23ゴミか宝か
最終章 ここまでのあらすじ
真なる創造主にして氷原の魔狼ヴァナルガンドは、この世界を自らの糧とする為に創りたもうた。
だが、彼を追い異世界から来たウォーデン老とその弟子ハリエットにより窮地に立たされたヴァナルガンドは、彼の忠実なる僕である人狼ギャリソンによって造られた迷宮『グレイプニル』へと逃げ込む。
そしてヴァナルガンドとの戦いで深い傷を負ったウォーデン老は、迷宮の攻略をアルト隊に託した。
いくつもの敵や罠を破り、第5階層へとたどり着いたアルト隊は、ウォーデン老が各地でスカウトしてきたアスカ隊、ドリー隊を加えて先へ挑む。
知恵と人数を頼って進み、迷路奥の広間に鎮座していた階層ボス『キングヒドラ』を退治することに成功した。
3つの首を力なく横たえる『キングヒドラ』を前に、アルト隊、アスカ隊、ドリー隊の面々は息を整える。
戦闘は終わった。
さすがは10レベル怪物だけあり、高い防御を突破してダメージを与えHPを削り切るだけでも、なかなかの苦労である。
そう、削るだけの簡単なお仕事でも、だ。
何を言いたいかと言いえば、彼ら実は、1ポイントもダメージを負ってない。
それというのも、この『キングヒドラ』には攻略法があったのである。
レトロゲームマニアという本人にとっては不名誉な烙印を押された、鈍色の戦乙女アスカの言によれば以下の様なモノだ。
「正面からの攻撃は絶対ダメ。強烈な『炎の息吹』が来る」
「ではどうするのだ?」
真剣な面差しで問い返す白磁の魔導士カインに対し、アスカは得意げな表情で答える。
「斜め後ろから攻撃するんだ」
一瞬、皆が「え?」という顔をした。
正面がダメなら斜め後ろから攻撃すればいいじゃない。とは、確かにその通りのロジックなのだろうが、相手も生きた怪物だ。
斜め後ろに回れば相手だって振り向きもするだろう。
だがアスカはかなり自信ありげに皆の疑問を払拭する。
「見ての通りこの広間は長細いから、『キングヒドラ』が回れ右するだけのスペースはない。だから大丈夫だ」
「なら斜め後ろではなく、真後ろでいいじゃないか」
これにはサムライ少年アルトが口を挟む。
言葉遊びのようでもあるがこれも隊の多くが思い浮かべた疑問であった。
だが、真後ろではダメな理由も明確にある。
そのことを身をもって知っている黒装束のシノビ少女ヒビキがため息をついた。
「真後ろに立てばあの尻尾に触れることになるだろう。吹き飛ばされるぞ」
ヒビキの言にアスカが頷く。
聞いた他の者たちはゴクリと固唾をのんだ。
見れば巨大な体躯に相応しい、丸太の様な尻尾が横たわっている。
アレの打撃を受ければ、人間としては高レベルである彼らの装甲など紙のようなものかもしれない。
と、想像を巡らせて冷や汗を垂らした。
もっとも、「吹き飛ばされるぞ」の言葉が、強烈な攻撃で倒されることへの比喩ではなく、文字通り宙を飛ぶかの如く飛んでいくとは、誰も思わなかった。
これは実際に尻尾の洗礼を受けたヒビキと、元ネタと思われる古いゲームをよく知る数人だけが、頭に思い浮かべていた。
そんなわけで、彼らは尻尾と息吹攻撃を避けて、後はチマチマと削っていく戦いに身を投じ、18ラウンドを戦いきることでようやく『キングヒドラ』を下したのだった。
さて、話を戻す。
倒された『キングヒドラ』の巨体をしばし眺めて呆然としていた彼らだったが、いち早く我に返った数人が口を開いた。
「そうだギザコイン。こいつが持ってるって言ったよね? どこだ?」
巨体の端から端までに視線を何度か往復させつつ、黒髪の少年剣士ドリーが言う。
ギザコインとは、スタート小屋に収めると思われるアイテムの仮称である。
