をのんびりと歩くのは、一見、酒樽と見間違うかという体型をした、チェックのベストと深緑のベレー帽を被った、大地の妖精族『ドワーフ』のレッドグース。

 その言に頷きつつも、自分の主張を忘れないのは、彼のベレー帽にちょこんと座った、人形サイズの小さな『人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレム』の少女・ティラミスだ。

 先に4人の冒険者、と言いはしたが、ティラミスを加えれば5人になる。ただこの小人を一人と勘定していいやらどうやら。なにせ彼女は魔法で作られた擬似生命体なのだ。

 ところでゴーレムは魔法で作られた存在なので食事の必要がない。エネルギーは大気中に浮遊するマナという不思議力である。

 だというのに、このティラミスはお菓子とお茶が大好きという、ますます持って謎の存在だ。と言うか名前からしてお菓子のくせに。

 それはともかく。レッドグースはもともと旅芸人一座の生まれで、今は独立して旅をしている設定である。

 さて、なぜ先程からよそよそしく『設定』などと連呼しているかというと、実は彼らの素性のややこしさに因る。

 実は彼ら4人は日本人である。

 なぜ日本人たる彼ら4人が、この世界地図のどこにもない、架空のはずだったゲーム世界を旅しているのか。その原因は、今のところ誰にもわからない。

 だが、その発端はわかっている。

 発端は『メリクルリングRPG』というTRPGルールブックの発売だ。

 ある年の春、某老舗出版社より満を持して発売された『メリクルリングRPG』。彼らはそのプレイヤーとして集まり、事故か天災か、はたまた誰かの陰謀か、気づけばそのゲームで描かれていた世界で目を覚ました。

 そして目覚めた時、彼らの身体は日本で生まれた日本人の身体ではなく、ゲームの為に作ったキャラクターだった。

 彼らは日本においては学生や社会人であったが、この世界ではキャラクターの為に考えた通りの出自を、キャラクターの身体と共に押し付けられたのだ。

 したがって、この世界での彼らの、キャラクターとしての過去を『設定』と呼ばせてもらったわけだ。

 そういう訳で、この酷く歪んだゲーム世界の住人になって約3ヶ月。いろいろあって殺人容疑を着せられ、追われ、逃げ回り、やっとの事で国外逃亡を果たし、人も通わぬ巨人族の平原(クンバカルナ平原)を踏破して、今、とうとうこのレギ帝国領内の港街ボーウェンへと、彼らはたどり着いた。

 それはもういろいろあったので、各人の姿ときたらボロボロのヘロヘロである。

「苦労したんだネ。ヨカッタヨカッタ」

 彼らを案内するように先頭を歩いていた、金髪ショートヘアの眼鏡少女は、言葉とは裏腹に、非常に軽い調子で相槌を打った。

「いやー助かりましたよハリエットさん。ホント、ありがとうございます」

「ハリーさんと呼んでネ。みんなそう呼ぶカラ。じゃ、ハリーさんはまだこの辺で用事残してるカラ。御用の際はお店まで、ネ」

 ハリエットと呼ばれた少女はそう言うと、街を目指すアルトたちを手を振って見送る。アルトたちも別れ惜しげに何度か振り返っては手を振った。

「変わった人でしたねぇ」

 しばらくして、ハリエットの姿がかなり小さくなった頃、ねこ耳童女マーベルの手慰みにされていた薄茶色の宝珠(オーブ)が、そうのたまった。

 宝珠(オーブ)ではあるが、彼こそはTRPGにて不可欠の存在であるGM(ゲームマスター)。の、成れの果てだ。

 この世界での名前はない。

 ひとまず皆からはGMと呼ばれているが、今や彼にはGMとしての権限が、ほとんど残されていない。

 それでもアルトたちにとっては同じ世界から来た仲間であり、またこの世界の情報の宝庫でもあった。言い換えれば、彼はこの世界の水先案内役である。

「『錬金術師(アルケミスト)』やったっけ?」

一般職(ノーマルクラス)だよな。どんな職業(クラス)なんだ?」

 白い法衣の乙女、モルトと、若い『鎖帷子(チェインメイル)』のサムライ、アルトが次々に問いを発する。それはハリエットが名乗った職業(クラス)についてだった。

 ハリエット、通称ハリーとアルトたちが出会ったのは、ほんの半日前の事だ。

 クンバカルナ平原の危険地域を抜けたはいいが、どう進めば街にたどり着くのかわからなくて往生していた時、たまたま仕事で使う薬草や鉱物を探していたハリーと遭遇した訳だ。

