16ラスボス
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦において、アルト隊は『王太子派軍』の協力者として参戦することとなった。
『王太子派軍』は王太子下のタキシン王国軍とレギ帝国からの派遣軍の混成軍だ。
病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを首都タキシン市へ残し、アルトたちは戦場へと向かう。
ところが『エルデ平原会戦』『ロイデ山攻略戦』と、負けるはずの無い戦に『王太子派軍』は立て続けで敗北。
また、その敗戦により、『王太子派軍』は多数の王国兵と総司令である騎士団長ハーラスを永遠に失い、首都タキシン市へと戻った。
そして手負いの『王太子派軍』は起死回生の一手『鋭い矢作戦』の展開を決定する。
その作戦とは、本隊にて『ロイデ山』の敵を引きつけつつ、アルト隊が敵本拠地『ロシアード市』にて敵首魁を討つというものだ。
帝国より応援に駆けつけた海防艦『ヴォルフラム号』により、無事『ロシアード市』までたどり着いたアルト隊は、理力の塔の力を得たカリストの大魔法を第一の陽動とし、いよいよ市内へ侵入しようとしていた。
『ロイデ山地』。
王太子派の拠点『タキシン市』と王弟派の拠点『ロシアード市』の中間よりは『ロシアード市』に近い位置にある低山地帯だ。
この低山地帯の最高峰、と言っても標高はせいぜい300メートル程度だが、その『ロイデ山』には『王弟派軍』の大半が陣取っていた。
率いるはベルガー将軍。
保守的な貴族が多い『王弟派』には珍しく彼は貴族ではないが、とは言え、アルセリア島では音に聞こえた手練れの傭兵大将だった。
その偉丈夫は今、再び『ロイデ山』へ攻めて来た『王太子派軍』を見下ろして、今までに無く難しい顔をしている。
「将軍閣下、また各個撃破で行きますか?」
無言のベルガー将軍に業を煮やした副官ティリオンは、エルフらしい耳をたれ下げて問う。
一応下級ながらに貴族の出である彼としては、すでに数日の野営生活でいくらか気分が萎えてきていた。
「いや、さすがに向こうも警戒しているだろう。見ろ」
だが、「出来れば早く片付けて帰りたい」という副官ティリオンの思いとは裏腹に、ベルガー将軍の瞳は慎重だった。
促されて山の裾野に目を向ければ、木々の合間から『王太子派軍』が見える。
今回は『ロイデ山』を緩やかに包囲しつつ持久戦のつもりらしく、兵の他にも多くの物資が見受けられた。
「すると篭城ですか」
篭城と言いつつも城などないので、ただ山に簡素な柵等を張り巡らせて立てこもる程度の話だが、これには副官ティリオンのテンションはさらに下がった。
「こちらの物資も少なくは無いから篭城もいいが、あいつらどういうつもりだ」
誰に問うでもなく呟きながら敵の布陣を注意深く観察するベルガー将軍だが、さすがに肉眼で見える範囲などそれ程でもなく、相手の思惑を読むには情報不足だった。
ただ、そこへ情報が向こうからやってきた。
それは王弟派の拠点である『ロシアード市』からの伝令であった。
「湊町が帝国の軍艦から攻撃を受けました」
「何?」
息も絶え絶え、と言った様子で山を駆け上がってきた足の太い馬を休ませつつ、『ロシアード市』の警邏兵だと言う中年の男は言う。
報告を受け取ったベルガー将軍は顎を撫でて思案した。
湊町、とはアルト達を乗せたレギ帝国海防艦『ヴォルフラム号』が襲撃した場所で、さらに言えば『ロシアード市』の海側の玄関口である。
「俺達をここに釘付けにして、直接『ロシアード市』に侵攻する気か」
だが、とベルガー将軍はさらに思案する。
『ロイデ山』を半包囲する『王太子派軍』の戦闘員数は100強。これは現存する『王太子派軍』の全軍のはずだった。
ならばもし『ロシアード市』を襲撃すると言っても、せいぜい数人程度しか戦力は無いはずなのだ。
帝国の軍艦も、報告によれば上陸せずに立ち去ったと言うし、ではいったい何が目的なのか。
ここまで考え、ベルガー将軍はふと思い立った。