収めるべき場所に、硬貨サイズでギザギザの窪みがあったため、そう呼ばれることとなったのだ。
とはいえ、その言葉に触発されて広間と遺骸に隈なく視線を這わしても、それらしい物は誰も見つけられない。
「見えるところにないならば、隠れているのでしょうな」
それならば、と、とても嫌そうな視線を『キングヒドラ』に向けながら言ったのは、酒樽紳士レッドグースであった。
「まさか、お腹の中やないやろね?」
白い法衣の乙女神官モルトはそんな彼の表情に気づき、同じ様に表情をゆがめた。
「かっさばくにゃ」
と、なぜかやる気のねこ耳童女マーベルであった。
彼女をよく知るアルト隊の脳裏には、『食欲』の文字が走ったという。
だが、はたして、そそるかどうかもわからないヒドラ肉ステーキは、残念ながらその後も食卓に上がることはなかった。
なぜなら、しばらくそんな風に話しているうちに、『キングヒドラ』の死骸は、何度か点滅するようにして消え失せてしまったからだ。
いかにもゲーム的な演出だと、日本出身者は呆れた目で見送った。
そして『キングヒドラ』が消えた広間の中央には、煌びやかな金属に彩られた宝箱が鎮座していた。
「さて、お仕事しますかな」
『盗賊』レッドグースが「やれやれ」と肩を回して進み出る。
先ほど別の宝箱で失敗した彼だが、だからと言って彼が最も優れた罠・錠前はずし技を持つ以上、彼に任せる他はないのだ。
レッドグースが宝箱の調査に時を費やす間に、無言で半歩進み出た者がいる。
黒い『外套』を着た眼鏡の魔導士カリストだ。
いつもなら得意げに何かを語るであろうカリストは、大きなバッテンを描かれたマスクをしており、これが無言の理由だった。
この謎のマスクによって言葉を封じられているのだ。
もちろん、発言できないため、魔法も使用できない。
そんなカリストが何の為に進み出たかと言えば、カバンから取り出した長細い短冊状の紙片を皆に配るためだった。
「これは? なにやら微かに神聖な気配を感じますね」
レッドグースを抜かした人間サイズの皆に配られたお札を見て、亜麻色の髪の神官剣士アッシュが、そう感想をもらした。
「これは『当麻の護符』にゃ」
無言のカリストが解説できないので、その意を汲んでマーベルが答えた。
『当麻の護符』は錬金少女ハリエットの手で作られた、退魔の札である。
レベル2以下の不死の怪物を退けるという効果がある。
「不浄を避ける」というアイテムの為、アッシュには神聖魔法に似た気配と思えたのかもしれない。
今回、カリストがハリエットに願い出て準備してもらっていたのは、このアイテムであった。
「これ、どうするん?」
受け取り、効果もまぁ知っているが、何の為なのかというのが判らない。
首を傾げる何人かの疑問を代表するように口にしたのはモルトだった。
「んー」
当然、答えようとしたカリストは発言不可なので、唸り声しか返ってこない。
「お、錠が開きましたぞ」
と、そんな短い時間が過ぎ去る頃には、レッドグースが仕事を終えたと声を上げた。
いかにも鈍重そうな『盗賊』がそう言って下がると、カリストは札を持った面々の背中を押して宝箱の周りに配置した。
配置し、自らお札片手に宝箱のふたを開ける。
そこには小さな硬貨サイズの何かが4つ収まっていた。
宝箱を囲む面々が興味深くのぞき込み、困惑に眉を寄せる。
確かにそれは硬貨サイズでギザギザがついた何かだった。
それが何か解らない者は頭上に疑問符を上げ、解った者もまた「なぜ?」と首を傾げる。
「ビール瓶のフタやんか」
沈黙を最初に破ったのは無類のお酒好きでもあるモルトだった。
そう、彼女の言う通り、それは彼女らが元いた日本を含む世界ではおなじみの、瓶ビールなどを封する金属のフタであった。
