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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#10_ぼくらのダンジョン生活(最終章)

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30頭の痛い魔術師たち

 最終章 ここまでのあらすじ


 真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。

 だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕しもべである人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。

 そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。

 迷宮攻略の期限は3月21日。

 それはこの世界を喰らうと決めたヴァナルガンドにとって、もっとも力が高まると思われる日だ。

 途中、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加え、いくつもの敵や罠を破り先へ挑む。

 そして彼らは第6階層へとたどり着いた。

 アスカの推測によれば、この階層は『勇敢なるパーシアス』というゲームを模しているらしい。

 このゲームでは敵集団を倒すべき順番があり、この順番を守らないと倒すことができないということだ。

 さらにルクス隊を加え合同4(パーティ)となった一行は、タイムリミットが近づいていることもあり、迷宮内キャンプも視野に入れて第6階層に挑む。

 そして第6階層に到達して3日目の朝、次の標的に向けて『魔術師(メイジ)』たちが海へと向けて飛び立った。

 夜明け直後の大海原に向けて、6つの影が意気揚々と飛び立つ。

 漆黒の『外套(マント)』を翻す黒の魔導士カリストを先頭にした、急編成の合同爆撃隊の面々だ。

 彼らの任務は、次の目標(ターゲット)である呼称名『赤魚』を空中から撃滅することにある。

 隊員を煽り先頭切って飛び立ったはいいが、と、カリストは少しばかり冷や汗を垂らす。

 『魔術師(メイジ)』が5レベルで使用可能となる飛行魔法『パリオート』を使うことで、船を使わず海上へ出ることが可能となった彼らである。

 が、先にミスリルの魔導士、赤毛のエイリークより指摘された通り、『緒元魔法』は同時起動が出来ない。

 つまり『パリオート』で飛空しながら攻撃魔法で海上を攻撃することが出来ない。と言うことである。

 これに対しカリストは過去の成功例を挙げて「僕は出来るよ」と自信満々に断言しのだが。

 これは実は虚勢であった。

 過去、港街ボーウェンでの攻防の際、現場(げんじょう)に急行せねばならなかった際の話である。

 カリストは『パリオート』で飛翔し、途中で敵に見つからない様に幻影魔法『シムラクルム』に切り替え、敵の目を掻い潜った後に浮遊魔法『フリーフォール』で静かに着陸した。

