21あるいは新たな旅の始まり
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦において、アルト隊は『王太子派軍』の協力者として参戦することとなった。
『王弟派軍』はニューガルズ公国からの援軍を得られなかったのに対し、レギ帝国からの援軍を得た『王太子派軍』の勝利は時間の問題と思われた。
しかし『王弟派軍』将軍に取り立てられたベルガーの手腕により、『王太子派軍』は一転、窮地に陥った。
起死回生の一手として『王弟派軍』本拠地『ロシアード市』へ送られたアルト隊は見事、首魁である王弟アラグディアと、彼のとり立てた将軍ベルガーを討ち果たした。
こうして、タキシン王国の内戦はいよいよ終戦となった。
「ベルガー将軍が死んだ? まさか、あのベルガー将軍が?」
『ロイデ山』頂上に広がる盆地で防衛戦を指揮していた『王弟派軍』士官のティリオンは、今にも「いやいや、ご冗談を」とでも続けそうな表情で軍使からの口上を聞いた。
軍使曰く「王弟アラグディア閣下、および王弟私兵軍の将軍ベルガー、両名が死亡した。『ロイデ山』にて抵抗を続ける私兵軍残党は、速やかに降伏し武装解除せよ」と。
軍使は当然、『ロイデ山地』裾野で彼らを薄く包囲する『王太子派軍』からの者だ。
いや、軍使の話が本当であれば、もはや相手は『王太子派軍』ではなく、『タキシン王国正規軍』である。
さて、少し話しは横道にそれるが、なぜ『王弟派軍』において将軍副官であるティリオンが指揮を執っているのか。
混同しがちではあるが、副将と副官はその職務が全く違う。
副将と呼ばれる者はその名の通り将軍の次席指揮官であり、将軍の代理を務めるにふさわしい位を持つ。
対して副官とは、言わば秘書の様な役割だ。
もう少し詳しく言えば、上長、この場合はベルガー将軍が職務を遂行する上で、その仕事を潤滑にする為の根回しなどの瑣末を処理するのが仕事である。
なので副官は、付く長に比べると数段階劣る位というのが普通であり、このティリオンもタキシン王国軍の軍位としては「一軍の指揮官」というほど高くないのだ。
そもそもまだ10代後半程度に見えるティリオンだが、彼は長命な種族『森の妖精族』なので見た目通りの年齢ではない。
まぁそれでもせいぜい50代なので、エルフの中では若造といっても良い年齢だ。
とてもじゃないが全軍の指揮を執るほどの器ではない。
繰り返しになるが、ではなぜ彼が指揮官の地位に就いてしまっているのか。
それは単に人手不足のよるものだった。
『王弟派軍』も『王太子派軍』同様に、続く内戦により疲弊しており、兵士だけではなく士官不足となっている。
ゆえに、将位ではない彼が副官でありながら、将軍の次席になってしまったのだ。
そう言った経緯があったので、『王太子派軍』の軍使からの話を聞きティリオンは困惑しながらも「重い肩の荷を降ろせると」と、少しホッとした。
ちなみに、彼らの旗印となっている王弟アラグディアの死より、ベルガー将軍の死の方に驚愕したのは、「誰が死んでも、ベルガーだけは泥水すすって生き延びるだろう」という類の、まぁ、ある種の人徳だろう。
という訳で、一部兵士たちの反対はあったものの、『王弟派軍』改め『反乱軍』は降伏し、武装解除に応じた。
「さて、これで俺たちの仕事もひと段落だな」
「まぁ、かと言ってすぐ帰国、とは行かんでしょうが」
そんな会話を交わすのは、『ロイデ山』山頂の天幕を接収して白湯などを飲むレギ帝国軍のジャム大佐とマクラン少佐だ。
『王弟派軍』下の武装解除と、一部の停戦反対派の捕縛などを行っている間、彼らはすでに割かし暇であった。
