07矛盾の罠
真なる創造主・ヴァナルガンドは、この世界を自らの餌とする為に創りたもうた。
だが、ヴァナルガンドを仇と見るウォーデン老とその弟子・ハリエットは、アルト隊を伴い、ついにはかの魔狼を追い詰めた。
ウォーデン老とハリエットは、大規模錬金術式『束縛機構』により、ヴァナルガンドを異次元へと閉じ込めようとするが、後一歩のところで邪魔が入る。
ヴァナルガンドの忠実なる僕・ギャリソンだ。
彼は主から授かった世界の創造力の一端を使い、また、『束縛機構』を利用して、ヴァナルガンドが逃げ込む為のダンジョンを創り出したのだ。
迷宮『グレイプニル』の誕生である。
ヴァナルガンドと共に大半の力を失ったウォーデン老に代わり、ダンジョンアタックを開始したアルト隊。
地下1階層では僅かな油断からアルトがその命を落とした。
だが、この迷宮に定められたルールによりアルトは復活する。
課せられるペナルティは、元の世界の記憶であった。
翌日もアルト隊は朝から勤勉に迷宮探索へと赴いた。
探索期間中の食料などの補給については、拠点としている教会風建物に滞在している錬金メガネっ娘ハリエットが、定期的にリルガ王国へと調達に行ってくれるとのことで一切合財を任せる事にした。
初日はアルトの死亡と再生などと言うハプニングもあったがそれなりに探索は進んだこともあり、次の日の午前中にはすんなりと地下2階層へと続く階段を見つけた。
階段を降りる。
そこは1階層と同じく石壁石畳で薄暗い。
ハリエットから貰った『半永久角灯』の光をかざしてみれば、階段のある場所は10メートル四方の部屋であった。
出口は一つ、片開きの扉があるのみだ。
ここまでと同じ様にルーチンワークでドワーフの『盗賊』であるレッドグースが調べた後に、サムライ少年アルトが蹴り開ける。
するとすでに扉を開けた場合にお馴染み通りで、そこには怪物がいた。
「あれは、イタチ、ですかな?」
眼前に展開した3匹の小動物を見て、レッドグースが呟く。
体長は40センチメートル程度。
やけにヌルっと胴が長い印象で、全体的に茶色い毛並みだが、顔のあたりだけが黒く、つぶらな瞳が少々間抜けにも見える。
「なんや可愛らしいな」
そんな相貌を見て、白い法衣のモルトからのコメントだったが、続くねこ耳童女マーベルにより、その感想は覆される。
「でも手が可愛らしくないにゃ」
そう、彼女の指摘どおりに視線を向ければ、その前足の爪が、まるで鎌のように長く鋭い。
『エルム街の悪夢』に出てきたフレディの鉄爪と言えばわかるだろうか。
「へっ、爪が凶悪だろうがなんだろうが、たかが小動物にビビるかよ!」
すでに抜き放ってい大太刀『蛍丸』の燐光を散らしながらアルトが叫ぶ。
「相変わらず、格下相手には威勢が良いにゃ」
と、そんな呟きは、幸いにもアルトの耳には入らなかった。
間もなく、元GMである薄茶色の宝珠から「戦闘フェイズ開始です」という告知を受け、各々は気を引き締めて3匹のイタチどもに立ち向かう。
まずはいつも通りしなやかに素早いマーベルが援護魔法を使って備えたところで事件は起きた。
小動物らしく高い敏捷を持つ鎌イタチどもがアルトへ襲い掛かる。
縦一列に並んだイタチども。
その先頭の者が鎌を振るう。
素早いだけあり、その手の鎌は高レベルのアルトをもってしてもギリギリだ。
「ちっ、こいつは油断ならねぇ」
頬を掠めるかのごとき鋭き斬撃に続き、2番目のイタチが襲い来る。
これもまた、アルトはヒット直前で鍔迫り合いへと持ち込んだ。
そしてその隙に、2番目のイタチを踏み台にするように飛び上がったのが3番目のイタチだ。
かの鎌が閃き、そしてアルトの首筋付近を一文字に薙いだ。
「え?」
その声が、果たして本当にアルトの声だったか。
首から斬り離されたアルトの頭が、天井近くまで跳ねるように飛び上がった。
読んで字の如く必殺のクリティカルヒット。もちろん、即死である。
「げええぇぇ!」
残されたアルト隊の全員が驚愕に悲鳴をあげ、そして慄きながらも小動物を寄って集って叩きのめすのであった。
「もう少し骨のあるヤツかと思っていたが、口ほどにも無いヤツめ」
