14沈黙の弩砲
今回で7章が終わると言ったな。あれは嘘だ。
いや何回目でしょうねこの台詞言うの。スイマセン。おさまりませんでした。
次回は、どうかな。いや予告するのやめときます。
※前回のあらすじ※
海賊船の鹵獲作業を行っていた大型輸送船『タンホイザー号』は、友軍であるはずの海防艦『ヴォルフラム号』からの攻撃を受け、俄かに混乱した。
しかし、客分として乗船していたアルト隊の活躍で、『ヴォルフラム号』の遠距離攻撃兵器『大型弩砲』3基の無力化に成功し、ひとまずの危機から脱したのだが、さて。
アルトたちが『空飛ぶ庭箒』を使って、大型輸送船『タンホイザー号』から飛び立った後、残された面々はただ漫然とマーベルの操る風の盾『ヴィントシルト』で守られていただけかと言えば、そうではない。
彼らは彼らで、『タンホイザー号』の防衛や、反撃に向けた行動を行っていた。
「さぁ今回はせいせいと歌えますな」
2機の『空飛ぶ庭箒』が『タンホイザー号』を去った直後の5ラウンド目、いつの間にやら船橋の屋根に上がっていたドワーフの男が一人そう呟いた。
きれいに刈り揃えたカストロ髭に深緑のベレー帽、不思議と煤けた様子の無い真っ白なシャツに赤いチェックのチョッキを羽織った酒樽体型の音楽家。
彼こそは、今や実力的にアルセリア島隋一の『吟遊詩人』となったレッドグースその人である。
レッドグースは背に負っていた『手風琴』を、ひょいと腹元に抱え直し、固定されていた蛇腹をベルトから解放する。と、同時に右手が鍵盤を滑り、軽やかなメロディーが風に乗った。
「では皆々様、音楽に身を任せリズム良く行ってみましょう。『アクセルレイブ』」
『タンホイザー号』の最も高い所からそう言い放ち、そして曲が始まった。
最初はゆっくりとしたテンポから、次第に速く激しいリズムが『手風琴』から生まれだす。
音楽ジャンルを例えるなら、それはロックだ。
「なんにゃ、よくわからんけどすごいにゃ」
どちらかと言えば牧歌的なイメージの強い『手風琴』から、まさかこんな曲がまき散らされると思ってもみなかったマーベルは、思わず『ヴィントシルト』を維持しつつも船橋を見上げた。
そこでは得意気に足をストンピングさせつつも、高速で指を鍵盤に叩きつけるドワーフの男がいた。
「超絶技巧にゃ」
マーベルは目を見開いたまま、それ以降は絶句した。
さて、レッドグースの超絶技巧な鍵盤さばきで奏でられた音楽が、もちろんただの音楽である訳がない。
『アクセルレイブ』と彼が呟いたそれは『吟遊詩人』の使う特殊技術『呪歌』の一節である。
この曲は、スローテンポからアップテンポまで、狙いのテンポを任意に決めて奏でることにより、曲を聴き入れた者たちの『敏捷度』を一律にそろえることができる。
つまり戦闘中であれば、1ラウンド中に全員同時に行動できるという事だ。
例えば『吟遊詩人』が敏捷度10程度のテンポで『アクセルレイブ』を奏でれば、敏捷度20の者であろうと、敏捷度5の者であろうと、全員が敏捷度10として処理されるわけだ。
『呪歌』は、聴く者すべてに効果を及ぼす魔法的音楽なので、乱戦状態では敵味方区別無しに波及する。
そのため『アクセルレイブ』は「敵側が著しく敏捷的に勝っている場合」などに使われることが多い。
が、今回は敵である海防艦『ヴォルフラム号』とは離れているので、敵味方の別は考えなくて良い訳だ。
なのでレッドグースは何も気にせず、最大の敏捷度を狙った。
それゆえの超絶技巧という訳だ。
「あれ、『吟遊詩人』なら誰でも出来るにゃ?」
唖然と、また感心しつつマーベルが疑問を口にする。その答えはすぐに、彼女のベルトポーチに収まった、薄茶色の宝珠から返って来た。