不測の事態が起こるような状況はすでに終結しているので、そういう場合での責任者などは、後はもう作業終了を待つばかりなのである。
元『王弟派軍』の本部天幕にいるのは2人だけではない。
他にも王弟アラグディアとベルガー将軍を討ったアルト隊+αたちと、『王弟派軍』の指揮官だったティリオンも同席している。
ティリオンは『反乱軍』に組していたとは言え、歴とした王国貴族なので、タキシン国王の裁定が下るまで下手な扱いは出来ないのだ。
まぁ、逃亡や抵抗を企てれば現場判断で首をはねる事も可能ではあったが、ジャム大佐としても、そうでない以上は無駄な殺生をする趣味もない。
「戦争終わったのに、なんで帰国できないにゃ?」
まったりとした様子の指揮官たちに、戦場には似つかわしくない容姿のねこ耳童女マーベルが首をかしげて問う。
孫を見るような目をしたジャム大佐と、妹を見るような目をしたマクラン少佐が同時に振り向き、マーベルはマクラン少佐にだけ嫌そうな目を向けた。
ショックを受けたマクラン少佐はさておき、ジャム大佐が答える。
「確かに戦争は終結だろうが、まだ各地の混乱はしばらくあるだろう。だが治安と王権を回復するには、タキシン王国はまだ人手が足りんからな」
つまりは、帝国からの派遣軍諸君には、まだまだ細かい仕事が残っている、ということだ。
もっとも、その仕事も無料で請けているわけではないので、帝国としても特に依存はない。
「とは言え、ひとまずは王都へ帰還だな。治安維持にしろ抵抗勢力の制圧にしろ、王国軍の再編も必要だろう」
「必要と言えば、終戦パレードもですね」
気を取り直したマクラン少佐がため息をつけば、捕虜のような立場の癖に飄々としたエルフ貴族ティリオンが、そう続けた。
ちなみにタキシン王国の祖は古エルフ族の王なので、王国貴族にはエルフもそれなりにいる。
そもそも王族自体、今や殆ど人間ではあるが、古エルフ族の血を引いているのだ。
「あんた、さっきまで殺しあってたのに、よくもまぁ」
軍の動向などに口出しする気はなかったアルト達だったが、これにはさすがにアルトも呆れ顔だ。
だが、これにもティリオンは肩をすくめるて首を振る。
「別に相手が憎くてやりあってたわけじゃありませんよ。たまたま私の寄親がアラグディア閣下だっただけの話です」
「寄親ってなんや?」
何となく字面で解らなくもないが、と前置きしつつも、白い法衣のモルトが疑問を口にした。
「日本では戦国時代の寄親・寄子制度が有名ですかな。まぁ誤解を承知で簡単に言えば小規模な君主と家臣のような関係ですかな?」
「タキシン王国の貴族制度では、大きな街の太守クラスが近隣町村のまとめ役、寄親になり、保護と税集めを行っているんですよ」
この疑問に答えたのは、酒樽紳士レッドグースと、元GMたる薄茶色の宝珠氏だ。
つまり、ティリオン氏の領地である村か町が、たまたま王弟アラグディアの寄親としての保護地域だった、という訳だ。
「ま、タキシン王国の制度など、正直に言えばどうでも良い。俺たちは所詮外国人だからな。パレードも、まぁ内外に終戦を知らせるには必要だろう」
と、話を纏めるように言うジャム大佐だった。
「それで」と彼は続ける。
「おぬしらも『タキシン市』へ同行するのか?」
ジャム大佐の問いは、アルト隊へ向けられていた。
訊かれたアルト達は、一瞬きょとんとしてから互いに顔を見合わせる。
「そーやな。ご褒美もらわなアカンし、それが妥当やない?」
流れから言えば、王太子アムロドに雇われた態のアルト隊は、依頼完遂の報告と報酬を得る必要がある。
