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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

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37ブラックタワー

 最終章 ここまでのあらすじ


 真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。

 だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる(しもべ)である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。

 そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。

 迷宮攻略の期限は3月21日。

 それは昼と夜が釣り合い、糧となる世界からヴァナルガンドに及ぼす影響が、最も高まる日だという。

 迷宮攻略の途中、アスカ隊、ドリー隊、ルクス隊を加え合同4(パーティ)となった一行は犠牲を厭わず第6層の攻略を進め突破する。

 かなり人数を減らして突入した第7階層は『ウツロの縞瑪瑙』と言うゲームを模した階層だった。

 ここは色の付いた廊下を、決められた順番で通らないと最後のドアの先へと進めない仕組みであった。

 間違うとドアをくぐった者が即死するとあって、彼らは残りの人数の回数だけチャレンジを繰り返していく。

 そしてついに、残りのメンバーは4人となり、その日も終わりに近づいていた。

 時刻で言えば21時頃だろうか。

 この世界で21時と言えばもう真夜中と呼ばれてもおかしくない時間帯であり、夜の商売を行う人ですら、もうしばらくしたら店じまいを考えるような頃合いである。

 電気による夜昼夜問わず家々を照らす灯りの恩恵がない世界においては、これも仕方のないことと言える。

 そんな頃、未だ迷宮内にいる冒険者たちはすっかり消沈した風で、黄色一面に塗りたくられたスタート部屋にて思い思いの場所に腰を下ろしていた。

「ああ、腹減ったな。義弟(おとうと)よ、何か持ってないか?」

 一見して「ああコイツ怪物(モンスター)だな」と思われそうな、直立歩行する世にも珍しいバッタ怪人が硬質な顎を開いてそんな声を発した。

 不幸にも邪悪な『錬金術師(アルケミスト)』によってこんな(なり)にされてしまった彼は、ファルケと言う名を持つ『傭兵(ファイター)』であり、サムライ少年アルトの義理の兄である。