 この例を使えば、今回の作戦における手順も理論上は可能である。

 ではなぜカリストは冷や汗をかいているのか。

 それは現実には非常にタイミングが厳しいからだ。

 なぜ比べて難しいかと言えば、以前は空中を横軸移動しながら行ったため、慣性も手伝って落下に幾らか余裕があった。

 対し、今回はピンポイントを爆撃する為、目標から遠ざかる事になる横軸移動が望ましくない。

 つまり真上に上昇し、垂直落下しながら攻撃する必要があるということだ。

 横軸移動から慣性を帯びながらの落下と、慣性を失って行う垂直落下では、必要な高度も変わり、スピードも速くなる。

 すなわち、タイミングが非常に難しい、と言うことである。

 しかしそんな彼の焦燥などお構いなしに、後続からはせっつく声が上がった。

「おいカリスト、出来ると言ったからには、お前がまず見本を見せろ」

 赤毛の魔導士エイリークだ。

「よ、よーし判った。よーく見ててくれ」

 先に彼を煽ったので今更難しいなどと言えないカリストは、努めて堂々と余裕綽々と言った顔で頷き、空中で停止した。

 ちょうど彼らの眼下に目標である『赤魚』の1匹が泳いでいるのが見えた。

 魚だがあまり深く潜らない様で、上から眺めれば丸見えである。

「まずは、ゴッとふかして急上昇!」

 お道化ないとやってられない、とばかりに冗句を吐きながらカリストが高度を取る。

「ふかす?」

「たぶん、カーさんの口から垂れ流されてる、どうでもいいセリフの事にゃ」

「そう」

 傍で見ていた銀髪無相のナトリと、ねこ耳童女マーベルが呟き合う。

 タイミングを見逃さないよう目を皿のようにしている『魔術師(メイジ)』たちとは違い、『空飛ぶ庭箒』で飛んでいる2人の『精霊使い(シャーマン)』には他人事である。

 ともかく、彼ら彼女らが見守る中、カリストはぐんぐんと空高く飛んだ。

 海面から測りおよそ350メートルだ。

 上昇中、カリストは緊張から激しくなる脈を深呼吸で抑えつつ、出来るだけ正確に秒を数えた。

 彼の頭の中で、明確にラウンド計算を行うためだ。

「ここで『パリオート』を切る!」

 叫びつつ、脳裏計算で便宜上の1ラウンド目が終わる寸前に飛行魔法『パリオート』を解除した。

 すると慣性のまま少しだけ上昇し、そして自由落下が始まった。

 ここでもカリストは脳内で正確にカウントを唱える。

 初めはゆっくり、しかしすぐにすごい風圧と共にスピードがガンガン上がる。

 ちなみにそこそこ長身でやせ型のカリストが自由落下をした場合、6秒後には時速150キロを超える計算になるというから、生身で切る風は非常に激しい。

 そんな中、カリストはカウントを重ね、10秒、つまり便宜上の2ラウンド目が終了する間際に、まるで弓を引き絞るような仕草とともに現れた光の矢を解き放った。

「『マギボルト』!」

 緒元魔法の初歩の初歩で使えるようになる攻撃魔法だ。

 これをカリストが選んだ理由は、最もMP(マナポイント)消費が低いこともさながら、手持ちの攻撃魔法のうち、一番有効射程が長いからである。

 出来るだけ、離脱への余裕が欲しい。

 便宜上の3ラウンド目が始まった時、海面まではもう30メートルを切り、そして速度は時速170キロを超えている。

 1秒間違えば海面に激突である。

 ちなみにこの速度での着水衝撃は、当然だが人間が簡単に死ねるダメージだ。

「『パリオート』!」

 傍から見ればまさにギリギリのところで反転、いくらか海面にしぶきを挙げつつも何とかカリストは上昇に成功した。

 もうこの時点でカリストの着ているシャツもズボンも汗と海水でびっしょりだ。

 それでも、精一杯余裕そうな笑顔を浮かべて隊員の元へと戻る。

「ね、簡単でしょ?」

 誰がどう見ても「成功してホント良かった」と言う安堵の表情だったが、それでも挑戦的な視線で見まわすものだから血気盛んな者はカチンときた。

 具体的に言えば赤毛のエイリークと、白磁のカインだ。

 冷静に見ていればあからさますぎるので、マーベルなどは半眼閉じて呟いた。

「煽りよるにゃ」

 そんな呟きは当然届かないエイリークが続いて(エネミー)を探し始める。

「やってやらぁ!」

「俺はそういうの(タイミング勝負)、苦手なんだがなぁ」

 続いてイラつきながらもさすがにどこか冷静なカインもまた溜息を吐きながら動き始めた。

 それぞれが目標を定めて至近の場所から上昇する。

 自分でやっていた時はやたらと長く感じたが、見ている分にはたった20秒強だ。

 カリストや金髪の魔法少女マリオンらの前で、2人の青年魔導士はすぐに反転降下を始めた。

 そして『マギボルト』による攻撃。

 ここまでは成功し、結果、2人は『パリオート』起動に成功しつつも、慣性に負けてか海へとドボンと墜落した。

「あー、ドチクショウ。失敗か」

「さすがに難しかったか……」

 2人は海面から顔を出していくらか口に入った海水を吐き出す。

 墜落したとはいえ寸前で『パリオート』起動には成功していたため、着水時の衝撃は死ぬほどではなかった。

 だが、効いているはずの『パリオート』で再び空へ飛びあがろうとした時にそいつは現れた。

「ヤバいわ。逃げなさい!」

 上空から丸見えのマリオンが焦り声を上げる。

「なんだ、何事だ!」

 そんな声が聞こえるや否や、海面にブクブクと言う泡が上がったかと思うと、すぐに続いて赤く巨大な硬質塊が彼らを押し上げた。

 それは巨大な化け蟹(カルキノス)だ。

「げぇ」

 いささか汚い叫びをあげた墜落組を、容赦なく蟹が襲う。

 振り上げられた巨大なハサミが振るわれると、それは確かな重量から繰り出された必殺の鈍器と化す。

 避ける間もなく、と言うか『魔術師(メイジ)』の為、回避力など皆無に等しく、赤いハンマースイングによって赤毛のエイリークは吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされ、そして彼は光の粒子となって消えた。