例の如くアルトが迷宮の門前で目覚めると、頭上からそんな声が降り注いできた。
憂鬱な気分で見上げれば、そこには迷宮の創造者である初老の執事ギャリソンの幽霊が浮いている。
「あんたか」
言って、アルトはおかしなことに気づいた。
というのは、先日『死に戻り』を果たした際に失ったはずの、ここでのギャリソンとの会話を、今は憶えていると言うことだ。
「それにしても、こんなに、またすぐ死んでしまうとはね。ちょっとあなた、期待はずれでしたよ」
「く、油断しただけだ」
「そうでしょうとも。そうでなくては生き返らせる甲斐がありません。次はもう少し頑張ってもらいたいものです」
まさかの首刈り。直後にこんな失望混じりの罵りを受け、アルトは僅かな怒りと大きな自己嫌悪を覚える。
次は油断しない。慢心しない。
そう何度目かになる決心をせずにいられなかった。
とは言え、先の例から見て、どうせここでの記憶は失われるので、その決心が役に立つかは不明であった。
「さて、ではお約束どおり、元いた世界の記憶をまた少し、いただきましょう」
「待て」
たいした会話も無いうちに、ギャリソンがシステマチックに仕事を推し進めようとしたところで、アルトが口を挟む。
「おまけは出来ませんよ。これがこの迷宮のルールですから」
ギャリソンは素直に肩をすくめて身を止めた。
止めて、なお言ってから、再びアルトの記憶を奪う為に右手をかざした。
アルトは慌てて、自分の疑問を早口で投げかけた。
「あんたもキヨタと同じで、オレたちの世界から来たのか?」
この迷宮がキヨタのデザインでないならば、当然の帰結である。
ここまでで体験したこのダンジョンで演出、イベントは、少なくともアルト達が元いた世界でのゲーム文化を知る者でなければデザインできる物ではない。
ゆえに始めはキヨタヒロム氏のデザインを疑ったのだ。
だが、異世界に来てまで『TRPG』に拘ったキヨタにしては、このダンジョンはあまりにコンピュータRPG寄りと思えた。
その問いを聞き、ギャリソンは嘲りを含む笑みを浮かべた。
「あなた方と同じ世界から来た、というのは正解です。ですが、キヨタなどと一緒にしてほしくはありません。あのような、古臭い『TRPG』などにしがみ付く馬鹿とはね」
アルトの推理は的を射ていたようだ。
そして新たに判った事としては、どうやらギャリソンとキヨタは仲が悪い、ということだろう。
また、アルトはそんなギャリソンの言い様に、軽い嫌悪感を抱いた。
「古臭い『TRPG』などと言うもの」という言い草に、だ。
そのアルトも、同じ世界から飛ばされてきた仲間たちも、『TRPG』が好きだからこそ、その縁でこの世界へ飛ばされてきたのだから。
キヨタは敵であったが、そういう意味では仲間であったと言えなくも無いのだ。
「TRPGを古臭い、なんて馬鹿にするわりに、この迷宮のデザインも古臭いんじゃないのか?」
「なんですと?」
悔しかったので咄嗟に言い返したが、その言葉はどうやらギャリソンの心に小さな針を打ち込んだようだった。
僅かに眉を吊り上げ、そして次の瞬間には冷たい目でアルトを見下ろす。
「まぁ良いでしょう。キヨタもすでにここにはいない。あなた方もこの迷宮から逃れることは出来ない。せいぜい、さえずるがいい」
そして次の瞬間、アルトは死のペナルティを受け、僅かな眠りへと落ちた。
アルトが再び目覚めて1時間もすると、仲間たちも迷宮から戻り合流を果たした。
その日はまだ日も高かったので、もう一度探索を続けようと扉を押す。
が、果たして地獄の門は開かれなかった。
「どうやらアタックは1日1回までってことみたいだね」
黒衣の魔導師カリストの言に一同は頷き、仕方なしにと拠点へと戻るのだった。
次の日からもアルト隊は迷宮へと潜る。
ところが、とんとん拍子で進んだ1階層と比べ、地下2階層の探索はトンと進まなくなった。
と言うのも、そこから先は、それまで以上に罠やギミックが増えたからだ。
1階層は所詮、様子見の小手調べだった、という事なのだろう。
具体的に言えば、魔法の灯りでさえ照らせない『ダークゾーン』や、さらに回転床が点在する迷路エリア。ある『キーアイテム』を手に入れなければ開かない扉などである。