「いえ、そんなことはありません。『アクセルレイブ』で高い敏捷度を設定するには、それなりに高い達成値が求められます。『吟遊詩人』であり、なおかつ7という高レベルを持つレッドグースさんだから成功したと言えるでしょう」
10レベルを超えれば英雄、と呼ばれる世界において、7レベルと言う数字はなかなか得難い人材なのだが、『傭兵』と『吟遊詩人』では7レベルの重みが違う。
『傭兵』はこの世界において需要の高い職業であり、それに従事する人口も多い。
そういう事情もあり、7レベルの『傭兵』は小国でも1人くらいはいるものである。
たいていそんな人物が軍の要職を務めている。
が、比べて『吟遊詩人』となると、その職業人口は圧倒的に少ない。
伝承口伝を運ぶ、文化的に重要な職業ではあるのだが、紛争や生活に追われる人の多いこの世界では、『吟遊詩人』の運ぶ詩吟を嗜むことの出来る者は全人口からすればほんの数パーセントと言ったところだろう。
つまり、『吟遊詩人』は少なく、だからこそ7レベルと言う人材は貴重で、その技術に達しているレッドグースは、アルセリア島隋一と言われる腕であった。
「つまりですね、『アクセルレイブ』最高速。この演奏を成し得るのは、アルセリア島では、おそらく彼しかいないでしょう」
元GMたる宝珠殿は、かの演奏家への評価をそう締めくくった。
「へーそうなんにゃ。すごーい」
惜しむらくは、その凄さを理解する者がこの場にいなかったことだろうか。と、興味無さげなマーベルの相槌を聞き流しつつ、薄茶色の宝珠氏はひっそりとため息をついた。
ところでレッドグースの偉大さばかりではなく、その『呪歌』の結果を語らねばなるまい。
すなわち、彼の鍵盤から弾き生まれる高速テンポな曲を聴いた『タンホイザー号』の面々についてだ。
船長であるメイプル男爵から「戦闘配備を急げ」との命を受けた船員たちは、アルト隊の行動はさておいて、とりあえず各班駆け足で鹵獲船切放し、出航、砲射、などの準備に取り掛かっていた。
そこに降りかかってきたのが、最高速『アクセルレイブ』である。
途端、各員の足並みが今まで以上に揃った。しかも高速状態でだ。
まぁ、いくら敏捷度が上がったとはいえ、戦闘ラウンド中に出来ることが増えるわけではない。
だが全員が同じスピードで動けるという事は、訓練で身に着けた足並みが、今まで以上に揃う事であり、結果、作業効率が著しく向上した。
具体的に言えば、10ラウンドかかる作業が6ラウンドで済む、程度には効率化が成されたのである。
こうして『タンホイザー号』船上では、マーベルの『ヴィントシルト』による保護と、レッドグースの『アクセルレイブ』のおかげで、着々と戦闘配備が進んだ。
そしてその間に、『空飛ぶ庭箒』にまたがるカリストにより、敵艦となった『ヴォルフラム号』に爆撃が成され、同艦の1から3番までの砲塔が、砲射員の欠員によって沈黙した。
いよいよ戦闘ラウンドは新たな局面に入ろうとしていた。
すなわち、11ラウンド目の開幕である。
「アルト君、モルト君、僕の仕事はひと段落だ。そろそろ接近戦の方を頼むよ」
「お、おう!」
「まかせときー」
接近状態でホバリングしていた2機の『空飛ぶ庭箒』。
その片方から黒衣の『魔術師』カリストが声をかければ、これまで傍観者であった紺の詰襟を着込んだアルトと白い法衣のモルトが短く言葉を返しつつ、急速に舵を切った。
目標は艦橋でこちらを睨んでいる、蛮族髭の艦長だ。
普通に艦橋を目指すとすれば、と短い時間の中で思考をめぐらせたアルトは、『ヴォルフラム号』の甲板を見下ろす。