と、当然の話を口にするモルトに対し、アルトはしばし首をかしげる。
「いや、そもそもオレたち、何で戦争協力してたんだっけ?」
「なんでにゃ?」
アルトの言葉に同意するように、マーベルもまた首をかしげる。
これに答えるのは酒樽紳士レッドグースだ。
「『リルガ王国』へ行くのに、『王弟派軍』が邪魔だったからでしたな?」
「おお」
そんな言葉に、両者はポンと手を打って感心した。
黙って白湯をすすっていたアルトの義兄弟、ミスリル義肢のエイリークと飛蝗怪人ファルケがくくっと小さく笑う。
義兄弟の素振りが、いかにも間抜けで可笑しかったのだ。
「まぁ、もう邪魔な『王弟派』もおりませぬが、最後の任務には別の報酬もあったではありませぬか」
「そうにゃ」
今度はレッドグースの言葉にマーベルがポンと手を叩いた。
「なんやっけ?」
「確か商業特権ではなかったですかな?」
『商人』なら諸手を挙げて大喜びなのだが、所詮は冒険者なので、あまり興味のある褒章と言うわけではなかった、というのがアリアリと見える対応だった。
「で、どうするのだ?」
迷走するアルト隊会議に苦笑いしながら、ジャム大佐はもう一度問う。
アルトは少し迷ってから隊の皆に向けて振り返った。
「なら、先に養父に会いに、『リルガ王国』とやらへ行っても良いかな」
仲間達は嫌な顔など何一つ見せずに首肯する。
「ところで」
少しばかりいい雰囲気となったアルト隊に水差すように、ベルガー将軍にも負けない威丈夫、マクラン少佐が不思議そうに口を挟む。
「さっきから気にはなっていたんだが、その、黒服の御仁が見当たらんのだが?」
一同の口から「あ」と言う声が重なってもれた。
この時、アルト隊の面々は初めて黒衣の魔導師カリストと合流し忘れた事に気付いたのだった。
その後、彼と合流を果たしたのは、もうとっぷりと日が暮れた後であり、長く身動き取れぬまま寒風に晒されたカリストは、すっかり風邪を召していたと言う。
取り急ぎ出発したアルト隊の軌跡を追う前に、この後のタキシン王国とレギ帝国の動向について少し述べておこう。
内戦終結し、病身よりいくらか回復したタキシン王は終戦パレードの場で正式に引退を表明。
これにより王太子アムロドが譲位されタキシン王となった。
続いてタキシン王国とレギ帝国は国家間の通商条約を結ぶ。
これは王太子であったアムロドとレギ帝国の間ですでに前約束があった通りで、ここでは詳しく述べないが、タキシン王国内でのあらゆる利権について30年間大幅に譲られるという、言わば不平等条約だ。
それでも内戦終結により荒廃した国土を、帝国資本によって復興できるのはそれなりに利点もある。
即位したばかりのアムロド陛下は、側近のカインにことあるごとにこぼした。
「俺の世代は、ずっと尻拭いだ。クソ叔父め」
「これもセナトール王太子殿下の為と思って諦めてください」
「ふん、息子にも少しくらい苦労を残しておいてやろうか」
こうしてレギ帝国はここアルセリア島内でさらに大きく飛躍する事となった。
また、戦後、ほぼ壊滅的であったタキシン王国軍は、大規模な再編が必要であった為に一度解体され、『国土警備隊』として再結成した。
『国土警備隊』は、戦後もしばらく残留したレギ帝国騎士ジャム大佐率いる帝国からの派遣軍と共に、今やニューガルズ公国からもお尋ね者である元『ラ・ガイン教会警護隊』の離脱部隊や旧王弟派の残党狩りに良く働き実績を積んだ。
2年後には『国土保安隊』に改組されて発展的解消。
そしてさらにその2年後に規模を拡大し『タキシン王国国防軍』へと改組された。
残留した帝国軍は、1年と経たない内に一部が帰国。
