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ぼくらのTRPG生活  作者: K島あるふ
#01_ぼくらのTRPG生活

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10/208

10レベルアップ

 メリクルリングRPGにはプレイヤーが選べる9種類の職業(クラス)以外にも、さまざまな職業(クラス)が存在する。

 『商人(マーチャント)』『農夫(ファーマー)』『鍛冶屋(ブラックスミス)』など、世界に住む職業人は全て何かしらの職業クラスを身に着けている。これらは冒険者の職業(クラス)とは区別され、『一般職(ノーマルクラス)』と呼ばれる。『一般職(ノーマルクラス)』は、冒険で得た経験点でレベルアップする事はない。

 プレイヤーがドワーフを選んだ場合、種族特性として初めから何らかの『職人』技能を持っている事とするルールが定められている。ドワーフは生まれついての職人である事が殆どだからだ。

 また、両親や家が『一般職(ノーマルクラス)』であった場合など、プレイヤーの希望する設定次第では『一般職(ノーマルクラス)』技能を、GMの裁量で取得する事も許されている。

 すべての職業(クラス)において、最高位は15レベル。だいたい5レベルで親方、10レベルで大国内で一二を争う実力者、それ以上は世界的英雄、ぐらいの目安となる。





 数日振りに風呂を満喫したアルトたちは、それもまた数日振りの安眠を味わった。

 この世界に来てからの緊張で、これまで快眠だったという記憶がなかったが、さすがに4回目の夜ともなると疲れのせいか慣れのせいか、朝の目覚めは気分が良かった。

 もちろん、この屋敷のベッドの具合が良かった事も大いに関係しているだろう。

 そして夜は明けた。

 街を脱したアルトたちが警吏に追い回される心配は、あくまで『今のところ』ではあるが無いと思われるし、依頼を果たした達成感もあり、各々の表情は晴れやかだった。

 先日の夕方にレッドグースが村から仕入れてきた野菜と少量の調味料を使い、夕食、そして本日の朝食を仕立てたのはモルトだ。これからしばらくは、彼女がこのパーティの調理担当となるだろう。

