12荒野の決闘
「思ったより早かったやん」
レッドグースにより開けられた鉄格子をくぐり、受け取った自分の荷物を確認しながらモルトが問う。と言っても、これは世間話並みの軽口だ。
レッドグースも判っているので、恩に着せるでもなく軽く返す。
「街は法王暗殺のニュースで大騒ぎですからな。潜入も簡単でしたぞ」
「知らぬ間にこの島も、人間が増えたでありますなー」
アルセリア島はその昔、古エルフ族が栄える島であった。大陸で大魔法文明が栄えていた時代の話である。
レッドグースの肩に乗った、小さな人工知能搭載型ゴーレムの少女ティラミスは、その当時に生まれ、それからずっと空を彷徨っていた。その為、現在のアルセリア島を見るのは初めてだったのである。驚くのも無理はない。
「おい、早く逃げようぜ。ノンビリしてると看守とか来ちゃうんじゃないか?」
いち早く装備を整えたアルトは、その堂々たるサムライ風体に似合わず、ビクビクと周囲を見回す。アルトにしてみれば、この脱走行も「いつ見つかるか」と思うと気が気でない。
なのに他の者たちと来たら、裏腹に落ち着き払った様子なのだ。
「ここは教会警護隊隊舎の地下ですからな。向うは『簡単には逃げられない』と思っているようで、警備はザルでしたぞ。よほど大きな音でも立てなければ大丈夫でしょうな」
そういうものか、とアルトは納得して少し落ち着きを取り戻す。それでも暫定的に『死罪確定』などとと言われているので、ソワソワは完全に止まりはしないのだが。
「しかし法王暗殺って、やっぱりスゲー大事だよな?」
「まー、そうやろね。しかもウチらが犯人やし」
ニューガルズ公国内にて、最大の宗教組織がラ・ガイン教会だ。その最高位にいる法王が、病死などの自然死ではなく暗殺されたと言うのだ。しかも、教会警護隊と言う、大規模な軍事組織まで要する団体の指導者である。
近年稀に見る大事件と言えるだろうし、その犯人となれば、島内にその名を轟かせかねない大悪党である。
そしてその容疑者が彼らだ。
「やめてよモルトさん。冗談じゃない」
平和な日本で生まれ育ったアルトなどは、想像もつかない恐ろしさに、身震いが止まらぬほどだ。
「ちゅーか、ホントの犯人はあんたのボスやろ」
気持ちも判らなくはない、という様子で、モルトはひとつ溜息をつくと、一行を少し離れたところで遠巻きにしている銀髪の少女ナトリに声をかけた。
ナトリは間髪いれずに頷いた。
「大正解。正解者にはアタミ2泊3日ご招待」
「え、マジ? てか熱海? え?」
モルトの隣で聞いていたアルトは大混乱だ。
まさか、と言うほど推理していたわけではないが、目下の敵であるあの『魔術師』が、そこまで大きな黒幕だとは思ってもいなかった。
さらに熱海などと言う、元の世界の定番温泉地の名前まで飛び出せば、アルトの脳内は感嘆符と疑問符でいっぱいだ。
「熱海、知っとるの?」
つい温泉好きな女子大生の血がざわめいたか、モルトは黒幕の話よりそっちに興味がそそられた。だが、残念ながら、ナトリは平然と首を横に振る。
「知らない。ボスがたまにそんな言い方するから、真似ただけ」
「そーなんかー、ちぇ」
ナトリが熱海を知っていたからといって、特になんて事もない訳だが、行った事ある観光地に、別の地で知り合った誰かも行った、なんて話は、なぜだかうれしいものだ。そんなうれしさを感じ損ね、モルトは口を尖らせた。
「ささ、いくら警備が鈍いとはいえ、ノンビリしすぎるのも良くないでありますよ」
なんだか弛緩した雰囲気を感じ、ティラミスはやれやれ、と新しい仲間たちを促す事にする。その言葉に、各々は改めて身を引き締めて頷いた。
「では脱出に取り掛かりますぞ。えーと、アレは誰が持ってましたかな?」
『盗賊』でもあるレッドグースが取り仕切るように、その場の面々を見回す。その中でもアルトだけは『アレ』に心当たりが無く、キョトンとしていた。
「アレってなん…」
