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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#02_ぼくらの逃亡生活

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26/208

11こちらレナス教会警護隊本部留置所

 教会警護隊は巨大な軍事組織だ。

 ニューガルズ公国西にある聖都レナスを発祥とする『ラ・ガイン教会』に属する、いわば僧兵部隊のような物だが、その兵数は国軍の半数と同等である。

 その為、ラ・ガイン教会の誇る権益は、ニューガルズ公国内において、王家以外に並ぶ者がない。

 ただニューガルズ公国有事の際には、国軍と協力して国難に当たることが取り決められている為、脅威となる事はない、とされている。




 その、教会警護隊が、海を背にしたアルトたちを取り囲んでいた。その数、18人。

 夕暮れはとうに過ぎ去り、紺の帳がすっかり空を覆い、彼ら教会警護隊の掲げる松明(トーチ)の炎が風に揺らめく。

 距離はいまだ数十メートルあるが、等間隔に並んだ教会警護隊の面々は、徐々にその環を縮めている。接敵までは時間の問題で、またこの包囲からの逃亡は困難だろう。

「まいったな、ついに捕まるのか」

 条件反射で『無銘の打刀』に手をかけるアルトだが、その言葉は弱気である。いくらそこそこのレベルを手に入れた彼らでも、文字通り海を背にした『背水の陣』で、この多勢に無勢では如何ともし難い。

「ぐぬぬ、逃げ道がないにゃ」

 未だ諦めていないマーベルは、しきりに視線を巡らせる。が、包囲網には隙がない。どこか一点突破を謀っても、すぐさま等間隔に配された『警護官(ガード)』たちが殺到するだろう。

 一撃の下にその一点を打ち破れば、あるいは突破可能だろうが、それはよっぽどの実力差か運が無いと成し得ない。

「どうしますか? 戦う? 逃げる?」

「逃げる言うてもなー。どないしよう?」

 まるでコンピュータゲームのコマンド表示を例えるように、薄茶色の宝珠(オーブ)が選択肢を提示するが、現実問題、そう簡単に即決できる状況ではなかった。

 もし『逃げる』と言ったところで、囲まれているこの状況では『しかし回り込まれてしまった』という結果が出るのが関の山である。

「ここは大人しく降伏した方が良いかも知れませんな。ま、ワタクシは『ハイディング(潜伏)』しますが」

 レッドグースのサブ職業(クラス)と言える『盗賊(スカウト)』のスキルである。姿や気配を消すことの出来る隠密の技だ。

 その言葉を聞きつけたアルトは、すぐに目をむいて「ずるい」と言おうとしたが、それより先に薄茶色の宝珠(オーブ)が発した「承認します」の声により、レッドグースは闇に消えた。消えた、と言っても見えないだけでそこにいるので、文句を言えば通じるのだろうが、アルトは憮然とした表情で言葉を飲み込むことにする。今はそれ所ではない。

「ティーにゃん、がちょさんと一緒に行くにゃ」

「ティラミスの事でありますか? 了解であります」

 逃げ道を諦めたマーベルが何かに気付いた様で、すぐさま小さな声を発する。その命を受けたティラミスは素直に頷き、頭につけたゴーグルをかけると、アルトの頭から、姿を消したレッドグースへと飛び移った。

