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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#09_ぼくらの従軍生活

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20爆発四散

第9章のここまでのあらすじ

タキシン王国の内戦において、アルト隊は『王太子派軍』の協力者として参戦することとなった。

『王弟派軍』はニューガルズ公国からの援軍を得られなかったのに対し、レギ帝国からの援軍を得た『王太子派軍』の勝利は時間の問題と思われた。

しかし『王弟派軍』将軍に取り立てられたベルガーの手腕により、『王太子派軍』は一転、窮地に陥った。

起死回生の一手として『王弟派軍』本拠地『ロシアード市』へ送られたアルト隊は見事、首魁である王弟アラグディアを討つ。

だがその帰り、破壊された『ロシアード市』市門にて義兄弟エイリークたちと合流したアルト隊は、戦場を離脱してきたベルガー将軍と行き会う。

将軍に同行していたのは、アルト隊を仇敵と狙うシノビ少女ヒビキ。

こうしてこの軍旅、最後の戦いが始まった。

「よっしゃ、アル君たちの援護に回るで」

「合点承知にゃ」

 3ラウンドいっぱいを使い立ちはだかるシノビ少女ヒビキを倒したモルト、マーベル、レッドグースの3人は、早速と少し離れたところで一進一退の攻防を繰り広げる、対ベルガー将軍戦へと合流しようとした。

「ぬっ」

 揃って戦場移動を開始しようとした3人の前に、さらに立ちはだかる者が現われる。

 このラウンドにまた増えて3匹となった、レッサーヴァンパイアだ。

「ええい面倒にゃ。この辺でノックアウト、にゃぁ!」

 いち早く反応するのはやはり最速。ねこ耳童女マーベルだ。

 彼女はすぐさま頭上の大ミツバチに指示を出す。

「『ブレイブニードル』を喰らわすにゃ」

「承認します」

 元GMたる薄茶色の宝珠(オーブ)を通し魔法が世界に認められると、コブシほどもある大ミツバチが旋回を始めて一条の尖槍と化した。

「あ、ダメだ!」

 気付き、少し離れた戦場で声を上げるのは、大太刀『蛍丸』を携えたアルトだ。

 だが、こうなってはもはや間に合わない。

 マーベルの頭上に現われた『騎兵の尖槍(ランス)』は、一筋の燐光を引きながら彼女らの進路を塞ぐレッサーヴァンパイアを貫いた。

 これが必殺の一撃となり、滅び行く吸血鬼(ヴァンパイア)はまたもや禍々しい赤光を発して召喚主である野望の威丈夫ベルガーの身体へと吸込まれていく。

 この間はほんの一瞬の出来事だ。

 そして事が済んでから、マーベルは初めてアルトの制止に気付く。

「ダメだったにゃ?」

 彼の真剣な様子に気圧され、ねこ耳をペタンと倒して焦り声で問い返す。

 どうやら後衛組3人にはベルガー将軍の持つ魔剣の秘密が届いてなかったようだ。

 『アナライズ(鑑定)』にてその効果を知った『ミスリルの魔導師』エイリーク曰く「魔剣『血の饗宴』の効果はレッサーヴァンパイアの召喚と、その吸血鬼(ヴァンパイア)消滅時に所持者のHP(ヒットポイント)回復」である。