「おい、誰か遠目の効く者に確認させろ。『王太子派軍』の中に、先日、箒で飛んで来やがった冒険者どもはいるか?」
この命令はすぐさま実行され、そして彼の耳に嫌な報告が寄せられた。
「先日の冒険者はいないように見受けます」
「なるほど、少数精鋭による暗殺任務というわけか」
ベルガー将軍は納得気味に引きつった笑いを浮かべ、副官に振り向く。
「ティリオン、ここはお前に任せる。俺は今すぐ『ロシアード市』へ向かう」
「え、マジですか? いったい何で…」
将軍職についてから今までのベルガーを見て来たこのエルフの副官は「彼なら自分に責のないことだからと放って置きそうだ」と思ったので、つい言葉を返した。
ベルガー将軍は理解されなかったことに軽く苛立ちながら言い放つ。
「馬鹿野郎。スポンサーが死んだら、失業じゃねーか」
なるほど、と思いつつも、副官ティリオンはさらに問いた。
「しかしこの包囲網から、果たして簡単に出してもらえますかね?」
「くっ」
僅かな焦りがあったせいか、ベルガー将軍は『ロイデ山』の現状を一瞬忘れていた。それを副官の言葉で思い出し絶句する。
包囲、とは言えかなり緩い包囲であるから、無理を通せば抜けられないことも無いだろう。
だが、ここで無理をして下手を打てば、『ロシアード市』へたどり着いたとしても襲撃者と事を構える余力が無いかもしれない。
それでは意味が無いのだ。
何かよい方法は無いか。
夜を待てば闇にまぎれてあるいは、とも思ったが、人間の『傭兵』であるベルガー将軍には、暗視のスキルは無い。
言うは易いが成すは難い。
ここでベルガー将軍も副官ティリオンも良い案が浮かばず沈黙した。
と、そこへ思いがけぬ闖入者が現れる。
どこからともなく、音も無く。
それは運動性を重視した紺装束に身を包む、男とも女とも判らぬ小柄な人物だ。
その者は、ベルガーたちの近くにいつの間にか立っていた。
「この包囲網からの脱出。私が手伝ってあげましょうか?」
言われ、ベルガー将軍たちは驚きに目を見開く。
突然現れた事と、声から、うら若い少女だと言うことがわかったからだ。
「何奴」
ハッと我に返った副官ティリオンが、腰に差した剣に手をかける。
が、ベルガー将軍はいかにも面白そうに笑みを浮かべてそれを制した。
「お前、目的は何だ?」
紺装束の少女は、感情の読めぬ平坦な声で答える。
「仇討ちこそが意。我が名はヒビキ。今は亡きキャンベル猊下のシノビよ」
王弟派拠点『ロシアード市』の門。
黒魔導師カリストの放った魔術式『|ステルラ・トランスウォランス《流星召喚》』によって木っ端微塵に破壊されたその門には、市民や警備兵が数多く集まっていた。
誘発された延焼はすでに消し止められたが、瓦礫となったいくつかの建物を集まった者たちは唖然とした目で見る。
「な、これはいったい、何が起こったんだ」
そんな中、民衆を押しのけてやってきたのは、王弟派の士官だ。
彼が見たものは民衆が遠巻きに見ているクレーター。
だが、これが流星によるものである、と言う知識が無い彼にとって見れば、何をすればこのような窪みが出来るか解らない。
解らないながらも、大きな破壊行為があったことだけは理解できた。
自然と身震いが起こる。この破壊の力が自分に向くことを想像すると、震えは大きくなることはあっても止まりはしない。
「おーおー、あの黒尽くめ『魔術師』、ずいぶん派手にやったなぁ」
「これほどの魔術式を使えるお方が、今の時代にいるとは思わなかったでござるよ」
と、そこへ街の外から門であった窪みを越えて、いかにも気楽な様子で会話する二人組みが現れた。
一人は長い赤毛を後頭部で無造作に縛り上げた小柄な少年『魔術師』。
『長衣』の裾から覗く右腕と左足は金緑色に輝く義肢だ。
もう一人はと言うと、小柄な少年とは反対に巨大とも言えるほどの全身鎧。
これもまた全身が金緑色に輝いている。
「ミスリルの魔導師にミスリルの騎士…『メイジマッシャーズ』か!」
それまで絶句して街門の様子を見ていた民衆は、現れた2人に畏怖を込めてざわめき始める。