「おっさんの場所が、よくわかったな」

「えへん。秘密のゴーグルでありますよ」

「ほほう、赤線視覚(インフラビジョン)ですね。そのゴーグルで熱を視覚化する事ができるようです」

 一同、現況を忘れて感心する。この小さな新人は、なかなか役に立ちそうだ。


 さて、夕闇に紛れたレッドグースとティラミスを見送ったアルトたちは、いよいよ迫ってきた包囲の輪に、息苦しさすら感じるようになってきた。

 そんな中、教会警護隊は距離20メートル程度の場所で停止する。突入タイミングを計りかねているようだ。

「焦らすなー。来るなら早よ来ればええのに」

「このままずーっと来ないでくれてもいいにゃ」

 こうなると、額に脂汗を滲ませたアルト、マーベル、モルトの3人と、投石でも届きそうな距離に迫った教会警護隊との睨み合いである。

「なんでこの人数差で突撃してこないんだ?」

 すでに膠着状態が数分間も続いている。アルトにしてみれば、突撃されれば一瞬で終わるだろうこの状況が疑問で仕方が無かった。

 しかし教会警護隊には教会警護隊なりの理由がある。せっかく追い詰めた捕縛対象を、万が一にも逃すわけには行かない。というのがその理由のひとつだ。

 また、日が落ちる前に包囲を完了できなかったのも失敗だった。各々が松明(トーチ)を持つ教会警護隊側と違い、アルトたちは灯りを持っていなかった。そのせいで、アルトたちの細かい様子が、暗くて窺えなかったのだ。

 そこで「相手が冒険者である以上、何をしでかすかわからない」と言う気持ちが働いてしまったわけだ。

 冒険者とは、この世界の一般人にとって「何でも屋」であり「ならず者」であり、そして「得体の知れぬ流民」なのである。

 と、その時だ。教会警護隊とアルトたちの、交差する視線の間に、天から1人の少女が風に乗って舞い降りた。銀の刺繍を所々に縫い込めた、ゆったりとした長衣(ローブ)と、夜の闇の中でもキラキラと輝く銀の髪が美しく、一見、神々しくさえ見える。誰あろう、かの浮遊転移基地(ラズワルド)へアルトたちを送り込んだ張本人、ナトリであった。

「『脱出不能』は、言いすぎだった?」

 ナトリは着地の姿勢からゆっくりと顔を上げ、アルトと目を合わせて首をかしげる。その表情は、最後にアルトと別れた時と同様、なんの感情も読み取れない無表情だった。

「ナ、ナトリさん」

 思いも寄らなかった突然の再会に動揺を隠せず、さまざま混ぜこぜになった感情に、アルトは思わず数歩後退。しかしそれを押しのけるようにモルトが一歩前に出た。

「あー、あんた! アル君のど…純情弄んで、いったい今更、何の用や」

「『ど』って何だよ『ど』って!」

「ゴメンナサイ、でも私、今は恋愛とかする気が無いの?」

 モルトの言葉を受け、ナトリはさっきと逆の方向に首をかしげる。やっぱり台詞は棒読みだ。

「なんでオレ、告白したわけでもないのに振られてんだよ」

悔しげに地団駄踏むアルトの肩を、マーベルが優しく叩くのだった。

「で、結局、何の用?」

精神的に揺さぶられ、すっかり憔悴しきったアルトが、息の切れた肩越しにナトリを睨んだ。強い感情をはらんだ視線を受けるナトリは平然としたものだ。

「遺跡軟禁作戦が失敗したから、次の手を打ちに」

 以前の別れ際、アルトたちの抹殺指令を受けている、と、確かにナトリは言った。面倒だから遺跡に閉じ込めて終了とする、とも言っていた。ならやはり『次の手』もアルトたちを窮地に陥れるに違いない。

「それで教会警護隊を引き連れてきたにゃ?」

 まず現状で誰もが真っ先に思ったことを、いち早く口に出したのはマーベルである。お尋ね者のアルトたちの動きを封じるなら、彼らを追う組織に引き渡すのが手っ取り早いだろう。誰の想像にも明らかだ。

