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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#02_ぼくらの逃亡生活

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16/208

01ぼくらは街道で出会った

 青々とした雨上がりの晴れ空に、剣呑な音が響き渡った。

 それは金属同士がかち合う音であり、そして自らを鼓舞する怒声であった。

 アルセリア島という、日本で言えば九州ほどの面積を持つこの島の北側にある、東西を結ぶ大街道上のことだ。

 黒土を踏み固め、その上に砕石を敷き詰めた幅8メートルくらいの街道で、停車した幌付き馬車を取り囲むのは襲撃者である。

 子供ほどの背丈だが、その姿は酷く醜い。鼻がひしゃげたように曲がり、何日も清拭してないような異臭を放つ妖魔が、その数8体。

 統一感がない、思い思いの武器を手にした妖魔たちは、まるきり統制の取れてない散発的な攻撃を、馬車の一団に対して繰り返していた。

 馬車の護衛と思われる少年は16、7歳くらいだろうか。『傭兵(ファイター)』風のその少年は、馬車を襲撃する妖魔の攻撃を、ほぼ一身に引き受けていた。

 少年が身を翻す度にジャラジャラと音を立てるのは『鎖帷子(チェインメイル)』。小さな金属の環を編み合わせて作られたシャツのような鎧だ。

 また、手にした得物は刃渡り1メートル弱の日本刀『無銘の打刀』。合戦のなくなった江戸時代に用いられた武士の魂であり、実践にギリギリ耐えうる数打ち品だ。

「へっ、4レベルになったこの『傭兵(ファイター)』アルトに、ゴブリン如きの攻撃が当たるかよ」

 護衛らしき少年は大口に劣らぬ体捌きと太刀筋で、次々と襲い来る妖魔の剣戟をなんなくかわし続ける。

「慢心、いくないにゃ」

 余裕の表情でひらりひらりと舞うアルトと名乗った少年、彼を嗜める様に声を上げるのは馬車の御者台に仁王立ちする金髪の童女。草色のワンピースに『なめし革の鎧(ソフトレザーアーマー)』をあわせ、街道を渡るそよ風に、ねこ耳と尻尾とポニーテイルを揺らしている。

 そう、ねこ耳に尻尾である。

 その姿は人間の子供の様であるが、顔の左右に耳は見えず、替わりに、三角の獣耳が頭から生えていた。

 コスプレではない。彼女はそういう生き物なのだ。人間に近しいが、明らかに違う種の人類『ケットシー』という。

 さらに奇妙な事に、彼女の頭上にはコブシ程の大きさのミツバチが、羽音を立てて滞空している。『精霊使い(シャーマン)』である彼女が召還し使役している、勇気を司る精神の精霊・ブレイビーである。

「ベルにゃんの言うとおりやでー、ちょっと前までゴブリン相手にひーひー言うてたの忘れたらあかんでー」

 間延びした声で金髪のねこ耳童女に同調するのは、アルト同様に馬車を守るように立つ長い髪の乙女。

 白い法衣に、短い円筒形のピルボックス帽、胴には『胸部鎧(キュイラス)』を着け、手に構えるのは巨大な縫い針にも似た『鎧刺し(エストック)』と言う刺剣だ。

「わ、わかってるよ。マーベルもモルトさんも、たまにはカッコつけさせてくれよ」

 金髪ねこ耳童女の名はマーベル。白い法衣の乙女はモルトと言った。

「まーそやな。アルくんが育ってくれたおかげで、ウチは楽できるから助かるわ、ありがとさん」

 戦いの最中である。しかし彼らの表情には余裕が見て伺えた。それは慢心ではない。いくつかの修羅場を潜り抜けた上で身につけた、己らの能力に対する自信である。

「さぁ凌ぎきったらこっちの番やで」

 妖魔からの最後の攻撃を捌くと同時に、モルトが白い法衣を翻し、手にした『鎧刺し(エストック)』の先で妖魔を狙い定めるよう水平に構える。防御から一転して、攻撃の構えだ。