帰国部隊の指揮は港湾都市ボーウェン治安維持隊隊長でもあったマクラン少佐が率いたのだが、巷に流布する噂によると、「こんな所にいつまでもいられるか、俺はもう帰る」とのたまったとか何とか。
その発言の真意については、巷へ伝わってはいないが、懸命な諸兄らにはおのずと理解いただけただろう。
また、いかにもな発言ではあったが死にフラグではなかったらしく、マクラン少佐は中佐へと昇進し、その後も『ボーウェン市』の平和を守っている。
そして時は戻り、アルト隊は飛蝗怪人ファルケ先導の元、噂の『リルガ王国』へと迫っていた。
「いやしかし、ホントに酷い目に会ったよ」
道中で苦笑いをこぼしながらそうボヤくのは、真っ黒な『外套』を着込んだ眼鏡の青年『魔術師』・カリストだ。
アルト隊が『ロシアード市』近郊の丘の上へ彼を迎えに行った時、カリストはまだ動けず、すっかり冷え切った身体で肺炎になりかかっていた。
「まぁまぁ、すまんかったって。せやからすぐに魔法で治したやろ?」
だがそこは高レベルの『聖職者』を含むアルト隊である。
白い法衣の乙女神官・モルトの神聖魔法『メディカライズ』で病魔はあっという間に退散した。
ただ、確かに病気はあっという間に治ったが、それでも寒風吹きすさぶ中、何時間も身動き取れずに放置されていた、と言う事実はなくならないし、その苦痛の体験も記憶からなくなるわけではない。
カリストが愚痴のひとつも言いたくなるのは、アルト隊の面々も解っているのだ。
それでも、とねこ耳童女・マーベルはいい加減に愚痴は飽きた、と反論を企てる。
「いい加減にするにゃ。アタシらも悪かったけど、動けなくなったのはカーさんの自業自得でもあるにゃ」
続いてねこ耳頭の上に載った人形サイズの少女・ティラミスもまた、その小さい身体でいっぱいに胸を張って言う。
「それに身体は動かずとも、ヤマト殿に命ずれば助けも呼べたでありますのに」
ちなみに件の使い魔・黒猫のヤマトは、人形少女ティラミスと共に、ちゃっかり近くの大木のウロで暖を取っていたらしい。
「それを言われると、僕も何もいえないんだけどね」
カリストとしても、重々承知した上で軽口を叩いていた面もあり、肩をすくめて言うのをやめることにした。
500年も昔に滅びた大魔法帝国の遺産、多大なるMPを個人に供給する事が可能な『理力の塔』を使った魔術式『ステルラ・トランスウォランス』。
確かにこの大魔法は強大な威力を持って『ロシアード市』の一部を破壊した。
だた、カリストも把握していなかったのだが、その代償は「数時間身動きが出来なくなる」と言う究極の肉体・精神疲労であった。
昨今のゲームに例えるなら、発動後のディレイが数時間に及ぶ、と言ったところか。
「だが確かに『魔術師』としては気になる業ではある。俺にも使えるものか?」
と、彼らの会話に口を挟むのは、作戦の共同従事者であった『メイジマッシャーズ』、『ミスリルの魔導師』と呼ばれるエイリークだ。
彼の問いを向けられたカリストはしばし黙考してから、着ていた『外套』を少し開いて、グレーのシャツの胸元を少し開いた。
露になったあまり筋肉の付いていない薄い胸板の中央には、禍々しくも輝かしい赤く丸い玉石が埋め込まれていた。
玉石の周りは薄く血管が盛り上がり、見る者に何やら痛々しい印象を覚えさせる。
「これ付ける手術が結構痛いし、やっちゃうともう後には戻れない。ある意味、人間辞める覚悟がいるよ?」
そんなカリストの忠告じみた言葉にも、エイリークは自らの右腕・左足を上げる。
「ふむ、俺はすでにこれだからな。今更だ」
