05初戦の終結
第9章のここまでのあらすじ
タキシン王国の内戦に、王太子派としての参戦を余儀なくされたアルト隊は、『王太子派軍』総司令官であり、タキシン王国騎士団長でもあるハーラスの指揮下で動くこととなった。
病に臥せっているタキシン王の為の薬を研究することになったハリエットたちを首都タキシン市へ残し、アルトたちを含む『王太子派軍』は、『王弟派軍』とエルデ平原にて会戦に臨んだ。
そして会戦の作法に則り、いよいよ開戦、という段になり、作法を破った『王弟派軍』の『十字弓』攻撃で、先頭にいたハーラス団長はあえなく落馬するのだった。
司令官であるハーラス団長が落馬したことで、王国兵たちは俄かに動揺した。
距離があるためハーラス団長の生死は未だ不明であったが、とにかく、想定外の攻撃と指揮官の一時喪失で、各員、判断能力が停止してしまったのだ。
「掛かれ掛かれ!」
そこへ、『両手持ち大剣』を馬上で必要以上にグルグルと振り回す益荒男、『王弟派軍』の総指揮官たるベルガー将軍を先頭にした騎馬隊が喰いついた。
「『バンディッドストライク』!」
一番槍、いや大剣を付けたのは、当然先頭を駆けるベルガー将軍だ。
彼が叫びと共に『両手持ち大剣』を振るうと、不吉なる雷が剣身に宿り一振りにて『王太子派軍』の騎士一人が馬上から吹き飛ばされた。
『バンディッドストライク』は『傭兵』の『両手剣修練』の先にある強打スキルだ。
以前、ニューガルズ公国首都防衛連隊のノイマン軍曹が使った『パワースライド』の強化版であり、さらに強烈な斬撃と共に、ノックバック効果が発生する。
続き、『王弟派軍』騎士達の『騎兵の尖槍』による突撃が次々に襲い掛かる。
一旦、怯んでしまったがゆえに、この攻撃は『先制攻撃』として効果してしまった。
おかげで20騎いた騎馬隊の約1/3が落馬の憂き目に会った。
そして、そのまま駆け抜けるように前進を続ける『王弟派軍』騎馬隊の突進力は、今度は『王太子派軍』後列に布陣していた歩兵へと降りかかる。
「イカン! 次席指揮官は何をしている」
『王太子派軍』の中でも帝国軍が一塊になっている陣にて、帝国からの派遣軍司令である髭と傷顔の騎士・ジャム大佐が声を上げた。
突出した場所で落馬した『王太子派軍』の総指揮官ハーラス団長には、すでに『王弟派軍』の歩兵たちが群がっており、生死はともかくまともな指揮が振るえる状態ではない。
ならば、すぐにでも次ぐ階級の者が指揮を引き継がなければならない状況だ。
だと言うのに、10数メートル横では、『王太子派軍』が『王弟派軍』に良い様に蹂躙されているのだ。
「ジャム大佐、すでに連携は不可能です。帝国軍は独自に救援行動に移るべきです」
馬を寄せてそう進言するのは、ベルガー将軍にも負けぬほどの偉丈夫、帝国騎士マクラン少佐だ。
この緊迫した状況ではあるが、彼の肩からは人形サイズの姫ロリファッション少女、ミルフィーユが恐る恐ると言った様子で戦場を覗いている。
「兄ーに。戦争怖い」
間延びしながらもその声はいくらかの震えを宿しており、ミルフィーユの恐怖の様が伺える。
途端に、マクラン少佐は相貌を崩して大きな手で彼女の頭を撫でた。
「おーよしよし。大丈夫だ。『王弟派軍』など、妹のためならば兄が粉砕してみせる」
そして声色をすぐに変えて、随伴していた従僕役の老執事セバスへとミルフィーユを託した。
この老エルフも、戦場においてはいつもの背広姿ではなく、『硬革の鎧を纏っている。
「セバス、ミルフィーを頼むぞ」
「は、お嬢様は命に代えましても」
そんな主従の様子をノンビリと眺める間もなく、ジャム大佐は気を取り直して帝国騎士連隊へと命を下す。
「友軍救出だ。横から喰らいつけ!」
だがしかし、そんな帝国兵が救援として機能する前に、『王弟派軍』の騎馬隊は戦場の外周をなぞる様に前進し続けて自陣へと戻りつつあった。