 すなわち、マーベルによるレッサーヴァンパイア撃破で、またもやベルガー将軍のHP(ヒットポイント)は回復してしまった事になる。

「ありがとうよ子猫ちゃん。がはは」

 効果を聞き少しばかり青褪めるマーベルに、嘲る様な笑いを浴びせながら、ベルガー将軍は魔剣『血の饗宴』で自らの肩をトントンと叩く。

 アルト隊の面々に、これを嘲り返すだけの余裕はすでになかった。

「いや、種が判れば怖るるに足らず、ですぞ」

「そうや、全員で畳み掛ければええんや」

 とは言え、心がくじけたわけではない。

 マーベルを励ます意味もあってか、彼女の両脇についていた白い法衣のモルトと、酒樽紳士レッドグースが、そう声を上げた。

「その通りだ。畳み掛けるぞ『魔法強化(マグスメソッド)』3倍消費『マギボルト』」

 その声と気持ちが届き、『魔術師(メイジ)』エイリークが緒元魔法を発動する。

 『マギボルト』は1レベル魔法で打撃力も低いが、その分、MP(マナポイント)の消費も少なく済む。

 その点を利用して、スキル『魔法強化(マグスメソッド)』で強化する戦法だ。

 エイリークの魔力が彼の周囲に満ちると、通常の3倍太い魔法の矢(マギボルト)が姿を現し、そして飛翔する。

 外れること無き魔法の矢は、至極正確ににベルガー将軍の胸を射た。

 もちろん、いくら威力が上がっているとは言え、『英雄目前』と呼ばれる9レベル『傭兵(ファイター)』を一撃で仕留めるほどではない。

 だが、これに続いて軽重揃い踏みという態でアルトとプレツエルが殺到する。

「キエエェェエ!」

「ちょういやぁ!」

 アルトの猿叫、そしてプレツエルのどこか気の抜けた掛け声とともに2つの刃がベルガーを襲った。

 が、さすがは高レベル『傭兵(ファイター)』だ。

 アルトの『木の葉打ち』をひらりと捌き、かわし切れぬと判断したプレツエルの斬撃は浅い根元を肩で受ける。

 この程度のダメージでは、このラウンドで倒しきるなど到底不可能だ。

 そして後送していた自らの手番を待ち、ベルガー将軍はアルト隊後衛組と揉み合っていたレッサーヴァンパイアの1体を背後から斬り捨てた。

 この回復でアルト達の攻撃はなかったも同然となる。

「むぅ、これは厄介ですな。ワタクシに出来ることはもはや…」

 この状況を見て、『盗賊(スカウト)』兼『吟遊詩人(バード)』であるレッドグースは、自分の役割はない、とまたもや逃げかけた。

 何も出来ぬなら『ハイディング(潜伏)』してしまう方が迷惑をかけずに済む、という考えである。

「いやいやいや、なんかあるやろ。そう言えば呪歌に『レクイエム』ちゅーのなかったっけ?」

 と、咄嗟に白い法衣のモルトが声をかける。

 確かに戦線離脱してもらうのもひとつの手だが、少し手詰まり感あるこの場面では、何か新戦法が必要な気がしたからだ。

 彼女が提案した『レクイエム』はその名の通り鎮魂歌であり、この呪歌を歌い上げる事で不死の怪物(アンデット)に幾ばくかの行動ペナルティを課す事が出来る。

 だが。

「残念ながらワタクシは使えぬのです」

「役立たずにゃ」

「なんと! 先ほど忍びの者を捕まえるという大活躍したところなのに!」

 マーベルの言い草に多少のショックを受けつつも、レッドグースは身を隠す事を再考する事にする。

 とはいえ、すぐに何が思いつくでもなく、せめて攻撃の分散を狙い、レッサーヴァンパイアの前で防御専念を宣言した。

 ちなみにモルトの使う『神聖魔法』にも『イクソシズム』という対不死の怪物(アンデット)魔法があるが、これは()()()いってしまうと、不死の怪物(アンデット)を一撃で崩壊させてしまうので、この場合は不適切だ。

