13艦上爆撃
レギ帝国所属海防艦『ヴォルフラム号』の艦長、ヴァカンテ大佐。
彼はレギ帝国中央本軍に属する帝国騎士であり、つい半年前までは騎士連隊中隊長中佐であった。
中佐から大佐へ昇格し海防艦の艦長となった、と言う経歴からすると栄転昇進だが、その実、これは栄転に見せかけた閑職への左遷だ。
ではなぜヴァカンテ卿は左遷されたのか。
それを語るには、少しばかり帝国の国内事情に触れる必要がある。
レギ帝国内において各市町村と言った様々な大小領地の大半を治めているのは、皇帝より任命された数多の貴族たちだ。
だが、その貴族たちに委ねられているのはあくまで徴税や司法と言った「文」に当たる領域であり、「武」に当たる領兵を揃える事は許されていない。
警察行為を行う上で必要な最低限の地方採用兵はいるが、「武力」が必要な場合は必ず帝国へ届け出て、帝国軍を派遣してもらうことになっている。
こういう事情もあり、現行の体制になって以来、帝国内で貴族が反乱を起こすという事例は無くなった。
が、それでも反乱が全く無い、と言うことはなく、広い帝国領内のどこかでは、年に1~2回くらいの頻度で、民衆による小規模な反乱がある。
いわば農村一揆だ。
別に圧政を敷いている訳ではないが、それでも取られる税を「安くない」と思ってしまった農村などが不満を募らせて蜂起するのだ。
ちょうど半年前も、ヴァカンテ卿は2小隊12名の帝国騎士を率いて、そんな農村一揆を鎮めに赴いていた。
蜂起したは良いが所詮は一般民衆であり、戦闘に関する職業のレベルなどほぼ皆無だ。
いや、ごく稀にそう言ったスキルを持つ者もいるが、居ても1レベルが精々である。
そんな農民が何人集ろうが帝国騎士の敵ではない。
日本では戦国時代に「農民も三間半の槍を持てば将を殺す」などと言われたものだが、レベルと言う純然たる壁が存在するこのメリクルリングRPGの世界では、いくら農民が武器を持とうが、戦闘専門職である騎士たちに敵う理が無いのである。
かくしてヴァカンテ卿率いる騎士連隊は、たちまち蜂起した農民たちを包囲した。
村の領主である男爵の館を占拠して逃げ込んだ農民達と、包囲する騎士たち。本来ならばここから投降を呼びかけ、しばしの籠城包囲戦の後に鎮圧終了となるところだ。
だが、ヴァカンテ卿は幾時も待たずに指示を出した。
「館をに火をかけろ。反逆者どもが逃げ出たところで突撃だ」
「ですが隊長、まだ館には男爵が囚われております」
焦り、副隊長が声を上げる。
それでも、ヴァカンテ卿は獰猛な笑みを浮かべて、青くなる副隊長に視線を向けた。
「男爵閣下は戦闘に巻き込まれ、不運にも反逆者の刃に倒れた。戦場ではよくあることではないか?」
ヴァカンテも解っているのだ。解っていて、すべてを血に染めようと命を下しているのだ。
こう強弁されては配下の者たちは従うしかない。
副隊長以下の帝国騎士たちも覚悟を決め、次々に館へと火矢を射掛けるのだった。
こうして反乱は速やかに鎮圧されたわけだが、ヴァカンテが報告しなかった事の詳細がどこかから洩れた。
誰かは不明だが、ある帝国騎士による告発であった。農民の虐殺はともかく、今回は男爵を見殺しにしたのが問題となった。
そもそも、ヴァカンテ卿は反乱鎮圧に向かう度に、同様の虐殺行為を何度も行っていたので、中央本軍上層部ではすでに頭が痛い問題として認識されていた。
とは言え、反乱鎮圧は成功しているし、戦闘で人が死ぬのも当たり前だ。
問題といえば「殺しすぎている」と言う点だが、それについてもヴァカンテ卿は査問会においてこう述べている。
「反逆者に情けをかけて手を抜くなど、それこそ背信行為である」
この様に堂々と言われてしまえば、中央本軍上層部も苦々しく思いつつも頷くしかなかった。
もう一つの問題として、蜂起農民に捕まっていた男爵を見殺しにした、と言う点についても、彼はやはり堂々と事情を述べた。
