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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#09_ぼくらの従軍生活

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06天幕軍議

第9章のここまでのあらすじ

タキシン王国の内戦に、王太子派としての参戦を余儀なくされたアルト隊は、『王太子派軍』総司令官であり、タキシン王国騎士団長でもあるハーラスの指揮下で動くこととなった。

病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを首都タキシン市へ残し、アルトたちを含む『王太子派軍』は、『王弟派軍』とエルデ平原にて会戦に臨んだ。

ところが会戦は思わぬ奇襲を受け、『王太子軍』は大きく被害を出す。

対する『王弟派軍』は、一撃を加えた後、無傷で戦場を離脱した。

『王太子軍』の被害の中には、『麻痺(パラライズ)』を受けた総司令官である青年騎士・ハーラス団長もあった。

「ほな、ウチらは今日も衛生中隊のお手伝いに行って来るで」

「行って来るにゃ」

 悪夢の大崩れを経た翌朝、各々の朝の準備が終わったところでモルトとマーベルが、そう席を立つ。

「今日の予定は『麻痺(パラライズ)』治療だったね?」

「そうやー」

 軽い気持ちで話題を振った黒魔導師カリストの言葉に、モルトは少しばかりバツの悪そうな表情で笑った。

 先日は『レノヴァティオ(欠損部位修復魔法)』で、手脚を失った3人の王国兵を救ったモルトだったが、その大魔法のせいであっという間にMP(マナポイント)を失い、『麻痺(パラライズ)』状態だった何人かの兵士は治療し損ねたという具合である。

 しかも『麻痺(パラライズ)』状態の王国兵の中には、『王太子派軍』における最重要人物が含まれるのだ。

「するとあのお方も今日復帰ですな。さて、今後の方針をどうするのか楽しみですな」

 酒樽体型の『吟遊詩人(バード)』レッドグースにそう揶揄される最重要人物。

 すなわち『王太子派軍』総司令官たる、ハーラス騎士団長だ。

「ハーラスさんか。オレも見舞いに行くかな」

「ええんちゃう?」

 会戦前に親し気に話したことを思い出しつつアルトがつぶやくと、モルトもまた、軽い調子でそう答えた。

 現状の『王太子派軍』は、総司令官ハーラスが指揮を取られる状態に無く、また次席指揮官であった副団長もすでに戦死している為、会戦場であったエルデ平原近くの林で全軍待機中だ。

 当然、『王太子派軍』として編入されている帝国からの援軍もまた、それに習い休息中と来ている。

 要するに、さらにその『王太子派軍』下で雇われ軍属であるアルト隊などはやることが無く暇なのだ。

 そういう訳で、結局、アルト隊は全員で『衛生中隊』の救護テントへと向かった。


 ところが、テント前まで来たところで、『衛生中隊』の隊員であろう看護師のような白衣を着た女性に止められた。

「お待ちください。面会でしたら、ハーラス閣下が目覚めて許可が出てからにしてください」

 と、そう言うわけだ。

 仕方なく、救護テントにはモルトとマーベルだけが入り、後のメンバーはテント脇に設えられたベンチに並んで腰を下ろした。

「この様にあからさまなベンチが、あからさまに室外にありますと、まるで『喫煙コーナー』みたいですな」

「ああ、言われてみれば。おやっさんは吸うの?」

「いえ。ですが自営業などやっておりますと、出入りの職方や顧客には吸う方がおりますからな。どうしても『喫煙コーナー』は必要になるのです。ワタクシよりアルト殿の方が吸う機会がありそうですが?」