「ちぃ、すべて後手に回ったか」
蹂躙された王国兵の陣へと駆け込みつつ、ジャム大佐は悔しげにつぶやく。
見れば、離れたところで落馬したハーラス団長に群がっていた『王弟派軍』歩兵もすでに引き、『王弟派軍』の陣は開戦前と同じく整然としたものに戻っていた。
いや、まったく同じと言うわけではない。
先ほどハーラス団長を襲った20基の『十字弓』隊は、今度は前列へと移動しており、再び巻き終えた『十字弓』を隙無く構えている。
『王弟派軍』の騎馬隊を追えば、たちまち20の矢が襲い掛かると言う訳だ。
ともかく、こうなれば一刻も早く『王太子派軍』の王国兵には再編をしてもらい、次の衝突に備えねばならない。
とはいえ、生死不明のハーラス団長は未だ突出した位置で地に伏しており、次席指揮官はすでに乱戦の中で落馬と共に死亡していた。
「『衛生中隊』、急ぎハーラス殿を回収せよ」
ため息混じりにジャム大佐がそう指示を出すと、少し離れた後方に陣取っていた白衣の者達が、戦陣を追い越して倒れているハーラス団長へと向かった。
10数名の内、2/3が大きな盾を斜めにかざしつつ、全員がその影に隠れての移動である。
当然、敵陣からの矢弾避けだ。
こうした会戦で一時的に両陣が引いた時、戦場に倒れた者たちを互いに回収してから再戦に当たると言うのは良くある事だ。
そしてその際は回収部隊を互いに攻撃しないという暗黙の了解もある。
だが『王弟派軍』は、すでに『会戦の作法』を無視して攻撃を仕掛けてきた前科があるので、『衛生中隊』としても慎重にならざるを得なかったのだ。
「おのれ、賊軍め。常識も弁えぬ獣にまで成り下がったか」
幸運にも無傷で済んだ数名の王国兵たちは、口々にその様に吐き捨て合った。
「どう思う?」
と、救援突撃が無駄になったマクラン少佐は、親しいアルト隊へと馬を寄せて、その様に問いかけた。
アルト隊の面々は互いの顔を見合わせて首を傾げる。
「戦争の作法を否定する訳ではありませぬが、それが暗黙の了解として機能するには、この島は条件が揃っておりませぬな」
中で、酒樽の様な体型の髭中年がその様に答えた。
戦場には似つかわしくない赤いチェックのベストを着たドワーフの『吟遊詩人』、レッドグースだ。
「ふむ、と言うと?」
発言が前置きのみで切られたので、マクラン少佐はその真意をさらに問う。
「戦争の作法を破ることによるリスクとは何かと言えば、当事者以外からの批判ですな。つまり、それを口実にされて関係ない国までが敵に回ると言うリスク」
「そうか、そういうことか」
これを聞いて、アルトが『ミスリル銀の鎖帷子』をジャラと鳴らしつつ手を打った。
「どういうことにゃ?」
すかさず怪訝そうに眉をひそめてアルトに振り向くのは、金の長い髪をポニーテイルにした女児然としたねこ耳、マーベルだ。
「ええと、だからこの島にはすでに『無関係な国』がいないから困ることが無い、ってことだろ?」
「うみゅ…ん」
首を半分傾げつつも、納得したかの様に押し黙るマーベルだった。
知恵の周りに関してはアルトと同レベルだと思っている彼女だったので、やっぱり解らん、とは言い辛かったのだ。
ここアルセリア島という、日本における九州島と同程度の面積を持つ島には、ニューガルズ公国、タキシン王国、レギ帝国の3国があるのだが、すでにすべての国がこの戦役に関わっていた。
その上、この世界においては外れと言われているアルセリア島の戦乱など、大陸の国々からすれば興味の埒外であり、わざわざ水軍を使って派兵するわけも無かった。
正確に言うと、この島にはもう1国、最近独立宣言して『王太子派』に承認されたリルガ王国という都市国家もあるのだが、この際は例外としておこう。
なぜならかの国には、この争いに派兵するほどの国力は無いからだ。
その様なことが『黒の魔導師』の異名を持つカリストの口から語られ、一同は納得して首肯した。