 仕方なく、というわけではないが、すでに多くのHP(ヒットポイント)を失っているアルトへ『回復魔法(キュアライズ)』を使った。


 さて、アルト隊側が決め手にかけると感じているこの時、ベルガー将軍もまた、同じ様に勝利への道筋を見失っていた。

 シノビ少女ヒビキが健在であればまだ敵は半数で良かったが、彼女が倒れた今となってはじきに全員が殺到しだすだろう。

 そうなれば回復手段があるとは言えそれに頼っていては攻撃の手が途絶えジリ貧になるのは目に見えている。

 こうなれば一か八か、とベルガーは大きく息を吐いて次のラウンドに備えた。



 第5ラウンド。

「これでMP(マナポイント)打ち止めにゃ。最後の一撃、『ブレイブニードル』!」

「承認します」

 開始直後の攻撃は、いつも通りのねこ耳童女から。

 魔法の言葉で命じられ、『勇気の精霊(ブレイビー)』が鋭い槍となり、レッサーヴァンパイアを避けてベルガーを襲う。

 レベルが高く、魔法抵抗力、魔法防御力もそれなりに高いベルガー将軍だが、それでもこの精霊魔法が相手では肩を貫かれ、大きなダメージを負った。

 しかし、彼はじっと耐えるように押し黙る。

 続いて同じく魔法攻撃を繰り出すのは、『ミスリルの魔導師』エイリーク。

「俺もこれで打ち止めか。『ライトニング』!」

 言うなり、彼の金緑色の義手から青白い閃光が(ほとばし)る。

 これも耐えるベルガーに手傷を負わせた。

 ここまでは順調だ。

 ここからアルトやプレツエルの連続攻撃、そしてモルトたちの支援でベルガーのHP(ヒットポイント)を削りきれれば勝利である。

 ところが、窮したベルガー将軍もただでやられるつもりはない。

「『狂化(バーサーク)』」

 手番が来たことをニヤリと喜び、ベルガーは誰に聞こえる声でなく、そう呟いた。

 途端、彼の筋肉が一回り大きく膨らんだ。

 いや、変化はそれだけではない。

 なにやら苦しげに肩を縮めたベルガーの目は、次第に尋常さを失っていく。




 『傭兵(ファイター)』の『両手剣修練』ビルドにあるスキル『狂化(バーサーク)』。

 このスキルを使った者は、18ラウンドの間、正気を失い、ただ周囲に災いを振りまく死を怖れぬ戦闘マシーンと化す。

 メリットは精神作用系の魔法無効。攻撃力、防御力上昇。デメリットは回避力は低下。そして攻撃目標が定められず、周囲にいる者へ敵味方なくランダムとなる。




「怯むな。畳み掛けるぜ」

「おう、でござる!」

 怯みかけた自分を鼓舞しアルトが声を上げれば、金緑色の全身鎧風ゴーレムを駆るプレツエルもまたそれに応える。

 同敏捷度の2名は同時に駆け出し、正気を失いひとまわり頑強になったベルガー将軍に斬りかかった。

「行くぜ、『ツバメ返し』だ」

「承認します」

 アルトが叫び、大太刀『蛍丸』が応えるかの様に淡い光を放つ。

 と、切っ先が速度に霞み、ベルガーへ向けて袈裟懸けに振り下ろされた。

 一斬、そして刃を反転させて二斬。

 高速の往復斬撃により、ベルガーの身体から血飛沫が上がる。

 だが彼は倒れない。

「まだまだ行くでござるよ」

 続けて長大なポールウェポン『長刀(なぎなた)』を腰構えにしたプレツエルが、全身鎧風の見た目からは想像できぬほどの軽やかさでアルトと入れ替わりベルガーを襲う。

 『長刀(なぎなた)』の刃が青い稲妻を纏い、その刃が届くと同時に雷撃が堕ちる。

 サムライの攻撃スキル『木の葉打ち』だ。

 しかしそれでもベルガーは倒れない。

「くっ、またダメか」

 アルトが悔しげに表情をゆがめる。

 ここでまた回復されては元の木阿弥だ。

 使いたくはないが、とアルトは最終奥義とも言えるサムライのスキルを覚悟する。

 と、その時。

 このラウンドにもまた増えたレッサーヴァンパイアの隙間を塗って、白い影が彼らの前に躍り出た。

 『聖職者(クレリック)』にして『警護官(ガード)』。白い法衣に『胸部鎧(キュイラス)』を合わせ、両手には逆手に持った『鎧刺し(エストック)』。

 酒の神キフネに仕える聖なる乙女、モルトだ。

「回避力が下がっとるなら、ウチでも当てられる。これで仕舞いや!」

 突き出された鋭利で巨大な針がベルガー将軍の脇腹を抉り、そして反対側へと突き抜けた。

 これならば、と一同は沸きあがり掛ける。

 が、だがしかし、だがしかし。

 ベルガー将軍は未だ健在。