そこには、爆撃されて戦闘不能となった砲射班員を収容する救護人員と、それとは別にアルトたちを待ち構えて戦闘準備を行っている白兵戦小隊がいた。
白兵戦小隊は2個小隊12人と、隊長と見られる帝国騎士風体の1人。計13人だ。
とはいえ、こちらは飛んでいるのだから、わざわざ甲板に降りてから艦橋に向けて走る必要はないんだよな。
などと、なんだか甲板兵には申し訳ない気分になりつつ、アルトは艦橋窓へ箒の先を向けるのだった。
アルトたちの背を見送ったカリストは、『空飛ぶ庭箒』をホバリングさせたまま、右手を出来る限り高くへと掲げる。
「さてこの隙に僕は『マナチャージ』だ」
そう、彼が力ある言葉を発すると、彼を取り巻く空にキラキラと輝く光の粒子が静かに降り注いだ。
降り注ぎ、次の瞬間にはカリストを中心に粒子たちは渦を描いて消えた。
『魔術師』の習得できるスキルの一つ、『マナチャージ』だ。『マナチャージ』はランクに応じてMPを回復する事ができる。
ただカリストはあまりこのスキルにポイントを注いでいないので、現状ではランク1、総MPの2割程度の回復しか出来なかった。
「これで、もう一発くらいは撃てるかな。ま、後は皆に頑張ってもらおう」
まだ稼動可能な2基の『大型弩砲』を見下ろし、カリストは苦笑いを浮かべながら、そう呟いた。
『ヴォルフラム号』の艦橋窓から空を睨んでいた艦長ヴァカンテ大佐は、感情に任せて手近な壁を力いっぱい叩くと少しだけ冷静になった。
オロオロと彼の動向を観察する乗員たちを他所に、ヴァカンテ大佐は踵を返し艦長席に腰を落ち着ける。
海賊船と接舷した『タンホイザー号』を見つけ、「獲物だ」とばかりに襲い掛かってみれば、精霊魔法『ヴィントシルト』による砲射攻撃を封じられ、では白兵戦を挑め、とばかりに『タンホイザー号』へと艦を走らせれば、その隙を突いて飛来した『魔術師』によって『大型弩砲』操作に従事する人員、3基分を無力化された。
ここまで良いとこ無しである。
「くそ、くそ、くそっ。俺を誰だと思ってやがる。このままでは済まさんぞ」
憎々しげに吐き出しながら爪をかむ。深く戦術を計算する時の、彼の癖だ。
とにかくもう戦端を開いてしまった以上、彼が帝国で生き残るには『タンホイザー号』を沈めて、船員を殲滅するしかない。
見れば、急ぎ戦闘準備を進めている『タンホイザー号』は、もうじき海賊船を切り離して、『大型弩砲』を発射可能になるようだ。
こちらの残った『大型弩砲』は4番、5番の2基。いずれも後部にあって、このままでは『タンホイザー号』を直接狙うことができない。
ならば、とヴァカンテ大佐は再び立ち上がって吼えた。
「4番5番『大型弩砲』の砲射班員は、すぐ1番2番へ付いて砲射せよ。狙いは『タンホイザー号』船橋だ」
「飛来したあの者たちへの対応はどうしますか?」
すかさず尋ねるのは副長だ。
この状況で『タンホイザー号』を攻撃する意味は解っているつもりだったが、爆撃と言う未知の攻撃を秘めている『空飛ぶ庭箒』隊を無視して良いものか。それが彼の懸念だった。
「ふん、母船が沈黙すれば、うるさいハエも黙るだろう」
その問いに対する解答はこれであった。
ヴァカンテ大佐の戦術論は簡単に言えば「やられる前にやれ」であり、これは一つの真理でもある。
それゆえ、これを聞いた副長も、自らの懸念を胸の奥に仕舞いこんだ。
「操舵班、帆操班各員は引き続き第二戦速を目指せ。4番5番『大型弩砲』の砲射班員は、急ぎ1番2番から砲射を始めよ。白兵戦隊は『タンホイザー号』接舷まで待機」
懸念が無くなれば副長の仕事をするだけだ。
彼がヴァカンテ大佐の指示を、細かく具体的に形にしていく。各艦員達もそれに従い慌しく駆け回る。
