38迷宮最後の罠
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
迷宮攻略の期限は3月21日。
それは昼と夜が釣り合い、糧となる世界からヴァナルガンドに及ぼす影響が、最も高まる日だという。
迷宮攻略の途中、アスカ隊、ドリー隊、ルクス隊を加え合同4隊となった一行は犠牲を厭わず第6層、第7層の攻略を進めた。
その甲斐もあり、3月19日深夜に第7層を突破。
また同時に第1階層から第8階層への直通エレベータも発見した。
日の代わる寸前、地上へ戻った時のメンバーは、僅か4人であった。
翌日、冒険者たちは数日振りに全員揃って迷宮へ向かった。
出発時刻はいつもより少し遅い8時頃だ。
「今日が20日だから1日差で俺たちの勝ちだな」
拠点となっている教会風の一軒家を出て縦穴まで進む道中、気楽な素振りでそう言うのは、右腕と左脚がミスリル製の義肢である赤毛の魔導士エイリークだ。
「そうでござるなぁ。とはいえ、念のため今日ももっと早朝出発の方が良かったのではござらぬか?」
見た目と話し口調に似合わない少女の声で賛同するのは、エイリークを兄上と慕って付き従う、金緑色の全身鎧だ。
この鎧、ミスリル製の操作型ゴーレムで、中には手の平サイズの人形少女が搭乗している。
このプレツエルこそが本体であり、古代大魔法文明期の魔導士パーン・デピス氏の造り出した『人工知能搭載型ゴーレム』の内の一体である。
つまり、アルト隊にいる『機械仕掛け』のティラミスや、アスカ隊にいる『癒しの手』エクレア、『探索の目』クーヘンと同系の姉妹と言うことになる。
プレツエルの二つ名は『魔操兵士』。
操っているミスリル鎧型のネブゴーレムを見て察せられる通り、屈強かつ手練れ戦士並みの働きを期待できる逸材だ。
そんな彼女の言い草をたしなめる様に、厳めしい表情をした青年剣士が溜息を吐く。
「我らルクス隊は早々にリタイアしたが、昨晩遅くに帰った者には休息も必要だったろう。度を越した疲労は死を呼ぶことになる」
彼の名はルクス。
隊に名を冠する彼は、元『ライナス傭兵団』からの出向組を束ねる長兄だ。
そんな彼の言葉に、以下従う数人は「へーい」とやる気のない返事を上げた。
「1日差で勝ちっていうけど、実際のところ第8階層は1日で突破できそうなの?」
ルクス隊のやり取りを眺め、ふと不安の中からの疑問を口にするのは、アスカ隊の金髪魔法少女マリオンだ。
問われても彼女の隊の長を務める女偉丈夫アスカは、肩をすくめてそのまま質問を隣へとパスした。
回されたのはアルト隊のリーダー、サムライ少年アルトだ。
「え、オレ? いや第8階層偵察はしてないからわからねーよ」
「なんで偵察しとかないのよ」
アルトの即答に、さらにかぶせるように眉を寄せて迫る。
が、昨晩のアルトはもう疲れ果てていたこともあり、なんでと言われても理由が思い浮かばなかった。
だが、助け舟は思いもよらないところから飛んできた。
「アルトたちが帰ったのは日が変わる直前だったろう?」
そう冷静かつ冷淡な声で語るのは、白磁の美少年魔導士カインだ。
マリオンはすぐに視線の標的を彼に変える。
「それが?」
聞かれ、カインは呆れ疲れたように大きな溜息を吐いた。
「少し考えればわかるだろう。アルト隊の帰還が日を跨いでいたら、今日の探索もアルトたちだけで行うことになるんだぞ?」
言われ、「ああ、そうね」とバツが悪そうにマリオンは目を逸らした。
迷宮グレイプニルにはいくつかのルールがある。
迷宮内で死亡すると入り口門まで戻されて復活する。
一度迷宮を出た者は、その日、再び迷宮へ入ること適わず。
そして迷宮に挑戦隊がいる時、他の者は入ることが出来ない。
これが第6階層から先、数日掛けた攻略中にリタイアしたメンバーが戻ってこなかった理由である。