直接危機に結びつく物ではないが、何度も同じ通路を歩き回る羽目にもなる。
この階層では『徘徊する怪物』も出現するようになったため、通路を進めば進むだけ戦闘も多くなり、その分、消耗も激しかった。
怪物は地下1階層より強くなったが、それでもまだアルト隊からすれば雑魚の範疇だった。
だが、初っ端から2日連続で死んだアルトとしては慎重にならざるを得ない。
それも探索が遅れる原因の一つでもあったが、こればかりは仕方ない。
ちなみに2日目にアルトの首を刈った鎌イタチは『リパーウィゼル』と言う名で、レベルやHP、打撃力や防御点も低い小動物らしい怪物だが、必殺のクリティカルヒットと、それを当てに来る高い敏捷度を持つ厄介な敵だ。
そんなわけで、アルト達の2階層探索は、それからまるっと5日は掛かった。
つまりは迷宮に入って7日目の夕方。
レッドグースが描いているマップと、通路突き当たりにある3つの扉を見てカリストが口を開く。
「この先をそれぞれ調べれば、この階層の探索は終了だろうね」
3つの扉。
正面に両開きの扉。
くすんではいるが、それぞれ金と銀に色分けされている。
右壁、左壁にはそれぞれ片開きの扉。
これらは正面の金銀に対応するかのように、扉の中央にそれぞれ金の板、銀の板が打ち付けられていた。
「いきなり正面扉は、開かないのでしょうなぁ」
あからさますぎるので、レッドグースはため息混じりにそれぞれの扉を調べた。
結果は予想通りで、正面の扉は押しても引いても動かず、左右の扉は鍵すらも無い有様のようだった。
「さて、どっちから行く?」
アルトが油断なく『蛍丸』を腰構えに添えて仲間を振り向き訊ねる。
その問いに対し、皆一様に押し黙った。
判断材料など何も無い。
そうなると誰もが自分の直感を推して良いものかと躊躇うのだ。
そんな中、ふと顔を上げたのはマーベルだった。
「中はきっと怪物にゃ。こんな場合、だいたい金の方が強いにゃ」
「ほほう。なるほどなるほど。納得できますな。光速で動きそうですしな」
レッドグースもその言には賛同して頷く。
見れば他の者たちも同様に納得したようだった。
「じゃぁ、まずは銀からだな」
そして当然、アルト隊としてはそうなった。
先頭に立ったアルトが油断なく扉を蹴り開ける。
銀色のプレートが付けられていた方の扉だ。
大きく開かれた扉から全員で飛び込み、すぐさま油断無く散開、そして後衛を守るように隊列を組む。
その間にも各員が視線で室内を走査する。
室内。
そう、そこは10メートル×6メートル程度の、長方形の部屋であった。
そしてその中央には、怪しい紫のオーラを纏った『騎士の盾』が浮いていた。
見るからに『盾』。
間違いなく『盾』。
あからさまに『盾』である。
「なんにゃ、アレ?」
「盾、でしょうなぁ」
思わず、後衛組みからもそんな間抜けな会話が上がる。
続いてもう一人の後衛、カリストも眼鏡をクイと上げて呟いた。
「不確定名『アニメイテッド・オブジェクト』というところかな」
「え? アニメグッズの店がなんやって?」
「いやいやいや。『生命を吹き込まれた物体』とかそんな意味だよ」
と、こんな会話も交わされた。
「どうやらアレは怪物のようですね。戦闘フェイズが始まります」
「張り切って行くにゃ。このパターンなら勝てばあの盾はアタシらの物にゃ!」
「でもオレら、誰も盾使わないけどね」
「そうだったにゃ!」
そして戦闘が始まった。
戦闘は長引いた。
敵はさすが盾だけはあり、なかなか攻撃がクリーンヒットしない。
その上、やっとの思いでダメージを積み重ねると『回復魔法』を使うのだ。
「ちっ、なんてやつだ」
「でもきっと倒して手に入れれば、『回復魔法』使い放題にゃ」
「そ、そうだな。よし!」
苦労はするが、モチベーションは上がる。
そんなこんなで一進一退の戦闘は10ラウンド続いた。
だが戦況は一向に好転しない。
不幸中の幸いなのは、相手は盾だけに攻撃力打撃力が低い事だった。
「とは言え、こちらはMPの限界もありますからの。このままでは負けますぞ」