 理由は昨晩の夕食前に判明した『世界の法則』に由来する。




 『ハイディング』による『散歩』を止められてしまったレッドグースは、しぶしぶながらに仕入れた野菜類を持って調理室へ向かった。

 もとは貴族か豪商のものだったこの屋敷は、来客を想定して食堂も調理室も立派にしつらえられていた。もちろん、念入りに掃除済みだ。

「おっさん、料理とかできるのか?」

 風呂の湯の調整もすでにする事が無く、暇をもてあましたアルトも後について調理室入りする。後は女性陣が湯から上がるのを待ち、自分も入浴するだけだ。

「もちろん。向こうの世界では1人暮らしが長かったですからな」

 比べてアルトはほとんど料理などしたことがない。家庭科や学校のキャンプ行事で僅かに経験があるのみだ。

「いい歳して独身かよ」

「ほほほっ、気楽ですぞ。独身は」

 実に楽しげに笑うレッドグースだが、まだ恋人もいた経験がないアルトには『結婚』に対する若々しいほのかな憧れもあり、その考えは理解できなかった。

「さて、キャベツとにんじん、塩、それとしょうゆに似た調味料、これはコショウ? いや七味に近いですかな?」

 両手に抱えていた袋を下ろし中身を吟味する。食材は野菜ばかりのようだが、なかなかバラエティに富んでいた。ただスーパーで見たことある野菜より形悪い。

「ずいぶん品質が悪いんじゃないか?」

 眉をしかめながら言うアルトだが、レッドグースはゆっくりと首を振った。

「元の世界の野菜は品種改良や農家の努力できれいな形をしてますが、それは味には関係ないのですぞ?」

 そうは言われても生まれてこの方、そればかりを見て育ったアルトには、いまいち信じられる話ではなかった。

「よろしい。簡単な野菜炒めを作ってみましょうかの」

 そう言うとレッドグースは手早く野菜を刻み始める。手際を見る限り、その料理の腕は疑うまでもないように思えた。


 だがしかし、結果は大きく裏切られた。

 簡単に塩を味付けに使っているのにやたらと苦く、火を通した野菜は妙に赤黒い。

「これが…この世界の野菜の味か」

「ばかなーっ!」

 レッドグースはすぐさま盛り付けた皿から身を翻すと、再び食材へと向かった。自分の腕が達人の域でないのは知っているが、それでも想定外の出来上がりである。

 しかしその後の何度か行った試行錯誤はまるきり無駄に終わった。

 二度目の叫びは『なんとーっ!』であった。



 しばらく後に湯上りの女性陣を調理室に迎え、さらに試行錯誤したところ判明したのは、料理の為の技能は元の世界から持ち越す事ができない、と言う事実だった。

 4人の中でどうにかまともに料理となるのは、モルトただ1人だった。

「いやー『聖職者(クレリック)』のスキル取り、ちょっと間違ったなーと思っとったけど、『チャーチディッシュ』取って、ほんま良かったわー」

「『警護官(ガード)』のスキルもそうだけど、あんたそんなんばっかだな」


 *******


 『チャーチディッシュ』は教会料理のスキルである。

 信仰する神により特徴は異なるが、主に菜食中心の精進料理である事が多い。

 ちなみにモルトが信仰するのは酒の神キフネ。教会料理の特徴は『酒を引き立てる料理』である。つまり酒の肴と言うわけだ。その料理を元の世界の料理に例えるなら、『居酒屋創作和食』に近いだろうか。


 *******


 一堂に会して朝食を終えると、レッドグースは旅装を調えて出立した。ゼニー氏の護衛の為である。

 レッドグース1人なら『ハイディング』で街に簡単に侵入できるからだ。

 残る3人といえば自由時間とし、マーベルとモルトは連れ立ち、村を見学すると言って出かけた。もともと仲悪くなかったが、昨晩の入浴以降、より仲良くなったようにも見受ける。やはり裸の付き合いは大事なのかもしれない。

 そしてアルトは書斎で見つけた手紙や書付を精査する事にした。まだ皆に報告できるほどの情報は得られていない。

 書斎にある書物の殆どと、発見した手紙・書付はメリクル語で書かれている。

 メリクル語は人間社会で使われる公用言語で、この世界の共通語である。

 もちろん各地には各地の言語が存在するが、それはせいぜい方言程度の差で、メリクル語さえ使えれば何とか生活できる。

 他にメジャーな言語としては、ゴブリンたち妖魔の使う『妖魔語』や、エルフ、ドワーフらが古来より使っていた『妖精語』などがある。

 アルトは日本人で、自分では日本語を話し、読み、書いているつもりだったが、どうやらこの世界では、それはメリクル語として通用しているらしい。

 その為、書斎にある数々の書を読み解くのに不自由はなかった。もっとも、理解できるかどうかは知能の問題なのだが。



 さて、昼前には到着したゼニーによる、屋敷の引渡し検査は問題なく終了し、今は卓を囲んで昼食の時間である。

 シェフ・モルトの手によるメニューは『塩もみ・やみつきキャベツ』『長芋と人参の春巻き』『お好み焼きアルセリアーナ(アルセリア島風)』。見事に居酒屋メニューだ。

「おお、あまり食べた事ない味ですな。しかし美味しゅうございます」

 ナイフとフォークを巧みに使ってお好み焼きを口に運ぶゼニー。なかなかの好評だ。

「さて皆さんはこの後どうなさいますか?」

 まるで飲み会終了後の二次会お誘いのような言い回しである。が、いくらメニューが居酒屋風でもさすがにそれはない。ゼニーは冒険者達の心配をしているのだ。

「この仕事の後に私から住まいを紹介する予定でしたが、高飛び、でしたか。国外へ逃亡されるのでしょう?」

 それはそうだ。あの街で殺人の容疑をかけられた『お尋ね者』であるアルト達が、どの面下げて街に住めるのか。

 すでに依頼の完遂をお互い合意していたし、これ以上は無関係を決め込むことも出来るだろう。しかしゼニーはこの不運な冒険者の行く末を案じずにいられなかった。

 ゼニーは彼らにかけられた容疑の『ウッドペック殺害』について無罪である事を知っているし、どうやらこの若い冒険者達が、ずいぶん世間知らずである事も察している。少しだけなら援助をしてもいいという情さえ湧いていた。