 だが、予想外に、ナトリはさらに深く首をかしげて周囲を見回す。そしてアルトたちを包囲する教会警護隊に、初めて気付いたかのように「おお」と小さく声を漏らした。

「状況把握。さらなる状況確認の為、とりあえず明かりをつける。暗いから」

「え、なんだって?」

 聞き返すアルトへの返事より先に、ナトリは光の精霊(ウィスプ)の名を呼んだ。

「『ウィスプグリッター』」

 瞬間、彼女の掲げた掌の上にまばゆい光が生まれ、やがて拳ほどの淡い光の珠が闇夜を照らした。2レベルの『精霊魔法』である。

 明りが灯った。そして、その明りを欲していたのはナトリだけではなかった。

 直後、彼らを取り巻く教会警護隊の指揮官が、その采配代わりの『両刃の長剣(ロングソード)』を振るう。

「捕縛対象()()だ。かかれ!」

 轟きを上げて迫る教会警護隊18人の足音を、ナトリは不思議そうに出迎えた。

「え、私も?」

 珍しく感情を浮かべた表情だった。だがせっかくの表情も、残念ながら誰かに見られることなく、突撃の波に飲まれていくのだった。




「気まずいにゃ」

 地下特有のひんやりとした風を頬に感じながら、マーベルは重苦しい今の空気を一言に表した。

 聖都レナスにある教会警護隊隊舎の地下留置所である。ラ・ガイン教会に対する重大な罪を犯し、教会警護隊に捕縛された者が一時的に拘留される施設だ。

 この施設に入れられた者は、後に教会裁判によって裁かれる。

 その拘留所の一室。鉄格子を嵌められた石造りの薄暗い部屋に4人はいた。アルト、マーベル、モルト、そしてナトリである。

 抹殺を目的に近づいてきたナトリが一緒である。しかも数日前に騙し騙された仲でもある。そんな相手と同じ部屋で、沙汰を待つ身だ。

 教会警護隊によって逮捕されてからすでに一晩が経過し、今は次の日の午前である。朝飯として供された粗末なパンと水をいただき、いよいよもってやることがない。

 そんな訳で気まずくなるのも仕方が無い。アルトなどは気まずさが頂点に達したのか、部屋の隅で、床のへこみを一心に撫でている。

 なので今は女性陣の3人が、鉄格子から覗ける廊下を向いて、並んで座っていた。

「なんであんにゃも捕まったにゃ? 仲間じゃなかったにゃ?」

 気まずいからと言って、いつまでも押し黙ってるのは性に合わない。マーベルは話題のネタに、とまず疑問を投げかける事にした。

「あんにゃ、教会とグルだったにゃ?」

「確かに、ボスは教会上層部の一部と手を組んでいる。でも、末端は知らない」

「素直やな」

 口を割るまでもう少し粘るかと思いきや、訊かれた問いを答えるに、何の躊躇も感じない。モルトは思わず驚きの声を上げた。

「別に、ボスからは口止めされてない」

 モルトたちの驚嘆を理解してか、銀髪の少女は無感動に口元を動かす。案外、おしゃべり好きなのかも知れない。

 それなら、と、マーベルは「気まずい」などと思うのを止める事にした。ナトリに、敵味方の余計な対抗心がない以上、こっちが気にしても仕方が無い。

「ボスって何者にゃ。何が目的にゃ」

 ナトリは少し考えてから答える。

「私も詳しくは知らない。特技は|他人の身体を乗っ取るボディキャプチャー。その特技で800年位生きてるらしい」

「怖っ、800年って、もはや人間やないわ。ちゅーか、アンタもよう知らん人に、何で付いてるの」

「私は戦災孤児だから。私を拾ったボスは、いわば所有者」

「え…」

 思いがけず飛び出した重い話に、2人は絶句してしまった。だが当のナトリは代わらず無表情のままだ。

 モルトは重い空気を何とか払拭しようと、言葉を捜す。

「なんや、辛い思いしてるんやなぁ」

「そうでもない、これでも結構楽しくやってる」

 しかしナトリの返答には、いくらも暗さを感じなかった。この変わらぬ表情は、むしろ能天気さを感じさせないでもない。

「ほーか、ならええけど」

 あまりに拍子抜けな返答に、もしかすると逆に気を使われてしまったのだろうか、とモルトは妙な気持ちになった。ナトリの個性によるのだろうが、立場次第では割と仲良くなれるような気もした。

