17まだ終わらない野望
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦において、アルト隊は『王太子派軍』の協力者として参戦することとなった。
『王太子派軍』は王太子下のタキシン王国軍とレギ帝国からの派遣軍の混成軍だ。
病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを首都タキシン市へ残し、アルトたちは戦場へと向かう。
ところが『エルデ平原会戦』『ロイデ山攻略戦』と、負けるはずの無い戦に『王太子派軍』は立て続けで敗北。
また、その敗戦により、『王太子派軍』は多数の王国兵と総司令である騎士団長ハーラスを永遠に失い、首都タキシン市へと戻った。
そして手負いの『王太子派軍』は起死回生の一手『鋭い矢作戦』の展開を決定する。
その作戦とは、本隊にて『ロイデ山』の敵を引きつけつつ、アルト隊が敵本拠地『ロシアード市』にて敵首魁を討つというものだ。
海防艦『ヴォルフラム号』、カリストの大魔法、またアルトの義兄弟エイリークたちの陽動で『ロシアード市』へ潜入を果たしたアルト隊は、存外すんなりと王弟アラグディアを討ち果たした。
今週は仕事が立て込んでいる為、ちょっと短いです。
アルトは、もうすでに躯と化した王弟派首魁アラグディアの胸からズルリと『蛍丸』を抜き、刀身に着いた血を拭う。
行為自体を文章で書くと戦闘後の堂々たる動作のようだが、ここまでアルトの身体は小刻みに震えている。
「どどど、どうしよう、これ」
この世界へやってきてから対人戦闘もそれなりにこなし、殺人も幾度と経験しているアルトだが、それでも慣れたとは言いがたいのが現状だ。
戦闘中は『傭兵』としての『職業補正』が働く為、震えや倫理的躊躇というものが驚くほど湧き上がってこないが、戦闘フェイズが終了すればそれらは途端にやってくるのだ。
「『どうしよう』言うても、これが始めからウチらのお仕事やったやん」
気持ちもわからんでもないが、という半分同情と半分呆れた風で、白法衣の乙女神官モルトが『鎧刺し』を鞘に収めながらため息をつく。
そう言われてはアルトも「まぁそうなんだけどさぁ」とハッキリしない態でモニョモニョと呟いた。
こうした感情というモノは理屈ではないのだ。
アルトとてここでアラグディアを討たねば先に進めない事も重々承知している。
それでも治安の良い社会で育った身としてはモヤモヤする感情を抑える事はできないのだった。
対して現実感がないのか罪の意識がないのか、マーベルやレッドグースときたら割り切ったもので淡々としている。
「アっくんが言いたいのは、アレにゃ。『どうやって討伐を王子のおっちゃんに証明するにゃ』ってことにゃ?」
ねこ耳童女マーベルに言われてアルトはハッとした。
そういえばアラグディアを討つ事までは考えていたが、その後の事をまったく考えていなかった。
「何か耳とか鼻とか『討伐証明部位』みたいなものを持ち帰ればいいのではありませんかな?」
と、これに一石を投じるのは、酒樽紳士レッドグースだ。
だがこれにはアルトとモルトが呆れ混じりの目を返す。
確かに、流行りの異世界モノでは定番といえるだろう。
だがここは異世界といえどそうした今時の定番モノの世界とは違い、どちらかと言えば古いタイプの異世界だ。
そもそもデザインしたのが古くから日本のファンタジー界に君臨していた清田ヒロム氏である。
『スキル』や『職業』という観念はあっても、どこか絶妙にリアルが織り交ざり不便なのだ。
「『怪物』やったら、特徴的な部位を持っていって証明というのもわからんでもないけど、人間やし無理やろ」
そう、今回の場合は討伐対象が人間である以上、耳や鼻だけ持って行っても、よほど特殊な者以外は判別など不可能だろう。