アルトの義兄弟・エイリークと『魔操兵士』プレツエルは、すでにこの地では知らぬ者は少ない、名うての傭兵コンビであった。
「さて、アルト達のためにも、存分に時間稼ぎするとしようか」
「兄上には指一本触れさせぬでござるから、いつも通り暴れるでござるよ」
「くっ、ええい何をしている。かかれ!」
悠々と進入してくる2人に対し、王弟派の士官はあわてて警備兵たちに命を下す。
ただ、『ロイデ山』へ赴いている軍兵と違い、警備兵は帯剣を許されているだけの、戦闘に関してはほぼ素人だ。
おかげでこの門での戦いは、多くの犠牲が出るばかりの結果となった。
アルト達が潜む、騒ぎが起きた門から街を挟んで反対側は、おかげですっかり静かだった。
つい今しがたまではこの付近を警邏していた警備兵の声が聞こえたものだが、向こうで爆発が起きた直後から、急ぎ足で去っていく様子が伺えた。
その直後からは残っている市民も息を潜めている様で静かなものだ。
「ひええ、何やあの大爆発」
「陽動とはいえ派手ですなぁ」
モルトやレッドグースなどは驚きを通り越して呆れた風に呟きあう。
が、アルトなどは心配が先立ったようで、少しばかりの動揺が見て取れた。
「いくらなんでもやりすぎじゃないか? 大丈夫なのか?」
「それは何に対する『大丈夫』にゃ? カーさん? ミスリルの人? それとも街の人にゃ?」
ねこ耳童女マーベルに問われ一瞬考えたアルトだったが、発言に向き合って初めて、自分の心配がどこに向いているのか解らないことに気付いた。
気付きつつも、変な意地が働いて『解らない』とは言えず、つい、ぶっきらぼうに答える。
「ぜ、全部」
「全部にゃ…」
ただ、このアルトの言葉は、結局マーベルを呆れさせただけだった。
「ささ、陽動に我らが釣られていては元も子もありませぬ。とっとと仕事にかかりましょうぞ」
「おお、そうだった。行こう!」
しばし気まずさからの沈黙が流れたが、それを打ち破るようにレッドグースが手を叩いて鼓舞すると、アルトもまた気を取り直して皆に振り返る。
そしてかさばる荷物として持ち込んでいた長細い木箱を開けた。
中にあるのは庭箒が2本。
これまでも何度も活躍した『ハリーさんの工房』謹製、『空飛ぶ庭箒』だ。
そして、アルト隊は男女に別れ、それぞれの箒に乗って街壁を越えた。
「さぁこのまま王弟閣下とやらの宮殿まで行くぜ」
こそこそと隠れて移動していた時は不安と緊張に苛まれていたアルトだったが、『空飛ぶ庭箒』で宙へと飛び出せば、それだけでも開放感からテンションが上がる。
さらに言えば、陽動のおかげでこちらに向かってくるような敵兵の姿も無い。
「その宮殿はどこかにゃ?」
隣を飛ぶ『空飛ぶ庭箒』を駆るのはねこ耳童女マーベルだ。
それぞれ後座のメンバーも合わせて街を高所から見渡せば、それらしい建物はすぐに見つかった。
個性的な建築物の多い『ロシアード市』でも、特に大きく目立つ建物が、街の中央にデンと構えている。
これが街の有力者の居城じゃなくて何なのか。
「ほんなら、あそこめがけて一直線やな」
「了解。行くぜ!」
2機の『空飛ぶ庭箒』は、掛け声とともに加速して、その宮殿と思わしき建物へとスピードを上げた。
その、アルト隊が向かう建物の中で、王弟アラグディアは苛立たしげに居室内をノシノシと歩く。
国王回復の報を受けてからすぐに警戒させたのは間違いではなかった、と思いつつも、街門のひとつから大きな爆発音が立つと、さすがに生きた心地がしなかった。
何による爆発なのかわからないが、あんな物がこの宮殿に降り注いだら。
とにかく、そんな思いから情報収集の為の手勢を送ったのだが、一向に帰ってこないのだ。
「ええい、何が起こっている。王太子派の襲撃か? それとも何かの事故なのか?」
どちらかと言えば事故であることに一縷の望みをかけた言葉だったが、その直後に彼の希望は粉微塵となる。
その、煙の見えるテラスに、4人の侵入者が現れたからだ。
「誰だ!」