ゾンビアタックは許されないのだ。
「お前も『魔術師』ならもう少し頭を使え。攻撃魔法をぶっ放すだけが『魔術師』の仕事ではないぞ」
「ぐぬぬ」
追い打ちをかける様にカインが言葉を続け、マリオンは悔し気に口元をゆがめた。
正に一触即発の雰囲気に、カインが所属する隊のリーダーである黒髪の少年剣士ドリーは苦笑いで割って入った。
「カイン。なんでお前はそう辛口なんだ。すまないねマリオンさん、これで悪気はないんだコイツ」
「とても信じられないわ」
そう言いつつも、マリオンは憮然としたままコブシを引っ込めてアスカ隊の列へと戻った。
さて、まだ肌寒い春の朝の風を頬に浴びながら賑々しく歩を進めると、すぐに迷宮入り口の縦穴にたどり着く。
この穴の底に迷宮へ入るための門があるのだ。
なので皆で列をなして順番にロープで降りる。
それなりの広さがある穴底だったが、人間サイズが16人もいるとさすがに狭い。
ここからまたさらに狭苦しい迷宮へ進むのだ。
『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた門をくぐり、16人、いや小サイズも加えれば19人と猫1匹で迷宮第1階層を進む。
案内役兼前衛として先頭に立つのは、昨晩のクリアメンバーであるアルトとバッタ怪人ファルケである。
とは言え、第1階層の廊下部ではほとんど会敵することは無いので気楽なものだ。
そうしてしばらく進むと、昨晩通った一方通行のドアにたどり着く。
このドアは向こう側からしか開けない仕組みなのだが、アルトから渋々提供された脇差拵え『胴田貫』をドアストッパーにすることで昨晩から開きっぱなしの状態だ。
であるので、こちらからも通ることが出来るという訳である。
「スマン。『胴田貫』」
長く彼が戦いを共にした相棒たる『胴田貫』の変わり果てた姿に、アルトは感じ入って「うっ」と小さく嗚咽をもらして目元をぬぐった。
彼の心情を思いやり、アルト隊の面々はそこを通る時は手を合わせて「なむー」と呟いた。
ともかくそのドアをくぐると、そこに件の第8階層直通エレベーターが現れる。
アルトたち元日本人からすると見慣れた両面スライドドアは、純粋にこの世界産である面々には物珍しいようで、「ほう」などと声をもらしながらあちこちへと視線をやっているようだった。
エレベーターは昨晩手に入れた『青リボン』を持つ者だけが操作できるようなので、代表として持たされたアルトがエレベーターガール役をさせられた。
全員を第8階層までピストン輸送だ。
面倒ながらも定員6名のエレベーターではそうするしかないのだ。
「つーかオレ男ですから。ガール違うから」
憮然として呟きながらも「8階へ参ります」とエレベーターを操作するアルトであった。
全員が第8階層へ降り立ち、最後にアルトがエレベーターから出ると、そこは全員がいても狭いと感じない程度の大きな広間だった。
「それで、もう探索始めてる?」
「がちょさんとちっこいのが部屋を調べてるにゃ」
合流しつつ誰にとなく訊ねたアルトの言葉に、ねこ耳童女マーベルが答える。
彼女の言に促されて見れば、待機中の集団から離れて酒樽盗賊レッドグースと、人形姉妹の一人、『探索の目』クーヘンが壁やドアを調べていた。
あと黒猫のヤマトも何やら床をテシテシ叩いて調べているようだった。
しばらくすると彼らが戻る。
「隠しドアや罠の類は無さそうですな」
「無さそうデス」
レッドグースとクーヘンが口をそろえて報告すると、黒猫のヤマトもまた「にゃ」と短く鳴いて頷いた。
おっさん以外の「かあいらしさ」に少しほのぼのしてから一同は部屋の中に散開する。
部屋は石壁石畳で、正面に金属製のドアが一つだけあった。
鉄枠にリベットだらけの、いかにも頑丈そうなドアだ。
そしてこのドアにはメッセージ板が掛けられている。