「俺が火をかけるよう命じた時には、すでに殺されていた」
実際には何の根拠も無い発言だが、生きていたという確証も無く、現場の責任者が現場の判断でそう断じたなら、査問会側としてもこれ以上の追及は出来なかった。
またヴァカンテはこう見えて公爵家の五男であった。
五男ともなれば何の権力も在りはしないのだが、それでも軍上層部からすれば多少の遠慮があったのは事実である。
そんな事情もあり、ヴァカンテは結局、具体的な処罰を受けることはなかった。
そうした経緯で、ヴァカンテ中佐は大佐に昇進し、表向き栄転として『ヴォルフラム号』の艦長に就任した。
もちろんヴァカンテ卿も、この人事が左遷であることは理解していた。
日頃から「海上勤務など栄えある帝国軍人の仕事ではない」、と公言して憚らなかったのは、誰あろうヴァカンテ卿本人だったのだから。
そんな洋上勤務着任前のある夜、ヴァカンテ卿は帝都の自宅で度数の高い蒸留酒を浴びる様に飲んで荒れていた。
いや荒れていたのはその日だけではなく、辞令を受けてからずっとだ。
「ちくしょう、どいつもこいつも。俺の何が悪いってんだ。敵をたくさん殺したんだから勲章や報償があったっていいくらいだろうが」
実際には大して戦闘力の無い者を虐殺しただけで、とても栄誉ある戦闘とは言えなかったのだが、彼の蛮族並みの頭脳では、その違いを理解できなかった。
それゆえ、反省することも無く、ただただこの辞令に不満と怒りだけを抱いた。
「俺にもっと力があれば。帝国の誰にも何も言わせないだけの力が」
酔いのせいもあり、彼の不満はよりエスカレートし、意識もまた過激なものへとなり始める。他の誰がここにいれば、「反逆の意思あり」と断じられてもおかしくないほど、不穏な目で窓から見える帝城を睨みつけいた。
と、その時、音も無く突然、その部屋に一人の老人が現れた。
「くっくっく、世が憎いか。お前を押さえつける者どもを薙ぎ払う力が欲しいか」
酷く痩せこけ骨と皮だけの弱々しい肢体でありながら、眼孔から覗くギラギラとした瞳だけが、とても強くヴァカンテ卿の心に突き刺さるようだった。
老人の名はドクター・アビス。
時は港街ボーウェンでアルトたちと対峙する数ヶ月前の事だった。
話は戻り、ひとまずここまでの戦闘の進行過程を述べておこう。
まず、海防艦『ヴォルフラム号』の先制攻撃で戦闘フェイズが開始、その1ラウンド目に『ヴォルフラム号』が観測射撃として『大型弩砲』を砲射した。
撃ったのは船首にある1番砲塔だ。
距離があるので、普通であれば砲射してから着弾まである程度の時間差があるが、そこは戦闘フェイズが始まってしまうとルール上考慮されない。
ルール上で考慮されないということは、この世界ではその通りに事象が発現するので撃ったラウンドに着弾する。
この砲射は『タンホイザー号』近くの海面に着弾して終わり、1番砲塔は次矢装填と弦の巻上げの為に次から3ラウンドほど砲射出来ない。
2ラウンド目はカリストからの指示を受けたマーベルが風の精霊を召喚。
また、『ヴォルフラム号』は右舷前に据え付けられた2番砲塔からの砲射だ。これは『タンホイザー号』の後部甲板に突き刺さり、船を大きく揺らした。
続く3ラウンド目。
マーベルが精霊魔法『ヴィントシルト』を発動。
風の精霊の盾が『タンホイザー号』を保護し、『ヴォルフラム号』左舷前の3番砲塔からの砲射はこれにより防がれた。
敵味方から驚きの声が上がる中、アルト隊の面々は『タンホイザー号』甲板で合流を果たしたのだった。
そして4ラウンド目が開幕する。
最初のラウンドに撃った『ヴォルフラム号』1番砲塔が再び砲射する為の準備には、まだこのラウンドいっぱいかかる。
『ヴォルフラム号』の砲射班員たちが必死に準備を整える中、『タンホイザー号』甲板からは、2本の箒が飛び立った。
当然、ただの箒ではない。『錬金術師』の少女、ハリエット作成の『空飛ぶ庭箒』だ。