 そんな義兄の言葉に対して虚ろな目を向けつつ、アルトは反射的に荷物をあさろうとしてから、もう食料が尽きていることを思い出す。

 彼もまた、もうかれこれ数時間、何も食べていないのだ。

「ファルケは人間じゃないんだから、その辺でコオロギとか食ってればいいだろ」

 つい、空腹のイラつきからそんな言葉も出ようというものだ。

「あ、バッタなめんな? トノサマバッタは草食よ?」

「お前……街では普通に肉食ってたろ」

「まぁな。人間は雑食だから」

 そう言葉を交わし、「こいつとは会話するだけで疲れる」と思い返し、アルトはそれきり口を噤んだ。

 そもそも先ほども述べた通り、ここにいる誰もがすでに腹ペコなのだ。

 無駄に話す気力も尽きかけている。

 他、と言えば残っているのはあと2名。

 一人は白い法衣の上から『胸部鎧(キュイラス)』を合わせた乙女神官モルト。

 彼女は目を瞑って何かをしきりに呟いていた。

 神官らしく聖句でも唱えているのかと思えば、聞こえてくるのは「びーる、わいん、うぃすきー、ぶらんでー……」などと言う謎の呪文であった。

 そして最後の一人はと言えば、こちらも壁に向かって何やらブツブツと話している、黒い『外套(マント)』を羽織った眼鏡の魔導士カリストだった。

「ほほう、そうか。うむ」

 始めは周りの者も「空腹と疲労から幻覚でも見ているのか」と疑ったが、よく見ればその手には小さな長方形の石板を握っているのが見える。

 古代魔法文明時代の遺物である、長距離間通話装置『ファンファンフォン』だ。

 つまり彼は電話中と言う訳だ。

 便利なものはたいてい古代文明のせいにすれば間違いないのが、ファンタジーの良いところである。

 そのカリストの通話に、他の者たちも耳を傾け始めた。

 どうも彼の反応が明るいので、良い情報が伝わりつつあるのかもしれない。

「何? FM-7だって? よし、この情報があれば勝ったも同然!」

 最後に、カリストはそう雄たけびを上げるように応答して通話を切った。

 これは期待できる。

 誰もがそう目を輝かし、カリストからの発表を待つ。

 気づいたカリストは照れたように無言で頬をかいた。

 そんな様子に待ちきれんとばかりに、白い法衣のモルトが彼に詰め寄った。

「ホンマ? ホンマに勝つるんやな?」

「すいませんごめんなさい嘘つきました」

 しかしカリストの返答は無情な響きを持って臨む彼らを落胆させた。

「なしてそんなしょーむない嘘つくの」

 へなへなと座り込みながら溜息を吐くモルトに、カリストは申し訳なさそうな苦笑いを浮かべるのだった。

「で、FM-7が何だって?」

 このままでは話も進まないと感じたアルトが、話を思い出しながら問う。

 まだ若い彼にとって聞き覚えの無い言葉だが、おそらく何か名詞だというこはなんとなくわかる。

 これに答え、カリストは大仰に頷く。

「かつて富士通がパソコンを自社生産していた時代の製品だね。いやパソコンと言うか、マイコンと呼ぶべきか」

「ほんな太古の時代のこと言われてもなー」

 おっさんに対して何気に失礼な乙女神官である。

「つまり先に上に帰ったアスカ君は、ギャリソン氏のマイコンがFM-7だった可能性を言及していたのだ」

「なるほど?」

 続けて述べられたカリストの話に、一同は首を傾げながらも一応納得して見せた。

 その中から、アルトやモルトは少し思い出しつつさらに曖昧に頷いた。

 この第7階層の元ネタと思われる『ウツロの縞瑪瑙』と言う古いゲームでは、プレイした機種によって謎解きの回答が違うらしい、と言う話だ。

 ただ元にされた機種が判明したからと言って、その回答が判るわけではないのがミソである。

 ここまでいろいろ予想や当てずっぽうを試したが、結局のところそれは明確な回答へつながる行動ではなかった。

 強いて意義を見出すなら、「試した回答が不正解だった」と確認できたことだけだ。

「と言う訳で、あと4人……4回試せるわけだけど」

 皆がこれまでの経緯を無言で思い出し、また空腹などからうなだれ始めたところでカリストが手を叩きながらそう話を始める。

 彼の意を汲み、引き継いでアルトが口を開いた。

「まだ炎色反応の順番試してないな」

「ではあと3つだね」

 その回答に満足して頷くと、カリストはあとの2名を振り返る。

 とは言え、すでに消えた人数の分だけ案を試したわけであり、もう2人にもこれと言った考えは浮かばなかった。

 特にファルケなどは純粋にこの世界の住人であり、孤児であり、傭兵家業の旅暮らしであるから、アルトたちの様な雑学的な知識の範囲が少ないのだ。

「それなら『赤・黄・緑・青・紫・白』も試してみようか」

「なんそれ?」

 仕方ないとばかりにカリストが言えば、すぐにモルトが首を傾げる。

 カリストは少しばかり説明を考えてからまた口を開いた。

「抵抗器って、わかるかな?」

「なんそれ?」

 だが、切り出したカリストの言葉に、モルトは同じ言葉をもって反対側へともう一度首を傾げるだけだった。

「ええと、電化製品なんかを分解すると中に基盤が入ってるよね? あの中にある部品の一つだよ」

「わかる」

「わからん」

 先の返事がアルトで後がモルトだ。

 アルトは男子の嗜みとして、子供の頃に家の壊れたラジオなんかを分解して遊んだ経験があったので、言われて見れば思い浮かんだ。

「その抵抗器は抵抗の値を示すために、数字に色を割り当てて塗ってあるんだ。ゼロが黒、イチが茶色、と言った具合でね」

「数字書いとけばええやん?」

 正論であったが、まぁそうしない理由もいろいろあるのだ。

 説明が面倒なのでカリストは苦笑いでモルトの言を流し、初めに述べた色の順番についてまとめる。

「ゼロから順番に黒・茶・赤・橙・黄・緑・青・紫・灰・白と割り当てられているんだけど、この階層壁には黒と茶、あと橙と灰色がないから『赤・黄・緑・青・紫・白』ってことで」