「なら生首がいいでしょうな。昔から敵将を討った証明と言えば定番ですぞ」
それが一番現実的なのだろう提案を、続けてレッドグースが出す。
日本に限らず、世界的にもこれは納得の案である。
「却下で」
だがアルトが即座にこれを否決した。
なぜか。
どうせ御首を運ぶ役をやらされるのはアルトだからだ。
定番とは言え、そんな物を持ち運びたくはないという生理的嫌悪からの否定だった。
その気持ちは同じ現代日本生まれの精神を持つ面々としてもわかるので、それ以上追求される事はなかった。
「せやけど、ほんならどーするん?」
困ったものである、と一同は額を寄せ合い、しばし悩むのであった。
悩み、その結果、簀巻きにしたアラグディアの遺体を丸ごと担いで持っていくこととなった。
「ほな撤退は、門で暴れとる2人と合流して、一緒に退くちゅーことでええね?」
「事前に話し合ってなかった以上、それが妥当でしょうな」
「意義なしにゃ。カーさんも回収しにゃきゃナランにゃ」
帰りについてもその様に決まり、4人は非戦闘員しかいない宮殿を出る。
もちろん遺体担ぎ役はアルトである。
「とほほ、どうしてこんな事に」
などとアルトがぼやいたら、どこからともなく、いや着込んでいた『ミスリル銀の鎖帷子』から声が上がる。
「キーワード『どうしてこんな事に』を確認。隠し機能を起動します」
そして『ミスリル銀の鎖帷子』は輝く白い翼を生やし、『ミスリル銀の鎖帷子』単体で飛翔し、道端に墜落した。
「そういやこんな機能もあった」
「遊んでる場合じゃないにゃ。とっとと行くにゃ」
「遊んでいるんじゃないやい」
などという気の抜ける一幕であった。
「エイリーク殿の義肢にも、何かあるのですかな?」
どちらのミスリル銀製品も、今は遠くの空の下にいる『魔法の鍛冶師』ミスリル・メイの作品である。
ちなみに後になって聞いてみれば、エイリークの義手には『野菜の皮むき器』が、義足には火打石のような『着火機能』があり、野営時は地味に役に立っているそうな。
反面、『着火機能』はガスが吹き出るような火山地帯などでは誘爆の危険もあり、大変不便なときもあるという。
さて、その頃には」、『ロシアード市』の消し飛んだ門の跡地で暴れていた『メイジマッシャーズ』こと義手義足の『魔術師』エイリークと、巨大ともいえる2メートルを越すミスリル銀の全身鎧風ゴーレムに乗ったプレツエルもまた、ひと段落付いたところだった。
というのも、彼らに掛かって行った『ロシアード市』の警備兵はことごとく返り討ちに合い、今現在はその殆どが地に伏している。
ちなみに、そのうちの半数近くは死亡しているが、残りは恐れをなしてかやる気を折られたか、死んだ振りである。
「へっ、これで終わりか?」
肩で息をしながらも、未だ強がるだけの余力を残しているエイリークが乱れた赤毛をかき上げながら言う。
警備兵にはたいした戦闘力がないとは言え多勢に無勢だった事も有り、消耗も激しい様子だ。
「兄上とプレツエルにかかれば、この程度は雑作もないでござるな。はっはっは」
対して、ゴーレムだけに疲労を見せないプレツエルはエイリークを守るように腕を組んで仁王立ちであった。
未だ立っている指揮官クラスの数人も、さすがにこの2人に掛かるだけの根性はなく、場はしばしの睨み合いとなる。
睨み合いながらも、そろそろアルトたちは任を果たしただろうか。そういえば退くタイミングを決めていなかったな、などと他所事に思いを馳せる。
と、その時だ。
硬直した門跡の外側から新手が現れた。
「おいおい、何だこれは。エイリーク、お前がやったのか?」
赤毛の『魔術師』エイリークの名を馴れ馴れしく呼びながら街の外からやって来たのは、瞳に炎を宿すが如き野心家の威丈夫、ベルガー将軍であった。
ベルガー将軍は傍らに紺装束で全身を覆った小柄な妖しの者を引き連れ、ゆっくりとクレーターを越えエイリークへと歩み寄る。