「ボスに乗っ取られてるカーさんはどうなってるにゃ?」

 続いてマーベルは、彼女らの旅の目的の一つでもある、核心を訊ねる。マーベルが『カーさん』と呼ぶカリスト・カルディアは、彼女らと同様にこの異世界へやってきた。だがその後、ナトリのボスなる『魔術師(メイジ)』に身体を乗っ取られたのだ。そして今もなお、『魔術師(メイジ)』はカリストの身体で、この世界のどこかを跋扈している。

「肉体的には元気。精神的には…意識はあると思う。ボスが解放すれば、問題ない」

「でも解放する気はないんやろ?」

「ない」

 マーベルとモルトは回答を得て深く溜息をついた。結局、カリストを取り戻すには、かの『魔術師(メイジ)』と対決するしかないのだ。しかもただ戦って勝つだけではなく、何とかボスとやらを引き剥がさなくてはならない。問題はまだまだ山積みだ。

「で、結局、ボスってなんなんにゃ」

「私の推測では、遥か異世界より飛来した、実体を持たない精神生命体。イスの偉大なる種族」

 それはナトリの推測でしかなかったが、あまりの得体の知れなさに、モルトはひっそりと息を呑むのだった。


「死罪を目前にして、あなた方はなかなか余裕がありますね」

 しばしの無言がまた続く中、格子の向うの薄暗い通路から何者かが語りかけてきた。同時にカツカツという足音も響き始める。

 若い男の声だった。留置所の看守だろうか。足音が次第に大きくなる事を考えれば、すぐにでもその姿を見ることが出来るだろう。だが、すでに退屈に飽き飽きしていた3人娘は、首を伸ばして暗闇に目を凝らした。