「こいつら片付けて、2日ぶりのまともな飯だ!」

 モルトの言に応え、アルトもまた『無銘の打刀』を大上段に振りかぶる。別名『蜻蛉の構え』。

「そんにゃら、第2ラウンド、開始にゃ!」

 地上の二人を満足そうに眺めて大仰に頷き、御者台で腕を組んだねこ耳童女が空高らかに宣言した。




 さて、何ゆえに彼らがこうして戦っているのか。

 その経緯を簡単に語っておこう。


 ことの起こりは2ヶ月と1週間前。まだ春先の、肌寒い夕べのことである。

 発売されたばかりのテーブルトークRPG『メリクルリングRPG』で遊ぶ為、前述のアルト、モルト、そしてマーベルを含む6人が集まった。

 それはテーブルトークRPGと言うゲームの進行役・GMを務める中年の住むアパートの一室だったが、何の因果か、気付けばそこは『メリクルリングRPG』で描かれた世界の端だった。

 彼らは日本の社会において、高校生であり、大学生であり、また社会人であったが、目を覚ましたその場所においては、『傭兵(ファイター)』であり『精霊使い(シャーマン)』であり『聖職者(クレリック)』だった。

 ゲームなのか現実なのか、夢なのか幻覚なのか、誰も応えてくれはしなかったが、それでも腹は減るし眠くもなる。今まで十数年から数十年と繰り返してきた日々の暮らしの根源にある欲求は、異なる世界でも残念なことになくならなかった。

 そうして彼らは、この未知なる世界を彷徨うことになったわけだ。



 世界の端にあるような、ここアルセリア島の住人となり、なんとか生活の基盤を手に入れようとした彼らだったが、不運にもある事件に巻き込まれる。

 詳しい顛末はここでは省く。が、結果、彼らは殺人犯として警吏に追われる身となってしまったのだった。

 もちろん濡れ衣だ。だがそれを証明する手立ても、証言する弁護人もいなかった。

 捕まればどうなるだろう。暗い牢屋で何十年を過ごす羽目になるだろうか。運が悪ければすぐに打ち首となるだろう。


 かくして、彼らは警吏と賞金稼ぎの目と手を逃れ、一路、大街道を西へ向かったのだった。




「で、なんで西にしたんにゃ?」

 涼やかな風が渡る草原の下、東西を結ぶ大街道を歩くねこ耳の童女が、手を頭の後ろに組んでポツリと言った。

 彼女の名はマーベル・プロメテイト。草原の妖精族・ケットシーの『精霊使い(シャーマン)』だ。この世界にやってくる前はなりたての女子高生だったが、今やケットシーと言う種の特性に染まり、まるで小学生のようななりである。

「消去法による、消極的な選択の結果やなぁ」

 マーベルの隣を行くのはモルト・レミアム。白い法衣にピルボックス帽、胴には『胸部鎧(キュイラス)』と言ういでたちのお嬢様然とした乙女だ。

 この世界では、人間と森の妖精族・エルフの間に生まれたハーフエルフであり、『聖職者(クレリック)』として通っている。ここに来る前は女子大生だった。

 姿はお嬢様風であるが、腰に吊るした携帯ポットの中身は水やお茶ではなく果実酒である。この辺りが彼女をお嬢様たらしめない大きな要因となっている。

 さて、一行が踏みしめるこの大地はアルセリア島という。

 極東地域にタキシン王国、その西隣に、横に広いニューガルズ公国、そして山脈をはさんで南には、2国を合わせたほどの領土を持つレギ帝国、と、3つの国がある。

 彼らが歩いているのはニューガルズ公国。その東西の都市を結ぶ大街道だ。

 例の事件はニューガルズ公国の東端にある街・アルパにて起こった。

 警吏の手を逃れて首都・ニューガルズ市へ入った彼らだったが、似顔絵入りの手配書は瞬く間に回り、紆余曲折の後に、この街道上の身の上となった。

「国外逃亡を図るなら東か南にゃ。なんでそっちはダメだったにゃ?」

「南へ行かなかったのは山脈があるからだ。島を南北に分ける『天の支柱山脈』は、かなりの難所らしいからな」

 マーベルの前を歩く少年が答える。

 『鎖帷子(チェインメイル)』を着込み、腰には『無銘の打刀』を佩いた少年の名はアルト・ライナー。『傭兵(ファイター)』であり、その勘違いしたハリウッド映画に出てくる武士のような装備は、彼のメインスキルである『サムライ』に由来する為だ。