 すでに血だらけとなり、満身創痍といった風ではあるが、その目はまだ狂気のまま、屈してはいない。

 確かに『狂化(バーサーク)』で回避力は下がっているが、代わりに防御力は上がっている。

 つまり「当たるがダメージが入らない」という状況が、この始末を形作っていた。

「あかんかったか」

 各々の顔に諦めの影が差す。

 だが、天は彼らを見放さなかった。

 いやそれは天などではなく、もっと禍々しい何か。。

 乾ききった冬の空に、どこからともなく不思議な笑い声がこだまする。

「はっはっは、待ちに待ってた出番が来たぜ!」

「誰にゃ!」

 マーベルが誰何の声を上げる。

「この声は…」

「ちっ、良い時に来やがる」

 アルトとエイリークが気付いて呟く。

 一同はかの者を探してあたりを見渡した。が、誰かが彼を見つけるより早く、その何者かは空高く跳ね上がった。

飛蝗(バッタ)ジャンプ!」

 弱い冬の日差しを背に負ったその者は、どこか硬質な光を湛え昆虫じみた全身を衆目に晒す。

 少し残っていた野次馬市民も、かの異形の姿にはさすがに恐れをなして逃げ出した。

 だがそんなギャラリーを意にも介さず、異形が宙高く舞う。

 アルト達の義兄にして、今は無きドクター・アビスに改造された『合成獣(キメラ)』。港街ボーウェンでは飛蝗怪人の名で親しまれる異形の人、ファルケだ。

 ファルケは上空で二転三転と身を翻し、そして落下を始める。

 人の身では成しえない高度からの位置エネルギーを異形の身に蓄え、そして片脚をまっすぐに突き出した。

飛蝗(バッタ)・キーック!」

 風を纏い、重力を纏い、ファルケは一条の巨大な矢となり、満身創痍の狂人ベルガーへと降り注いだ。

 さすがに本能で危険を感じたかベルガーは身をよじってかわそうとするが、『狂化(バーサーク)』によって低下した回避力はそれを許さない。

 そう、普通ならこんな大技、簡単に当たるものではないのだ。

 ファルケは、彼の持つ最大の破壊力を秘めたこのキックを当てられるタイミングを、ずっと待っていたのだ。

「キェアアーッ!!」

 ファルケが気合の声を上げ、そしてキックがベルガー将軍の身体を破壊する。

 上空からの強大な力がベルガー将軍を数メートルも吹き飛ばし、転がし、そして彼の身体は爆散した。

 当然ながら、この爆発は『錬金術師(アルケミスト)』の仕業などではない。

 とにかく尋常ではない大きな攻撃エネルギーに、丈夫なベルガーの身体ですら耐えられなかったという結果である。

 ベルガー将軍が文字通り消し飛び、上がった土煙が次第に晴れると、そこには誇らしげに仁王立ちする、異形の飛蝗(バッタ)怪人・ファルケがいた。

「『ライナス傭兵団』の仇、この『疾風迅雷のファルケ』が果たした!」

 そして良い所を最後の最後で持っていかれたアルト隊と『メイジマッシャーズ』は、ただしばらく呆然と佇むだけだった。




 彼女が目覚めた時、そこは見知らぬ部屋だった。

 いや、部屋と言って良いのか判らないが、とにかく屋内と言えば正しいだろう。

 仕切りも何もないただ広い屋内で、所狭しと並べられた粗末なベッドと、同じ数だけの男女入り混じった子供たちが思い思いに過ごしていた。

 彼女もまた子供だった。

「私、何が?」

 不思議に思い、起き上がろうとすれば全身が痛み、包帯だらけである事に気付く。

 さらに不思議が募る。

 何があったのか、なぜ自分はこんな目に会っているのか、思い起こそうとして愕然とした。

 記憶がないのだ。

 正確に言えば、ヒビキという自分の名と、気を失う直前の強烈なイメージだけが残っている。

 そう、彼女はなにか巨大で四角い鉄の塊の化け物に跳ね飛ばされたのだ。

 微かにある記憶から、それが「トラック」と呼ばれる物である事は解ったが、それがどの様な物かまでは思い出せなかった。

「あ、目が覚めたみたい。誰か司祭様を呼んで来て」

 ふと、彼女の目覚めに気付いた女の子が、さらに年下の子に指示を出してから水差しを持って寄って来た。

「大丈夫? 頭とか痛くない?」

「全身が痛い。だけど頭はぼんやりしてるだけで痛くない」

 思考が巡らないので正直に答えると、女の子はホッとした様に相貌を崩す。

「良かった。頭は打ってないみたいね」

 それからしばらくは女の子から問診のような質問をいくつか受ける。