そこには『ミスリル銀』で作られた特殊な魔法義肢がある。彼の魔法に関する能力は、これらの力でいくらか底上げされている。
エイリークが『ミスリルの魔導師』などと呼ばれる所以だ。
「あと、今も話にあったけど、使った後のデメリットも大きいよ」
「それに関してはプレツエルにお任せでござる」
もうひとつ忠告までに、と出たカリストの言葉には、エイリークに付き従うようにしていた巨大な全身鎧風のゴーレムが答えた。
これもまた『ミスリル銀』で作られた異常性能の兵器であり、操るのは人形姉妹が次女、『魔操兵士』プレツエルである。
彼女が壁として立ちはだかり、その後ろからエイリークが魔法で敵を打ち倒す。
これが『メイジマッシャーズ』のオーソドックスな戦闘スタイルだ。
もちろん、プレツエル自身も優秀な攻撃手だし、『ミスリル銀』の義肢を身につけたエイリークの魔法抵抗力を抜ける『魔術師』はそういないので、このコンビは瞬く間にタキシン王国の戦場で有名人となった。
「なるほど。動けなくても彼女ほどの護衛がいれば問題ないか。じゃぁ、手が空いたら手術の手配を考えよう」
「ああ、頼んだ」
仕方なく頷いたカリストだが、この手術が現実化するかは彼にはまだ解らなかった。
この手術を受けるには、実のところ、他にも様々な障害が待ち構えているのだ。
さて、そんな感じで弾む会話を続けながら粗末な街道を進んでいるうちに、遠くに何やら建造物が見えてきた。
「アレが『リルガ王国』か?」
先頭を歩くアルトが目を凝らしながら訊ねれば、その横の飛蝗面が「うむ」と頷く。
「『都市国家』と聞いておりましたが、なにやら『都市』というより『砦』と言った方が良いような風情ですな」
酒樽体型のドワーフ紳士・レッドグースが感想をもらす。
彼の言うとおり、現在ここから見えるのは丸太で組んだ外壁くらいなので、『タキシン市』や『ロシアード市』と比べるべくもなく『街』と呼べるものか迷う。
良く言って『町』だろう。
「ま、その言も間違っちゃいない。『都市国家』と言えば聞こえは良いが、規模はせいぜい村が2、3集まった程度だし、つい最近まで『王弟派軍』が何度か来てたから、防衛戦の必要があったんだ」
それであの丸太外壁を急遽こしらえたとか。
そう言うエイリークの説明に、アルトとレッドグースは感心気に頷いた。
「よく『王弟派軍』に攻められて凌いだな。ああ、ファルケやエイリークがいれば、それ程難しくもないか?」
アルトが感心を通り越して少々呆れたように言う。
2、3の村が集まった程度の町にいる兵力など高が知れているが、それでも『ライナス傭兵団』の一部が協力するなら充分可能だろう。
「いや、俺たちがここに到着する前の話だ」
が、ファルケがこれを即答で否定する。
ついでに、とエイリークが言葉を引き継ぐ。
「俺たちどころか、義長兄も養父も行く前だったって話だ」
「はい?」
これにはアルトも目が点だ。
義長兄とは、養父と呼ばれる英雄団長が率いる『ライナス傭兵団』で育てられたアルトの同期の中で、一番上の戦士だ。
これは日本人アルトではなく、この世界の少年アルトの記憶によりすでに知っている人物だったが、現在のアルトとしては、未だ対面していない人物だ。
動画で見せられた様な色あせた記憶では、無口で求道者的な『両手剣』使いだった。
「ほうほう、そうすると他にも腕の立つ御仁がいたのですな?」
「いやまさか。『王弟派軍』から離脱した農民兵や少年兵が2小隊いるかいないかって程度で、どれも実力的にはレベル1あればいいところさ」
なるほど、とレッドグースが訳知り顔で頷くが、これもやはり飛蝗面に否定される。