「アタシにゃ」
アルトの『なんだよ』を途中で遮り名乗り出たのは、ねこ耳童女だ。マーベルは、いかにも自信に満ちた表情で、自らのバッグを漁り、目的の物を高々と掲げた。
皆の視線が集中する中、その手によって晒されたのはいったい何であったか。
それは見慣れた薄茶色の宝珠だった。
「GMじゃねーか」
「間違えたにゃ」
「そんなに見られると照れますね」
仕切り直しと、マーベルはバッグを漁る。しばらく眉をひそめたりしながらごそごそとかき回し、再びその手に目的の物を捉えると、さっきの失敗など無かったかのように、自信満々に掲げなおした。
それは手の平サイズの真っ青な宝珠だった。
「…オリュバスの転移宝珠」
その宝珠を見たナトリの呟きに、アルトはハッとして真っ青な宝珠を見つめた。そういえば、ナトリに連れられて行ったあの館で、彼女が持っていた宝珠とそっくりだ。
「さくら肉の置き土産にゃ。あと一回、転移できるにゃ」
それは魔界へ帰る悪魔オリュフェスが『三つの願い』の最後に、と残した物だった。
「さぁ、その宝珠の力を解放してくだされ!」
承知した、とばかりにマーベルは力強く頷く。
「いっくにゃー。ほあぁぁぁ…はーっ」
細い脚を肩幅に開き、マーベルは気合を込め、真っ青な宝珠を両手で改めて掲げた。
しかし、何も起こらなかった。
薄暗い地下は再び寒々とした空気に包まれ、一同の時はこの瞬間で止まってしまったかのように思われた。
静寂が流れ、黙ったままの仲間たちを、マーベルはゆっくりと振り向く。
「これ、どうやって使うにゃ?」
「そこからかよっ」
「ゲームやったら『使います』『はい』で済むんやけどなぁ」
沈黙は苦笑いへと変わり、地下牢は微妙な空気に包まれるのだった。
「ナトリ殿は確か撫でておりましたな」
数日前の記憶を掘り起こしながら、レッドグースが顎鬚を撫でる。マーベルは早速、手にした真っ青な宝珠を、記憶通りに撫でてみるが、やはり何も起こらない。
そんな様子に、記憶にある宝珠の持ち主ナトリはゆっくりと首を横に振る。
「あれは魔法陣とセットの、屋敷の付属物。だからちょっと違うと思う」
似てて非なるモノ。似ているなら使い方も似ていたっていいじゃないか。などとマーベルは頬を膨らますが是非も無い。『使い方』と言われて、他にすぐ試せる方法を思いつかない一同もまた、眉根を歪めた。
「もしかして、ティラミスさんは知ってるんじゃありませんか?」
そんな中、先ほどマーベルによって転がされた、薄茶色い方の宝珠が問いかけた。床上で、光の加減の為か顔をかしげているようにも見える。もちろん、ただのつやつやした球体で、顔も何もないのだが。
その問いに、レッドグースのベレー帽にしがみ付いた小さな少女は得意げに頷いた。
「はい、であります」
「え、マジ? 『アナライズ』スキル持ちだったの?」
アルトの表情が一瞬華やいだ。
『学者』のスキルのひとつである『アナライズ』は、あらゆる物品の使用方法や価値を、文字通り鑑定することができる。本来、この一行においては、カリストが持っているスキルであるが、残念ながらその恩恵に与ることができず、大変な不便を何度かしている。その為、もしティラミスが『アナライズ』の使い手であれば、今後も何かと便利になるだろう。だからこその笑顔だった。
だがティラミスの返事は、期待とは少しズレた物だった。
「いえいえ、ティラミスの職業は『魔法工学士』であります。なので魔法の物品のみ鑑定できるでありますよ」
「まきにすとって、そんなんあった?」
みな一様に首を傾げるが、その疑問に答えるのは、薄茶色の宝珠である。
「NPC用の、というかティラミスさん専用職業みたいですね」
「そうであります。えへん」
その職に誇りがあるのか、ティラミスはベレー帽の上で胸を張るのだった。
「なんだ、そんなら早く言えばよかったのに」