曰く「偉大なる創造主の隠れ家 営業時間は9時から15時」と。
「……第8階層はもう考えるまでも無いようだね」
ドリーが腰に手を当てて安堵に近い溜息をつく。
つまりこのメッセージが本当であれば、後はここを開けて真なる創造主と言う馬鹿気た存在を叩くのみと言うことになる。
これまでの階層の様に訳の分からないルールに縛られつつ攻略する必要はないということだ。
「でも営業時間9時からやろ? ちょっと早いなー」
とメッセージ板を眺めて首を傾げるのは白い法衣の乙女神官モルトだ。
昨晩はドイツワイン『ブラックタワー』を堪能したようで、ここ数日の中で最もご機嫌である。
さて。
現在、時刻で言えばまだ8時半ごろ。
彼女の言う通り、メッセージに従うならまだ少し早い。
日本出身者たちや貴族出身のマリオンやドリー隊の面々は彼女の言に同意とばかりに少し困惑しつつも頷く。
だが、ここにいるのはお行儀の良いものばかりではない。
特に孤児であり生粋の傭兵であるルクス隊などはこれに当たる。
「がはは、これからぬっ殺す野郎の都合なんか聞いてやる必要あるものか。行くぞ!」
そう言い放ち、ドアへと向かうのはバッタ怪人ファルケだ。
彼の行動に賛同するようにエイリークやプレツエルも続く。
「ちょっと待て!」
傭兵の中でも彼らの長兄としていくらか思慮深いルクスが止めるより早く、彼らは勢いよく蹴るようにしてドアを開けた。
そう、開けてしまった。
ルクスを含めた何人かは「あちゃー」と額に手をやり、他の者は興味深げに隙間から覗くドアの向こうへ視線を集めた。
と、その時。
彼らの背後から愉悦の笑いを含んだ声が上がった。
「こらこら。ルールは守ってくれなきゃ困るじゃないか」
「誰だ!」
アルトが声を上げ、一同揃って振り向く。
そこにはアルトたちが昨晩にも目にした、執事然とした初老の強化人狼ギャリソンがいた。
昨晩も会ったので然程驚きはない。
どうせこれも残留思念だか言う幽霊みたいなものだろう。
それでもアルトはすぐさまギャリソンに対して先頭となるよう駆け出し、大太刀『蛍丸』を抜き放って身構えた。
だが実体のない幽霊のような相手だとして、果たして物理攻撃が効くかどうか。
などといくらかの懸念に眉をしかめていると、ギャリソン氏はお道化たように両手を広げる。
「営業時間は9時からって書いてあるだろう? 困ったお客さんにはお帰り頂くのがここのルールだ。さぁ、帰りたまえ」
そう口上を述べ、ゆっくり上げて右手を挙げて聖句を唱えた。
「『マピロ・マハマ・ディロマット』」
聖句に応える様に部屋の壁が、床が、天井が怪しく光る。
そして次の瞬間、そこにいた全員の視界が渦を巻くように歪んだ。
歪み、激しく脳や胃が揺さぶられるような船酔いにも似た気分の悪さを覚え、そして意識が暗転した。
しばらくしてすべての感覚が正常に戻った時、彼らは全員、薄暗い縦穴の中にいた。
穴の底は石壁や石畳に舗装され、正面には『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』と書かれた大きな扉がそびえている。
すなわち、ここは迷宮の入り口前であった。
その日はもう迷宮に入れなかったので、各メンバーはそれぞれ思い思いに休暇を過ごすこととなった。
世界の終わりが刻一刻と近づく中、まさしく最期の休暇と言えるだろう。
ある者は閉じこもり、ある者は酒に浸り、ある者は戦犯であるファルケをひたすら責め、ファルケも甘んじてこれを受けた。
時間を取って長いミーティングなども行われた。
そしてその日の最後、夕食も終わり就寝準備をする中で、元GMである薄茶色の宝珠からアルト隊へ招集要請がかかった。
食堂へアルト隊のみが集まる中、アルトが首を傾げる。
「明日には世界が終わるかもしれないって時に、最後のお別れスピーチか?」