 彼女は港街ボーウェンで『錬金術(アルケニア)』で生計を立てている。

錬金術(アルケミー)などと言えば、卑金属を金に変える怪しげな魔法と思われがちですな。しかしまっとうな錬金術師(アルケミスト)は化学者なのです」

 アルトの問いに、ひとまず自分の知識の一端を披露するレッドグース。だがそれは錬金術師(アルケミスト)に対する一般論であり、この『メリクルリングRPG』における話ではない。

 なのですぐさま薄茶色の宝珠(オーブ)が話を引き継ぐ。

「このゲームにおいて『錬金術』は『アルケミー』ではなく『アルケニア』と言うようですね。しかし残念ながら情報がありません」

 引き継いだはいいが、結局何もわからないらしい。そんなハッキリしない回答に、マーベルはねこ耳を揺らしながら首をかしげた。

「ルールブックには載ってないにゃ?」

「そもそも一般職(ノーマルクラス)については詳しく言及されてないです。キリがないですから」

 それはそうだろう、と一同は納得の相槌を打つ。

 一般職(ノーマルクラス)とは、普通に働いて暮らしている人々の、その仕事に対する名称なのだ。

 農業従事者なら『農民(ファーマー)』、刃物を作るのは『鍛冶屋(ブラックスミス)』と言う具合だ。世にある職業の数だけ存在するので、いちいちルールブックに記載していたら、それだけで分冊が何ページにもなってしまうだろう。

「ま、お店を出してる言うてたし、そのうち寄ってみたらええね」

「そうにゃ」

 結局その話題はそのように決着し、一行はちょうどお昼頃、港街ボーウェンの入場門へとたどり着いた。


 この世界へやって来て初めに降り立ったのは、この島の北部に領土を持つニューガルズ公国だった。だが、そのどの街より立派な外壁を持つのが、このレギ帝国西部方面都市、港街ボーウェンだ。