「そやねー、逃げる言うても、何処に行ったらいいやら」

 どうやら村で貰ったらしい果実酒に舌鼓を打ちつつ返事をする。しかしモルトの視線はすでに酒気が回ってあいまいだ。

「それについて報告がある」

 自分に給仕された分をきれいに平らげたアルトが、フォークを置いて、先ほどからテーブル脇にあった羊皮紙の束を中心に持ち出す。

「まず書斎で見つけたウッドペックさんからの手紙だ。あて先はゴブ公」

「おてまみ?」

「なんかおもろい事でもあったん?」

 彼が書斎を探っている事は皆知っていたので特に驚きはしなかったが、こうして報告をはじめるところを見れば、何かがあったのだろうと察する。

「やはりと言うか、ウッドペックさんはゴブリンたちに何か仕事をさせるつもりだったらしい」

「仕事ですか。あの徳高いウッドペック師が…」

 ゼニーは生前のウッドペックを知っているらしい。と言うかあの街では知らない者の方が少ないと言う。彼は気高く、人に優しく、自分に厳しい、よく出来た聖職者だった。

「ゴブリンにさせる仕事なぞ、ロクな事ではないでしょうがの」

 容赦ない物言いのレッドグースに、ゼニーは戸惑いつつもうなずいた。

「そう、なんでしょうね」

 ゴブリンなどの妖魔が邪悪である、という見識はいわばこの世界の常識であった。

「指示書らしいものは見つからなかった。というかまだ手紙も少ないし、具体的に指示はしていなかったみたいだ」

 一同は無言でうなずき、アルトに先を促した。

 アルトはもう一度、皆の顔を確認し、束の中から数枚の羊皮紙を選んで取り出した。

「ま、ウッドペックさんやカリストさんに繋がりそう話はそれだけなんだけど」

 アルトは少々もったいつけるように間を空け、皆の興味が自分の言葉に注がれている事を確認してから先を続ける。

「手紙とは別に、こんなものが見つかったんだ。路銀稼ぎにちょうどいいぜ」

 テーブルの中央に置かれたその羊皮紙は、どうやら地図のようだった。




 日が傾くより早くゼニーは場を辞することにした。景気のいい商人であるゼニーには、街に戻れば他にも仕事は山ほどあるのだ。

 この屋敷は数日後に顧客に引き渡される予定だそうだが、綺麗に使う事を条件に、もう1日くらいは宿泊する事を許してくれた。もちろん退去時に掃除する事もお約束だ。

 帰りは街の近くまで全員で見送った。お互い行きずりの冒険者と依頼者でしかなかったが、別れを惜しみ何度も握手をした。

 そうして夕方にはアルトたちは屋敷へと戻った。


 GMが一同を食堂に呼び集めたのは、食事も入浴も終え、後は寝るまでの時間をマッタりと過ごす様な時刻の事だった。

「さて、今回のシナリオ終了と言う事で、皆さんに経験点が入りました」

 GMの言葉が脳に染み渡るまで数秒を要した。

 この世界がテーブルトークRPGの世界だと言う事を忘れてはいなかったが、徐々にその意識から薄れていた事は確かだ。

「ああ、経験点。経験点、ね」

 アルトはその事に微妙な危機感を抱いて動揺したが、つい感情が動いた事が恥ずかしく感じられ、何気ない風を装った。

「きたーっ、経験点きたーっ!」

 対照的な陽気さで反応したマーベルが席を蹴飛ばしピョコピョコと飛び跳ねる。よっぽど嬉しいのだろうか、それともただリアクションが大きいだけなのか。

「おー、長かったなー。普通にテーブルトークRPGやったら、セッション1回で8時間くらいやろ」

「まぁその辺りはシナリオ次第ですけどね」

 それにしても何日かかったことか。リアルタイムの辛いところである。

「ねぇねぇどんだけ入ったの?」

「まずミッション達成点1000点です。それから平和交渉解決によるボーナスが500点ですね。合計1500点です。さらに…」