それはアルトが口にした言葉だったが、マーベルやモルトも同様に思っていた事案だった。だが、薄茶色の宝珠もレッドグースも当たり前と言った顔できょとんと3人を見回した。
「隊内のNPCに動いてもらう場合は、その都度、指示を出さなければいけませんよ」
「そういうもんか」
「そういうものですな」
釈然としない表情ではあったが、アルトはひとまず自分を納得させる。
普段のめぐるましい日々に、ついつい忘れがちではあるが、この世界はTRPG『メリクルリングRPG』のルールに縛られた、酷く歪んだ異世界だ。
また、よくあるTRPGのお約束事も、この世界の法則として作用するようだった。
これまでも何度かそうした理不尽に出会ったが、世界がその様に回っているのならば致し方ないのである。
実際、ゲームとして考えればごく当たり前の事だ。
せっかくPCがいるのに、NPCが率先して事件を解決してまわっては、ゲームをやっているのか、物語を読んでいるのかわからないだろう。
「ま、いいか。じゃぁ早速、その使い方を教えてくれよ」
「教えるにゃ」
それはそうと、今、優先すべきは、この留置所からの脱出である。アルトは、胸に去来する様々な疑問やモヤモヤをひとまず棚上げすることにした。マーベルに至っては、少しもモヤモヤしていない様子だ。たぶん何も考えてない。
各々に聞く準備が出来た、と判断したようで、ティラミスは少々勿体つけるように周囲を見回し、腰に手を当てて言い放った。
「宝珠を叩き割るでありますよ」
一同はいっそう眉根を歪ませた。
パリーンという甲高い音が石壁に反響し、この狭い地下階に鳴り響く。馬頭の悪魔オリュフェスの置き土産である真っ青な宝珠を、マーベルが床に叩きつけた音だ。
非力な細腕から繰り出した、さほど強烈でないスイングだったが、それでも宝珠はいとも簡単に砕け散り、細かい破片は四方八方へと規則的に飛ぶ。その飛散ぶりは魔法的というかCG的というか、とにかく自然ならざる動きで床に幾何学模様を描き出したかと思うと、途端に青白い光を放った。
なにあろう、ここ数日で何度も見た、魔界にて20の軍団を率いる悪魔公オリュバスの一族を示す魔法陣である。
宝珠の破壊音は、思ったより大きく響いたが、その後、破片が繰り広げた光景に、一同は思わず固唾を呑んだ。
「ふっはっはっはっはっは」
床に描き出された青白い光の魔法陣は、一瞬渦を捲くように歪んだかと思うと、その中央より光を掻き分けて笑い声を発する。低くも良く通る声だ。否、笑い声を発したのは魔法陣にあらず。その声の主はまるで魔法陣から生え出すかのように、その中央に堂々と現れた。
その体躯は2メートルを越し、筋骨隆々の黒光りした上半身を晒した馬頭の悪魔オリュフェスだ。彼は上機嫌に両の腕を胸の前で組み合わせ、なにやら見慣れぬ長細い包みを持っていた。
「別れて差ほども経たずに早速であるな。ま、我も仕事は手っ取り早い方が良い」
オリュフェスは鷹揚に頷き、その長く切れた馬の口の端を笑いに歪める。アルトたちにすれば、すでに見慣れた物であったが、ナトリだけは少し冷や汗を垂らして後退った。
実のところ、ナトリはかの遺跡の全容を知らない。
とにかく屋敷にあった転移の魔法陣が一方通行で、行き先の遺跡が脱出不能である、と言うことだけを、以前にボスから伝えられたのみだった。
なのでまさか悪魔公の眷属そのものがこの場に現れるとは、予想もしていなかった。
もちろん、これまでにも彼女のボスと共に、数々の修羅場を乗り越えてきた。魔族と対峙することもなかった訳ではない。
だがオリュバスの眷属ともなれば話は別だ。
ひとたび敵として暴れ出せば、この島などひとたまりもないだろう。そういうクラスの悪魔なのだ。
「さぁ、最後の望みを言うがいい。何処へなりとも運んでやろうぞ」
その悪魔が大きな口を開く。馬と言えば草食動物だが、その馬頭はまるで肉食獣のように鋭く尖った歯を持っていた。