『大型弩砲』爆撃から放心気味であった『ヴォルフラム号』は、こうして再び活気を取り戻した。
だが、この思惑もまたすぐに散らされる事となる。
「一番前のデカ弓に、人が集ってるにゃ。撃つ気にゃ!」
アルトたちが『ヴォルフラム号』艦橋へと向かった第11ラウンド。『タンホイザー号』甲板上でねこ耳童女マーベルが叫んだ。
彼女の目は人一倍遠くが見える様に出来ている。これは草原の種族である『ケットシー』に多い特技である。
その目が捉えたのは、カリストの爆撃で砲射班員が散らされ沈黙した『ヴォルフラム号』の『大型弩砲』に、再び補充班員が集合しつつある様子だった。
ヴァカンテ大佐が起死回生を謀って出した指示による動作だ。
現状、風の盾『ヴィントシルト』は効果時間切れでなくなっている。このまま撃たれたら『タンホイザー号』を守るものはない。
「もう一度、精霊魔法使えばいいんじゃないカナ?」
暢気に戦いの行く末を眺めていたハリエットが、これまた暢気にそう尋ねるが、マーベルは残念そうに首を横に振る。
「ダメにゃ。『ヴィントシルト』みたいな高レベル魔法は、一回使い終わると精霊が帰っちゃうにゃ。また使うのにもう一度召喚する必要があるにゃ」
「魔法が切れてから間があったはずなのに、なぜ呼ばなかったのだ?」
そんな返答に、これまた暢気に訊いてくるのはセナトール小王子だった。彼の暢気さを表すかのように、胸元には黒猫のヤマトを抱き、頭には人形姉妹のティラミスを載せている。
「なぜでありますか?」
「にゃ?」
2名も小王子に追従して首をかしげる。
これに対してマーベルはあらぬ方向を見ながら、気まずそうに口先を尖らせた。
「カーさんが爆撃したから、もう大丈夫だと思ったにゃ」
「そ、それは」
セナトール小王子も、この言葉には少しだけ気まずそうにたじろいだ。なぜなら、彼もまた、マーベル同様に『タンホイザー号』を安全地帯と判断して、こうして観戦にやって来たくらいなのだ。
「もう、しょうがないナ」
子供たちのそんな様子を見取り、ハリエットは、彼女には珍しい苦笑いを浮かべながら、薬などを詰めてあるポシェットをあさる。
そうして取り出したのは、先の尖った青い小瓶だった。
『ヴォルフラム号』砲射班の4班、5班が、班員不在となった第1、第2砲塔へと取り付いたのは戦闘時間で言えば第12ラウンド目のことだ。
各員、取り急ぎ準備を進め、このラウンドの最後にはどちらも矢を撃ち出せる状態となった。
「よし、計算データが残ってますね」
「なら観測射撃は必要無さそうだな。同時砲射でいいか?」
「いいですとも」
そしてすぐさま、それぞれの班長により簡単に取り決められる。
先にも説明したが、遠距離攻撃の命中精度を上げる目的で、コンディションを測る為の射撃を『観測射撃』と言う。
このデータを元にその日の状況を計算し、実際の砲射攻撃に生かすのだ。
その計算結果が観測手の席に残されていたわけだ。
そうとなれば八つ当たり猛々しい艦長からせっつかれている班員に異論は無い。とにかく自分お仕事を果たせば、後で何とでも言い訳は立つので早く撃ってしまいたかった。
「よーし、2番砲塔、射撃よーい」
一瞬先立って2番砲塔に取り付いた、『砲手』も兼ねる5班班長が指示を出す。
その命を受け、すでにある射撃データを元に、『観測手』が『タンホイザー号』船橋へ照準を合せる。
そして最後に『装填手』がセットされた極太の矢を確認した。
「確認完了。問題なし」
『装填手』の声を聞き、班長はいよいよトリガーを引き絞ろうと手を添える。