 期待を煽るかのようにタメの間を空けるGM。みな、まんまとその煽りにはまり、期待の視線を薄茶の宝珠(オーブ)に向ける。

「戦闘経験点が、アルトさん、マーベルさんに100点、モルトさんに60点、レッドグースさんに20点です」

「少なっ!」

 一同、綺麗に声をそろえた。

「メリクルリングRPGはそういうゲームなんですよ」



「ああ、悩む。悩むなぁっ」

 テーブルに突っ伏したアルトが、苛立たしげに頭をかきむしる。と、思えばまたブツブツと言いながらテーブルに額を載せる。そんな動作を彼はさっきから何度も繰り返している。

「そやなぁ、ウチは『聖職者(クレリック)』か『警護官(ガード)』どっちかをレベル2に出来るし、どないしょー」

 アルトとは比べ物にならない気楽さで言うモルトは、昼に村で貰った果実酒の栓を新たに開ける。3本はあったのにもうこれが最後だ。どちらかと言うと彼女を悩ませているのはこの残数だろう。

「戦闘は嫌だ戦闘は嫌だ戦闘は嫌だ、しかし、ああっ」

「ワタクシと一緒に音楽家(ミュージシャン)の道を極めますかな?」

 天使のささやき、いや悪魔の誘いであろうか。未だに戦闘は極力避けたいと思っているアルトには、真剣に主要な選択肢の一つだ。

「まぁええけど。アルト君が前衛降りるならウチが一枚看板やなぁ」

 そこが悩みどころだ。

 このよくわからない世界で、これからどれだけ過ごすことになるのか。先が永ければ長いほど、身を守る為に戦う機会は山ほどあるだろう。

 当初のアルパ永住計画は頓挫してしまったし、まだしばらくは冒険者を続けなければならないのだ。

「アタシ『精霊使い(シャーマン)』2レベルー♪」

 いち早く決定したのはマーベルだった。

「おお、早いですな」

「うん、初めから『精霊使い(シャーマン)』のつもりだったし。『弓兵(アーチャー)』はサブ職にゃ」

 現在パーティ唯一の魔法攻撃職。あながち間違った選択でもないだろう。

「承認します」

 GMが機械的に声を上げる。これでたった今からマーベルの『精霊使い(シャーマン)』技能は2レベルになった。

「ええい、仕方ない。『傭兵(ファイター)』を3レベルに上げるぜ」

 やっと決心したようで、アルトが声を上げた。結局のところ、4人のバランスを考えればベターだろうし、レベル上がればゴブリン相手で遅れをとる事もなくなるだろう。

 もっとも自分のレベルが上がれば、敵のレベルも相応になるのがゲームの常ではあるのだが、その事実からは意識的に目を逸らす事にした。

「承認します」

 GMの機械的なシステムボイスでアルトの身体はその様になった。残念ながら自覚症状は感じなかった。

「そうですか。アルト殿も覚悟を決めたようですな。明日からは『ガンガン行こうぜ』の心意気ですかの」

「いやそこまで言ってないし」

「ほーかー、ウチはどないしょー」

 酒気に頬を赤らめ、テーブルにぐでーっと頬をつけるモルト。すかさずアルトは足を揃えて勢い良く頭を下げた。

「前衛1枚はキツイのでオナシャス」

「ほな『警護官(ガード)』2レベルで」

「承認します」

 モルトの選択はあっさり決まった。やはり悩んでなどいなかったのだろう。それはともかく、これで確実にパーティの戦力は充実したはずだ。

「で、がちょさんはどーするの?」

「生涯いち音楽家(ミュージシャン)ですからなっ。当然、『吟遊詩人(バード)』3レベルですぞ」

「承認します」


 かくして彼らは各々がレベルアップを果たし、屋敷の夜は更けていくのだった。

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