その時だ。宝珠の割れる音か、オリュフェスの高笑いを聞きつけたか、看守役の『警護官』が上階より現れた。
「何事だ!」
うだつの上がらない中年の『警護官』は、まず腰の差し料である『両刃の長剣』に手をかけてアルトたちを見回し、後に馬頭の悪魔にその視線を奪われた。
ギョロリと真っ赤な悪魔の視線が、自らの視線と合う。瞬間、その『警護官』は顔面を蒼白に変え、転がり落ちるように階段を昇り戻った。
「で、であえ、魔物だ、悪魔だ。誰かー!」
看守としての責任感と自分の命の狭間で、『警護官』は上階を駆けずり回っているようだ。
「まずいですな。じきに教会警護隊がなだれ込んできますぞ」
いち早く察し、レッドグースが言葉を促すようにアルトを省みる。が、突然の事にアルトの脳裏は真っ白で、良い考えなどもはや何もでてこない。
「とにかく、どこでもええから転移せんと」
「えーと、そにょ、もーっ、この世界の地理とかわからんにゃ」
そうなのだ。彼らはこの世界で生まれ育ったわけではない。つい数ヶ月前に、何の準備も無くやってきてしまった。その為、未だこの世界の地図も曖昧にしか憶えていない。咄嗟に『何処でもいいから』などと言われても、都合のいい地名など、ほいと出てくる訳がなかった。
慌てるあまり、地下の空間を混乱が支配する。アルトは頭を抱え、モルトはしきりに上階と仲間を交互に見やり、マーベルは答えを求めて自分のカバンを漁った。レッドグースは落ち着いて『早く早く』と囃し立てていた。
そこにスルリと滑り込むように、馬頭の悪魔に接近する者があった。か細い銀髪の少女ナトリである。
上階から『鎖帷子』の一団が接近する音が、次第に大きくなる中、彼女は、先の動転より回復した面持ちでオルフェスにささやいた。
「行き先は『クンバカルナ平原トラウ荒野』」
アルトも、モルトも、マーベルも、その声を聞いていなかった。だが、オリュフェスは真っ赤な目を細めて、その言葉に頷いた。
「では諸君。良い旅を。さらばだ」
オリュフェスがたてがみを振り乱すように嘶き、床に散らばった真っ青な宝珠の欠片が再び光を放つ。その途端、各々の足下に小さな魔法陣が現れ、まるで底なし沼のように彼らを飲み込み始めるのだ。
混乱はあったものの、これで脱出はほとんど成った、とアルトやモルトは沈み行く中、ホッと胸をなでおろす。
「おお、忘れるところであった。そこな兵児よ」
すっかり見送る瞳であったオリュフェスが、ふと思い出したようにアルトを振り向く。こちらもすでに別れのつもりで小さく手を振ってたアルトは、急な指名に思わず目を丸くする。
「へご、って、オレ?」
戸惑うアルトに、馬頭の悪魔は有無を言わさず、持っていた長細い包みを投げてよこす。すでに半身以上を魔法陣に飲み込まれていたアルトは、慌ててその包みを受け取るが、包みは想像していたより重く、危うく取り落とすところだった。
「以前、我が部屋を訪れた人間が置いていった物よ。海での詫びに遣わす」
アルトは浮遊転移基地にあった、オリュフェスの部屋の隅に積まれていた粗末な麻袋を思い出し、静かに合掌するのだった。
突如、宙に現れた小さな魔法陣からぺっぺっぺ、と吐き出されたアルトたちは、そこが赤い岩だらけの荒野であることに気付いた。
着地した時に付いた砂埃を払ってみるが、常に吹き続ける風に運ばれた砂が、瞬く間に彼らの服や鎧を汚す。
「助かったみたいだけど、ここはどこだ?」
ひとまず、自らの装備品や、先にオリュフェスから受け取った長細い包みを確認し、アルトは頭を掻く。背伸びしてなるべく遠くを見ようと試みるが、どう足掻いてもその風景は初めて見るもので、それが何処であるかを知る参考にはならなかった。
「うーん、誰かデュマピック持ってへん?」
モルトが半分独り言のように言ったのがアルトの耳には入ってきたが、何を言ってるのかわからなかったので、聞こえなかった事にする。
さて、他の連中はどうしているだろう。