こんな会話の間にも、慎重に前進する衛生隊は倒れ伏すハーラス団長の元へとたどり着いた。
そしてその時を狙って、『王弟派軍』が再び動き出した。
「また突撃してくるか? 総員、密集陣形で防御に努めよ」
すでに『王太子派軍』の正規指揮系統が機能していなかったので、仕方なくジャム大佐はそう声を上げた。
出来れば迎撃に戦列を上げたい所だったが、混乱したままの部隊を下手に動かせば、今度は本当に壊滅の憂き目に会いかねない。
王国兵たちにもそれが薄々わかっていたので、おとなしくジャム大佐の指示に従い、防御陣形へと移行する。
ところが、『王弟派軍』は2度目の突撃を始めるどころか、全軍、踵を返して脱兎のごとく戦場から逃げ出した。
これにはさすがに、ジャム大佐も目が点だった。
「よろしかったので?」
『王弟派軍』が少し戦場から離れて騎馬隊へ速歩に移行するように指示を出した後、『王弟派軍』将軍副官ティリオンは、ベルガー将軍の馬に自分の馬を寄せてそう訊ねた。
ベルガー将軍はフンと鼻を鳴らして後続が付いて来ているか確認しつつ答える。
「良いも悪いも、会戦の義理は果たしたからな。これ以上ぶつかり合ったって被害が大きくなるだけだ。後は好きにやらせてもらわなくては、勝ち目がなくなる」
元々、総数で劣る『王弟派軍』なので、会戦の様な『戦列を向かい合わせて突撃し合う』ような戦いでは不利なのだ。
これを覆すには、何とか工夫してやり繰りするしかないと言うのに、此度の会戦は王弟殿下の名前で取り決められてしまったのでやらない訳にはいかなかった。
もちろん、正確に言えば王弟アラグディア公が言い出したのではなく、威勢のいい側近の意見を採用しただけだろうが、その意見に判を押したのは王弟殿下本人であり、王弟殿下の押判があるなら、それは正式な王弟殿下の命令なのだ。
だからこそ、兵を損なわぬよう一撃食らわして、『初戦に勝った』と言う体裁だけを整えた上で撤退しているのだ。
「これをもって会戦は終わり。いいな?」
「ははぁ、将軍閣下の思し召し通りに」
ギロリと睨み付ける様なベルガー将軍の視線に、副官ティリオンはおどけた様に大仰なお辞儀をして見せた。
『王弟派軍』が撤退したため、衛生隊は盾を放棄して速やかにハーラス団長の元へと走った。
たどり着いた衛生兵の内、隊長格の隊員が脈をはかり、直後に第一報を上げる。
「脈あり、呼吸あり、意識なし。状態『麻痺』」
この報に王国兵の多くはホッと安堵の息をついた。
そうして多くの『王太子派軍』兵士が見守る中、担架に乗せられたハーラス団長が、後方陣の衛生中隊テントへと運び込まれるのだった。
「ウチ、手伝ってくるわ」
「アタシも行くにゃ」
もちろん、その様子を見ていたのは兵士たちだけではなく、白い法衣のモルトと、ねこ耳童女マーベルが名乗りを上げて、衛生中隊テントへと向かった。
「ふむ、モルト君はわかるが、マーベル君はなんだ? 医療の心得でもあるのか?」
不思議そうにそう問うのは帝国騎士マクラン少佐だ。
モルトは『聖職者』なので『キュアライズ』が使える。しかも彼女はすでに司教並みの実力者だというから、大いに役立つだろう。
だがマクラン卿からすると、マーベルは「妹のように可愛い」という以外に印象が無かった。
これには黒の魔導師カリストが答える。
「彼女は『精霊使い』の実力者です。『精霊使い』も導師クラスを超えると『レヴンヒール』が使えるのですよ」
「ほほう、それは知らなかった」
聞いて、マクラン卿と、傍で話を聞いていた帝国騎士達が、感心して何度か頷いた。
『聖職者』や『魔術師』は大きな街なら良く見かけるので少しは知っているが、『精霊使い』は街にいても見分けが付き難いので、使う魔法の内容まではあまり知られていないのだ。
さて、衛生中隊の治療用テントにたどり着いたモルトたちは、思わず鼻と口を手でふさぐ。