こうなるとアルトは「もったいぶりやがって」と少し焦れて来た。
そんな様子をしばし堪能してから、ファルケは回答を告げる。
「あの町、いや『国』を率いているのは、実質ではタケムナという30代くらいの男なんだが、飄々とした風体の癖になかなかのやり手だ。詳しくは教えてもらえなかったが、どうも3度ともタケムナの采配で退けたらしい」
「タケムナ。変な名前だな。あれか? 三国志の軍師みたいなものかな」
それを聞き、アルトは想像力を働かせて見るが、どうも上手くイメージできない。
彼の近くにも出来るアラサー、カリストがいるのだが、どうも最近、彼のポンコツさが目だって来た様に思うのだ。
そのせいで、出来る30代の男が上手く想像できなかったのかも知れない。
そんな事を話している内に、『リルガ王国』の門にたどり着く。
と言っても大して立派な物ではない。
先に述べた様に丸太を組んで作った3メートルにも及ぶ外壁の一部に開いた通路、と言った様子で、一応門番らしい中年と少年の2人が粗末な槍を持って立っている。
「ああ、誰か思えば飛蝗の旦那と赤毛さんかい。後ろの冒険者は?」
中年の門番兵らしい男がアルトたちを認識してから少し警戒していたが、すぐに相貌を崩す。
どうやらファルケやエイリークの顔見知りらしい。
エイリークが誇らしげに胸を張ってアルトを指す。
「コイツが俺たち義兄弟最後の男さ。アルトってんだ、よろしくな」
「ははぁ、団長さんのところの義息子さんとその仲間ってわけですか。そいつは心強いですなぁ」
何やら暢気に言葉を交わし、「一応これを」と渡された帳簿に、アルトたちは代わる代わる名前を書き入れた。
「あんたの義兄弟たちなら、長官からは滞在許可がもう出てる。このまま入ってかまわんですよ」
「そうか。サンキュー」
書き終わるとそんな風に言われ、アルト達はエイリークに続いて門をくぐる。
同時にファルケは「また後でな」と言葉を残して町の中に消えて行った。
「まず最初に養父の所に行くか」
「ああ、案内頼む」
「アっくんの父ちゃん、どんな人かにゃ?」
「英雄らしいから、ごっつい人やで、きっと」
兄弟同士、アルトとエイリークがやり取りをしていると、その後ろでは女性陣が気楽な会話を繰り広げていた。
アルトなどは平静を装ってはいるが、記憶にはあるのに初めて会う、と言うおかしな状況の養父との対面に、喉から何かが飛び出しそうなほど緊張していた。
なので「他人事ごとだと思って」と、少しばかり恨めしい表情を2人に向ける。
まぁ、正しく他人事なので、2人は肩をすくめて視線を受け流した。
町の中は意外と明るい雰囲気に包まれていた。
何故か、としばし首をかしげるアルトだったが、ふと、子供が多いことに気付いた。
その子供たちがどれも楽しげに駆け回っているのだ。
『タキシン市』にだって子供はいたが、その顔は内戦から来る閉塞感に、疲れ果てたように下を向いてトボトボと歩いていた印象だ。
比べてここはどうだ。
閉塞感なんてものはどこにもない。
子供だけじゃなく、道行く大人たちも、これから先がより良い未来である事を信じて疑わないような、そんな希望に満ち溢れた顔をしていた。
「びっくりしたか? これが『リルガ王国』だ」
アルトの様子に気付いたエイリークが得意げに笑みを浮かべる。
「確かに驚いたけど、何でオマエがそこでドヤ顔なんだよ」
タキシン王国内で、いや、今や独立国『リルガ王国』なわけだが、とにかくこの地方において、ここまで明るい雰囲気の場所は、おそらくここしかないだろう。
だからこそアルトは素直に感心するが、そこにエイリークが顔を挟んでくれば、何やら腹立たしい気分になるのだ。