「ねーよ。オレ、高校生だぞ?」

「高校生で吸う人もいるよね?」

「まぁ…いないことも無いけど」

 男3人で姦しくも雑談に花を咲かせる。

 ちなみにアルトが吸わない理由は、未成年ゆえの法的倫理的な理由ももちろんあるが、一番は「タバコ買う金があったらラノベを買う。その方が長く楽しめる」からだ。


「ハーラスさん、大丈夫かな?」

 会話が途切れた際、ふと視線を下げたアルトが心配そうに呟いた。

 アルトは先々日までのハーラス団長を思い出す。

 騎士としてそれなりに腕は立つが、団長と言うほどの器ではない。先任たちが戦死して行った結果、押し出し式に団長へと昇進したと聞く。

 まだ組織のトップとして不慣れなせいか頼りなくもあり、よく言えば優しげな青年騎士だった。

「ふむ、大丈夫、とは?」

 呟きの後はそうして少しばかり回想に耽ったので、カリストやレッドグースも幾ばかりか不審に思い、その真意を問うことにした。

 アルトはハッとしつつ、しどろもどろと思うことを口にした。

「ハーラスさんって、あの通りじゃん? 今回の敗戦でメチャメチャ落ち込んじゃうんじゃないかって」

「それはあるかもね。ちょっと真面目で一途そうだったし。責任感も強そうだ」

「ただ『責任とって腹を斬ります』とか言い出すほど熱い御仁では無さそうなのが、救いと言えば救いですかな」

 などと、最後にはレッドグースの軽口で、場がいくらか和んだ。


 和んだところで、3人は救護テント内が唐突に騒がしくなったことに気づいた。

「まさかハーラス殿の容態が急変した、とかではありませんかの?」

「やめてくれよ」

 などと、まだ冗談を言う余裕があったのはここまでだ。

 直後、若い青年らしい者の怒鳴り声がテントより上がった。

「出撃だ! すぐ軍を整えてあの痴れ者を討つ!」

 そう聞こえ唖然とした3人は、一瞬、誰の声だか判別つかなかったが、続く別の誰かの言葉でそれは明らかになった。

「ハーラス団長、まだ復活したばかりですから。もうしばらく安静に!」

「ええい、そんな暇は無い。この瞬間にも敵は遠ざかっているのだぞ」

 テントなどは布にしては厚いとはいえ、所詮は布一枚で隔てているだけなので、大声を上げればまる聞こえでだ。

「ああ、おとなしい人ほどキレると厄介、と言うヤツですかな」

「そうみたいだね」

 そんなテント内の様子に呆れ混じりにため息をつくレッドグースと、苦笑いを浮かべるカリストであった。

 ちなみにアルトはと言うと、ドン引きであった。



 その日の昼ごろ、『王太子派軍』は軍議を執り行った。

 比較的大きな司令部天幕に集まりテーブルに着くのは、総司令官ハーラス団長を始めとして、帝国派遣軍指令のジャム大佐、同軍のマクラン少佐、そしてアルト隊からアルトとカリストだ。

 そもそも、言うなればアルト隊は傭兵風情なのに、軍議に出ていること自体がおかしいのだが、「参加するように」と言われては仕方ない。

 あと、なぜ今回はカリストも同席したかと言えば、アルトが「代わって欲しい」と懇願したからである。

 さすがに王城での円卓会議で懲りたようだ。

 他にはテーブルにこそ着かないが、中隊長以上の士官、下士官も集まっている。

 そんな中、厳かに開会を告げられた所で、ハーラス団長が開口一番にテーブルに拳を下ろした。

「私は断固、進軍すべきと考えます。戦争の仕来りも守れぬ野蛮人が、栄えあるタキシン王国を名乗るなど、我慢がなりません。追って殲滅すべきです」

 この強硬な言葉には、タキシン王国側士官の多くが賛同の声を上げた。

 タキシン王国は大陸を含んだとしても現存する中で最古参の国のひとつである。

 今や衰退したとはいえ、騎士達の国家の名に対する誇りの高さはアルセリア島随一だろう。

「『腹を斬る』とは別の暑苦しさだね」

「ちょっとやめてくださいよカリストさん。聞こえますよ」

 そんな様子を困惑気味に眺めるアルトと、もうずっと苦笑いのカリストだった。

 また、彼らタキシン王国兵を冷めた目で見るのが帝国軍の諸士官たちだ。

 中でも司令官たる傷顔のジャム大佐はため息混じりに言葉を選んで口を開いた。

「ハーラス殿の気持ちはわかる。だが、ここは慎重になるべきではないか?」

「慎重、とは?」

 対して熱くなっているハーラス団長はすぐさま切り返す。

 そんな反応も予想内だったのだろう。ジャム大佐もまた、すぐにその疑問に答えた。

「会戦時も用意周到に準備していた輩だ。我々が追う事も想定して、罠を張っているかもしれんということだ。闇雲に追えば、また被害が拡大するだけ、と言うことも考えられると言うことだ」