「生臭いにゃ」
「結構惨事やなぁ」
見渡すだけでざっと30人近い負傷者が、狭いテントにひしめいており、テント内はすっかり血の匂いに侵食されていた。
もっとも、傷が重そうな者も軽そうな者もごちゃ混ぜなので、これから衛生中隊の面々による治療が進めば、傷の軽い者が復帰してテントも多少は空くだろうと思われる。
「中隊長はん、手伝いに来たで」
「来たにゃ」
忙しそうに行き来する白衣の隊員たちの中で、もっとも忙しそうにしていた厳つい男に声をかける。
彼はこの衛生中隊の責任者であり、従軍司祭でもあるディンブラ軍曹だ。
ちなみに通常は騎士ならば中隊以上を預かるのは尉官以上と相場が決まっているが、輜重隊や防衛隊のような比較的後方任務が多い部隊では平民も多く、その長に下士官が当てられることも多いのだ。
顔に向こう傷があるディンブラ軍曹が不機嫌そうに振り向き、そして声をかけてきた2人を見止めてニッコリと笑った。
「おお、モルト殿とマーベル殿ではないか。回復魔法の使い手が私しかいないので助かります」
冒険者には『聖職者』は珍しくないが、一般的には多くない。そもそも冒険者自体が大して沢山いないのだ。
なので、『王太子派軍』に従軍する者の中でももちろん不足しており、回復魔法の使い手など、実のところ、ここに集まった3人しかいなかった。
ちなみに『王弟派軍』は、元『ラ・ガイン教会』からの合流人員がいるため、低レベルな兼業『聖職者』が10人弱いる。
「では傷の深い者たちからお願いしましょう」
そうディンブラ軍曹は、モルトたちを自分のいるベッド群の付近へ手招きする。
近づいてみれば、言うだけあり酷い怪我の者が数人寝かされていた。
中には身動きの無い者もいた。
「HPは残ってますが、『麻痺』状態のようです」
これはマーベルの腰袋に鎮座する薄茶色の宝珠氏の証言であった。
「どうやら敵方に麻痺性の毒か、魔法的何かの使い手がいるようで」
ディンブラ軍曹が、意外に多い『麻痺』患者に、少々辟易しながら肩をすくめた。
NPCはHPがゼロになると昏睡ではなく死亡する。
だが殺すのにはラウンド数もそれなりに掛かるので、手っ取り早く戦闘不能にさせるには、『麻痺』は都合が良いのだろう。
「あの人たちは治療しなくていいにゃ?」
と、そのベッド群の奥には、さらに酷い怪我の者たちが寝かされていた。マーベルが気づき指を差すと、モルトも気づいて視線を向ける。
それはHPの残数が少ないことは手前の者たちと同じであったが、腕や脚を斬られて失った3人の兵士であった。
ディンブラ軍曹は悲痛に眉をしかめて重々しく口を開いた。
「見ての通り、彼らは治療しても戦線に復帰できません。ひとまず命に別状はありませんし、治療は後回しです」
『聖職者』の『キュアライズ』でも、『精霊使い』の『レヴンヒール』でも、傷の治療、つまりHPの回復は出来るが、身体の欠損を元に戻すのは不可能であった。
ゲームでは通常の戦闘において身体の欠損は起こらないが、例外として『致命的失敗』によりこれらが発生することもある。
また、魔法の武器や物品によっては、そういった効果を発揮するものもある。
つまり、彼らは此度の戦闘で、それらの何れかを受けてこうなったという訳だ。
そして、身体の欠損があると、戦闘能力は著しく低下する。
なので、ここが軍隊であり行軍中であるという環境上、その様な優先順位に晒されるのも仕方ないといえた。
「むぅ、それやったら心配ないで。ウチに任せとき」
ところがだ。
一瞬、考える風だったモルトは、すぐに白い法衣を翻して彼らの元へと寄った。
すでに治療は後回しだと告げられていた彼らも、急に現れたこの『聖職者』の振る舞いに、少しばかりの緊張と戸惑いを覚える。
『聖職者』とはすべてが善なるものではない。
神に奉仕する者なので、仕える神がどのような存在かで『聖職者』の性向は変わるのだ。