 この世界に来なければ、彼は進級したばかりの高校2年生だった。

「それじゃ東は? 東に行けばすぐ外国(タキシン王国)だったにゃ」

 尻尾をゆっくりと左右に揺らしながら、マーベルは質問を続ける。だが別に真剣に追求しているわけではない。いわば世間話である

 そもそもこの道程を決めた会議に集中していなかったが為、今になってこのような質問をしている訳である。もともと差ほどの興味がないのだ。

「そうですな。ニューガルズ公国の東隣はタキシン王国。ニューガルズ市からなら、熱海・小田原間程度の距離で国境。しかし、残念ながらタキシン王国は内乱中なのですな」

 今度の回答を述べたのは、子供ほどの背丈だが、張り出した腹回りから酒樽を想像させるカストロ髭の中年だった。

 彼の名はレッドグース。白いワイシャツ、赤いチェック柄のチョッキ。そして深い緑のベレー帽を被った、大地の妖精族・ドワーフの『吟遊詩人(バード)』である。

 向こうの世界でもやはり中年で、自営業を営んでいたらしい。

「戦争にゃぁ。戦争は嫌にゃぁ」

 マーベルがしみじみと頷く。だが彼女自身は戦争を経験したことなどない。というかそこにいた誰もが未経験だ。少し前は戦争のない日本にいたのだから当たり前である。

「タキシン国王が病床にあり、王子派と王弟派が後継者争いしてるんですよ」

 レッドグースの言を補足するように言葉を続けたのは、マーベルが背に負っているナップサックだった。

 正確にはその中に鎮座ましましている、薄茶色したコブシ大の宝珠(オーブ)だ。

 無機物がしゃべる。仕組みも原理もわからないが、彼こそはあの2ヶ月と1週間前に集まったアパートの部屋主にして、GMを務めるはずだった男の成れの果てである。

 ゲームにおけるキャラクターが無いせいか、その様な人外の姿でこの世界に顕現してしまったようだ。

 以上の5人、いや4人と1個が道連れに、この2ヶ月と1週間、旅を続けてきたのである。


「しかし、腹減った」

 しばしの沈黙を破り、アルトが肩を落としながらそうつぶやいた。

 この世界におけるこの肉体が現実か幻か知らないが、前述のとおり腹は減るし、眠くもなる。しかも彼らはこの2日間、保存食用の小さな干し肉を計6枚しか食べていない。朝、昼、夕と1枚ずつを2日間だ。

 指名手配中の彼らにとって、街での買い物は危険を伴う。そんな危険を押して、前の街を出る時に幾らかの保存食を手に入れたのだが、その量は全く足りなかった。

 森や小山があれば狩りも出来るだろうが、不運なことに狩場がなかなかない。この街道が開けて約500年というから、獣が寄り付かぬのも無理はないのかもしれない。

「ダイエットだと思えばええんや」

 同様に肩を落として返事をするモルトだが、どちらかと言えば自分に言い聞かせているようなものだ。

「まぁ『メリクルリングRPG』では飢えについてのペナルティが厳格に決められていなくて助かりましたね」

 そう陽気に言うのはGMである薄茶色の宝珠(オーブ)。彼はその身が無機物のお陰で、飲食を必要としない。ただ何らかのエネルギーは必要のようで、たまに寝落ちする。

「ふむ、前方で馬車が休憩しているようですな。何とか話をつけて食料分けてもらいましょう」

 カストロ髭のドワーフ紳士、レッドグースが遙か前方を指さす。目を凝らしてみれば、確かに1台の荷馬車が街道上で停車しているように見えた。行商人だろうか。なら支払い次第でなんとかなるかもしれない。

「今なら1食のご馳走の為に全財産投げ打ってもいい気分だぜ」

 疲れ果てた表情の上で、目だけに希望の光をギラギラと湛え、アルトは顎の汗をぞんざいに拭う。そうは言ってもアルトの所持金は銀貨152枚。日本の価値観に照らし合わせれば、だいたい1万5000円くらい。高校生のお小遣いにしては多いかもしれないが、この未知なる世界を旅する為の全財産と言ったら心もとない。

「積み荷が酒やったらええなぁ」

 とにかく酒類に目がないモルト。手持ちの酒は携帯ポットの果実酒が半分ほど。こちらも心もとない。お陰で、モルトは今、珍しく完全に素面だ。

 少しずつ表情を緩める3人と裏腹に、その遙か前方の荷馬車を見つめるマーベルは険しい瞳で一同を振り返った。

「なんかおかしいにゃ、あの馬車、襲われてるにゃ」

 草原の妖精族であるケットシーの目は、人間やドワーフの目よりかなり遠くを見ることが出来る。これは種族特性というより、アフリカや砂漠の民の目がいいのと同じ理屈のようだ。