少し嫌味も入ってしまったが、アルトもいうほど悲観はしていない。
と言うより「明日で世界が終わる」などとは現実味が薄くて実感がないのだ。
「いえいえ、私は皆さんがきっとやってくれると信じてますよ。それより、このタイミングで経験値が配布されました」
そこへ薄茶色の宝珠が平坦な声でのたまったから、浸透するのに時間がかかった。
言葉の意味が脳に染みわたると、皆一様に目を見開き、そして脳を回転させる。
いかにすれば、明日のボス戦で有利に立ち回れるか。
考え、そして前提を問う。
「何点入る入るんや?」
「1万2千730点です」
「多いな!」
その値を聞き、アルトがつい声を上げる。
普通、メリクルリングRPGにおいて、ミッションクリア経験点は1ミッションにつき1500点前後だ。
多くても倍の3000点程度だろう。
それに比べると、今回入った経験点は破格と言える。
「いえ、おそらく迷宮グレイプニルに入る前からの合計でしょう」
「つまりウォーデン老と組んでヴァ様やギャリソンたちと戦った分や、各階層の分てところか。1フロア1500点、対ヴァ戦が500点程度、端数は各フロアの怪物分。そう考えると妥当なところか」
「いやいや、点数の妥当性などこの際よろしいではありませんか。それよりこの莫大な経験点をどうするかが問題ですぞ」
値が具体性を持ったことで、各員、いよいよ目が血走って来た。
その中、ひとりレッドグースだけはやけに上機嫌である。
「がちょさん元気がいいにゃ? なにか良いことあったにゃ?」
「ありますぞ。今回の経験点を足せば、ワタクシ何と『吟遊詩人』が10レベルに達するのですな。これからは英雄的吟遊詩人とお呼びくだされ」
そう、これまで貯めていた経験点が、あと一歩のところで9レベルに達する寸前であったレッドグースは、今回の大量経験点で一気に10レベル到達が可能なのだ。
「おい、明日の決戦に向けて、何かもっと役に立つ技能とれよ」
そんな暢気な様子にアルトが苦言を呈す。
が、レッドグースは一切めげず、それどころか立派なカストロ髭を揺らして笑い声をあげた。
「果たして役に立ちませんかな? この世界において、10レベルで英雄と呼ばれるのは伊達ではありませんぞ」
そんな彼の言葉に、思い当たるルールを知る者は深く頷き、そこまでルールを把握してない者たちは困惑気に眉を寄せて首を傾げた。
「9時だ。行くぞ」
翌日、錬金少女ハリエットから借り受けた懐中時計で時間を見計らい、ルクスが一堂に声を掛ける。
ここは昨日も訪れた『偉大なる創造主の隠れ家』の前である。
本日が予測された崩壊の当日ではあるが、今現時点でまだ世界は正常のようだ。
であればまだ間に合うかもしれない。
いや、間に合わないまでも最後まで足掻こう、と言うことに話はまとまり、一同は時間を厳守する約束を交わし迷宮に突入したのだ。
つまり今が、『偉大なる創造主の隠れ家』の言うところの営業時間開始と言う訳だ。
昨日の反省から少ししょんぼりしたバッタ怪人が、義兄の言葉に従ってドアをそっと押し開ける。
見れば、その先にもまた大広間と、正面先に4つの扉があった。
「隠れ家なのに、ヴァナルガンドがいないじゃないか!」
そう、この部屋には誰もいない。
ゆえに当てが外れた、とばかりにアルトが叫ぶ。
その叫びに呼応するように、また昨日と同じ姿の幽霊が眼前に現れた。
強化人狼ギャリソンだ。
「隠れ家が一部屋だけだなんて、とんだ勘違いだな。主は奥にいるに決まっているだろう?」
言われて見ればその通りだ。
アルトは少しばかり恥ずかしくなって目を逸らした。
「ここではお前のルールに従うしかないのだろう? ならさっさとこの部屋のルールをおしえてくれたまえ」
アルトを一瞥して、白磁の魔導士カインが鋭い目をギャリソンへ向ける。
ギャリソンは肩をすくめて首を振った。