万が一にもこの白い法衣の乙女が邪悪なる御柱に仕える『聖職者』だったら、ひょっとして「役立たずは間引くぞ」なんて言われるのではないか。
大傷を負って気が弱くなっている彼らは、そんなことを思ってしまったのだ。
ところが、ニコニコとした笑顔を絶やさず簡易ベッドまで歩み寄った白い法衣の乙女・モルトは、まず優先して治療すべき一人を見定めたかと思うと、法衣の袂から茶色い液体の入った小瓶を取り出してドンと置いた。
「まずお酒を取り出すやろ?」
部位欠損者のみならず、これには一同が揃って疑問符を頭上に挙げた。
モルトはそんな雰囲気を気にも留めず、他にも袂より小さな杯を取り出して、ベッドの四隅へと配置する。
もちろん杯には小瓶の中身を注いでいく。
「モルト殿、それはいったい?」
好奇心に押されて傷顔のディンブラ軍曹が訊ねるが、モルトは笑顔のまま首を振って作業を続けた。
準備が終えたモルトは、不安そうにする治療対象者にベッドに横たわるよう指示して、その傍らに立ち目をつぶる。
「造る神酒宇邇の平賀に八盛て…」
そして朗々と謳い上げる様に聴き慣れない言葉を口にしながら、ゆったりとした動きで聖印を掲げつつ舞を始めた。
「こ、これは」
思わず驚きに声を上げたディンブラ軍曹だったが、さすがに厳かなる雰囲気を感じてすぐに口をつぐんだ。
ところが弁えないねこ耳童女はその従軍司祭に鋭い目を突きつける。
「知っているにょか雷電」
「え? いや、モルト殿はいったい…」
一瞬、呼び名がおかしかったことに戸惑ったディンブラ軍曹だったが、すぐ気を取り直してつぶやいた。
そしてその問うところを察したマーベルがすかさず答える。
「『聖職者』7レベルにゃ」
「ではあれはやはり!」
絶句。
7レベルの『聖職者』など、そうそうお目にかかれるものではなく、かく言うディンブラ軍曹でも『聖職者』の職業レベルは3に留まる。
知っていてもそれ以上答えるそぶりが無いことを見取ったマーベルは、仕方なしといった風で左右に首を振って肩をすくめた。
それから白き乙女・モルトは悠に10分程も謳い舞い続け、いよいよ最後にと聖印を患者が失った左脚の断面へと優しく当てた。
するとどうだ。
聖印が淡い光を放ち、それに応える様に断面から光に包まれた脚が生えてきたではないか。
「おお、『レノヴァティオ』!」
そうディンブラ軍曹が祈るように手を組んで言う頃には、その光は収まり、失われたはずの左脚はそこにあった。
『レノヴァティオ』は7レベルの神聖魔法だ。
儀式魔法に分類されるもので、信仰する神に祈りと供物を捧げて10分程度の時間が掛かるのは、上に述べた通りだ。
儀式が成功すれば身体の欠損部位を再生することが可能だが、欠損してからの時間が経ってしまうと、どんどん成功率が低くなる。
ただし当日ならば然程低くも無く成功する。
また、欠損部位の再生自体は10分程度の儀式で出来るが、再生した部位が欠損前同様に動かせるようになるのは、3日程度のリハビリが必要である。
「ま、これやってまうと、他の回復があまり出来へんのやけどねぇ」
今のでMPの1/3を失ったモルトは、続けて残りの2人にも『レノヴァティオ』を施すのだった。
さて、このような次第であったため、『麻痺』状態となった患者は後回しとされ、その回復には翌日を待たねばならなくなった。
なぜなら『メディパラライズ』は4レベル魔法なのでディンブラ軍曹には使えなかったからだ。
すなわち、『王太子派軍』総司令たるハーラス団長が復帰するのもまた、戦闘の翌日となったわけだ。
ちなみに『インポートマギ』で、ディンブラ軍曹がモルトにMPを融通した方が、全体の治療も効率的に進む。
なぜなら同じ魔法でも、消費MPはレベルが高い方が少なくて済むからだ。
だが、残念ながら皆がそれに気づくのは、すでに各員のMPが空欠となったその日の夜のことだった。