 そのケットシーであるねこ耳童女、マーベルの言である。瞬間、3人の表情は再び引き締まった。

「野盗か? 人数とかわかるか?」

 無意識に腰の『無銘の打刀』を探りながらアルトが問う。困った人がいたら助ける、それは常識のようでいて、実のところ常識ではない。だがアルトはすでに馬車救援に意識を向けていた。根が善人なのかもしれない。日本人特有のお人好しなのかもしれない。

「ゴブリンにゃ。ゴブリンの野盗にゃ。8匹くらいいるにゃ」

 ゴブリンはこの世界では人間に次ぐメジャーな種族だ。

 背が低く醜悪な容姿を持つその妖魔の頭脳はあまり賢くなく、性向は臆病で残忍で邪悪。物を生み出すよりも、奪い消費する連中である。こうした人里離れた街道で、旅人を襲うことも珍しいことではない。

「助ければ報酬も期待できるかもしれませんな」

「もうゴブリンごときには敗けないしな」

 4人は頷き合い、馬車に向かって弾けるように駆け出すのだった。




「秘剣『燕返し』!」

 アルトの振るう『無銘の打刀』が、きらりと翻り、ゴブリンの醜い肉を断ち切った。ゴブリンは断末魔の叫びを上げ、その身体を草原に横たえる。これが馬車を襲撃していた最後の妖魔だ。

「ふう、なんとか無傷で終わった」

 念の為、周囲を軽く見回してから、アルトは残心を解き『無銘の打刀』に付着した妖魔の血を拭って鞘に収めた。

 この世界に放り込まれた直後の1週間、当時はこのゴブリンにも苦戦した。傷も何度か負った。だがそれはたった2ヶ月にしてもはや過去のことだ。

「おつかれさーん」

 アルトの数メートル隣で戦っていたモルトも『鎧刺し(エストック)』を拭ってアルトに歩み寄る。その様子に、御者台上のマーベルもまた、ぴょんと跳ねて街道の砂利を踏み、近くに寄った。

「『燕返し』、新技にゃ?」

「ああ、『傭兵(ファイター)』4レベルに上がった時に取得した新スキルだ。どうだ、かっこいいだろ」

 2ヶ月前はとにかく戦いたくなくて、逃げまわったり、愚痴を垂れたりしたもんだが、なかなかどうして、アルトも堂々としてきた。自信がついたこともあるだろうが、ひとつにはやはり慣れだろう。

 と、そこへ一足遅れたレッドグースがやっと到着した。本人は駆け足全速力のつもりだが、その低身長から繰り出される短足リーチの速度は、どうしても鈍重と言わざるをえない。

「もう終わってしまいましたな。いや残念残念」

 息も切らさずに両手を広げてにこやかに言うレッドグース。その様子からすると、さほど真剣に駆け足していなかったのかもしれない。もっとも『吟遊詩人(バード)』と言う非戦闘職である彼が急ぎ到着していたとして、戦況は然程変わらなかっただろう。それは各々もわかっているので、責めはしなかった。

「で、荷馬車の主はどちらですかな?」

 軽く戦勝の余韻に浸っていた3人を押しのけ、レッドグースが辺りを見回す。しかし街道には、今しがた打ち倒されたゴブリンが横たわるばかりだった。

「そういや変だな、誰も居ないじゃないか」

 ことの異常さにやっと気づいたアルトが、レッドグースに習って荷馬車の周囲を見渡す。1頭引きの小さな荷馬車だ。影に誰かが隠れるほどの大きさでもない。

「今、気付いたんかい」

 右手の甲を鋭く、それでいて軽くアルトの胸にぶつけてモルトがため息をつく。

「い、いやその、気付いていましたよ?」

 もちろん見栄張りの嘘である。

「御者もいない馬付きの馬車が街道上で…ゴブリンに襲われる? なんか変ですな」

 レッドグースが首を傾げ、モルト、アルトも同調しかけた。が、その時上がったマーベルの声で、詮索は打ち切られた。

「ホロの中に誰か倒れてるにゃ」

 急ぎ覗いてみれば、確かに荷台の幌の中には一人の人間が横たわっていた。

 年の頃はアルトと同じくらいの、美しい銀の髪の少女であった。


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