ちなみにトリガーといっても、銃にあるような指先で引けるものではない。両手両腕を使って、全身で引くような巨大なトリガーだ。
だが、彼らの仕事は残念ながらそこまでで終了だった。
『砲手』が「撃て」の号令と共にトリガーを引くより早く、2番砲塔はキラキラ光る氷結の嵐に襲われた。
無論、上空でMPを少し回復したばかりのカリストが放つ、最後の爆撃『ブリザード』の一撃だった。
「班長! 5班がやられました」
すぐ斜め後方で起こった惨劇に気付いたのは、1番砲塔に取り付いた4班の『観測手』だった。
ただ、それはあくまでタッチの差で、後の2名も言われるまでもなく振り返り、局所的に吹き荒れる魔のダイヤモンドダストを呆然と見つめた。
「はっ、ボーっと見ている場合ではない。どうせ次の魔法が来たとしても俺たちが撃つ方が早い。『タンホイザー号』を撃ち抜けば、タッチの差でこちらの勝ちだ」
すぐ我に返った班長が腰を入れて『大型弩砲』のトリガーを引く。
だが、トリガーを引き切り、『大型弩砲』の矢が勢い良く発射された直後、彼は前方に現れた激しい異変に全身を硬直させた。
そんな班長の様子を怪訝に思って再び視線を戻した残りの班員もまた、『タンホイザー号』の船橋前に突如現れた巨大な影に絶句した。
海面に漂う水煙の包まれた、『タンホイザー号』の船橋塔と変わらぬほどの高さを持ったそれが、次第に正体を現す。
例えるなら短い手足を持つ毛むくじゃらの逆さ玉子だ。
円らな瞳が上部にあるのでおそらく頭部であろうそこには、目鼻以外にも闘牛のような湾曲した下向きの角が生えている。
解答を言ってしまえば、そいつは『錬金術師』ハリエットが海に投げ込んだ青色小瓶から現れた、『錬金術』により生み出された怪獣『ミノクラス』である。
『タンホイザー号』船橋を狙って放たれた『大型弩砲』の矢だったが、ミノクラスはその射線上に現れたので、当然、出現直後に矢がこの大怪獣を襲った。
襲った、のだが、ミノクラスが猛々しく振り上げた短い右手は、迫り来る極太の矢を難なく叩き落とすのだった。
『タンホイザー号』船上でも、突如現れた大怪獣に皆一様に目を丸くしたが、すでに見知っていたアルト隊2名と怪獣所有者であるハリエットは、ミノクラスが繰り出したまさかの妙技に思わず手を叩いた。
「ミノ吉、すごいにゃ」
「確かただのハリボテ怪獣では無かったですかな?」
「おおーハリーさんもびっくりだヨ」
乾坤一擲のつもりで取り付いた『大型弩砲』は、片や爆撃で沈黙。片や怪獣に対空防御され、残った砲射4班の班員は揃って意気を消沈させた。
そして続く第13ラウンド以降は、その残った砲射班員も『大型弩砲』に取り付いている場合ではなくなって来ていた。
消沈どころではない。明確に危機が具体化しているのだ。
すなわち、『ヴォルフラム号』艦橋に突入を試みていたアルトたちが、ついに艦橋窓から艦長ヴァカンテ大佐の下に侵入を果たしたのだ。
艦長が討ち取られれば『ヴォルフラム号』の敗戦であり、そうなれば、ただでさえ味方船を襲撃した『ヴォルフラム号』は、乗員諸共窮地に立たされるだろう。
よしんば艦長が突入者を撃退したとしても、『タンホイザー号』の前には大怪獣がそびえたち、もはや砲射班としては出来る事が思いつかない状況であった。
甲板で控えていた『ヴォルフラム号』白兵戦隊ははまだ諦めていないらしく、慌しく艦橋へと向かうようだが、さて。
無事な砲射4班の班員達は顔を見合わせて互いに頷いた。頷き、次の瞬間に総員、懐から出した白いハンカチを空に向けて振る。
上空では黒衣の『魔術師』が箒に乗って旋回していた。
こうして海防艦『ヴォルフラム号』の『大型弩砲』は、全ての砲射班員を失って沈黙した。