 この迷宮内で死亡判定を受け、そして地上で復活を果たす時の見慣れた情景だ。

「今のうちに……」

 この隙に、とカインはすかさず海面へと脱した。

 エイリーク死亡、とはいえ復活することは判っているし、カインからすればまだ知り合ったばかりで関係は薄い。

 なので彼の死に対しては特に何の感慨も覚えず、むしろ「囮になってくれて感謝する」と言う気持ちですらあった。

 そんな祈りにも似た感情を抱きつつ、カインはさらに化け蟹の攻撃範囲から脱しようと高度を上げる。

 いや、上げようとした。

 だが、それは叶わなかった。

 ここで海中よりさらにもう1匹、赤い甲殻の悪魔が浮上したからだ。

 2匹目の化け蟹(カルキノス)は、無情にも巨大なハサミを差し出すと、無造作にチョキンと、カインの上下を両断した。

 彼もまた、光の粒子となって、この場から掻き消えた。


 上空でこの始終を見ているしかなかった4人は、蒼い顔でつぶやき合った。

(きゃに)、パないにゃ」

「パない」

「蟹最強伝説の幕開けだ」

「蟹漁とか、絶対無理よね」

 結局残されたメンバーは、『精霊使い(シャーマン)』コンビが操縦する『空飛ぶ庭箒』の後部にまたがり、安全に上空から攻撃する作戦に切り替えたのだった。



 『赤魚』を殲滅し終えるころには、午前も半ばと言ったころだった。

 浜辺に戻ると、キャンプで出動隊の為の朝食を用意した残留隊の面々が待っていた。

「お疲れさん、ご飯できとるで」

「あ、ありがとう……」

 皆で労いながら魔法使い(マジックユーザー)たちを迎え入れるが、その中でも『魔術師(メイジ)』2人はスッカリ憔悴した顔だった。

 そう、『空飛ぶ庭箒』の後部から攻撃手として魔法を打ち続けたカリストとマリオンは、MP(マナポイント)回復の為の青錠を連続で飲み続け、戻ってくる頃には酷い頭痛に苛まれていたのだった。