「せっかちな人だ。まぁいい、説明しよう」
いくらか韜晦するかと思えば、彼は素直に言葉を続ける。
「とはいえ、特に難しいことは無い。あの扉のどれかにヴァナルガンド様がいる。それ以外にはキヨタ氏デザインの凶悪な怪物が控えている。そして……」
勿体ぶる様に言葉を止めた。
興味深げに集中して聞いていた面々は、少し焦れたように先を促す。
「そして?」
そんな反応を満足げに見まわし、ギャリソンはまた言葉を続けた。
「そしてどのドアも定員6名。ただ部屋の攻略が済んだ者は定員に限らず他の部屋に入ることができるという寸法だ」
そこまで言い切り、ギャリソンは各位に理解が浸透するのをいくらか待つ。
待って、最後にニヤリと笑う。
「では健闘を祈るよ。君たちが世界を救う英雄たらんことを」
と、シニカルに笑い、掻き消えた。
幽霊らしく煙の様に去ったギャリソンを見送り、冒険者たちは考えを求めてそれぞれの知恵者を目で探す。
それは黒衣の魔導士カリストであり、白磁の魔導士カインであり、銀髪の精霊使いナトリであった。
「え、私も?」
困惑と驚きの表情を、それと判らない程度に浮かべたナトリを、仲間の少女たちが頷き返す。
「だって、キヨタってあなたの養父だったんでしょ?」
というマリオンの確認に、ナトリは小さく首を傾げつつ答える。
「それはそう。でも、詳しくはない」
キヨタは確かに彼女の恩人であり養父であった。
が、彼は必要なことだけを彼女に教育し、そして駒として使った。
そのことで助かったのも事実なので不満はないし恨みもない。
いやむしろ恩義を感じているからこそ、狂った彼を止める為に奔走した。
だがやはり、ナトリはキヨタのやったことをすべて知っているわけではないのだ。
ともかく、そんな一幕もはさんで、カリストとカインが額を突き合せる。
「確実性を求めるならひと部屋ずつ攻略するのがいいと思うよ。一つ攻略が済む度に、次の部屋を攻略するメンバーが増える」
「確かに。最初のメンバーは大変かもしれんがな。だが大きな問題はそこまで時間をかけていられるかってことだ」
「あとひと部屋目でヴァナルガンドを引いたら最悪ってことかな」
「とは言え、4部屋同時攻略でもそれは同じだろう」
「重ね重ね、昨日の失態が痛い」
と、4つの冷たい視線がバッタ怪人に突き刺さる。
「だからゴメンて。昨日もずっと誤っただろう? コメツキバッタになる所だったぞ」
トノサマバッタなのに。などと小声で付け足す。
言葉を聞く限り、まだまだ余裕有りそうなファルケであった。
「時間がないというなら、こうして悩んでいる時間も惜しいんじゃないか?」
また無言で向き合うカリストとカインに、すこし考えるのが面倒になったアスカが声を掛ける。
言われれば確かにそうだが、失敗すれば世界が終わりと思えばなかなか思い切ることも出来ない。
そんな気持ちも汲んで、アスカはため息交じりに決断した。
「せっかく4隊いるんだ。ここは4部屋同時突入といこう」
凛と背筋を伸ばしそう言い切った彼女は、いかにも戦乙女といった風情であった。
「アスカはカッコいいなぁ」
そんな彼女の様と自分を顧みて、アルトはそう呟く。
「惚れたにゃ?」
「いや、そう言うんじゃないから」
ただ、茶化すねこ耳童女には、とても嫌そうな表情でそう答えた。
「よし、なら行こう。ひと隊、ひと部屋だ。攻略が済んだら別の部屋に救援に向かう。いいな?」
気を入れ替え、アルトが声を上げる。
「おう」と返事をする者。
無言で決意を表す者。
まだ見ぬ敵に闘志を燃やす者。
そして世界を背負った重圧に、いやな汗を滲ませる者。
それぞれの視線が4つのドアに集まった。
「勝っても負けても、人間、死ぬのはどうせ一度きりだ」
「ここやと、もう何度か死んだけどなー」
最後の戦いに臨み、大広間に笑い声が響いたのだった。