ところが、エイリークは一瞬きょとんとしてから大笑いを始める。
「ははは、そういやまだ言ってなかったな。俺や兄貴たちは、実は先日、晴れてこの国の国民にしてもらったのさ。だから自分の国を自慢するのは、国民の当然の権利だ」
これにアルトはさらに驚いた。
傭兵団など所詮は流れ者であり、戦がなければどんな国や街でも鼻摘み者である。
それはそうだ。戦う事しか能がなく、粗野で、平和が似つかわしくない連中など、誰だって親しく付き合いたいなどと思わない。
荒事に縁がない場所であれば、なおさらである。
だが、そんな元傭兵団の兄弟たちが、この国の国民になった。
しかも門番たちとのやり取りを見る限り、どうやら歓迎され仲良くやっているようなのだ。
アルトは何やら羨ましくもあり、妬ましくもあり、そして眩しかった。
アルトの、本当の意味での「帰る場所」はこの世界のどこにもない。
だが、彼らはそれを持っているのだ。
過去は『ライナス傭兵団』がそれであり、今は新たに『リルガ王国』がそれなのだ。
そんな複雑な感情に揺られる中、アルトたちは一つの粗末な小屋へと導かれる。
もっとも、この街にあるどの建物も、殆どがこれと同じ粗末な物ばかりだ。
エイリークが先頭切って小屋の戸を開ける。
「おーい、義長兄いるか? アルトたちを連れてきたぜ」
「ああ、丁度良かった」
「あ? 何が…って、養父、退院してきたんだな。そりゃ確かにグッドタイミングだ」
「おかえりエイリーク。アルトは後ろか?」
戸の向こうから、不思議と懐かしい声が聞こえてくる。
いや、実際に懐かしいのだ。
日本人アルトにとって、ではなく、この世界で生まれ育ったはずのアルト少年にとってだが。
アルトの胸中から様々な想いがあふれ、それは涙となって頬を伝う。
アルト少年にとっては懐かしい家族との再会と養父の無事を喜んで。
日本人アルトにとっては、自分にはないものを持つアルト少年への憧憬から。
「おいアルト、何泣いてんだ。まだまだガキだなぁ」
「う、うるさい。これは鼻水だ。外、寒いんだよ」
茶化すエイリークに言い訳をしつつ、奥へと入る。
そこには見知ったはずの兄、求道者然とした気難しそうなルクスと、かつて威風堂々としていたはずの、衰え果てた養父・シュトルアイゼンがいた。
「よくぞ無事で戻ったな、アルト。お前の活躍は皆から聞いている。ずいぶんと成長したようだな」
未だ四肢に力が入らないようで、半分の年もない少年ルクスに支えられながら木製の椅子へと腰をおろす養父の姿に、アルトは、何とか涙を止めようと、鼻をすすってこめかみに力を入れた。
「はっ、養父が弱くなったんじゃないか?」
「抜かしやがる。こんなもの、すぐ取り戻すさ」
わざと嘲るように言えば、それにシュトルアイゼンは乗って言い放つ。
傍からみれば、それは紛れもなく、久しぶりの父と子の対面であった。
「うちらは席を外そか」
「そうですな。家族水入らずと言う事で」
アルト隊の他のメンバーもそんな雰囲気を察し、そう言い残して小屋を覗くのをやめることにした。
「アタシらはどうするにゃ?」
「うーん、ここに来た目的はあくまでアルト君に付き合っただけだからね」
アルトを英雄団長の元に残して小屋を出たアルト隊の面々は、そんなように特に目的もなく町を見て回る。
町はあらゆる物が足りていないようだが、タキシン王国内にはない活気で満ち溢れている。
だから観光するようなものはなかったが、それでも散歩する彼らにはつまらないと言う感情は現われなかった。
しばらくはそうして散策していると、殆どが平屋、と言う構成の中で、一つだけ