焦りと恐怖を振り払うように、王弟アラグディアが叫ぶ。
すると透明度の低い荒ガラスの向こうから、中年の低い笑い声が聞こえた。
「ふふふ、実態を見せずに忍び寄る白い影…」
「おっちゃん、そういうのええから」
「いや『誰だ』なんて言われたのでつい、ですな」
「遊びじゃないにゃ!」
「オレたち、相変わらず締まらんな」
続いて飛び出したのは、なんとも緊迫感にかけるやり取りだったので、アラグディアからは恐怖も焦りもスッ飛んで、困惑だけが残った。
「とにかく曲者か。ええい者ども、出合え!」
とは言え、刺客が来たと気づけば困惑しているだけと言うわけには行かないので、急ぎ警備の者に怒鳴り声をかける。
だが、残念ながら彼の声に応える者はいなかった。
「誰も残っておらんのか!?」
これには、アラグディアも再び焦りを感じた。
事実、この宮殿に警備の手も彼の取り巻きの武官貴族もすでにいなかった。
なぜなら、忠誠高い者は爆発のあった門へと向かい、忠誠低い者は襲撃があったと悟るとすぐに逃げ出したからだ。
「なん、だと」
アラグディアは愕然とした。
そんな彼をあざ笑うかのように、テラスに現れた4人は居室へと入ってくる。
先頭に長い大太刀を左肩に担いだ少年サムライ。その後ろに白法衣の乙女神官とねこ耳童女。
そして部屋に入るなりアラグディアの退路となるドアを塞ぐように移動した、酒樽のような体型の中年ドワーフだ。
少年サムライ・アルトは担いだ大太刀『蛍丸』の鞘をゆっくりと払い、淡い光を放つ刀身を見せ付けるように中段に構えた。
「王弟アラグディアだな? 大人しく降れ。さもなくば斬る」
この言葉により双方、しばし時が止まったかの様ににらみ合う。
そんな中、王弟アラグディアは苦々しげに口を開いた。
「ひとつ確かめたい。兄上は、いやタキシン王が回復されたと言うのは本当か?」
これに答えたのは、アルトの斜め後方で『鎧刺し』を構える乙女神官モルトだった。
「本当やで。ドクター・アビスの作った『|錬金術の毒《変種インフェルヌフェブル》』は、その師匠と妹弟子の手で解毒されたで」
「ちっ」
その言葉を聞き、アラグディアは思わず舌打ちをもらす。
ただ『回復した』と聞くだけなら信じられないが、原因と解決方法を言われてしまえば信じるに値する話となる。
となれば。タキシン王が意識を取り戻したのが真実なれば、ここで投降しても彼の運命は逆賊としての死罪だろう。
「これは悪あがきするしかないようだな」
とは言えど、退路はすでに髭面ドワーフに塞がれている。
アラグディアは仕方なく、じりじりと後ずさるようにして壁に掛けてあった宝剣に手を伸ばした。
これを見て、アルトはいくらかの焦りを感じた。
手練れ冒険者に囲まれ、なお抵抗しようと言うのだ。
今までのさまざまな経験から言えば、これが今回のラスボス戦だ。
つまりは、またどうせ、強化人狼か改造人間になるに違いないのだ。
ならば、とアルトは数歩踏み出す。
「させるか。先手必勝!」
GMたる薄茶色の宝珠から戦闘フェイズの開始が宣言される前に、アルトは長い『蛍丸』で渾身の尽きを繰り出した。
これでもどうせ、初撃分だけ得をする程度だろう、アルトは思っていた。
だが、淡い光が散るように跡を引き、突き出された刃はスルリとアラグディアの心臓を捕らえる。
「え?」
「ごふっ」
拍子抜けたアルトの声、そして力なきアラグディアの喉を詰まらせた声が重なった。
「ここまでか。あのバカ王子にこの国を任せねばならんとは」
ズルリと、全身の力が抜けていく中、アラグディアはそれだけ言い残すと事切れた。
彼は彼なりの理想があり、そのために挙兵した。
だが、ここに彼の理想は費えたのだった。
残ったのは、困惑気味に『蛍丸』の返り血を拭うアルトと、あっけない幕切れに呆然とするモルトたち。
「敵将アラグディア、討ち取ったり」
「いや、そういうのええから」
沈黙の重みに耐えられず思わず呟いたレッドグースだったが、モルトにすかさずツッコまれ、満足げに押し黙るのだった。
この章終わり、じゃないですよ?