だが、それはともかく「なぜフタが?」という話が出るより早く、遠くの紫の空から飛来する白いヤツがいた。
敏感にも反応したのはマーベルだ。
「お化けが来たにゃ!」
言われてみて、先日、マーベルとともに襲われた経験を持つカインが気を引き締めた表情で睨みつける。
「この意味不明なギザコインを奪い来たか」
カインの言う通りなのだろう。
以前の時も、カインやマーベルには目もくれず、『空飛ぶ庭箒』のみを奪っていっき、そして奪われた『空飛ぶ庭箒』は、この階層の適当な通路に打ち捨てられていた。
つまり、この『白シーツのお化け』は「アイテムを奪い去り、この階層のどこかに捨て去る」という特性があるのだろう。
「そうか。カリストさんは『当麻の護符』であのお化けを追い返せ、って言いたいんですね!」
「んー!」
ハッとして叫んだアルトの言に、カリストは親指を立てて唸り声をあげた。
どうやら正解と言いたいらしい。
「なるほど。さすがカリストだ」
アスカやドリーと言った、比較的素直な面々はこれにいたく感心して目を輝かせた。
が、比較的思慮深い面々は「はたして」と疑問を思い浮かべた。
疑問の一つは「この『白シーツのお化け』は不死の怪物なのか。
また一つは『白シーツのお化け』の怪物レベルだ。
前者については以前対峙したマーベルが太鼓判を押した。
どうやら遭遇時、咄嗟に精霊使い(シャーマン)のスキル『オーラスキャン』で確認したらしい。
そしてもう一つの疑問には、カリストが答えた。
ただし声が封じられているので『ファンファンフォン』を通したメールでの解説だ。
戦闘前にヒビキから端末を押し付けられたアルトが読み上げる。
「『不死の怪物ではあるが、階層の仕掛け(ギミック)という位置づけであり、戦闘を想定していないと思われる。怪物という区分ではない以上、レベルは設定されていない。設定されていないなら定義上レベルはゼロだ』。なるほど、って長いよ!」
そしてカリストの話が裏付けられるように、『当麻の護符』は効果を発揮した。
襲来した『白シーツのお化け』は『当麻の護符』をかざした面々が囲む宝箱に、近付くことができないようだった。
「驚きますね。カリストさんの考えは確かに『そういう考えもあるな』と思えますが、こうも都合よくハマるとは」
躊躇する『白シーツのお化け』に奪われないようアイテム回収を行うカリストを尻目に、我らがGMであった薄茶色の宝珠は感心半分にそうもらした。
GM氏は感心しつつ、疑問にも思っていた。
これまでもあったことだが、アルト(プレイヤー)たちのかざす推理の正答が、都合がよすぎることが多かった。ということについてだ。
カリストやレッドグースの屁理屈じみた定義解釈が、不思議とその通りになるのだ。
実は、これには彼らに知りえない秘密があった。
それはこの世界がTRPGを基にした世界である。という点が作用している。
その昔、まだ世にインターネットなどが普及していない時分。
TRPGが隆盛を極めたのは、そんな時代だった。
分厚いルールブックには様々な事象が定義され、雑誌の特集記事では補足的にQ&Aなどが載っていた。
それでも世界の森羅万象を定義するには少なすぎる。
かと言って、現在のようにネットを介して制作サイドに問いを発し、手早く回答を得るなどと言うことも叶わない。
そんな時どうしたか。
プレイヤーやGMが、その時々にアドリブで定義を付け足すのだ。
そしてその定義がその場で通れば、それはそのグループでは真理となり、以降はそれがルールとなるのだ。
簡単に一言で表すなら「言ったもの勝ちローカルルール」の世界である。