2本あるのでそれぞれを仮に1号機2号機としよう。
その1号機に搭乗するのは黒衣の眼鏡魔道士カリスト。そして2号機にタンデムで跨るのは若き強兵アルトと、白衣の神職者モルトだ。
「あのまま防御に徹してても良かったんちゃう?」
敵艦『ヴォルフラム号』へと向かう途中、アルトの背に抱き付く様にして乗るモルトが隣を飛ぶカリストに訊く。
カリストは真剣な表情で『空飛ぶ庭箒』のコントロールに集中しつつも小さく首を振った。彼はアルトと違い、スキル『ライディング』を取っていないので、『空飛ぶ庭箒』の操縦にはより高い集中が必要なのだ。
「『ヴィントシルト』は確かに優れた防御魔法だけど、それだけに効果時間が短いんだ。だから切れる前に敵を叩かなくちゃダメなのさ」
敵を叩く、と言うつもりについては、アルトを伴っている時点で想像はついたが、そうしなくてはいけない理由が明確になり、モルトは緊張の面持ちでなるほどと頷いた。
「ほなアル君とウチで特攻やね。ガンバろー」
いまいち緊張感がないモルトの言い様だ。彼女は先に手に入れた樽酒をすでに飲んでいて、幾らか上機嫌気味だった。
ただ、そんな陽気な呼びかけに、アルトは何も応えずに硬い表情のまま、頷きもしなかった。
アルトは背中に感じる柔らかい感触に、戦闘とは別の緊張を感じて硬直中であった。
それでも『空飛ぶ庭箒』の操縦に乱れが無いあたりは、さすが『ライディング』の効果と言ったところだ。
「ま、確かに2人には敵艦へ降下してもらうけど、その前に僕の見せ場を貰うよ」
そうして飛行しているうちに戦闘時間は刻々と進み、彼らの箒の横を2度、太い『大型弩砲』の矢が通り過ぎていった。
装填巻上げを順次終了した『ヴォルフラム号』の1番2番砲塔が撃ったのだ。
すでにマーベルが展開する『ヴィントシルト』の効果で『大型弩砲』による攻撃は意味が無いのだが、『ヴォルフラム号』の艦長はまだ納得できないのか、狙いを艦橋から前甲板などに散らしつつ砲射していた。
当然、それぞれの矢は『ヴィントシルト』に防がれ、海の藻屑と消えるのだった。
「おのれ輸送艦の癖に生意気な。こうなれば接近して白兵戦だ」
海防艦『ヴォルフラム号』の艦橋では連続して弾かれた矢を臨み、艦長ヴァカンテ大佐が悔しげに歯噛みした。
激高すれば周囲に八つ当たりが及ぶとあって、副長以下の各員はなるべく距離を置こうとしていたが、艦長から前述の様な指示が出てはそうも言っていられない。
「操舵班、帆操班各員。急ぎ船足を上げて『タンホイザー号』へ迫れ。目標速度は第二戦速」
「アイサー」
副長がヴァカンテ大佐の意を汲んで指示を出すと、しばし停滞していた艦橋内が俄かに慌しくなる。
と、そこへ艦橋から常に外を注視していた測量士が声を上げた。
「艦長、何かが飛来します」
「何かとは何だ。報告は正確にしろ!」
叱責を受け、測量士は特に集中して目を凝らす。他にも艦橋内で手が空いている者は倣って外へ視線を向けた。
「あ、あれは何だ」
「箒だ。箒に人が乗って飛んでいる!」
そして飛来接近するモノの正体を見極め、数人が困惑と驚愕に悲鳴を上げた。
「寝ぼけてるのか。箒なぞが空を飛ぶものか。ええい俺に見せろ」
苛つきつつ、ヴァカンテ大佐は部下達を押しのけ、自らも大きく開いた窓へと駆け寄った。駆け寄り、そこから見えた光景に絶句した。
すでに視認が容易な距離まで迫ったそれは、見間違いなく箒であった。
その人を乗せた箒が2本、『ヴォルフラム号』上空まで飛来していた。
「な、なんだ。幻か?」
帝国騎士として何年も努め、実戦経験もそれなりに豊富と自負するヴァカンテ大佐だったが、この光景は初めて見るものだった。
いや彼だけではない。この艦に乗る誰もが初見で、皆一様に絶句した。
だが、『ヴォルフラム号』乗員たちが混乱からその行動を止めようと、人を乗せた2本の箒は動きを止めない。
特に、片方の箒に乗った黒い『外套』をなびかせる『魔術師』風体の男は、そろりと箒の柄から右手だけを離して高く掲げた。