 その立派で丈夫そうな外壁を目指して進むと、やがて一角に作られた巨大な北門が見えてくる。門には馬車に乗った行商人や幾人かの旅人が集まっているのが見て取れた。

 アルトはその様子に「まさか入門制限でもされているのか」と、慌てて仲間を見返ろうとする。

 長く不便で緊張の連続だった平原の旅を終え、やっとたどり着いた人の住む街だ。ここで追い返されたらいったいどこへ行けばいいのか。

 だがすぐに出てきたレッドグースの言葉で彼は平静を取り戻すことが出来た。

「入門手続きの列ですな」

 「なんだ脅かすなよ」と心で呟き胸を撫で下ろすと、アルトはすぐさま「慌ててなんかいないぞ」と言う体で、気楽を装って口笛を吹く。

「バレバレやけどな」

 そんな様を苦笑いで見守る仲間の言葉で、アルトは結局、恥ずかしさに顔を真っ赤にしてうつむくのだった。

「ところで、ほんとに大丈夫にゃ?」

 アルトの微笑ましいヘッポコ振りをさておき、最後尾をのんびり付いて来ていたマーベルが唐突に言う。

「何がですかな?」

 大丈夫、と問われても、一体何のことやらさっぱりだ。3人を代表するように、酒樽紳士レッドグースが問い返した。

「教会の連中にゃ。ホントにここまで追ってこないにゃ?」

 一同、一様に押し黙った。

 アルトたちを追っていたのはラ・ガイン教会という宗教組織である。その教会が勢力を誇るのが、先月までいたニューガルズ公国だ。

 彼らはその勢力圏から出るために、危険を賭してクンバカルナ平原を越えて、レギ帝国までやって来た。そうすれば、追っ手はもう来ないだろう、と踏んだからだ。

 だが今になってマーベルが言い出した。本当に大丈夫なのか、と。

「いやいやいや、今更だろ。大丈夫に決まってんじゃん?」

 額を嫌な汗でいっぱいにしながらアルトが言い返す。が、完全に感情論で反論にはなっていない。実際彼もそこが不安ではあったのだ。

「もし国際刑事警察機構(インターポール)があったらお手上げですの」

 レッドグースが知らん顔でシレっと言う。アルトは更に嫌な汗を増やした。

「まーアル君も言う通り今更や。ダメならダメでその時やで。さ、並ぼ並ぼ」

「いやでもモルトさん、また捕まったらもう逃げる切り札無いですよ」

「嫌や、ここで街に入れんかったら、もうウチ死んでまうもの」

 モルトの命の元となるエネルギーは、もはやずっとエンプティー状態。これ以上は持ちそうにない、と彼女は言っているのだ。すなわちお酒である。

 結局の所、心配が杞憂である事を祈りつつ、彼らは入門の列に並ぶ選択をした。


 最後尾を探して列に並び待つ事10余分。入門手続きの列は順調に進み、いよいよアルトたちの番になる。

 緊張の瞬間だ。はたして吉と出るか凶と出るか、鬼が出るか蛇が出るか。後者だとどっちもマズそうだ。

 ええいままよ、と、アルトは震える手で入門検査官の差し出した帳簿に、自分を含む仲間の名を書き連ねる。手配書でも回っていれば、ここでアウトとなるだろう。

「アルトさん、マーベルさん、モルトさん、レッドグースさんね」

 小さな老眼鏡をかけた初老の検査官は、書かれた名前を読み上げた後、アルトたちの顔を順番に見回す。姿こそ背を丸めたただの事務員の様だが、その眼光は獲物を射抜く鷹のようだった。

「あー」

 検査官が言葉を選ぶように短い言葉を発する。瞬間、一同の心臓は数段早く鼓動を奏でた。そして「頼むよ!」と、誰かに祈るように目を瞑った。

 だが検査官の言葉は思いもよらぬ所に向けて発せられた。

「えーと、そちらさんは?」

 少しだけ咎める様な調子を湛えた声の行く先は、レッドグースの深緑のベレー帽、その上にへばりつく様にして事の成り行きを眺めていた、人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムの少女、ティラミスだった。

「お? ティラミスは生物じゃないでありますが?」

「はいはい、入門者は全員名前を書くって言ったでしょ。誤魔化しちゃダメだよ。ティラミスさんね。はい、手続き終了。後はあっちで通行税払ってね」

 ティラミスの言葉を面倒くさそうに聞き流し、検査官はサラサラとティラミスの名を帳簿に付け加える。そしてそれが終わると、もう彼らには興味が無いようで、次の入門者に帳簿を差し出していた。

 入門受付所をを一歩出て、各々、無言でガッツポーズをキメた。

「ちゅーか、ツッコミ無しかい」

 落ち着いたところで可笑しくなって来たのか、モルトが小さく笑いながらもらす。何の事かと言えばティラミスの事だ。

 ティラミスに言わせれば、世界に7体しか無いという、非常に稀有な存在であるはずの人工知能搭載型(インテリジェンス)ゴーレムだ。隠さなかった彼らも彼らだが、特に驚きもしない検査官も検査官だ。

 まったく帝国民とやらはどれだけ大らかなのか。港街なので、珍しい物に慣れているのかもしれない。

 さて、入門手続所から数歩の場所にある徴税所にて、一人当たり数枚の銀貨を、通行税として渋々支払い、アルトたちはいよいよ本格的に街へと踏み出した。

 徴税所を出ると、まず南へ向けてまっすぐに伸びる大通りがあった。

 大通りは緩やかな下り坂で、そのずっと先に海が見える。このまま進めば港へ出るのが容易に想像できた。

「おお、いいですな。港。美味い海の幸とかありますかの」

「いいですね。海の肴をツマミにきゅっと一杯いきたいですね。私、こんな身体で飲めませんけど」

 酒樽と宝珠(オーブ)の中年コンビが思いを馳せる。

「それもええけど、アッチも気になるやん?」

 モルトが眺めるのは左手側、つまり街の北東側。そこには高台の住宅街が見えた。少し高級な屋敷が並んでいるので、おそらく裕福層が住む地区なのだろう。

「いい家に住みたいにゃ?」

「ちゃうちゃう、いい屋敷といえば、いいお酒が付き物、ちゅーことや」

「おー、にゃるほど」

 いい屋敷にいいお酒があったとして、それがモルトとどう関係するのか、とやや冷めた目で眺めるアルトだが、少しはしゃぎ気味の皆の気持ちもよく分かる。なにせ彼らはついに自由を手に入れたのだ。