3件分ほどの敷地に建った2階屋を見つけた。
少し砦風に丸太を組んだログハウスだが、どこか他とは違う実用性以外のデザイン性を感じさせるその建物には、女性の横顔を模った紋様が描かれた旗が出ている。
「ああ、そこは女王陛下とそのご家族が住まう王城さ」
皆でポカンと口を開けて見ていると、通りすがりの中年がそんな事を言う。
いかにも善良そうで儲かっていない行商人と言った風のその男は、その印象を裏付けるように1頭引きの小さな幌馬車に乗っていた。
「へぇ、この国の王様は女性なんだ。女傑だねぇ」
「ははは、そうでもないさ。でも宰相閣下はなかなかやり手さ」
カリストの何気ない返答を聞いて男は笑い、そして手を振ってそのまま通り過ぎて行った。
見送っていると、丸太で出来た王城の裏手へと馬車を停め、そして城へと入って行くのが見えた。
「さしずめ、『リルガ王国』の御用商会、と言うところですかな」
「なんや、ずいぶん『こじんまり』とした商会やな」
あの様子では馬車もあの一台。雇い人もいないだろう。そんな行商人が御用商会を勤める。ここはそんな極小国なのだ。
「あまり王城を眺めていると、不審者として掴まるかもしれないし、ちょっと他へ行ってみようか」
「そやな」
カリストもモルトも、当然他の皆も本気ではないが、だがかといってここで眺めていても仕方がない。
一同は踵を返して、入ってきたのとは反対方向の町のはずれへ向けて歩き出した。
進むに連れて段々と人が減っていく。
ただでさえ人口の少ないこの町では、10分も歩けばすぐに端が見えてくるのだ。
そして街道に面している先ほどくぐった門と比べ、反対側の門を通過して進むなら、その先はと言えばタキシン王国最北端となる半島の岬だ。
そちらの方面に畑を持つ数少ない者以外は、特に用事もない。
したがって、農閑期であるこの時期は、めったに人が通らない場所となっていた。
「だいぶ寂しくなって来たね。アルト君のところに戻ろうか?」
「そうやね。そろそろ感動の対面も終わっとるやろ」
そんな事を言い出した頃、ふと遠目の効くマーベルの視界に人影が見えた。
誰もいない北門の外だ。
小柄ながらに背筋をピンと伸ばしているせいか、小さくは見えない。
また彼の着込んだ灰色の『長衣』は、厚くなってきた曇天のせいで薄黒く見える。
まだ遠いのでツバ広帽子を目深に被ったその者の様子はそれ以上わからないが、その格好には見覚えがあった。
帝都レギを出発してからの同行者であり、この世界における『錬金術』の祖。
港街ボーウェンで小さな店を開いていた『錬金術師』の少女、ハリエットの師。
そしてアルト達とはまた別の異世界から渡ってきた、この世界の真の創造主の敵。
「あれ、本当にウォーデン爺ちゃんにゃ?」
マーベルがかの者から滲み出る気迫に圧され小首をかしげる。
彼女の言うとおり、これまでに彼らが見てきたウォーデン老と言えば、もっとヨボヨボの、いかにもとぼけた老人であったはずだ。
だが今、彼は門の外でジッと北の暗雲を睨みつけ、その両足で震えもせず大地に立っている。
皆一様に、金縛りにでもあったかのように身じろぎを止めると、すでに動向を知っていたかのように老人は彼らを振り向く。
「ふむ、やっと来たか皆の衆。ワシの目的はもうすぐそこぞ。これより先の地獄、約束どおり、おぬしらにも付き合ってもらうぞ」
いつもモジャモジャの髪と眉に隠された目をカッと見開いたウォーデン老。
その左目は、まるで深淵でも内包しているかのように穿たれていた。
今回で第九章は終了です。
ちょっとお休みをいただき、1/18から最終章の連載を開始したいと思います。