レッドグースが皆の不安を具体化する。
だが、その不安などは長く続かない。
彼らには彼らの秘策があったのだ。
「みんな、ふぁいなるおぺれーしょんや!」
「おう!」
各員、全力攻撃の構えを取り、レッドグースだけは『手風琴』を準備する。
まぁ、ぶっちゃけて言えば何の事は無い。
一つに全員で行動待機してラウンド最後に一斉攻撃。
二つにレッドグースが呪歌『アクセルレイブ』にて全員の敏捷度を最大値に均質化。
三つに次ラウンド、敵が『回復魔法』をする前に全員で最大攻撃をぶちかます。
と、こういった作戦だった。
2ラウンド分の打撃力を集中する作戦なのだ。
そしてその戦術は功を奏し、見事に『アニメイテッド・オブジェクト』は地に落ち、戦闘は終了した。
戦い終わり、戦勝の喜びもそこそこにアルト隊の面々は倒した盾の周りに集まり項垂れる。
なぜなら、全力攻撃で叩き割られた盾は、復活する事も無く、ただ『壊れた物品』になっただけだったから。
「…まぁ、そうなるよな。普通」
アルトの諦観の呟きが全てであった。
気を取り直して部屋を出ると、扉についていた銀のプレートと、正面量扉の銀色部分は色がくすんで輝きを失っていた。
「どうやら両方の扉を攻略すれば、正面扉が開くって仕組みで間違いなさそうだね」
それを見てカリストが頷く。
ところが、続けて金色のプレートが嵌められた扉を調べていたレッドグースが、顔全部をしかめて戻ってきた。
「がちょさん、どうしたにゃ?」
「強そうな敵でもおったん?」
マーベルとモルトが揃って首を傾げるが、レッドグースは和みもせずに重苦しく口を開く。
「金プレートの扉が、ウンともスンとも言わぬのです」
「は? 開かないってこと?」
「その通りですな。もしかすると、片方を攻略するともう片方は閉ざされる仕組みなのかも知れませぬ」
「それ、詰んでるにゃ?」
「そう、ですな」
マーベルの言葉に重々しく頷いた。
両方の扉を攻略せねば先に進めず。
だが片方を攻略するともう片方は攻略できない。
この矛盾あるギミックでは、この先へ進むのは不可能である。
「いや、方法はある。同時攻略だ」
そこでそう提案するのはカリストだ。
だが言った本人の顔も晴れない。
なぜなら、彼の提案をこなすには前提条件が2つあるからだ。
一つは、一度ダンジョンを出ればこのギミックはリセットされ、再チャレンジが可能である事。
まぁこれは、ここまでのギミックが再チャレンジ時に復活していたので問題が無いと思われた。
そしてもう一つの条件。
これこそが彼の懸念であった。
「無理にゃ」
「無理だな」
「無理やね」
「無理でしょうな」
この懸念は他のメンバーも判っていたので、その様に返事が上がる。
つまり、この隊を分けて同時攻略に当たったとしても、少なくとも『盾』を打撃力不足で突破できないのだ。
金のプレート側にも同等以上の怪物がいる事を想定すれば、とてもじゃないが攻略不可能だ。
その日はすでに夜に差し掛かっていることもあり、アルト隊は拠点へと帰還する事にした。
失意のままに白い教会風建物まで戻る。
出迎えはすでにお馴染みになりつつある、エプロン姿の錬金娘ハリエットだ。
「おかえりー。お客様がお見えダヨ」
ところが、その出迎えの台詞に変化があった。
「お客?」
心当たり無く、アルトをはじめ、皆一様に首を傾げる。
傾げつつも歩を進め食堂まで行くと、果たしてその客たちはすでに食卓にて軽食を供されていた。
「よ、義弟よ。元気そうだな」
そう声をかけてきたのは、蓬色の飛蝗怪人にしてアルトの義兄、ファルケ。
無口に顔を向ける求道者然とした気難しそう大剣持ちの長兄、ルクス。
対照的にニヤニヤとした顔を向けるのは『ミスリルの魔導師』の二つ名持ち、エイリーク。
そしてエイリークに従う金緑色の塊に見える全身鎧、『魔操兵士』のプレツエル。
どれもアルトの義家族と言うべきメンバーであった。
「どうやら攻略メンバーの不足については、とりあえず目処が付いたようだね」
カリストは難しい顔から一転、ニヤリと笑ってそう呟いた。
プレツエルはエイリークを『兄』と慕っているので、アルトの事も義兄弟だと思っていたりする。