「魔法、『ファイアボール』だ!」
いち早くその動きに気付いた副長が叫ぶが、かといって何か対策があるでもない。船員たちが戦々恐々と眺める中、『魔術師』は魔法で作り出した火球を、『ヴォルフラム号』の甲板に向けて落とした。
次の瞬間に視界を覆うのは、火球が作り出した爆発だ。
着弾地点は『ヴォルフラム号』前甲板の左舷側。すなわち、このラウンドに砲射予定であった『大型弩砲』三番砲塔だった。
しばしの秒を経て爆風と煙が晴れ、火球の爆発にもビクともしない『大型弩砲』が姿を現せば、心臓が跳ね上がる想いであった艦橋の各員は揃って胸を撫で下ろした。
メリクルリングRPGでは特殊な場合を除いて、戦闘行為で武具は破壊されない。なのでこの光景は当たり前であったが、それでも予想外の攻撃で皆、肝を冷やしたのだ。
だが、やはりその間違いにまず気づいたのは副長だった。
「砲射3班、人員の被害を報告せよ」
本来ならこの指示は砲射班班長が行うべきだが、気づいたのが副長だったので彼が速やかに叫んだのだ。
しかし、甲板からこれに応える声は上がらなかった。
「班長、すぐに確認せよ」
「はっ」
命を受け我を取り戻した砲射班班長が、すぐさま艦橋から飛び出す。もちろん行く先は今しがた火球の着弾を受けた3番砲塔だ。
『大型弩砲』の操作人員は、この船では各砲塔に3人ずつである。その内訳は『砲手』『装填手』『観測手』。
『観測手』が目標までの距離や『大型弩砲』の大まかな向きを割り出し、『装填手』が矢を用意してセットし、『砲手』が砲射を担当する。巻上げや回転は一人では難しいので3人で行う。
3番砲塔付近では、その3人が焼け焦げた肌を晒しながら甲板に投げ出されていた。
艦橋から駆け下りた砲射班班長がその様子を見て叫ぶ。
「無事な者は返事を!」
「『砲手』、生きています」
辛うじて返事があがったのは、ただそれだけだった。
各員のうち、戦闘職としてレベルがあったのは『砲手』だけ。射撃の要となる『砲手』は『弓兵』の職業持ちなのだ。
それゆえ、生き残る事が出来た訳だ。
とは言え、たった一人生きていても『大型弩砲』は撃てない。他から人員を補充しないことには、3番砲塔は事実上沈黙したといってよいだろう。
沈痛な面持ちで艦橋を見上げた砲射班班長だったが、気が重い報告の為に声を上げようとした瞬間、さらならる災難が『ヴォルフラム号』に降り注いだ。
次に砲射予定で弦を巻上げていた船首1番砲塔に、キラキラと光を反射する氷結の嵐が襲い掛かっていたのだ。
「あれは、『ブリザード』」
辛うじて搾り出した言葉の通り、それは『魔術師』が使う高位の緒元魔法、死の猛吹雪『ブリザード』であった。
3番砲塔の確認をしているうちに次のラウンドに変わっていて、上空の箒に乗った『魔術師』が次の魔法を放ったのだ。
『ファイアボール』といい、『ブリザード』といい、そこらに数多く散見する『自称魔法使い』どもには逆立ちしたって使えない恐ろしい高位魔法だ。
続いて1番砲塔へも確認に向かわなければならない班長だったが、もうこのまま職務放棄して海に飛び込み逃げたい気分だった。
『ヴォルフラム号』の上空まで飛来したカリストは、7、8ラウンドと続けざまに『ファイアボール』『ブリザード』で甲板上を爆撃した。
以前述べた各魔法の説明を憶えている方は、『ブリザード』はともかく『ファイアボール』は役に立つのか、と疑問に思うかもしれないので補足しておこう。
『ブリザード』の効果範囲が半球状に広がるのに対し、『ファイアボール』の効果範囲は平面状に広がる。
またその広がる方向は「火球の進行方向に対し、垂直方向」となっている。
つまり相対した敵に正面から『ファイアボール』を撃ち敵前衛に当てた場合、その当たった目標の上下左右に効果が波及する、と言うことになる。