遠くを見る視線から視点を近くへ戻し、アルトは仲間の姿を探した。モルトはすぐ近くで、アルトと同じ様に周囲を見回していたが、マーベルとレッドグースはなにやら2人でごそごそ相談しているようだった。
少し興味を引かれたが、それよりも気になるのが、かの銀髪少女ナトリだ。
彼女はいったいどこへ行ったのだろう。もしかしてあの場に残ったのだろうか。
視界にナトリを見つけられなかったアルトは、ホッとしながらも少し残念そうに、そう結論付けようとした。だが、それは間違っていた。
「はーっはっはっはっは」
風の切る音にかき消されそうな程度の大きさで、文字面に反して酷く平坦な調子の笑い声がアルトたちの頭上から降り注いだ。
「なにやつ!」
切り返すように声を上げたのはモルトだ。
実際、アルトにもモルトにも、その声の主はわかっていた。その低そうなテンションも平坦な調子も、ついさっきまで聞いていたのだ。
なのでアルトは『付き合いいいなぁ、モルトさん』と、少し呆れ気味に振り返った。
笑い声の方角には岩がそびえていた。長い年月、風と砂に晒され続けたような、高さ3メートルに届きそうな、赤黒い大きな岩だ。
その岩の上に、声の主、銀髪の『精霊使い』ナトリがいた。
「いろいろ想定外だったけど、それももう終わり」
彼女はいつもの無表情からそう言い放ち、銀の刺繍を織り込んだ『長衣』の袂から、なにやら白い塊を取り出し、宙へと放った。
「そろそろ、死んでもらう」
ナトリの不吉な宣告と共に投げられた白い塊は、アルトと岩のちょうど中間に落ちる。塊は2つ。
「行け、獣骨兵。ここにいる、私以外を殲滅せよ」
一見、何の変哲もない白い四角い石に見えた。が、すぐにその考えが間違っていた事を思い知らされる事になる。
地に落ちた白い塊が、突如として隆起し、見る見るうちに人型を成すではないか。
それは骸骨の剣士。長い片刃の直刀、それでいて刃の面は円月の流線を描く『幅広の直刀』を構えた、名を改め獣骨兵という。浮遊転移基地で苦戦を強いられた、あの骨のゴーレム。しかも2体だ。
『獣骨兵』は魔獣の骨から削りだした欠片を使い、骨のゴーレムを生み出す8レベルの緒元魔法だ。
一度、欠片に魔法をかければ、後は決められたキーワードにより、誰でも骨のゴーレムを呼び出すことが出来る。
獣骨兵は呼び出した者の命令に、破壊されるまで従事する。また、命令の上書きは出来ない。
基本は戦闘用で、戦闘や歩哨などの命令以外には理解を示さない場合が多い。
アルトはあの薄暗く狭い場所で、何度斬りつけてもかわされた記憶を苦々しく思い出しながら身構える。強敵だが、やるしかないのだ。
だが苦い記憶に支配されない者もいる。いつの間にかアルトのすぐ後ろまで来ていたマーベルだ。
「そう来ると思ってたにゃ。GM、戦闘前に勇気の精霊召還にゃ」
「承認します。いいタイミングです」
高く掲げた右手の先、宙に忽然と現れたのは、六角形の図形だ。そして姿を見せる拳ほどの大きさの蜜蜂。『精霊使い』の求めに応じた勇気の精霊である。
『精霊使い』は使用する精霊魔法に合わせた精霊を召還しなければならないのだが、それには約10秒、すなわち1ラウンドを要する。その為、戦闘中だと召還だけで1回分の行動を使ってしまう計算となる。
だが獣骨兵の登場シーンに召還を被せたおかげで、マーベルは1ラウンド分、時間を得したと言えるだろう。
「さぁ戦闘フェイズに入りますよ」
薄茶色の宝珠の言葉で、緊張に満ちた空気が周囲を支配する。岩の上のナトリと獣骨兵2体とアルトたち一行。互いに戦いに臨む体勢だ。
「『アインヘリアル』にゃ」
「承認します」
戦闘フェイズのトップを切るのは、疾風の如き敏捷を誇るケットシーの少女、ねこ耳のマーベルだ。
彼女の叫びが承認され、呼び出された勇気の精霊は、その小さな昆虫の羽をはばたかせた。舞い上がった美しい黄金の鱗粉が、アルトたちの頭上に降り注ぐ。
「よし来た来たー!」