 ジャム大佐としてはもう少し厳しく言いたいところであったが、それでもここは総司令官の顔を立てて、なるべくソフトに言ったつもりだ。

 だが、いくらソフトでも真っ向から正論で反されては、さすがに血が昇ったハーラス団長も言葉を詰まらせる。

 そしてジャム大佐の言葉を頭の中で精査し、さらに疑心暗鬼となった。

 そうだ、敵は最低限の儀礼すら解せぬ野蛮人だ。ならいかなる卑劣な罠を仕掛けているか。いや、仕掛けているに違いない。

 そう考えを募らせ、さらに言うべき言葉を失った。

 失いつつも、まだ止まぬ悔しさから、ハーラス団長は苦々しげに口を開く。

「では、撤退すべきだと、そう仰るのですね」

「俺はそう考える。次席指揮官殿も戦死されているのだ。一度、戻って体制を見直すのもよかろう」

「しかし…」

 理性ではジャム大佐の言こそ正論だと解っている。

 大軍の利を生かすなら、やはり会戦のようなぶつかり合いであってこそなのだ。

 遭遇戦や追撃戦のような戦いでは、多少の数の差など、策によって覆る例はいくらでもある。

 しかも、今回は会戦を主と考えていたので、装備もそれに合わせた構成だ。

 装備などは多少無理をすれば応用は効くだろうが、それでもやはり数の利を削りかねない不利であることは確かだった。

 それでも、高ぶった感情が、素直に「撤退」の言葉を吐かせなかった。

 見かねて、ジャム大佐の次席にある帝国騎士マクラン少佐が口を開いた。

「ひとまず斥候を出してはどうか? 罠は有るかも知れないが無いかも知れない。それを確かめてから判断するのも手でしょう」

 そう言ったが、マクラン少佐としてもジャム大佐同様に撤退支持者だ。

 ただ、斥候が帰ってくるまで、少しばかりの時間を置けば、ハーラス団長の熱も少しは冷めるのではないか、という期待を込めた進言だった。

「斥候か」

 ハーラス団長はその意見を聞き、しばし瞑目する。

 傍目にも迷っている様子が見て取れた。

「なんで迷うんですかね? 情報収集は必要でしょ?」

 ただ黙って会議の行方を聞いていたアルトだったが、話が少し停滞したところで、隣のカリストに小声で話しかけた。

 彼自信は()()冒険者でしかなく軍事に明るいわけではなかったが、なにせ元は情報豊かな現代日本人だ。

 とにもかくにも「情報が大事である」と言うのは実感抜きでもよく聞く話であり、特に気もせず出てくる常識論であった。

「あの短い会戦で3人も亡くなってるからねぇ。斥候を出したとして、その先に伏兵でもいれば、その斥候兵は確実に死ぬだろうと躊躇しているのじゃないかな?」

 対して、カリストはしみじみとした様子でそう答えた。

 アルトはなるほど、兵の命を惜しんでのことか、と納得しつつも首を傾げた。

「戦争の、ひとつの戦闘で3人死ぬと言うのは多いんですか?」

 『戦争を知らない子供』と言われた世代である。

 それでも子供の頃から受けた平和教育で、戦争の恐ろしさは何度も聞いた。

 その中では、戦争の悲惨な死もたくさん聞いてきたのだ。

 逆説的だが、だからこそ戦争においての戦闘行為でたった3人の死で大騒ぎする感覚が解らなかったと言える。

「ああ、僕ら現代日本人が想像する戦争と言えば、近代の戦争だから」

 同じく『戦争を知らない子供』であったカリストは、アルトの困惑に納得して数度頷いた。

「たとえばナポレオン戦争以来の大会戦といわれる奉天会戦で、日本軍の戦死者数は約1万6千人だった。けど、参加兵数は24万人くらいだったと言うし、そうすると約6.7%が戦死者だ。

 対して今回のエルデ会戦では『王太子派軍』の参加兵数が150人。3人戦死で2%だね」

 カリストが具体例を出しつつ説明するが、それでもアルトとしてはピンと来ない。

 割合で計算したって、やっぱり奉天会戦とやらの方が多いわけで、「なら今回の会戦はやっぱり戦死者は少ないほうなんじゃないか」と言うのが正直な感想だった。

 ところが、とカリストは続ける。

「今回の会戦が奉天会戦と違うところは、『銃火砲のある戦争』ではない、と言うところだよアルト君。『銃火砲のある戦争』と『銃火砲が無い戦争』を一緒に考えてはいけないよ」