この特殊な効果範囲から『ファイアボール』は、『ブリザード』や『ライトニング』より一段劣る様に扱われることが多い。
以上のような説明を前にしたわけだが、今回の場合は『ファイアボール』も充分な威力を発揮できる。
なぜかと言えば、火球を上空から甲板に向けて鉛直に撃ち下ろしているからだ。
火球の進行方向の垂直方向に爆発が広がるので、今回の場合は目標の前後左右にダメージが波及するわけだ。
ともかく、そうしてカリストが2ラウンド連続で爆撃を行った為、今にも発射体制が整えられていた1番、3番の砲塔は操作人員の負傷により沈黙した。
『タンホイザー号』を狙える『大型弩砲』で残っているのは2番砲塔だけとなった訳だが、これは、まだあと1ラウンドの巻上げが必要であった。
「そろそろ降りよか?」
「うーん、もうちょっと待って」
爆撃の目的を知り慌しくなった『ヴォルフラム号』を見下ろしてモルトが問うが、カリストは少しだけ考えてから首を振った。
彼にはまだ考えがあるのだろう、とモルトは素直に承知した。
ちなみにアルトはただ顔を真っ赤にして、必死に『空飛ぶ庭箒』の操縦に集中した。
「く、僕も『ライディング』を取って置けばよかった」
そんな様子を見て、カリストは心底悔しげに呟いた。
『ライディング』を持っていないカリストでは、『空飛ぶ庭箒』の操縦までは何とかなっても、2人乗りまでは不可能であった。
上空は割と平和な雰囲気であったが、一方の『ヴォルフラム号』は混乱の極みと言った様相を呈していた。
艦橋では艦長であるヴァカンテ大佐の怒りと苛立ちが頂点に達し、すでに八つ当たりによって航行に絶対必要で無い小道具などがことごとく破壊の憂き目に合っていた。
まだ部下に当たっていないだけマシではあるのだが、それでも艦橋の各員にとっては生きた心地がしない時間だった。
「散々やってくれたな。しかしこれだけ執拗に『大型弩砲』を攻撃するんだ。『タンホイザー号』の守りはそう長く続かないと見た」
幾らかの破壊行為で冷静さを取り戻したヴァカンテ大佐は一つ息を大きく吐くとそうのたまった。
聞いていた副長はハッとしてその発想に目を見開く。
そう言われてみればその通りなのかも知れない、と言う納得と、この蛮族然とした男からこの様な理知的な推理が飛び出したことへの驚きだ。
だが、副長は付き合いが短い為知らなかったが、元来、ヴァカンテは戦闘においてはそれなりに頭が回る男だった。
ゆえに帝国騎士団において現在の地位まで出世する事ができたのだと言える。帝国騎士団は出自だけで出世できるほど甘くないのだ。
「がはは、ならば残った2番砲塔で『タンホイザー号』船橋を撃ちぬけ。そうすりゃあいつらも撤退する」
一転、機嫌を回復したヴァカンテ大佐が笑い声を上げて指示を出す。「あいつら」と指すのはカリストたち『空飛ぶ庭箒』隊のことだ。
指揮官が倒れれば軍をひとまず退く、と言うのは一つの常識だ。ヴァカンテ大佐もそれを言っているわけだが、残念なことにそもそもアルト隊が『タンホイザー号』配下ではないので彼の思惑通りにはならない。
しかし、そんなことは知らないので『大型弩砲』さえ船橋に当てればこの状況は勝ちであると思っているのだ。
ともかく、そう言うわけで副官は素直にヴァカンテ大佐の言葉通りに、砲射準備を終えた2番砲塔へと命令を伝えた。
この時、戦闘時間は10ラウンド目。確かに『ヴィントシルト』の効果時間は終了し、現状『タンホイザー号』には『大型弩砲』に対する守りはなかった。
ヴァカンテ大佐の慧眼は、見事にそれを見抜いていた。
だが、残念ながら彼が見抜けたのはそこまでだった。
10ラウンド目とは、すなわち7ラウンド目にカリストが使ったRR3の『ファイアボール』が、再度使用可能となるラウンドと言うことなのだ。
そして矢を放つ直前の2番砲塔の担当班員は、火球の爆撃を受けて吹き飛び、これにて『タンホイザー号』に向いていた3基の『大型弩砲』のことごとくは、事実上沈黙した。