「なるほど」

 と、最後にはこれまで黙っていたファルケが頷いた。

 当然、解ったふりをしているだけで解っていない。

 解っていないながらもその色の順番に何か気付いた。

「なんか引っかかるな。その順番は知っている気がする」

「気のせいだろ?」

「ふむ、そうかな。そうかも」

 だがすぐアルトによって否定され、彼もまた納得するのだった。

 長い傭兵家業で気を病まずやっていくために必要なのは「細かいことは良いんだよ」の精神である。

 この心根が最も深く根付いているのがファルケなのだ。

 でなければバッタ怪人にされて平気で生活など出来やしない。

「気になるというなら抵抗器カラーから試してみるか」

 そしてカリストがその様に決め、一同の視線はファルケへと注がれた。

 つまり、次のチャレンジャーはファルケとも決まった。


 空腹と疲労が激しく彼らの精神を苛むが、実際の話をするなら彼らの行動に何の支障もなかった。

 なぜなら「メリクルリングRPG」の空腹や疲労による行動制限ルールでは、段階的な行動ペナルティは定められていないからだ。

 今まで出てきた事柄を例で挙げれば、戦闘継続ラウンドがそれにあたるだろう。

 つまり、定められたラウンド数までは全力で動き続けられるが、それを越えれば全力行動は一切不可能になる。

 通常行動中の空腹も同じである。

 定められた限界値までは行動に制限が課せられないようになっている。

 もっとも、それは肉体の話であり、精神的には空腹の苦痛がジワジワと責めてくるので辛いのは確かである。

 ともかく、空腹を耐えながら脚を動かし彼らは進んだ。


 結果を言えば、それが正解だったらしい。

 『ススメマセンヨ』のドアは開いたファルケを吸い込むことなく、その先の暗い空間を彼らに見せたのだ。

「なんで抵抗器のカラーコードが…」

 正解を引き当てはしたが、その回答にカリストが少しばかり驚愕に目を見開く。

 と、ドアをくぐったファルケがそのタイミングで振り向いて人差し指を立てた。

「思い出した。この色順、虹の色に近いんだ」

「虹……」

「7っちゅー数字に掛けたんやろか」

 なにやら釈然としないながらも、そちらの方が正解らしいと言うことで一同は納得した。

「とにかく、やっとクリアか…」

 喜びより何より、そんなアルトの哀愁含んだ呟きが、皆の共通の想いだった。


 全員とドアをくぐり、カリストが緒元魔法『マギライト』を使うことで灯りを灯す。

 するとそこは狭い部屋で、一つ上階段だけがあった。

「まぁ上るしかないだろう」

 『盗賊(スカウト)』がいないので警戒しようにも罠などは判らないため、方針としては「罠は掛かって踏みつぶす」で行くしかない。

 ともかく4人の中では頑丈なアルトとファルケを前衛と殿(しんがり)に据え、一同は恐る恐ると階段を上った。

「階段の上は第6階層やろか?」

「いや、これまでの経緯を見ていると、そうとも言えるし、そうであるとは限らないね」

 モルトの呟きに対し迂遠な物言いをするカリストだが、要するにわからないということである。

 そんな言葉を交わしながら上りきると、そこはまた小さな部屋で上階段があった。

 今、上って来た階段もある。

 完全に階段部屋だ。

 この階段部屋がこの後も続き、素直に上った階層を数えるなら、最終的に彼らは第1階層まで戻ったことになる。

 ともかく第1階層と思われる階こそが終点のようで、ただそこもまた小さな部屋であった。

 その部屋には人が一人くぐることの出来る程度のドアが2つと、会議机があった。

 会議机の上には、水晶玉や護符らしきものが散らばっているが、どうやらどれも壊れているようだ。

 ただ、その会議机の中央に立っているビンだけはいまだ健在のようである。

「なんだろう」

 遠目なので判別できずそうこぼしたアルトは、一応罠を警戒しながら会議机へと歩み寄ろうとした。

 と、その時だ。

 唐突に部屋の壁が光出し、どこからともなく声が響いた。

「よくぞたどりついた、わがせいえいたちよ」

「え、()()精鋭?」

「唐突に所有格やね」

 戸惑いつつも、どこかで聞き覚えのあるその声に耳を傾けながら、声の主を探す。

 すると、会議机の上に半透明の老執事が浮かび上がった。

 その姿を見止め、アルトは背に担いでいる『蛍丸』に手をかけ、殿についていたファルケもまた前に出た。

 聞き覚えがあるはずだ。

 その声の主こそ、この迷宮(グレイプニル)を造った強化人狼(ウルフロード)ギャリソンである。

「あなたは死んだのではなかったのですか?」

 怪訝そうに眉をひそめ、いつでも魔法を打てる準備をっしながらカリストが問う。

 彼とはこの迷宮で死ぬ度に会うのだが、その記憶は都度消されるので覚えがないのだ。

「ああ死んだよ。君たちが見ているのはただの残留思念。いわば幽霊さ」

 ギャリソンは肩をすくめる仕草でそう言う。