TRPGではそれが慣習なのだ。
ゆえにこの「メリクルリングRPG」を模した世界でも、未だ定義されていない事象はいくらでもあった。
それらは定義されるまでは不定形であり、定義された時に定形となる。
つまりこれまで彼らの屁理屈がまかり通った背景は、まだ不定形だった事象に、彼らがたまたま初めて言葉を与えたからなのだ。
閑話休題。
ともかく、そうして彼らは難関を経て「ビール瓶のフタ」の様な小物を手に入れた。
「苦労して瓶のフタって。なんじゃそりゃ」
アルトなどは、呆れ気味にそう呟いた。
「まぁ『王冠』と言えば。ワタクシが子供のころには、コレクションアイテムでもあり、キッズの宝物でももあったのですぞ」
それをレッドグースがなだめる様に言う。
言うが、彼自身も宝箱に大事そうに入っていた「ゴミ」に苦笑気味だ。
だが、そんな彼の言葉に反応した者もいる。
女偉丈夫アスカだ。
「今なんて?」
問われたが、何を問われたのか判らず、レッドグースは首を傾げる。
「はて。コレクションアイテムで、というのが不思議ですかな? 昔はペットボトルなどありませんでしたので、ジュースもこの手の瓶でしてな。種類もたくさんありましたし、コラボで絵なんかが入っているモノもあったのですぞ」
「そうじゃなくて『王冠』って」
言われ、やっとレッドグースもピンと来た。
「ああ、もしかして今の若者には馴染みのない言い回しでしたかな?」
「アタシは知ってるにゃ」
父が瓶ビールを飲む習慣があったので、マーベルは家族の会話から知っていた。
だが、同年代であるアルトやアスカは知らなかったのだ。
瓶のフタに使っているこのギザギザな金属片を『王冠』と呼ぶことを。
そも「瓶の頭に乗っているから」とか「逆さに置くとまるで王冠のようだから」など、由来は諸説あるようだが、一昔前は当たり前にこの瓶のフタを『王冠』と呼んだ。
だが今はこうした栓をする飲み物はぐっと少なくなり、言葉が無くなったわけでなくとも、触れる機会は少なくなり、若い世代には知らない者がいてもおかしくない。という状況であった。
ゆえにアスカはその名を聞いて、初めてこの宝物を納得気に見つめることとなった。
「やっぱりこの階層は『ドラスレ』だったんだ」
そして誰に言うでもなくそう呟いた。
彼女の知るレトロゲーム『ドラスレ』では、並み居るザコモンスターを蹴散らして進み、数々のアイテムを手に入れ、ボスであるドラゴンを倒すことで手に入れるクラウンを持ち帰ることでミッションクリアとなる。
この瓶のフタが『王冠』だと言うなら、確かに彼女の知る『ドラスレ』の通りであった。
そんなわけで少々興奮気味なアスカを、同世代のアルトやマーベルは冷ややかな目で見ていた。
「もう終わった階層のネタが何だったかとか、どうでもよくない?」
「そうにゃー」
ただまぁ、彼らは終わった気になっていたが、まだこの階層は終わっていない。
後はこの『王冠』を小屋に持ち帰り、あの座に収めなければならないのだ。
カリストが『王冠』を鞄に入れたことで、『白シーツのお化け』もようやく諦めたようで、彼らは一息ついてから小屋を目指した。
そして幾重にも曲がった通路を戻り、小屋のある広場にたどり着いた彼らが見たのは、無数の怪物に囲まれたスタート小屋のありさまだった。
「ああ、『ドラスレ』でもこれが最後の仕掛けだったっけ」
思い出したように手をたたくアスカに、今度は全員が冷ややかな視線を送るのだった。
その後、また『交代戦術』を至急組み立てて実践しつつ、ヒビキが『シャドウダイブ』で『王冠』を小屋に運ぶことで階層クリアとあいなった。
クリアしたことで、カリストも無事、マスクから解放された。