「ベルガー、てめぇ!」
激昂し、胸倉にでもつかみかかろうとするエイリーク。それを推しとどめ、間に入るように身構えるプレツエル。
「ああ? 団の目上に対し、なんだその態度は?」
「その傭兵団をぶっ潰したのはてめぇだろうが」
互いに一触即発の雰囲気だ。
「エイリークだけならともかく、あのミスリル鎧は厄介だな」
ベルガー将軍は腰の大剣に手をかけつつ、挑発的な視線で『メイジマッシャーズ』の2人を眺めながらも冷静に分析する。
ここまで戦乱を生き残ってきている手練れであるし、ミスリル銀製の義肢でその能力は大幅に補強されているとは言え、エイリークは『魔術師』だ。
1対1なら接近してしまえば『傭兵』であるベルガー将軍の方が圧倒的に有利である。
だがそれを補うように巨大ともいえる金緑色の全身鎧が間に立ちはだかっている。
ベルガー将軍にとっては忌々しい限りだが、良いコンビといえるだろう。
「おいヒビキ、手伝え」
仕方無しに、という態でベルガー将軍は傍らの小柄な紺装束に小声を掛けた。
だがヒビキと呼ばれた紺装束は静かに首を振る。
「断る。あれらは猊下の仇ではない」
「ちっ」
ベルガーは彼女の明快な回答に思わず舌打ちする。
紺装束の少女ヒビキ。
いや女児と言っても過言ではないほどの幼さを残す彼女は、アルト隊に討たれた『ラ・ガイン教会』の偽法王キャンベルの護衛を勤めていた『傭兵』だ。
『傭兵』と言っても、アルト達とはかなり違う特殊なスキルツリーで育ったヒビキは、彼女を良く知る数少ない者たちからは『シノビ』と呼ばれたりする。
そんな彼女の目的は、ズバリ、仇討ちなのだ。
仇討ち、すなわちアルト隊を倒す事を目的とし、敵の敵は味方という理論から、手駒として利用する為にベルガー将軍の手伝いをした、と言う経緯だった。
それが解っているからこそ、ベルガー将軍も『無理強いは出来んな』という苛立ちからつい、舌打ちをもらしてしまった。
だが、そんな苛立ち混じりの短い睨み合いの後、ベルガー将軍は口の端に笑みを浮かべた。
「いや、ヒビキ。お前は俺を手伝う事になるぜ?」
「なに?」
言われ、視線を上げたヒビキは、すぐにベルガー将軍の言わんとすることを悟る。
彼もまた見ている先に現れた一団。
それこそは彼女が追い求める仇敵、アルト隊であったからだ。
「あれは…」
しばし、ベルガーは察したように頷く。
アルト隊を観察していたベルガー将軍の視線が、アルトが担ぐ何かに止まる。
あれは生死不明ではあるが、おそらく王弟アラグディアだ。
いや、おそらくはすでに死んでいるだろう。
ベルガーの直観はそう察し、そして口元の笑いのシワを濃くした。
「我が軍の士官ども、早々に退いて宮殿を守れ。こやつらの始末は俺がつける」
察し、未だ遠巻きに様子を伺っている、王弟派の士官たちにそう命令を下した。
ベルガーは将軍である。
厳密には街の警備兵とは指揮系統が違うが、それでもはるか格上からの命令だ。
さらに言えばすでに『メイジマッシャーズ』に蹂躙された後なので、これは渡りに船だと、数人の警備兵士官たちは急ぎ踵を返して立ち去った。
こうしてこの場に残るのはベルガーたちと『メイジマッシャーズ』、そしてアルト隊だけになった。
いや正確に言えば遠巻きに様子を見ている野次馬市民も少数いるが、民間人など物の数ではない、とベルガーの眼中にはなかった。
「ここで奴らを消しちまえば、王弟殿下の死を知る者はいなくなる。行方不明扱いならまだやりようはある。なら、まだ俺の負けじゃねえ」
ベルガー将軍はそう呟き、腰の『両手持ち大剣』を引き抜いた。
鍛えられた鉄色の両刃に、禍々しい血のような赤の筋が幾本も這う。
魔剣『血の饗宴』。
『王太子派軍』だけならず、幾多の者たちの血を啜って来た魔剣である。