 高い位置にある小窓から注ぎ込む、か細い太陽の光に照らされ、声の主はいよいよその姿をモルトたちに晒した。

 それは17、8位の年頃の、亜麻色の髪をした少年だ。そして少年は、その柔和そうな顔立ちを、嫌悪に歪めていた。

「あ」

 『死罪』という不吉な言葉に反応して、ひっそりと様子を窺っていたアルトが、その顔を拝して思わず声を上げる。そして少年もまた、驚きの表情でアルトの声を出迎えた。

「あ、あなたは街道で会った…」

 亜麻色の髪の少年の言葉に、バツが悪そうにアルトは目を伏せる。そう、彼はあのナトリと出合った街道ですれ違った、教会警護隊の若い『警護官(ガード)』であった。

 少年は嫌悪の表情を悔恨へと変える。

「そうかあの時、もっと疑っておけば、猊下を失わずに済んだと言うのか」

 視線を伏せて後悔に打ち震える少年をよそに、マーベルが小声でお隣のモルトに尋ねる。

「猊下ってなんにゃ」

「宗教の偉い人を呼ぶ敬称やな。ウチらの世界で言えば、ローマ法王なんかに付けられるやっちゃ」

「え、オレたちの容疑って、司祭殺害だろ? 司祭ってそんなに高位なのか?」

 モルトの返答に驚いたアルトは、つい大声を上げた。ナトリは煩いと思ったのか、我関せずと耳を塞いでいる。

 そしてアルトの言葉を聞いて、亜麻色の髪の少年は激昂した。

「とぼけるのか悪党め! あなたたちは徳高きウッドペック師を殺害したばかりか、巡礼に来ていたランドン老師までも手にかけたではないか。恥を知れ!」

 亜麻色の髪の少年の怒声が、狭い地下牢に響き渡る。そのあまりに激しい敵意に、アルトなどは、小さい心臓を縮み上がらせた。

「ウッドペックもランドンも知らんにゃ!」

 言われてばかりは性に合わぬと、対抗して声を荒げるのはマーベルだ。だが姿がねこ耳童女なだけに、迫力不足である。猫好きから見れば微笑ましくもあるだろう。

「いや、ウッドペックさんは知っとるやろ。アルパの司祭さんや。でも確かにランドンさんちゅーのは知らへんね」

 マーベルにツッコみつつ、宥めつつ、モルト自身もまた首をかしげる。アルトもやはり思い当たらず、疑問符を頭上に飛ばした。

「ランドンはラ・ガイン教会の最高指導者。現法王たる人物」

 回答をもたらしたのは、ひとり耳を塞いでいたナトリだった。いつもの無表情がこの時ばかりは、無知な3人に対する、あきれ顔に見えた。

「へー、法王ね。法王…て、本格的に知らねーよ、どっちも殺ってないって!」

 『死罪』などと言われて必死なアルトが、激昂する『警護官(ガード)』の少年に申し開きを告げる。しかし、少年は聞く耳を持たぬどころか、さらに激しく憤るようだった。

「この人でなしの悪魔め。その罪の重さに悔いながら死に逝くがいい」

 少年は最後にそう吐き捨てると、嫌悪も露にしたまま、再び薄暗い廊下の向うへと消えていった。自らの嫌悪する重罪人に『悪魔』と罵りつつも、それでも『あなた』と呼び、『罪を悔いる』と思っている辺り、育ちが良いのか人が良いのか。

 さて、現実味を帯びた『死』に、アルトはもう気が気でなく、落ち着きなく狭い牢内をうろついた。

「アル君、ちょっと落ち着きや」

 見かねたモルトが苦言を呈するが、それでも簡単に収まるものでもない。アルトは立ち止まったかと思うと、今度は頭を抱える。

「『死罪』だって? いや教会裁判が先なんだろ? じゃぁ刑はそこで決まるんじゃないのか?」

 ハッとして、アルトは思いついた希望を僅かに含んだ考えを披露する。しかしナトリは静かに首を横に振った。

「教会裁判を受けるのは元々重罪人だけ。殆どは死刑を言い渡される」

「のぉーっ!」

 アルトは再び頭を抱えて仰け反った。

「死刑だって、死ぬのか。死にたくねぇ」

「まぁ、ウチも死にたくはない」

 すでに絶望気味のアルトに対し、割と平静な反応のモルトである。マーベルもまた、同様に落ち着いた様子だ。

「やっぱりギロチンかなぁ。痛そうだなぁ。そういえばルール的にどうなんだ? ギロチン一撃で死ねるんだろうな、GM、そこの所どうなんだ!」

「GMは取り上げられたにゃ」

 当然、投獄時に荷物の殆どは没収済みである。

「まー常識的に考えて、HP(ヒットポイント)無くなるまで死ねんやろね」

「ぎゃーっ」

 想像するだけで首が痛い。思わず首を押さえて悲鳴を上げるアルトだった。

「ていうかさ」

「なんにゃ?」

「なんで2人ともそんな落ち着いてるのさ。オレたち、死んじゃうんだぜ?」

 亜麻色の髪の少年の言葉は、いわば一足早い死刑宣告だ。ナトリによれば、教会裁判にかかると言う事は、死罪同様でもあると言う。なのに、モルトやマーベルの平然とした態度が、どうにもアルトには不思議でならなかった。

「そうは言うてもなー」

「にゃー」

 そんなアルトの問いにも、2人は逆に不思議そうな表情で視線を交わす。死に臨んでの諦観と言うわけでもなさそうだ。ならばいったい。アルトは、なお深く疑問符を散らすのだった。


 カツーン


 その時、再び廊下側に、誰かが足を踏み出す音が響いた。音は続けて一歩二歩と響き、やがて暗がりからその姿を現す。

 人間の子供のような背丈に、中年のような腹回り。赤茶けた顔に切り揃えられたカストロ髭。真っ白なワイシャツ、赤いチェック柄のチョッキに深い緑のベレー帽を合わせたそのドワーフは、まさしく、『ハイディング(潜伏)』でまんまと逃亡を果たしていたレッドグースその人であった。

「お待たせしましたな。ささ、脱出しましょうぞ」

「脱出、するであります」

 手の平サイズの、飛行帽の少女を頭に乗せたドワーフは、鉄格子内にいる各々の荷物を下げてにっこりと笑った。

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