 入門手続所を無事通れた、すなわちそれは手配書がここまで回っていないと言う事で、さらに言えば、もう追手に怯えることもないということだ。そう、アルトは解釈した。

「さぁみんな、何がしたい? 何でもできるぜ? なにせオレたち、自由なのだから」

 まるで深夜の通販番組に出てくるムキムキ外国人のような、胡散臭いほどの満面のキメ顔で言うアルトに、みな一様に頷いた。どの顔もやはり胡散臭いほどの笑顔だ。

「とりあえず祝杯やね。おちゃけ。これ、絶対」

「肉! 温かい料理が欲しいですぞ!」

「お茶とお菓子が食べたいであります」

 出てくる希望は食欲系ばかりだった。と言うかこの話、街に入る前もしたな、とアルトは笑いをもらす。

 なにせクンバカルナ平原では、酒も、温かい食事も、お菓子も、どれも満足に摂取できなかったのだから仕方ない。

 浮遊転移基地(ラズワルド)で手に入れたブロック状の非常食のおかげで、身体の飢えは全くなかった。さすがティラミス曰くのバランス栄養食だ。しかし、腹は膨れるが口の中がパサパサになるその食料は、心を酷く飢えさせた。

 と、そういえば一人だけ無言の仲間がいる。ねこ耳童女のマーベルだ。

 怪訝に思い、アルトは背丈が小さいその仲間を探す。彼女は大きな欠伸をしながら、目抜き通りでもある大通りの、とある店を凝視していた。どうやら寝具店らしい。

「アタシはふかふかのベッドで寝たいにゃ」

 それを聞きつけ、すべての仲間は高いシンクロ率にて頷いた。

「よし、それじゃまずは宿探しとするか。今後の予定はそれから考えようぜ」

「いやアルトさん、そこはほら『冒険者の店』を探しましょうよ」

 マーベルの手元に鎮座する薄茶色の宝珠(オーブ)に言われ、アルトはふむ、と頷く。

 長い逃亡生活でつい自分を見失っていた。そうか、そういえばオレたち犯罪者じゃなくて冒険者だった。

 ちなみにこの世界にきてすぐ、戦闘が怖くて冒険者を辞めようとした事もある。

 しかしそんな情けない事案はもう忘れた。申し遅れたが、アルトももう、まがりなりにも5レベルの『傭兵(ファイター)』なのだ。

 実は浮遊転移基地(ラズワルド)の一件や、レナス教会警護隊本部留置所からの脱出および荒野の戦い、そしてクンバカルナ平原で繰り広げられた冒険が、彼らに幾らかの経験値をもたらしていた。

 ゆえに彼らの身体は、もうニューガルズ公国にいた頃の貧弱な彼らではない。というのはもちろんアルトお得意の慢心込みの査定である。

「よし『冒険者の店』を探しに行こう」

「おー」

 声をそろえて拳を挙げる面々。自由な未来の予定帳は今のところはまだ真っ白。別れたままの仲間の捜索など、もちろんやることはあるけれど、それにしてもこれからは追手を気にせず自由に予定を組めるはずだ。

 だがしかし、幸か不幸か、この直後に彼らの予定は一つ埋まる。

「もし、そこの冒険者さん」

「はい?」

「レギ帝国西部方面軍所属、ボーウェン治安維持隊の者です。えーと、ニューガルズ公国から来たご一行さんですよね?」

 予定をもたらしたのは丁寧な口調の帝国軍人だった。

「お手数かけますが、ちょっと詰め所まで来てもらえませんかね」

 思わず硬直する面々。アルトはなんとか捻り出すように声を出す。

「え、今?」

「ええ、我々も無用なトラブルは避けたいもんで。できればすぐ」

 ニッコリと営業スマイルを全面に押す、その帝国軍人の手には、見覚えのある4枚の似顔絵が下げられていた。

 すなわちそれは、ラ・ガイン教会の印入り指名手配書である。

「短かったな。さらば、オレの自由」

 アルトは涙を落とさぬ様に、ゆっくりと水色の空を仰ぐ。初夏の爽やかな風が、彼を慰めるように頬をなでた。

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