金色の霧にも似た細かい粒子が、アルトの頭に、肩に、その腕に染み入るかのように消え行く。すると苦々しい苦戦の記憶は次第に薄れ、挫けぬ勇気が沸き起こった。
「モル姐さん、『ブレッシング』頼むにゃ」
「おっけー」
続いてマーベルと隣り合わせたモルトが両手を掲げる。
「『ブレッシング』」
「承認します」
その直後、高く掲げられた両手から、紙吹雪にも似た光のシャワーが仲間たちの頭上へと降り注ぐ。そして荘厳な鐘の音が脳裏に鳴り響いた。モルトの主であるキフネ神による祝福の鐘だ。
「よっしゃー、これで勝つぜ」
勇気と祝福に背中を押されたアルトが、抑え切れぬ湧き上がった情熱に咆哮を上げる。が、彼がその得物を振るうより早く、ナトリが銀の袖を振るった。取り出したるは何の変哲もない1本の矢だ。
「『シルブンシュート』」
いつの間にかナトリの傍らには、風が渦巻き集っていた。ナトリに使役されている風の精霊である。
その風がナトリの言葉に応える様に、掌から矢を取り上げて舞い上げた。かと思うと、矢は突如としてアルトを強襲する。それはまるで熟練のスナイパーが放つ、鋭い射撃のようだった。
矢は真っ直ぐにアルトへと飛び、避ける事も許さず彼の左肩に深々と突き刺さる。
『シルブンシュート』は5レベルの精霊魔法に属する攻撃魔法だ。
風の精霊に何の変哲もない矢をコントロールさせ、目標に鋭い一撃を与える。その狙いは外れる事が無く、矢による物理攻撃として作用する。
『鎖帷子』に付属する粗末な肩当を貫き、肉を裂く音と焼けるような痛みがアルトに伝わる。しかし、猪さえも止めそうな鋭い矢は、アルトの気勢を削ぐには至らなかった。
アルトは矢を肩に刺したまま、手にした刀を八双に構える。
「アル君、その刀!」
モルトは仲間のサムライの、見慣れた臨戦の構えに違和感を感じ、その元凶に気付いて声を上げた。サムライの右肩付近に構えられたその刀が、いつもの『無銘の打刀』ではなかったのだ。
「さっきオリュフェスに貰ったヤツさ。コイツはスゲーぜ」
馬頭の悪魔が別れ際にアルトに渡した長い包みの正体がそれだ。長さこそ『無銘の打刀』と同様に1メートル弱だが、刀身の反りは浅く、その身幅は広く重ね厚い。まるで鉈と例えても頷ける、まさしく剛刀だ。
「いくぜ、秘剣『ツバメ返し』!」
「スキルの使用を承認します」
その瞬間、アルトの身が神速を得たかのように、目に見えぬ歩法で獣骨兵へとにじり寄る。
もちろん寄っただけではない。全てが流れるような動作で、八双に構えられた剛刀が袈裟懸けに振り下ろされた。これを交わす者はなかなかの使い手と呼ばれよう。
だが獣骨兵も然る者である。骸骨の眼孔の奥がキラリと光り、繰り出された神速の一撃をほんの一歩後退して避けるのだ。流石に一筋縄ではいかない。
しかしアルトの剣もここで終わりではなかった。
袈裟懸けに振り下ろされ、地面の砂をかすめた剛刀が瞬時に反転する。0.19秒という速度で斬り返された刃は、一撃を避けた獣骨兵を下から斬り上げ、その右足から駆け上がるようにざっくりと、まさに真っ二つに分断した。
秘剣『ツバメ返し』である。
『ツバメ返し』は『傭兵』の中でも、サムライが取得できる剣撃用のスキルだ。
上段から斬り下ろした刀を地面スレスレで返し、逆袈裟懸けにて敵を奇襲する技で、命中率とクリティカル値を上昇させる効果がある。
ちなみに『燕返し』といえば、剣豪・佐々木小次郎が有名だが、彼の『燕返し』がどのような技であったか、諸説がありハッキリしない。
なので『メリクルリングRPG』における『ツバメ返し』は佐々木小次郎の『燕返し』とは、同一ではない、とここで断っておこう。
まさかの一撃、まさかの一刀両断に、そこに集った誰もが息を呑んだ。
その剛刀による剣撃を放ったアルトでさえも、である。
後に知ることになるのだが、その剛刀、兜割りの異名を持つ『胴田貫』と言った。