 戻ったメンバーの数を見て、察しの良い者は2人が戦線離脱したことに眉をしかめ、気づかない者は帰還した者たちに優しく食事配膳を行うなどしてすごした。

「2人はしばらくテントで休んでなよ」

「そうだな、そんな青い顔では危ないだろう」

 アルト隊とアスカ隊のリーダーが、それぞれの(パーティ)の『魔術師(メイジ)』たちにそう声を掛けると、カリストとマリオンはホッとした顔で頷いた。

「そうさせてもらうよ」

「ありがと、ちょっと寝ればたぶん大丈夫だから」

 2人がそれぞれのテントへ潜ったことを見送って、陸上部隊は昨日に引き続き捜索殲滅戦サーチアンドデストロイへと散っていった。


 昼に一度集合し、ミーティングしながらの昼食を摂り、午後もまた散開して任務に当たる。

 午後も中頃、ここまで数種類の(エネミー)を殲滅したところで、次の標的が呼称名『緑ウツボ』であることが判明した。

 やっと頭痛も落ち着き顔色の戻った『魔術師(メイジ)』たちの、この日2度目の出撃である。

 夕方前にまた青い顔で戻ったカリスト達をテントに押し込め、三度散った陸戦メンバーは、そのまま夜まで頑張って朝からの総計10種類を殲滅することに成功した。

 代わりに、アスカ隊から銀髪無相のナトリ、ドリー隊から亜麻色の神官剣士のアッシュが戦線離脱となった。

「この島で見かける敵も随分と減ったな」

 浜から近い場所にて、海水で汗を流しながらサムライ少年アルトが呟くと、すぐ隣で同様に身体を拭いていた酒樽紳士レッドグースが肩をすくめる。

「それでも、まだ蟹には一切ダメージが通りませんな」

「やつは、たぶんラスボスだな。カリストさんが『蟹最強伝説』とかうなされてた」

「いやいや、山の真ん中にドラゴンもいましたぞ? さすがにドラゴン差し置いて蟹が最強と言うことは……ありますかな?」

 などと引きつった笑いをお互いに挙げながら浜へ上がろうとした時、10メートル先の沖で赤い甲羅が姿を現した。

 当然、2人は一目散で逃げた。

 逃げて、半裸でキャンプに駆け戻り、アルトはマリオンに張り倒された。


 ゴタゴタした夕食を終え、就寝までの短い時間、アルト隊は何とはなしに浜辺に並んで腰を下ろし夜空を眺めた。

「おかしなもんやね。迷宮内やっちゅーのに」

 ふと、そんなことを言い出したのは、白い法衣の乙女神官モルトだ。

 この言葉に、アルトは思案顔で思い出す。

「ここまでは夜だろうとこういう変化はしなかったよな。意味があるのかな」

「あるかもしれませぬし、無いかもしれませぬ。すべてはギャリソン氏の心の中ですからな」

 そんなレッドグースの返答に、アルトは初老執事風の男を思い浮かべた。

 この迷宮のデザイナーにして強化人狼(ウルフロード)だ。

 すでにこの世にいないはずだが、なぜかまだ何度か会っている気がする。

 そんなはずはない、とアルトは小さく笑って首を振った。

「……いや、この夜空には意味はあるかもしれません。とりあえず、一つ変化を見つけました」

 しばしの沈黙の後にそんなことを呟いたのは、マーベルのベルトポーチから半身を覗く薄茶色の宝珠(オーブ)だった。

「なんにゃ?」

 マーベルを始めとしたそれぞれが首を傾げて続きを待つと、元GM氏は自分の小さな発見について述べ始めた。

「昨日より、星が増えています」

「星?」

 それを聞き、それぞれが夜空へと目を向ける。

 言われて見ればそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 皆がそう思って、半分首を傾げたまま漠然と星を数えた。

 そもそも夜空の星など、意識しなければあまり目に入っていなかったのだ。

「あ、あれ獅子座だ」

 急にひらめいた風に、カリストが言う。

 星座に詳しいわけではないが、子供の頃見た漫画の影響で黄道12星座くらいは判るカリストだった。

 彼より上の世代であるレッドグースもまた頷く。

 やはり同じ漫画の影響で彼も12星座くらいは知っていた。

「するとすぐ下がおとめ座ですな」

「反対側にはおうし座とおひつじ座ももあるにゃ」

 と、これはマーベル。

 彼女は漫画の影響ではなかったが、12星座占いで自分に近いところだけは憶えていたのだった。

「無い星座も多いんじゃないか?」

 彼、彼女らの言葉に耳を傾けながらアルトが言う。

 アルトは星座に全く興味が無かったので、指差されてもいまいちわからなかった。

 それでも、どう見ても言われた星座以外の星が無く、夜空がスカスカなのでそう言った。

 これにはモルトが勘違いして感心気に頷く。

「そうやね。おそらくうちらの世界の、3月の夜空みたいやし、見えんものもあるのも当然やけど、少なくとも12星座中、ふたご座やかに座が無いのはおかしいわ」

「GMの『昨日より増えている』という言葉が正しいなら、殲滅した敵の種類に対応しているのかもね」

「すると全星座が揃えばクリアですかな?」

「まだ先は長そうだな」

 そう語り合い、肌寒さが身に染みてくるあたりで各自の寝床へと戻った。

自由落下の速度や時間に関する数値は「ke!san」と言うサイトを参考にしました。

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