 まぁ、違いはそれだけではないのだが、とカリストは思いつつも、解り易さ優先と割り切って話を続ける。

「『銃火砲』が戦場の主役と代わってから、戦死者の数は10倍に増えた、と言われているんだ。さて、今回の戦死割合はどうかな?」

「たったの3倍強…」

「モノの本によれば、『銃の無い戦争では、千人が1日中戦って、戦死者20~50人』ってレベルだって言うしねぇ」

 それなら単純計算で100人が戦って2~5人だ。

 ここまで聞けば、アルトもカリストの話の真意に気づいた。

 30分にも満たない会戦で3人も死んだというのは確かに多い。

 だからこそ、罠、伏兵を探る為の斥候を出すことに、ハーラス団長は躊躇したのだと、アルトはやっと理解した。

 とはいえ、進軍するか撤退するか迷うなら、結局のところ情報は必要なのだ。

「斥候を、出すしかないな」

 ハーラス団長も迷いの末に、そう決断した。


 後は誰を斥候として出すか、と言う問題である。

 この議題もまた紛糾した。いや、表面的には特に対立は無い。

 ただ帝国軍としても、危険性が高い斥候任務に兵を出したがらないし、王国軍だって好き好んで危険に飛び込みたくは無い。

 そうしてお互いの陣営が牽制しあう中、黒い『外套(マント)』の中からスッと手を挙げた者がいた。

「アルト隊が出ましょう」

 ご存知、アルト隊の参謀役、黒魔導師カリストだった。

 誰もが危険な任務を忌避する中で挙がった手だけに、反対など挙がりようも無くすぐさまアルト隊の斥候任務が、満場一致で決定した。

「え、マジで?」

 ただ、そのリーダーたるアルト本人は、寝耳に水、と言う態ですこぶる嫌そうな顔を晒すのだった。



「どどど、どうするんですか?」

 天幕を出て、アルトはすぐカリストの黒い『外套(マント)』を掴んだ。

 斥候任務が危険を伴う役割だとアルトもなんとなく理解しているし、傭兵団で育ったアルト・ライナー少年の記憶も「危険な任務こそ傭兵の仕事」と告げている。

 また、少数で動くことから、能力の柔軟性に長ける冒険者が最適である、とも解っている。

 なのでアルトも「この任務を遂行するのに最も都合がよいのがアルト隊」と、理性の上では納得しているのだ。

 だが、当然のことながら、「危険は嫌です」とアルトの意識が告げている。

「ふふふ、『だーいじょうぶ、まーかせて』だよ。アルト君」

 ところが軍議にて安請け合いした本人であるカリストは、アルトの怯えに対してやはり軽く答えた。

「僕に考えがある。みんなと合流したら話すよ」

 そんないかにも軽薄な様子に、アルトなどは頼もしさを覚えて少しばかり安心した。


 そして、アルト隊が全員揃ったところで、カリストは一同を引き連れて『輸送中隊』の元へと行く。

 『輸送中隊』は軍のさまざまな物資を輸送、管理、そして護衛する隊だ。

「ギンバイするにゃ?」

「バレたら踏み潰されますぞ?」

 カリストの意図がわからず、かといってすぐに判るだろうと問うこともせず、一同は雑談交じりについて行く。

 そして『輸送中隊』の馬車が集まる営地にて、カリストは背筋の伸びた中年の帝国兵に話しかけた。

 先日、メイプル男爵から紹介された、『輸送中隊』中隊長、アッサム兵長だ。

「兵長、出発前に預けた荷物を出して欲しい」

「お、あれを使うのか。おい、出してやれ」

ヤヴォール(了解しました)!」

 アッサム兵長はすぐさま近隣にいた隊員に命じ、また隊員は小さく纏まった敬礼を送ると、すばやく荷の一部を解く。

 持ち出されたのは、人の身長ほどもある、細長い箱が2つだ。

「これは?」

 気が逸り、アルトはカリストに問う。

 カリストは箱を軽く叩いてアルト隊を見渡すように振り向いた。

「こんなこともあろうかと、用意しておいたんだ」

 各員が見守る中、カリストが得意げに箱から取り出したもの。

 それは2本の庭箒だ。

「『ハリーさんの工房』謹製、『空飛ぶ庭箒』。コイツで空から偵察すれば、危険指数はグンと下がると思わないかい?」

 カリストはそう言いながら、眼鏡をクイと上げた。

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