 どうやらさっき年下の子が呼びに言った「司祭様」からの指示だったようだ。

 そんな事をしている間にその「司祭様」がやってくる。

 「司祭様」はおおよそ聖職者らしくないギラギラとした野望を秘めたような、そんな壮年の男だった。

 「司祭様」は女の子と問診に関するやり取りをしてから、未だ横になったままのヒビキに向き直る。

「ここは訳ありの孤児たちが集まっていて、私が出資している院だ。とりあえず、身体が治るまでゆっくり休むと良い」

 それが、後に偽法王と呼ばれるキャンベルと、シノビ少女ヒビキの出会いだった。

 この施設がキャンベルの私兵を養成するための物だと知ったのはもう少し後の事だが、それでもヒビキは彼の役に立って死のう、と心に決めたのだった。


  彼女が目覚めた時、そこは大きな破壊の傷跡を残す『ロシアード市』の門跡(もんあと)地だった。

 すでに彼女を打ち倒したアルト隊の連中も、彼女が戦場離脱を手伝ったベルガー将軍の姿もない。

 それどころか、戦闘中に人払いした事もあり、他の人影もない。

 ヒビキのHP(ヒットポイント)は現在『1』。

 戦闘でHP(ヒットポイント)を失い昏倒状態となった後に、時間経過による自然回復で目覚めた状態だ。

 その為、自らの身体の具合を確かめてみれば、まさに瀕死といえるような傷だらけであった。

「私は、また負けたのか」

 悔しさがある。

 だが同じくらいの脱力感があった。

 いや、虚無感といった方が正しいのかもしれない。

 とにかく何かをする気力が起きないが、それでも生きている以上はどうにかしなければならない。

 その様に今後の行動を考えようとした矢先、その小戦場に人が現われた。

「おい、人が倒れているぞ」

「確かベルガー将軍と一緒にいた少女だ。おーい、あんた大丈夫か?」

 『ロシアード市』を守る警備兵のようだ。それが2人。ここでの戦闘が終結したと見計らって、様子を見に来たのだろう。

 ヒビキはフラフラと起き上がり、2人に言葉を返す。

「ああ、私は大丈夫だ。だがこの様子ではベルガーはやられたか」

 言いながら小クレーターを見回せば、折り重なるいくつかのレッサーヴァンパイアと、誰の物かわからない千切れた人の残骸があった。

 顔などはまったく判別できないが、散らばったビロードのサーコートから、警備兵たちも「おそらくはベルガー将軍のものだろう」と頷きあった。

「王弟殿下も行方不明なんだ。あんた何か知らないか?」

 自分たちの街『ロシアード市』を治めるタキシン王国王弟アラグディア、そしてアラグディアが取り立てた将軍ベルガー。

 その両者の不在から不安げになった様子の警備兵がその様に問いてくる。

 が、そもそも部外者であるヒビキには割りとどうでも良い事だった。

 ゆえに、勿体つけず首を否と振った。

「私はベルガーに協力していただけで、他の事は知らない。そもそもタキシン王国の誰の縁者でもない」

「そ、そうか」

 力なく項垂れる警備兵。ただその直後、上官らしい片方がハッと顔を上げた。

「王弟殿下が、いや王弟()()から『ロシアード市』は解放された。急ぎ正統な王国軍を迎え入れる準備を整えるぞ」

「しょ、小隊長、いったい何を?」

 上官の露骨な方針転換に戸惑う隊員だったが、上官はすぐに彼の頭へ軽い拳骨を落とした。

「馬鹿者。王弟派が敗れたなら、このままでは俺たち全員逆賊だぞ。『命令だから仕方なく従っていた』という態をアピールせねばならん」

 小声で、なおかつ厳しい口調で上官が言えば、隊員もハッとして頷き、急にキビキビと背筋を伸ばした。

 これが処世術というのだろう。

 と、行動をはじめた2人をヒビキは冷めた目で見送り、自らも身を翻して歩き出す。

 ただその方向は街の方ではない。

 その後、彼女がどこへ行ったのか、『ロシアード市』の誰も知らない。



 その数時間後『ロイデ山地』では、アルト隊とアルトの義兄弟たちにより王弟アラグディアとベルガー将軍の訃報を知らされ、『王弟派軍』の降伏で戦闘終結となった。

「アルト君たち、どうなったかなぁ」

 だが、『ロシアード市』近郊の丘の上で指ひとつ動かせない黒魔導師カリストは、未だ回収されていなかった。

 丘の上には、冬の寒風が強く吹いていた。

次回は9章エピローグ。

の、予定。

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