「私の役目は、ここへたどり着いた証として、君たちにアレを与えることだ」

 続けて言いつつ、ギャリソンは会議机の上にあるビンを指示した。

「あのビンが…いやそう言うことか」

 ギャリソンとテーブルのビンを何度か往復して見遣り、カリストが納得気に頷くと、ギャリソンもまた満足そうにニヤリと笑い、そして虚空へと消えていく。

 残った冒険者たちは、消えていく幽霊と共に光をなくす部屋の壁を、ただ黙って見送った。

 さて、見送った後にしばし虚空を警戒していた彼らだったが、その後は何も起こらないと判断する程度の時間を経て会議机へと視線を向ける。

 そこにはさっきと何も変わらず、壊れた水晶や破れた護符、そして真ん中に立つビンがあった。

 ビンは細長い円筒状で、上部だけは中身を注ぐためくびれた形状になっている。

 また上半分は黒く、下半分は中身が見えるような透明になっていた。

 おかげで見える中身の液体も、少しばかり黄色味を帯びてはいるが透明であった。

「あのビンがなんやちゅー……ちょ、これ!」

 遠目にジロジロとそれぞれを検分していると、唐突にモルトが動く。

 その速さと来たら敏捷度などと言う範疇を越えているようにすら思え、誰もが止める間もなかった。

 会議机にとりつき、素早くビンをゲットした彼女は、瞳をランランと輝かせながらその手に掲げた。

「白ワインや!」

 唖然としていたアルトたちだったが、その歓喜の叫びで納得した。

 つまりモルトは酒類に目がないのである。

「銘柄は……ブラックタワーか」

 カリストは眼鏡の角度を微調整しながら遠目にラベルを読んで呟く。

 その声には呆れとも脱力ともとれる色が含まれていた。

 またモルトはそんなカリストの言は耳に入っていない様で、満面の笑みで仲間に振り向く。

「これ、ウチが貰ってええやろ? ええやんな? 決まりやで?」

「待って待ってモルトさん。ここにあるってことはこれから先に必要かもしれない」

 慌てて押し止めるのはアルトだ。

 ゲームなら、意味の無いように見えるアイテムでも実は鍵になることもある。

 彼の懸念は当然だったが、カリストはそんなアルトに首を振る。

「いやアルト君。たぶんそのワインはただの駄洒落だと思うよ。キーアイテムはリボンの方だろう」

 アルトは意味も解らず首を傾げ、彼が指差す会議机に目を向ける。

 ビンが取り上げられたので、最早そこには壊れたアイテムしかないはずだ。

 いや、とアルトは目を止める。

 会議机の中央。

 ビンが置いてあったところに、何か青い布切れのようなものがあった。

 どうやらワインのビンは、この布切れを押さえる重しだったようだ。

「これが?」

 青い布切れ、カリストの言うところのリボンを摘まみ上げて、また首を傾げる。

 そしてカリストを仰ぎ見れば、彼は部屋にあるドアの片方を指さした。

 ドアには古代魔法語で「プライベートエレベータ、許可なき者は使用禁止」と書かれていた。

 アルトの困惑はさらに深まる。

「そうかー、解らないかー」

 カリストは少ししょんぼりとしつつ苦笑いを浮かべた。

 彼が言うには、この迷宮1、2階層の元となったと思われるウィズと言うゲームのネタで、ブルーリボンはエレベータの使用許可章となっているそうだ。

 またワインの方は本当に駄洒落らしい。

 『ウツロの縞瑪瑙』最終ダンジョンの名前がブラックタワーなのだ。

 ちなみにワインの方はドイツワインである。

 これを聞いてファルケは「ドイツ?」と小声で首を傾げたがさもありなん。

「しょうもな」

 アルトは全身で脱力感を表現してへたり込んだが、喜びに小躍りするモルトを見れば、まぁいいかと少し心を持ち直した。


 さて、喜びの舞の最中であるモルトはさておいて調べると、エレベータはどうやら第8階層直通らしい。

 またエレベータの反対側にあるドアは第1階層に繋がる隠しドアだった。

 ただこのドアは一方通行だったようで、ドアを閉めると向こう側からは開けられないようだ。

 これは一人が先行してドアをくぐることで確認が取れた。

「なら閉めなきゃよくね?」

「そうだね。何かをドアストッパーの代わりに挟めばあるいは」

 アルトとカリストはそう言葉を交わしながらモルトへと視線を注ぐ。

 これにはモルトも途端に顔を青くした。

「もうこのお酒はウチの物やし! ウチの子にドアストッパーなんてさせられんわ!」

「ウチの子って」

 思いの他、いや予想通りの猛抵抗にあったので、ブラックタワーを挟むのは諦めるしかなかった。

 ゆえに、重要なドアストッパー任務を拝命するのは、アルトが持っていた脇差拵えに改造された『胴田貫』となった。


 こうして彼らは第7階層攻略を終え、第8階層直通の道を得て、深夜に差し掛かろうという夜空の元へと生還した。

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